2022/08/06 - 2022/08/14
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ミズ旅撮る人さん
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富士山周辺にはよく行きますが、いつでも行かれると思うので、
なかなか見られなかった御殿場と河口湖のSLを訪れました。
JR御殿場線の御殿場駅富士山口の脇にはD52が保存されています。
現存数7輌という貴重な車輛です。その殆どが神奈川県と静岡県にあるのが
興味深いです。D52が保存されているポッポ広場には、モニュメントがあり、
ボタンを押すと「鉄道唱歌」と「汽車ポッポ」の歌が流れます。
富士山を挟んで反対側の河口湖近くには「河口湖自動車博物館・飛行館」
があります。ここの駐車場には、ドイツのコッペル製の小さな機関車が置かれています。
この博物館は8月だけしか開館しないので、狙って行かないと見られません。
博物館は飛行機の展示館と車の展示館とに分かれています。
飛行館のみ入館したので、併せて掲載します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
JR御殿場線の御殿場駅には、2つの出入り口があります。
東側は「箱根乙女口」で、小田急ハイウェイバスが新宿をはじめ、
箱根桃源台や横浜経由羽田空港行きなどを運行させています。
地元の路線バスは、西側の「富士山口」にあります。
「富士山口」を挟んでバスターミナルは南側、北側に広場があります。 -
御殿場線は、かつて東京から蒸気機関車が走って来た路線で、
丹那トンネルが開通して東海道線や新幹線が熱海経由になるまでは、
重要な駅でした。熱海駅前には、小田原との間を走っていた軽便鉄道の
小さなSLが展示されています。
今回の表紙はここです。隣に御殿場線の線路がありますが、
如何せん本数が少なくて、ツーショットは撮れませんでした。 -
機関車の前には、小さなモニュメントがあります。
富士山の麓を走る機関車と、「鉄道唱歌」「汽車ポッポ」の歌詞が
刻まれています。
ボタンを押すとこれらの曲が流れるようになっています。
「鉄道唱歌」は沿線を謡っており、御殿場は15番に謡われています。
「汽車ポッポ」の作詞をした冨原薫は御殿場生まれで、
御殿場周辺の小学校に勤務していた際に、作詞したそうです。 -
かなりしっかり整備されています。
-
「ボイラー浜松工場製 昭和34年2月」
このプレートがあるのが嬉しい。 -
しっかり塗装されているのは嬉しいけれど、
厚塗り過ぎて個体番号が埋もれています。 -
連結棒の油壷の上に石が積まれています。
機関車の運転室にはたくさんの石が持ち込まれているものですが、
ここに積まれているのは初めて見たなあ。 -
D5272。御殿場SL保存会の設置した説明文を抜粋します。
「昭和19年5月に生まれてから、山陽線、東海道線で貨物列車を引いて働いておりました。
昭和29年7月国府津機関区に配属になってからは、箱根の難所25/1000の急勾配を黒煙を吐きながら、この山の間を力強く何百回と往復しました。私は747,554㎞を走り、地球を18周半走行したことになります。
昭和43年7月1日から電車が走るようになり、私は昭和43年8月8日皆さんにお別れを告げ、25年間の長かった勤めを終えました。」
D51だと1,000,000㎞を軽く超えるので、
D52の運行距離は短めのようです。 -
D52は現存数が7輌しかありません。
1号機は、広島のJR貨物・車輛所に、468が京都の鉄道博物館に
保存されています。
それ以外はすべて神奈川県と静岡県にあります。
中でも、D5270は、神奈川県足柄上郡山北町の鉄道公園にいて、
2016年から圧縮空気での動態保存となって、
動輪2回転分のわずかな距離ではありますが、
毎月整備運行されています。(2022年現在はコロナのため休止中) -
D52235は、神奈川県相模原市の公園にあり、
D52403は、同じ神奈川県内の平塚市に保存されていて、
御殿場線を最後まで走ったSLです。
D52136は、静岡県沼津市の公園に保存されていますが、
御殿場線は走ったことがないそうです。 -
D52は、D51が全国どこでも走れるように軸重を制限し、
牽引力が劣っていたのを改良する目的で設計されました。
ボイラーを強力な物にして重くなった代わりに牽引力が増したのです。
正面から見ると煙室扉が大きいのが目立ちます。
D52は、戦後徐々に改修され、かなりの車体がC62やD62へと
転用されて行きました。 -
運転室へは入れますが、このように金網で囲われています。
-
そのお陰か、計器類はかなり揃っています。
-
圧力計には製造会社の名前がありません。複製なのかな?
-
私の好きな速度計は、こんな状態。悲しい・・・
-
運転席の逆転機や加減弁ハンドル、ブレーキなどは良好な状態です。
-
金属板なので、普通は金色に光っているものですが、
これも黒く塗っちゃったのね・・・ -
何と言っても、珍しいのがストーカーと呼ばれる自動給炭機です。
ボイラーが大きくて燃料消費が激しく、
人間の投炭では追い付かないため開発されました。
石炭庫からスクリューで石炭が運ばれ、火室に噴射されます。 -
石炭庫の底には、蓋があります。
この下にスクリューがあると思われます。 -
運転室の真下にあるストーカー。
煙突のような円管が石炭庫と運転室を繋いでいます。 -
見つからないだろうと思っていた個体番号が、ありました。
-
左側のクロスヘッドの上部です。
横から普通に見たのではわからない場所にありました。 -
国府津機関区のプレートと共に、定番の写真を撮って終了です。
-
御殿場駅の駅前広場には、「TOKYO2020」と大書された
銘板があります。
2021年の東京オリンピックの自転車競技のコースになりました。
東京・武蔵の森公園を出発し、道志みちを走って神奈川県から
静岡県に入り、山中湖を一周、御殿場市をぐるっと回って、
富士スピードウェイでフィニッシュでした。 -
御殿場線には会えなかったけれど、小田急電鉄のロマンスカー
MSEがいました。「ふじさん」と書かれたMSEは、新宿から
小田急線を走り、神奈川県の新松田駅手前で、JR御殿場線に入って
松田・駿河小山・御殿場と停車する変わり者です。
以前は、小田急のRSE「あさぎり」とJRの371系が交互に
運行していましたが、RSEは、2012年に引退、廃車となりました。
「ロマンスカーミュージアム」に展示されています。
RSEの後継機が東京メトロに乗り入れているMSEで、
このように御殿場駅にロマンスカーが現れるようになっています。 -
御殿場駅の駅前広場にあるマンホールには、
D52と富士山がカラーで描かれています。
咲いている桜は「フジザクラ」だそうです。 -
「富士山 樹空の森ビジターセンター」には、
マンホールカードとキーホルダーがあります。富士山樹空の森 テーマパーク
-
「河口湖自動車博物館・飛行館」です。
富士スバルラインの入り口近くにあります。
コレクターのオーナーが趣味でやっているような博物館で、
8月のひと月だけ開館しています。それだけに、入館料が高くて、
自動車館が1,000円、飛行館は今年から1,500円に値上げです。河口湖自動車博物館 美術館・博物館
-
駐車場と道路との間に、何故か小型の蒸気機関車が置かれています。
飛行機でも車でもない機関車が何故、ここにあるのか不思議です。
何かの折に、たまたま手に入ったといった感じです。 -
何しろ説明板などは全くなく、テプラで貼られたこれだけなのですから。
「1924 ドイツ コッペル」なんて簡素な。 -
機関車は、モーターボートと並んで置かれています。
本当に置かれているだけなのですね。 -
後ろの窓に扉が付いています。両開きなんですね。
そこからも石炭を掬い取ったのかしら? -
道路側は藪になっていて通れないので、これくらいしか見られません。
-
運転室は、垣間見えるのがこれだけ。
あまりいい状態ではなさそうです。 -
それでも、塗装の具合はいいようです。
-
飛行機や車には興味がないけど、君のためにここまで来たんだよ。
これからも、しっかりね。 -
駐車場には、同じ車が集結していました。
富士山近辺は、こうした車の集団が連なって走っていることがあります。
駐車場を占領するし、道路は邪魔だし、迷惑なんですけどね。
羊の集団のように、群れるのが好きな人達ですね。 -
駐車場の奥には巨大な飛行機が置かれています。
USAカーチスC-46/-55コマンド。 -
胴体に「航空自衛隊輸送航空団」と書かれています。
-
だから、翼の下や胴体後部に日の丸が描かれています。
-
鼻先の向こうには富士山が見えます。
全長23.3m、全幅32.9m、全高6.6m、重量14,700㎏
最大速度433㎞/h、航続距離1,930㎞ -
どのタイヤも潰れていません。定期的にメンテナンスがされているのでしょう。まあ、11ヵ月も休みなのだから、いつでも出来ますね。
-
C-46と飛行館の間に、自動車博物館があります。
でも、どうして屋上にF-104戦闘機が置いてあるのでしょうね? -
F-104は、富士山とのツーショットがいいです。
-
そして、飛行館の前にはボンネットバス。
バスより、戦闘機の方が吊り上げやすかった? -
飛行館の脇に置かれている戦闘機。説明なし。
-
では、飛行館の中に入ります。
館内は、携帯電話・スマホのみ撮影可能です。なぜカメラはダメなんでしょう???
「個人で利用する範囲であれば、SNSやインターネットへの公開は可能です。」 -
さほど広くない館内にびっしり飛行機が展示されています。
「零式艦上戦闘機 21型 91518号機」です。
90%以上ものオリジナル部材を使用して復元され、
栄12型エンジンを装備した、世界で唯一のゼロ戦21型です。 -
頭の上にもいろいろぶら下がっています。
-
「富嶽 中翼六発爆撃機 1/15模型」
「第二次世界大戦中、中島飛行機株式会社で極秘に設計が進められていた
ものの、途中で製造中止となった富嶽は、翼長65m、全長45mの機体に
5,000馬力のエンジン6基を搭載し航続距離16,000㎞という、
当時としてはとてつもなく巨大な超重爆撃機です。
中島飛行機の資料の中から、4種類の六発機の図面が見つかりました。」 -
93式中間練習機
旧日本海軍の操縦士養成用練習機です。
海軍のパイロットはこの機で、操縦技術を身につけました。
練習中に海に落ちても見つけやすいように尾翼が朱色に塗られ、
「赤とんぼ」と呼ばれていました。 -
飛行機の部品なども展示されていますが、
知識も興味もないので素通りします。 -
建物から出ると、別の戦闘機が展示されています。
-
あの辺のは展示というのかなあ?
-
ノースアメリカンF-86F セイバー(ブルーインパルス)
朝鮮戦争でミグ15と戦い、活躍したジェット戦闘機。
航空自衛隊発足に伴い、T-33Aと共に日本に導入。
アクロバットチーム ブルーインパルスの初代機体で、
1964年の東京オリンピックでは大空に五つの輪を描きました -
ロッキードT-33A シューティングスター
6,500機以上生産され、世界30ヶ国以上で軍用機として使用された
米国初の複座ジェット練習機です。
航空自衛隊でも1945年から2000年の半世紀にわたり
運用されました。1955年からは川崎航空機によって
210機のT-33Aが生産されています。 -
T-6テキサン ノースアメリカン社1940製造
1930~60年代にかけて運用された米軍の練習機である。
戦後は連合軍のみならず、世界40か国以上が使用しており、
日本でも航空・海上自衛隊に導入されている。
1970年代に入ってからも、一部地域の紛争などで使用された。 -
H-19(S-55)チカソー シコロスキー社1951年製造。
人員や貨物の輸送用に作られた、米国の軍用ヘリコプター。
離着陸場所を選ばない小型の機体でありながら、
収容スペースが非常に大きい事から、輸送機として世界各国で運用され、
軍用だけではなく民間でも使われた。
陸上自衛隊にも導入され、1959年の伊勢湾台風では、
救難作業に従事し、取り残された多くの人命を救っている。 -
S-2Fトラッカー グラマン社1955年製造。
潜水艦の捜索・攻撃を行える小型の機体として作られた
米国の艦上対潜哨戒機である。
水上捜索レーダーを搭載し、魚雷・爆雷・ロケット弾を装備している。
低空・低速でも安定した飛行も可能で、対潜哨戒機として求められる
性能をすべて満足させた機体である。
米海軍をはじめ、各国の海軍、海上自衛隊でも運用された。 -
屋内の壁にはパネルの展示もあります。
-
1945(昭和20)年敗戦直後の(神奈川県)厚木飛行場。
-
即死者15万人以上 広島原爆投下 1945年8月6日
-
東京大空襲 1945年3月10日
パネルは、反射するので撮影するのが難しいです。 -
戦艦大和轟沈 1945年4月7日
-
零式艦上戦闘機(ゼロ戦)21型
昭和19年4月頃に生産された末期の21型です。
既に後期型モデルである52型の生産は始まっておりましたが、
この頃までは中島飛行機により、21型も製造されておりました。
ゼロ戦の内部構造がわかる貴重な資料として残すため、
出来る限りのオリジナル部品を装着し、
外板を張らない骨組みの状態で展示しております。 -
「中島」の文字が見えます。
-
世界最大 戦艦大和 64,000t 全長263m
-
航空母艦 赤城 全長250m。41,300t 艦載機90機
-
91式航空魚雷 800㎏
-
一式陸上攻撃機 22型 12017号機
1941~1945、太平洋戦争時に作られた双発の傑作機。 -
山本五十六が最期に搭乗した機体として有名です。
2,400機もの一式陸上攻撃機が生産されましたが、
復元・現存の機体は世界で唯一この展示機だけです。 -
胴体の日の丸部分から中が覗けます。
-
零式艦上戦闘機 52型 1493号機
昭和19年(1944年)5月頃、中島飛行機にて作られたゼロ戦52型です。
栄31型エンジン、四式射爆照準機などを装備した後期の機体です。 -
桜花
大型艦を一撃で大破させる事が可能な1.2tの大型爆弾を搭載した
特攻専用の航空兵器です。
一式陸上攻撃機に吊るされた桜花は、標的付近で切り離され、
人間の操縦により体当たりをしました。
ロケットエンジンの搭載で急降下時には時速800㎞以上の猛スピードで
敵艦に向かうため、連合軍は迎撃不可能と判断し、
攻撃目標を切り離し前の一式陸上攻撃機に変更したほどです。 -
一式戦闘機(ハヤブサ)2型 6750号機
旧日本陸軍、飛行第77戦隊で運用された2型です。
ゼロ戦52型と同じパワーアップしたエンジンを搭載しているため、
エンジンカウリングの形状が異なり、
プロペラが3枚に変更されているのが、1型との大きな違いです。
6750号機は1944年、ニューギニアで米軍に捕獲され、
性能調査試験が実施されました。調査の結果、ハヤブサは操縦が容易で、
旋回性能はいかなる連合軍機より優れていると評価されました。 -
一式戦闘機(ハヤブサ)1型
上昇力や加速力では、ゼロ戦をも上回る性能を持つ、旧日本陸軍の
戦闘機で、日本でハヤブサを見られるのは、この飛行館だけです。
ゼロ戦が海軍機として作られたのと同様に、
陸軍機として造られたのが、このハヤブサです。
抜群の性能を持つこれらの2機は、同じエンジンを搭載し、
旧日本軍の主力戦闘機として運用されました。
2枚のプロペラが、ハヤブサ1型の特徴です。
この機体には、南方作戦の成功に大きく貢献した飛行第64戦隊長
「加藤建夫少佐」乗機の塗装・マーキングが施されております。 -
海軍ゼロ戦仕様 中島「栄」12型(NK1C)
空冷複列星型14気筒発動機 -
ライトフライヤー(レプリカ)
100年前ライト兄弟が世界で初めてエンジンによる飛行に成功した
歴史的に重要な飛行機です。
・米国 ノースカロライナ州 キティーホークにて
1903年12月17日
距離33.6m/約12秒飛行 -
小さな模型も展示されています。
-
エンジンのプレート他、部品の展示もあります。
-
入口付近では、DVDなどの販売もしています。
-
一年にひと月だけのお宝拝見いたしました。
河口湖自動車博物館 美術館・博物館
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