ドイツ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
いま日本では戦後の歴史上画期的なことが起こっている。それはウクライナ難民の受け入れである。日本は、ボズナン暴動、ハンガリー動乱、プラハの春によって生じた東欧からの避難民を受け入れてこなかった。今回は積極的に受け入れてこようとしている。<br />ボズナン暴動、ハンガリー動乱、プラハの春に生じた避難民はどこに避難し、亡命したのであろうか。<br />私は高野山の坊で一人の東欧系白人女性に出会った。カナダ国籍を持ち、両親は、プラハの春以降スロヴァキアからカナダに亡命したとのことである。<br />ジェームズ・アルバート・ミッチェナー 著作<br />『アンダウの橋』ではオーストリアとハンガリーの国境からハンガリー人がオーストリアに脱出する様子が描かれている。<br />脱出したハンガリー人はカナダと米国に定住したようである。<br />日本が最大の避難民を受け入れたのは日本が米軍占領下にあり、朝鮮戦争中のことであり、受け入れた避難民は朝鮮半島出身者数十万人と言われている。これらの難民は日本が独立を果たした以降、日韓の多くの条約により、特別永住権が認められている。韓国は日韓で結ばれた多くの条約を無視し、反古にしている。<br />日本だけが何故いつまでも朝鮮半島出身者に永住権を認めなければならないのか、疑問を持つ。<br />ウクライナのゼレンスキー大統領が多くの国の国会で演説するのを聞いた。<br />イギリスではチャーチルの演説を引用し、さらなる武器援助を要請した。<br />イギリスでは国会議員全員がスタンディングオーベーションで演説を称賛した。<br />日本では戦後の再生のための資金援助を要請した。<br />日本では国会議員全員がスタンディングオーベーションで演説を称賛した。<br />韓国には武器援助を要請した。<br />韓国では国会議員の20%程度しか出席せず、その多くがスマホを見ていたと韓国紙が報じている。<br />韓国はウクライナが要請した武器をポーランドに売却すると報じられている。<br />韓国は、人権、条約順守、国連憲章順守とかいうことより、金が重要である民族に思える。<br />ここ戦車博物館では、ソ連による最初の東欧民主化への介入のきっかけとなったポズナン暴動について「戦車の誤った使い方」として、写真が展示されている。<br />私は、ポズナン暴動 1956年6月28日については詳しくは知らない。ハンガリー動乱1956年10月23日については、<br />ジェームズ・アルバート・ミッチェナー 著作<br />『アンダウの橋』(1957年 高田秀二訳 日本外政学会 1957年)<br />及び英国共産党特派員に依るハンガリー動乱についてのノンフィクションにより、多くのことを知っている。<br />私がヨーロッパを初めて訪問したのは1969年のことである。<br />その時母校はいわゆる三派系学生により、占拠されていた。ゼミは開かれなかった。当時の学生たちに影響を与えていたのは、ジャン=ポール・サルトル『実存主義とは何か』L&#39;Existentialisme est un humanisme(1946年)である。<br />及びソ連によるハンガリー動乱への日本共産党の態度である。<br />三派系学生達には英国共産党機関紙特派員によるハンガリー革命についてのドキュメンタリーを読まれていた。<br />当時、多くの学生がデモに参加し、逮捕されている。<br />しかし、ほとんどの学生は大企業、大手商社、大銀行、大製造メーカーに就職している。<br />ソ連による東欧への介入の歴史<br />ソ連による東欧への介入への最初のきっかけとなったのがポズナン暴動であり、その介入は、ウクライナ戦争まで続いている。<br />ポズナン暴動 1956年6月28日<br />https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%BA%E3%83%8A%E3%83%B3%E6%9A%B4%E5%8B%95#%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E5%BD%B1%E9%9F%BF<br />ハンガリー動乱1956年10月23日<br />https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%8B%95%E4%B9%B1<br />ハンガリー革命1956<br />https://www.fben.jp/bookcolumn/2008/05/post_1817.php<br />ジェームズ・アルバート・ミッチェナー 著作<br />『アンダウの橋』(1957年 高田秀二訳 日本外政学会 1957年) - ハンガリー動乱に関して<br />『ハワイ』(1959年)<br />ジャン=ポール・サルトル<br />『実存主義とは何か』L&#39;Existentialisme est un humanisme(1946年)<br />ハンガリー動乱1956 写真特集<br />https://www.jiji.com/jc/d4?p=hug024&amp;d=d4_oldnews<br />プラハの春<br />https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%81%AE%E6%98%A5<br />ウクライナ戦争<br />1.羽田からフランクフルトまで<br />2013年4月19日(金) (4/18 25:00) NH203(*)		<br />東京(羽田) - フランクフルト		<br />01:00発06:10着 飛行時間:12:10		<br />座席番号:24J		<br />エコノミー:Lクラス / OK		<br />2.フランクフルト空港からMunster(Örtze)まで<br />2013年4月19日<br />Frankfurt(Main)Hbf	Fr, 19.04.13	<br />dep	8:58	4:44	2<br />Munster(Örtze)	Fr, 19.04.13	arr	13:42		<br />Station/Stop 	Date	Time		Platform	ts<br />Frankfurt(Main)Hbf	Fr, 19.04.13	<br />dep	8:58	8	ICE 772<br />Hannover Hbf	Fr, 19.04.13	<br />arr	11:17	7	<br />Transfer time 34 min.					<br />Hannover Hbf	Fr, 19.04.13	<br />dep	11:51	2	erx83938<br />Soltau(Han)	Fr, 19.04.13	<br />arr	13:12	5	<br />Transfer time 14 min.					<br />Soltau(Han)	Fr, 19.04.13	<br />dep	13:26	2	erx91855<br />Munster(Örtze)	Fr, 19.04.13	arr	13:42		<br />3.主要訪問先<br />19-21 訪問<br />http://www.daspanzermuseum.de/index.php?id=home<br />http://wehrtechnische-studiensammlung.npage.de/<br />21-22訪問<br />http://www.koblenz.de/wirtschaft_verkehr/wirtschaftsstruktur_bundeswehr_wts.html<br />23訪問<br />http://www.armeemuseum.ch/<br />27訪問<br />http://www.festungsmuseum.ch/xml_2/internet/de/intro.cfm<br />http://www.militaer-museum.ch/xml_1/internet/de/application/f4.cfm<br />29-30訪問<br />http://sinsheim.technik-museum.de/en<br />

本物戦車を求めてドイツの旅MUNSTER戦車博物館ウクライナ戦争で使用されるT72とレオパルド2

18いいね!

2013/04/19 - 2013/04/19

7544位(同エリア29332件中)

0

348

kirstiNorge

kirstiNorgeさん

いま日本では戦後の歴史上画期的なことが起こっている。それはウクライナ難民の受け入れである。日本は、ボズナン暴動、ハンガリー動乱、プラハの春によって生じた東欧からの避難民を受け入れてこなかった。今回は積極的に受け入れてこようとしている。
ボズナン暴動、ハンガリー動乱、プラハの春に生じた避難民はどこに避難し、亡命したのであろうか。
私は高野山の坊で一人の東欧系白人女性に出会った。カナダ国籍を持ち、両親は、プラハの春以降スロヴァキアからカナダに亡命したとのことである。
ジェームズ・アルバート・ミッチェナー 著作
『アンダウの橋』ではオーストリアとハンガリーの国境からハンガリー人がオーストリアに脱出する様子が描かれている。
脱出したハンガリー人はカナダと米国に定住したようである。
日本が最大の避難民を受け入れたのは日本が米軍占領下にあり、朝鮮戦争中のことであり、受け入れた避難民は朝鮮半島出身者数十万人と言われている。これらの難民は日本が独立を果たした以降、日韓の多くの条約により、特別永住権が認められている。韓国は日韓で結ばれた多くの条約を無視し、反古にしている。
日本だけが何故いつまでも朝鮮半島出身者に永住権を認めなければならないのか、疑問を持つ。
ウクライナのゼレンスキー大統領が多くの国の国会で演説するのを聞いた。
イギリスではチャーチルの演説を引用し、さらなる武器援助を要請した。
イギリスでは国会議員全員がスタンディングオーベーションで演説を称賛した。
日本では戦後の再生のための資金援助を要請した。
日本では国会議員全員がスタンディングオーベーションで演説を称賛した。
韓国には武器援助を要請した。
韓国では国会議員の20%程度しか出席せず、その多くがスマホを見ていたと韓国紙が報じている。
韓国はウクライナが要請した武器をポーランドに売却すると報じられている。
韓国は、人権、条約順守、国連憲章順守とかいうことより、金が重要である民族に思える。
ここ戦車博物館では、ソ連による最初の東欧民主化への介入のきっかけとなったポズナン暴動について「戦車の誤った使い方」として、写真が展示されている。
私は、ポズナン暴動 1956年6月28日については詳しくは知らない。ハンガリー動乱1956年10月23日については、
ジェームズ・アルバート・ミッチェナー 著作
『アンダウの橋』(1957年 高田秀二訳 日本外政学会 1957年)
及び英国共産党特派員に依るハンガリー動乱についてのノンフィクションにより、多くのことを知っている。
私がヨーロッパを初めて訪問したのは1969年のことである。
その時母校はいわゆる三派系学生により、占拠されていた。ゼミは開かれなかった。当時の学生たちに影響を与えていたのは、ジャン=ポール・サルトル『実存主義とは何か』L'Existentialisme est un humanisme(1946年)である。
及びソ連によるハンガリー動乱への日本共産党の態度である。
三派系学生達には英国共産党機関紙特派員によるハンガリー革命についてのドキュメンタリーを読まれていた。
当時、多くの学生がデモに参加し、逮捕されている。
しかし、ほとんどの学生は大企業、大手商社、大銀行、大製造メーカーに就職している。
ソ連による東欧への介入の歴史
ソ連による東欧への介入への最初のきっかけとなったのがポズナン暴動であり、その介入は、ウクライナ戦争まで続いている。
ポズナン暴動 1956年6月28日
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%BA%E3%83%8A%E3%83%B3%E6%9A%B4%E5%8B%95#%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E5%BD%B1%E9%9F%BF
ハンガリー動乱1956年10月23日
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%8B%95%E4%B9%B1
ハンガリー革命1956
https://www.fben.jp/bookcolumn/2008/05/post_1817.php
ジェームズ・アルバート・ミッチェナー 著作
『アンダウの橋』(1957年 高田秀二訳 日本外政学会 1957年) - ハンガリー動乱に関して
『ハワイ』(1959年)
ジャン=ポール・サルトル
『実存主義とは何か』L'Existentialisme est un humanisme(1946年)
ハンガリー動乱1956 写真特集
https://www.jiji.com/jc/d4?p=hug024&d=d4_oldnews
プラハの春
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%81%AE%E6%98%A5
ウクライナ戦争
1.羽田からフランクフルトまで
2013年4月19日(金) (4/18 25:00) NH203(*)
東京(羽田) - フランクフルト
01:00発06:10着 飛行時間:12:10
座席番号:24J
エコノミー:Lクラス / OK
2.フランクフルト空港からMunster(Örtze)まで
2013年4月19日
Frankfurt(Main)Hbf Fr, 19.04.13
dep 8:58 4:44 2
Munster(Örtze) Fr, 19.04.13 arr 13:42
Station/Stop Date Time Platform ts
Frankfurt(Main)Hbf Fr, 19.04.13
dep 8:58 8 ICE 772
Hannover Hbf Fr, 19.04.13
arr 11:17 7
Transfer time 34 min.
Hannover Hbf Fr, 19.04.13
dep 11:51 2 erx83938
Soltau(Han) Fr, 19.04.13
arr 13:12 5
Transfer time 14 min.
Soltau(Han) Fr, 19.04.13
dep 13:26 2 erx91855
Munster(Örtze) Fr, 19.04.13 arr 13:42
3.主要訪問先
19-21 訪問
http://www.daspanzermuseum.de/index.php?id=home
http://wehrtechnische-studiensammlung.npage.de/
21-22訪問
http://www.koblenz.de/wirtschaft_verkehr/wirtschaftsstruktur_bundeswehr_wts.html
23訪問
http://www.armeemuseum.ch/
27訪問
http://www.festungsmuseum.ch/xml_2/internet/de/intro.cfm
http://www.militaer-museum.ch/xml_1/internet/de/application/f4.cfm
29-30訪問
http://sinsheim.technik-museum.de/en

交通手段
徒歩

この旅行記のタグ

18いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったホテル

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

ドイツで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ドイツ最安 294円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

ドイツの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP