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   城探訪東京8  東京都日野市・立川市(日奉氏館・立川氏館) ・市内散策    全行程 4時間55分  JR中央線日野駅~(7分)薬王寺(3分)~(14分)日野宮神社(6分)~(18分)成就院(10分)~ (17分)東光寺西公園・東光寺神明社(6分)~(19分)水車堀公園・新坂下公園・よそう森公園(30分)~(14分)宝泉禅寺(7分)~(4分)日野駅→(13分)立川駅~(31分)普済寺(11分) ~(48分)諏訪神社(10分) ~ (27分)JR中央線立川駅<br />「日時」2021年10月20日 <br />「アクセス」JR中央線日野駅<br />

東京城探訪(8)日野・立川・市内散策

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2021/10/20 - 2021/10/20

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zenkyou01さん

この旅行記のスケジュール

2021/10/20

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   城探訪東京8 東京都日野市・立川市(日奉氏館・立川氏館) ・市内散策    全行程 4時間55分  JR中央線日野駅~(7分)薬王寺(3分)~(14分)日野宮神社(6分)~(18分)成就院(10分)~ (17分)東光寺西公園・東光寺神明社(6分)~(19分)水車堀公園・新坂下公園・よそう森公園(30分)~(14分)宝泉禅寺(7分)~(4分)日野駅→(13分)立川駅~(31分)普済寺(11分) ~(48分)諏訪神社(10分) ~ (27分)JR中央線立川駅
「日時」2021年10月20日 
「アクセス」JR中央線日野駅

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 薬王寺本堂 真言宗智山派の一寺、創建年代は不詳、僧覚心が1605年中興開山、本尊は大日如来像です。山門から入ると、正面に本堂、その他地蔵尊が二体、保護登録樹イチョウ、石造十三重塔等があります

    薬王寺本堂 真言宗智山派の一寺、創建年代は不詳、僧覚心が1605年中興開山、本尊は大日如来像です。山門から入ると、正面に本堂、その他地蔵尊が二体、保護登録樹イチョウ、石造十三重塔等があります

  • 四ツ谷前公園遊具と広場 元4軒の家の人のみが住んでいたので字名を四ツ家としていたが四ツ谷と呼ばれるようになった。遊具と広場のある市の公園です

    四ツ谷前公園遊具と広場 元4軒の家の人のみが住んでいたので字名を四ツ家としていたが四ツ谷と呼ばれるようになった。遊具と広場のある市の公園です

  • 地蔵尊と庚申供養塔 向かって右の供養塔(青面金剛像)は約220年前、左(文)の供養塔は135年前に建立された庚申供養塔です

    地蔵尊と庚申供養塔 向かって右の供養塔(青面金剛像)は約220年前、左(文)の供養塔は135年前に建立された庚申供養塔です

  • 日野宮神社参道 神社付近は武蔵七党の西党の祖先日奉氏の館があったとされています(場所については二説あり、もう一つは後述の東光寺西公園あたりです)

    日野宮神社参道 神社付近は武蔵七党の西党の祖先日奉氏の館があったとされています(場所については二説あり、もう一つは後述の東光寺西公園あたりです)

  • 栄町遺跡の説明 神社一帯は中世時代の遺跡跡で井戸、柱穴群、地下式杭等が見つかりました。また太刀、青銅製具足、板碑等が出土しています

    栄町遺跡の説明 神社一帯は中世時代の遺跡跡で井戸、柱穴群、地下式杭等が見つかりました。また太刀、青銅製具足、板碑等が出土しています

  • 日野宮神社拝殿 創建は不詳、武蔵七党の西氏の祖日奉宗頼が武蔵国の国司となり、子孫が祖神を祀って日野宮権現と称したと伝えられる。御祭神 は天御中主尊、高魂尊、日奉宗頼、日奉宗忠です。鳥居を潜り、少し長い参道を進むと正面に拝殿があります。その他境内社(秋葉、阿夫利、御嶽、中野原稲荷神社)、庚申供養塔、栄町遺跡説明版等があります。神社に仏像があるのは、以前管理していた自治会館が取り壊されたため、当寺に遷座されたものです

    日野宮神社拝殿 創建は不詳、武蔵七党の西氏の祖日奉宗頼が武蔵国の国司となり、子孫が祖神を祀って日野宮権現と称したと伝えられる。御祭神 は天御中主尊、高魂尊、日奉宗頼、日奉宗忠です。鳥居を潜り、少し長い参道を進むと正面に拝殿があります。その他境内社(秋葉、阿夫利、御嶽、中野原稲荷神社)、庚申供養塔、栄町遺跡説明版等があります。神社に仏像があるのは、以前管理していた自治会館が取り壊されたため、当寺に遷座されたものです

  • 薬師堂は日奉氏が建立した東光寺(十六世紀に廃絶)に属していたといわれ、1970年に成就院の境内に移築され、薬師如来像が安置されています。現在の建物は1849年に再建されたものです

    薬師堂は日奉氏が建立した東光寺(十六世紀に廃絶)に属していたといわれ、1970年に成就院の境内に移築され、薬師如来像が安置されています。現在の建物は1849年に再建されたものです

  • 成就院本堂 天台派の一寺、創建年代は不詳、僧永海が1611年中興開山、本尊は阿弥陀如来坐像です。新装の本堂の他、青面金剛と三猿像、聖観音像、ぼけ封じ肝観音像、六地蔵、石造十三重塔、四天王銅像、布袋孫等多くの石・銅像と薬師堂があります

    成就院本堂 天台派の一寺、創建年代は不詳、僧永海が1611年中興開山、本尊は阿弥陀如来坐像です。新装の本堂の他、青面金剛と三猿像、聖観音像、ぼけ封じ肝観音像、六地蔵、石造十三重塔、四天王銅像、布袋孫等多くの石・銅像と薬師堂があります

  • 東光寺西公園 この辺りは十六世紀までこの地方に存在した東光寺に因んで東光寺村と呼ばれていましたが、東光寺村の中で最も西に位置する字で東光寺西という古い地名が公園に付けられています。この辺りは武蔵七党の西党の祖先日奉氏の館があったとされています

    東光寺西公園 この辺りは十六世紀までこの地方に存在した東光寺に因んで東光寺村と呼ばれていましたが、東光寺村の中で最も西に位置する字で東光寺西という古い地名が公園に付けられています。この辺りは武蔵七党の西党の祖先日奉氏の館があったとされています

  • 東光寺神明社拝殿 創建は不詳、日奉氏の一族が勧請したとも、また和田別当義盛の残党が建立したともいわれています。御祭神 は天照大神です。鳥居を潜り、急な石段を登ると正面に拝殿、本殿、境内社があります

    東光寺神明社拝殿 創建は不詳、日奉氏の一族が勧請したとも、また和田別当義盛の残党が建立したともいわれています。御祭神 は天照大神です。鳥居を潜り、急な石段を登ると正面に拝殿、本殿、境内社があります

  • 水車堀公園水車 日野用水が流れる東光寺地区には大きな共同水車があり、当時は水量も豊富で脱穀や製粉に使用されていました。公園に水車小屋を再現し、遊具も設置されています

    水車堀公園水車 日野用水が流れる東光寺地区には大きな共同水車があり、当時は水量も豊富で脱穀や製粉に使用されていました。公園に水車小屋を再現し、遊具も設置されています

  • 新坂下公園 砂場、広っぱ、滑り台、ジャングルジム、ブランコ等を備えた子供用の市の公園です

    新坂下公園 砂場、広っぱ、滑り台、ジャングルジム、ブランコ等を備えた子供用の市の公園です

  • よそう森公園 昭和30年代まで、ここには小高い丘、杉林、祠があり、地域の人はここで、その年の米の収穫高を予想していたところからよそうの森と呼ばれていました。道路拡張の際、丘は削られ、祠は移設され、今は湧き水の出る自然の公園になっています

    よそう森公園 昭和30年代まで、ここには小高い丘、杉林、祠があり、地域の人はここで、その年の米の収穫高を予想していたところからよそうの森と呼ばれていました。道路拡張の際、丘は削られ、祠は移設され、今は湧き水の出る自然の公園になっています

  • 宝泉禅寺本堂 臨済宗建長寺派の一寺、創建は1329~1332年、開山は曇芳周応大和尚、本尊は釈迦如来像です。六脚門の立派な山門を潜ると、参道の先正面に観音堂、観音堂前を右に行くと菩提達磨像、正面に本堂があります。その他、鐘楼、石地蔵、六地蔵、石造十三重塔、新撰組六番隊組長井上源三郎の墓と碑があります

    宝泉禅寺本堂 臨済宗建長寺派の一寺、創建は1329~1332年、開山は曇芳周応大和尚、本尊は釈迦如来像です。六脚門の立派な山門を潜ると、参道の先正面に観音堂、観音堂前を右に行くと菩提達磨像、正面に本堂があります。その他、鐘楼、石地蔵、六地蔵、石造十三重塔、新撰組六番隊組長井上源三郎の墓と碑があります

  • 井上源三郎の碑 江戸時代末、今の日野市に八王子千人同心井上藤左ヱ門の三男として生まれる。剣を磨き新撰組に加入し、池田屋事件にも参加、後に六番隊組長になるが、鳥羽・伏見に戦いで戦死

    井上源三郎の碑 江戸時代末、今の日野市に八王子千人同心井上藤左ヱ門の三男として生まれる。剣を磨き新撰組に加入し、池田屋事件にも参加、後に六番隊組長になるが、鳥羽・伏見に戦いで戦死

  • 根川緑道 根川の度重なる氾濫で流路変更に伴い、埋め立てられた下流側に新しく水路を設け、排水を高度処理した水を流し、水辺植物の導入、水生動物の移入、植樹などをして緑道公園として立川市が整備した

    根川緑道 根川の度重なる氾濫で流路変更に伴い、埋め立てられた下流側に新しく水路を設け、排水を高度処理した水を流し、水辺植物の導入、水生動物の移入、植樹などをして緑道公園として立川市が整備した

  • 学校教育発祥の地碑 柴崎児童遊園の中に建っています。1878年立川の学校教育史上、初めて独立校舎が建てられたところです。それまでが普済寺の一隅に郷学校が置かれていた

    学校教育発祥の地碑 柴崎児童遊園の中に建っています。1878年立川の学校教育史上、初めて独立校舎が建てられたところです。それまでが普済寺の一隅に郷学校が置かれていた

  • 普済寺本堂 臨済宗建長寺派の一寺、創建は1352~1562年、開基は立川宗恒、開山は物外可什和尚、本尊は聖観音菩薩像です。大きな石灯篭が迎えてくれ、参道の先には櫓門の山門があります。山門を潜り石橋を渡ると正面に本堂があります。その他、鐘楼、釈迦誕生仏、石造十三重塔、焔魔堂、延命地蔵尊、地蔵尊、石組み庭園等があります。普済寺境内一帯には武蔵七党の一つ西党日奉氏の一族立川氏の館があった所です

    普済寺本堂 臨済宗建長寺派の一寺、創建は1352~1562年、開基は立川宗恒、開山は物外可什和尚、本尊は聖観音菩薩像です。大きな石灯篭が迎えてくれ、参道の先には櫓門の山門があります。山門を潜り石橋を渡ると正面に本堂があります。その他、鐘楼、釈迦誕生仏、石造十三重塔、焔魔堂、延命地蔵尊、地蔵尊、石組み庭園等があります。普済寺境内一帯には武蔵七党の一つ西党日奉氏の一族立川氏の館があった所です

  • 土塁 築城主は武蔵七党の西党・日奉氏の一族立川宮内太夫宗恒、築城年は十四世紀(鎌倉時代)?普済寺の地が立川氏居館跡です。山門付近には堀跡(?今は用水路)や土塁が見られます。また三田氏館跡の説明版も建っています。西には残堀川が流れ、自然の水堀を成しています。 発掘調査の結果、十六世紀の建物跡、井戸跡、柵列跡、溝等の遺構が発見されています

    土塁 築城主は武蔵七党の西党・日奉氏の一族立川宮内太夫宗恒、築城年は十四世紀(鎌倉時代)?普済寺の地が立川氏居館跡です。山門付近には堀跡(?今は用水路)や土塁が見られます。また三田氏館跡の説明版も建っています。西には残堀川が流れ、自然の水堀を成しています。 発掘調査の結果、十六世紀の建物跡、井戸跡、柵列跡、溝等の遺構が発見されています

  • 十月桜 エドヒガン桜とマメザクラを交配させた栽培品種で、春秋2回開花する二期咲きが特徴です。花色は淡紅色の花弁数10枚ぐらいの八重咲です

    十月桜 エドヒガン桜とマメザクラを交配させた栽培品種で、春秋2回開花する二期咲きが特徴です。花色は淡紅色の花弁数10枚ぐらいの八重咲です

  •  諏訪神社拝殿 創建は811年、ご祭神は建御名方神です。鳥居を潜り、参道を進むと神門があります。神門まえの左手奥に相撲場があります。神門を潜ると正面に拝殿、左に八幡神社、右に稲荷神社の社殿があります。その他、神楽殿、境内社(瘡守、日吉、金毘羅、浅間神社)、目の神様等があります

     諏訪神社拝殿 創建は811年、ご祭神は建御名方神です。鳥居を潜り、参道を進むと神門があります。神門まえの左手奥に相撲場があります。神門を潜ると正面に拝殿、左に八幡神社、右に稲荷神社の社殿があります。その他、神楽殿、境内社(瘡守、日吉、金毘羅、浅間神社)、目の神様等があります

  • 八幡神社大ケヤキ 現在は諏訪神社に合祀されている八幡神社(諏訪神社の左手にある社殿)が以前にあったところの参道に、神社創建当時に植えられていたとされる樹齢約800年の大ケヤキです。胴回り6M,樹高6M(昭和30年には樹高28M)で、市指定天然記念物です

    八幡神社大ケヤキ 現在は諏訪神社に合祀されている八幡神社(諏訪神社の左手にある社殿)が以前にあったところの参道に、神社創建当時に植えられていたとされる樹齢約800年の大ケヤキです。胴回り6M,樹高6M(昭和30年には樹高28M)で、市指定天然記念物です

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