2022/04/01 - 2022/04/02
5位(同エリア6件中)
のまどさん
リシューは巡礼の地です。この地に所縁のある聖テレーズが世界中で人気があることを知りました。当地に宿泊することにしたきっかけは今でも現役の修道女であるウワバミの母方の大叔母がかつて数年滞在していたことにあります。ちなみにアイルランド人の大叔母は日本の高度経済成長期に同じように新宿でミッションに当たっていました。
郊外のサンジェルマン・ド・リヴェ城は当地でガイドブックで見つけたのですが、見物人が少なく家具が調度や揃えられた由緒ある城を落ち着いて見学できました。
最後はノルマンディーの美しい村として知られるブーヴロン・オン・オージュに立ち寄ります。人口200人以下ですが、12世から続く村の景観が丁寧に保存されています。クレープレストランはお勧めです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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リシュー到着。修道院を改築したホテルにチェックインできるのは4時以降なので、時間を潰します。ここの風は海岸よりも冷たく感じ、昼食のSubwayのサンドウィッチとコーヒーに救われました。
小さな町の中央広場にあるリシュー聖堂。 -
リシューは聖テレーズが修道女になった地です。修道名は「幼きイエスと尊き面影のテレーズ」。日本語版ウィキペディアもあるくらい世界的に人気があると知りました。
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幼くして母を亡くし、10歳の時に病に伏した際に聖母マリアが微笑むのを目撃した直後に全快しました。その後、既に修道女となった姉に続いて幼いながらも自らも同じ道を希望しました。
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カルメル派修道会から年が若いから入会を断られたものの、父子でローマ教皇の元にまで出向いて直訴した結果、16歳で入会が許されました。カルメル派は非常に厳格な宗派で入会後は家族と会うことが許されないと知られていますが、テレーズは入会後も父と姉とともに宗教活動を行えたようです。
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5姉妹全員が修道女になった家族というのはなかなかいないと思います。信仰心が厚かったのはもちろん、この時代聖職者というのは女性にとって数少ない威信のある職業だったため父親の願いでもあったのではないかと思います。
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テレーズは24歳の若さで結核を患い天に召されます。死後、カトリック教会より列聖されました。フランスではジャンヌ・ダルクと並ぶ聖女。画像は聖堂内のダルク像。
勝手な私見を述べると武器を手に取って国を救ったジャンヌ・ダルクや、自らの命に替えて信仰心を貫いた殉教者、病人や貧困者に献身した聖人などと比べると列聖になる「実績」があったのかは疑問です。しかも生前自らが切望していたようです。 -
カトリック教会が聖テレーズを列聖するに至ったのは彼女と一家の信仰心の強さを世に知らしめるためだったと思います。若く美しい修道女の存在は子どもたちに語るに相応しくテレーズに憧れて修道女になる少女が増えればカトリックの利に適います。
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チェックインの時間までまだだいぶあるので車で丘の上のバシリクに行きます。
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ここも聖テレーズ万歳で、破戒カトリックのウワバミもお腹いっぱいです。各国のカトリック教会が献上した祭壇が並んでいました。アイルランドやポーランドはもちろんのこと日本やアメリカの祭壇もありました。アジアで唯一のカトリック国フィリピンがなかったのが気になります。
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やっと時間になりました。本日宿泊のManoir de l’eveche。無理やり訳すと司教の館。
https://manoirdeleveche.fr/ -
名前にふさわしくきめ細かなモザイクが施されていたり佇まいは素敵ですが、由緒については不明です。プールが付いているのですが、何とも勝手の悪い時間のみ利用可能。
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部屋は新しいけど夜は寒かった。高級アパートホテルというコンセプトがどうもしっくり来ない。
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街の中心に戻って一杯。このビール残念ながら飲めたものではなかった。
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数少ないレストランの中で唯一勘があったAu Bistro Gourmand。早めに入店し、席を確保します。
アペルティフと私が頼んだ白アスパラの前菜はいまいちでした。でも、ボルドーのワインと -
メインのステーキは極上、フリッツも生のじゃがいもを揚げているにもかかわらず、驚くほどの安さだったので大満足。
ガイジンは我々だけかと思いましたが、片言のフランス語を話すメリケン人夫婦が一組。この街の訪問は巡礼以外あるのだろうか。もしくは家族のルーツを訪ねる旅か。 -
翌朝、朝食後にウワバミが大叔母様宛ての葉書を書き直したいとめんどくさいことを言うので、最初に書いたものが一番良いと言い包めてチェックアウト後に教会近くの郵便局に行きました。
並んでいると支払い方法をきかれたのですが、理解できませんでした。フランスとベルギーのフランス語の語彙は結構違います(←ただの語彙不足)。 -
車を10分強走らせて到着したのはサン・ジェルマン・ド・リヴェ城。4月から11月までの期間限定で一般公開されているようです。道理で受付の若いお兄ちゃんが英語対応に興奮気味だった訳か。「一応フランス語解るよ」と返すとほっとしていました。
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ノルマンディにありながらロワール古城を彷彿とさせる貫禄。16世紀にこの地を基盤とするトゥルヌブ家によって築かれました。
台所と食堂。 -
ロワールと違って見物人が少ないのでゆっくり見学できるのがいいです。我々の他二組だけというのは寂しいですが。
主寝室。
城は15世紀から16世紀にかけて建設され、カルヴァドス地方の豪族トゥルヌブ(Tounebou)家が所有していました。 -
音楽室。
19世紀に同家の後継者が耐えると同じく豪族のフーコー(Foucault)家に寄与され、20世紀には個人に買われたものの1958年にリシュー市に寄贈されました。 -
ドラクロワの部屋。美術品や調度品を手がけたレオン・リースナー(Léon Riesener)なる人物は画家ドラクロワのいとこだそうで、この部屋は画家をもてなすために備えられたようですが、結局彼が来ることはなかった。
蛇足ですが、ドラクロワはフランス革命前から王政復古時代まで活躍した息の長い政治家タレーランの隠し子と言われています。 -
庭園から眺めた白の姿も優美です。孔雀が数匹飼われています。
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帰路に着きたくないウワバミの意向でもう一か所寄り道します。ボーヴロン・オン・オージュ(Beuvron-en-Auge)。広場には珍しく日章旗が立っていたので、日本人の団体観光客が多いと思われます。
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人口わずか200人足らずの小さな村ですが美しいコロンバージュの家屋が林立しています。村の歴史は12世紀に遡るようです。400年に渡ってやはりこの地の豪族アルクール(Harcourt)家の領地でした。
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教会の建立は1847年。
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やはり小さな教会ですが、歴史が長いとともに今でも村の中心となっている雰囲気が気に入りました。ステンドグラスが印象深かったです。
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村の通りは一本。我が家の食糧となるパンを買います。
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ノルマンディに来たらやはりクレープを食べなくては。https://la-colombauge-creperie.eatbu.com/?lang=fr
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シードルを飲みながらウワバミはソーセージとじゃがいものガレット。私は臓物アンドゥイエット。サラダもおいしかったです。デザートはリンゴのクレープ。カルバドスのフランベを付けてもらいました。
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恐らく改装を加えていると思いますが、本物のノルマンディーの家の中で食事できるところです。雨に見舞われながらも春のノルマンディーの旅、満喫できました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- jijidarumaさん 2022/10/19 00:44:36
- サン・ジェルマン・ド・リヴェ城にちょっと似た?城がベルギーに
- のまどさん、
今晩は。
御元気にウワバミ殿とノルマンディの旅を楽しまれていますね。
実に羨ましいものです。
トンとドイツの旅もしないうちに3年も経ってしまいました。
もう79歳、それでも父に近づくにはもう10年を生きねばなりません。
近頃は日本の小旅行ばかりです。
さて、ジュエ城、外観の壁の模様が似たように思えました。
残念にもこちらは見学時間があわず、外観のみで先を急ぎました。
Amayアメイ:
Château de Jehayジュエ城 23 13:30~13:45
BE-4540 Amay 、1, rue du Parc
リエージュの南西20kmにある。水濠に格子紋様のファサードを映す姿がロマンチックで印象的な城である。
現在の城館はヘルマン・ド・サール家が16世紀に建てた。
18世紀に城を所有したヴァン・デン・ステーン家は内装に大規模な変更をもたらした。
1860年には中庭をネオゴシック様式に変更し、この中庭にはさらにベルギー王室のお抱え建築家アルフォンス・バラの装飾が加えられている。
家具、食器、タペストリー、絵画等の豊かなコレクションも興味深く、数々のブロンズ像を配したイタリア庭園も素晴しいと云う。
開館時間:5~9月の土日11:00~18:00、6月の水14:00~17:00、7~8月の火~金14:00~18:00、9月の火~水14:00~17:00、団体は予約により4~10月可。
古城好きとしてはもう一度トライしたい気持ちはありますが・・・。
この後、ジュエ城からは26km、ワロン地方で最もすばらしい城と思えたChâteau de Modaveモダーヴ城を訪れたのです。
ではまた。
jijidaruma
- のまどさん からの返信 2022/10/19 05:48:00
- Re: サン・ジェルマン・ド・リヴェ城にちょっと似た?城がベルギーに
- jijidarumaさん、こんにちは。
書き込みありがとうございます。
私は日本にはもう4年も訪れていないため、jijidarumaさんの青梅や千葉県のご投稿を楽しく拝見しています。どこでも視点が定まれば色々と興味深い発見が生まれますね。
ロックダウンのトラウマもあって地元ベルギーは灯台下暗しなのですが、ジュエ城は格子状の多色の石の使い方が似ていますね。地元の領主が建て、富豪に買われて現在は市の所有というのが現在に残る大方の城に共通しています。
ヨーロッパはコロナ禍も収まり、車で近隣諸国を巡る旅から少し羽を広げられるようになりました。行きたいと思えばきっと再訪できますよ。来年の春あたりどうでしょうか。
では、また。
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