2007/07/14 - 2007/07/18
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SamShinobuさん
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この約1ヵ月前に初めて北京を訪れた。それまで何度も上海に行っていた僕は、中国という国を知った気になっていた。しかし北京は上海とはあまりにも違い過ぎて、少なからず衝撃を受けた。街の風景ひとつとっても、とても同じ国とは思えなかった。そこで今回は北京と上海の両方を旅することで、改めてその違いを実感したいと思った。
朝は渋谷から7時13分発の成田エクスプレス7号に乗車。8時37分に成田空港第一ターミナルに到着し、南ウイング4階ミーティングポイントでクライアントと合流した。まずはクライアントの海外旅行保険を窓口で申し込み、彼の海外用携帯電話もレンタル。このころは何をするにも窓口で行っていたが、今となってはその手間も懐かしい。そしていつものANA FESTAで一息付いて、出発前の朝ビールで乾杯した。
10時35分成田発全日空NH905便は、13時15分に北京首都国際空港に到着。ケンタッキー横の5番出口でガイドと待ち合わせしていた。いつもはタクシーでホテルに向かうのだが、この時は空港近くの中国電影博物館に直行したので、ガイドとドライバーに空港まで迎えに来て貰ったのだ。
ホテルは前回気に入った北京国際飯店に再び投宿した。
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2007.7.14
中国電影博物館。
入館料20元(330円、1元≒16.5円)。ここのスケールの大きさには、毎度のことながら圧倒される。 -
香港返還(1997年)十周年ということで行われた中国の若手映画監督の上映会。監督達のサインを見ていたら、「夜の上海」の張一白もいた。
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撮影、照明機材の展示。
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北京を舞台にした映画は数えきれないほどあるが、その中でも好きな作品を3つばかり挙げてみよう。
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①「レッド・コーナー/北京のふたり」(1998年公開)。リチャード・ギア主演。タイトルからも分かるように舞台はもちろん北京なのだが、実はアメリカで全編制作された。ハリウッドの撮影所に北京の街並みを再現した広大なセットを造ったのだ。というのもリチャード・ギアがダライ・ラマ14世の支援者で中国共産党に批判的だったため、中国での撮影許可が下りなかったからだ。そして映画のストーリーからも中国当局の恐ろしさが垣間見られる。北京に出張中のギア様演じるビジネスマンが、ハニートラップにかかり、その上殺人犯に仕立て上げられる。初めは事務的だった中国人の女性弁護士とともに、様々な障害を乗り越えて自ら無罪を証明していく話だ。ラストの空港でのシーンは何度見てもせつなくて、胸が締め付けられる。
②「見知らぬ女からの手紙」(2004年東京国際映画祭で上映。日本未公開)徐静蕾(シュー・ジンレイ)監督、脚本、主演。「忘れじの面影」(1948年アメリカ公開)のリメイク作品。日本の劇場では公開されなかったが、DVDは出ている。1948年北京、ある男のところに「私のことを知らないあなたへ」と書かれた手紙が届く。それは全く記憶にない、しかし彼を18年間も愛し続けた女からの手紙だった。手紙によると、彼女は18年前に彼が住んでいた北京の隣家にいた少女だという。彼女は隣の家の青年に淡い恋心を抱いていたが、母親の再婚で引っ越すことになってしまう。しかし山東へ行っても彼への想いは募るばかりで、数年後とうとう彼のそばにいたいと北京に戻って来る。そして再会を果たした女はついに彼と一夜を過ごすが、彼にとってそれは行きずりの恋にしか過ぎなかった。やがて彼女は妊娠したが彼には何も告げず、四川で男の子を産む。彼への想いを胸に秘めたまま数年が経ち、再び再会したが彼は彼女のことを全く覚えていなかった。ラストのふたりのセリフが秀逸。中国四大女優の一人で才女の誉高いシュー・ジンレイは、僕の一番好きな中国人女優だ。それにしてもシュー・ジンレイほどの才女が、何故こんな男に都合のいい古風な女を描こうと思ったのか。舞台は抗日デモが盛んな1930年代から国共内戦の1948年までだが、激動の時代に翻弄される健気なヒロインは僕の記憶に深く刻み込まれた。
③「きれいなおかあさん」(2002年日本公開)コン・リー主演。聴覚障害者の息子とふたり暮らしの母は、息子を普通の小学校に入れたかったが、校長から聾唖学校を勧められてしまう。そこで自分が息子に言葉を教えようと決意し、彼との時間を増やすために仕事も辞めてしまう。息子のために全てを犠牲にしてなり振り構わない母の強さは、どんなに貧しくみっともなくても美しい。ロケは北京市内がふんだんに使われている。彼女が地下通路で雑誌の無許可販売を手伝って当局に捕まるシーンがあるが、警察が来ると皆蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑うのが面白い。当時の北京ではそんな無許可の露天商が至るところにいて、実際に僕も同じような地下通路で取り締まりの場面に遭遇したことがある。 -
35mm磁気フイルム録音機。
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映画フイルムのサウンドトラックは、アナログサウンドからデジタルサウンドへ移行していった。
デジタルサウンドは①ドルビーデジタル ②dts ③SDDSの3タイプがあり、当時は聴き比べなどしたものだ。デジタルとは言うものの、フイルムの端に光学録音されたものをサウンドヘッドが読み取るという何とも原始的な方式だった。
もちろんフイルムでの上映がほぼ無くなった現在では、オプチカルサウンドは過去の遺物となってしまった。 -
フイルム現像機。フイルムは左から「現像」→「停止」→「漂白」→「定着」→「水洗」→「乾燥」と流れる。
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密着プリンター。ネガフイルムとポジフイルムのエマルジョン面を合わせて露光させ、映画館に収める焼き増しプリントを作成するのだ。
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アニメのセル画の撮影用カメラ。
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DLPシネマ上映機。
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当時、映画界に迫り来るデジタル化の波に戦々恐々とし、フイルムの延命にひたすら腐心していたが、今思えばただの悪あがきに過ぎなかった。
それにしてもこの映画博物館、デカすぎる。京橋にある国立映画アーカイブ(旧東京国立近代美術館フィルムセンター)が、あまりにショボくて悲しくなる。 -
王府井天主堂。
1904年に建てられたカトリック教会。 -
王府井天主堂の目の前にある東来順飯荘で羊のしゃぶしゃぶを食べよう。東来順は1903年に王府井の東安市場で創業した老舗だ。羊のしゃぶしゃぶは涮羊肉といって北京を代表する料理だ。火鍋との違いはスープにある。重慶生まれの火鍋は麻辣味をベースとしているが、涮羊肉は辛くない白湯スープが一般的だ。これをごまダレでいただく。この涮羊肉が海を渡り、肉が羊から牛に変わって日本のしゃぶしゃぶとなった。
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ジャッキー・チェンも来店していた。
ジャッキー・チェンといえば、あるテレビ番組で「父親は国民党のスパイだった」と告白したことは有名だ。ある日年老いた父親が、自分はいつ死ぬか分からないからと秘密を語り始めたという。それまでずっと一人っ子だと思っていたジャッキーは、ジャッキーの知らない兄姉がいると聞かされる。父の前妻との子供である兄が2人、再婚だった母の連れ子である姉が2人、計4人も血の繋がった兄姉がいると聞いて、さぞかし驚いたことだろう。そして父はかつて国民党のスパイで、共産党から身を隠すために香港のアメリカ領事館でコックをしていたと衝撃の事実を吐露した。僕は観ていないが、その詳細は2005年公開のドキュメンタリー映画「失われた龍の系譜トレース・オブ・ア・ドラゴン」で語られているそうだ。
そんなジャッキーだが、近年なぜか中国共産党寄りの発言が多く、かつての香港映画の大スターは、香港人にめちゃくちゃ嫌われているらしい。過去には中共に批判的だったジャッキーは何故か2010年頃に突如として、手の平を返すような発言をするようになる。父親が反共産党の活動をしていたことからすると、考えられないことだ。だからジャッキーのお騒がせ息子ジェイシー・チャンが麻薬で捕まった時、その息子のせいで中共に脅されているじゃないかと巷では噂された。ジャッキーファンの僕も、きっと何か訳があるに違いないと思いたかった。しかしそれからもずっと中共に肩入れするかのような言動が続き、最近ではとうとう「中国共産党に入党したい」とまで言い出して、ますます聞くに堪えなくなっている。 -
先ずは茸や野菜から。
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海老たっぷり。
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羊肉かな。
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この独特な鍋は火鍋子といって、真ん中のえんとつ部分に炭火を入れるので、いつまでも鍋はグツグツいっている。
肉を注文しすぎて食べ切れそうもなかったので、ガイドにドライバーを呼んでもらって、「よかったら一緒に食べよう」と誘うと大喜びしていた。 -
腹ごなしに王府井を散策した。
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車窓から天安門をパチリ。ここを通ると、北京に戻って来たと実感する。
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2007.7.15
朝から頤和園にやってきた。
頤和園を訪れたのはこの時が初めてだった。かつて乾隆帝が母のために造園した離宮だったが、アヘン戦争で英仏軍に廃墟とされた。それを西太后が1884年から1895年にかけて、当時の海軍の15年分の予算を使って改修したそうだ。そのため日清戦争(1894年)では軍費がなくなり、そのせいで日本に負けたとさえ言われている。 -
20世紀初頭にオランダ画家によって描かれた西太后の肖像画。当時70歳の西太后らしい。油絵はずいぶんと傷んでいるが、この翌年修復されて現在は綺麗に蘇っている。
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頤和園の見どころのひとつ、徳和園に入る。京劇の舞台だ。
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徳和園大劇院。
清代3大戯楼のひとつと言われている。京劇好きな西太后のために、1894年に造られた。西太后はここで、自分だけのために演じられる京劇をしょっちゅう観ていたというのだから、贅沢にも程がある。 -
3階建ての舞台だ。
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京劇を上演中。
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中国古典舞踊を堪能する。
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皇帝の気分で舞台を観る。綺麗どころの舞いは、目の保養になった。
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長廊。
世界遺産に腰掛ける人々。 -
歴代皇帝を雨や陽射しから守るため、728メートルにも渡って造られた廊下。昆明湖の北岸に沿って伸びている。
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長廊には14,000枚もの絵が描かれている。
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人が多い。
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あの上を目指そう。
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排雲殿越しに見える佛香閣。
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暑くてミネラルウォーターが手放せない。
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ここをずっと昇って行くと、暑くてバテた。
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佛香閣内部にある千手観音。
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杭州の西湖に見立てて造られた人工の湖、昆明湖。
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右側の風景。
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急な階段を降りる。
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清晏舫。
大理石で造られており、永遠に覆らない王朝を表している。 -
この転覆しない船がお気に入りだった西太后は、何度もここで盛大な宴を催している。しかし転覆しないと言うが、そもそも石船なので浮かぶわけないし、普通に沈むとは思わなかったのかな、西太后。
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迎旭楼の2階テラス席で休憩しよう。
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テラスからの眺め。
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さあ、船に乗ろう。
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船上から佛香閣を臨む。
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大小の様々な船が湖に浮かんでいる。
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十七孔橋が見える。
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十七孔橋は乾隆帝が盧溝橋を模して1750年に造らせたと言われているが、似ているかなあ。
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船を下りて十七孔橋を歩いてみた。
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そろそろ市内中心部に戻ろう。
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お昼はケンタッキーフライドチキンで食べた。
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老舎茶館。15:00〜16:30の回を観た。
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午後は中国茶を飲みながらのんびりと京劇を観る。
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役者が決めポーズをとると、客席から「好(ハオ)!」と掛け声が飛ぶ。
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コミカルなシーンでは笑いも起きるが、残念ながら何を言っているのか全然分からなかった。
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美味しいお茶にほっこりした。
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天安門の前を通る。
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什刹海のまわりを人力車に乗って散策しよう。
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ここから乗ったのかな。
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クライアントがチェキで彼らを撮ってあげて、そのインスタント写真をプレゼントしたらとても喜ばれていた。人力車仲間に自慢げに見せていたのが印象的だった。
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さあ、出発!
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路地裏にどんどん入っていく。
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市井の人たちの横をゆっくり通り抜けていく。
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個人の住宅、四合院の赤い門。両脇に獅子の門石がある。かつてはこの門石で住人の職業や地位が分かったそうだ。ちなみに獅子の乗っている丸い太鼓が示しているのは、何でしょう?答えは戦場では太鼓を叩くということで、ここは武人の家でした。他に四角い門石は文人の家ということ。
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多分そんな説明をしているのだろう。
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生活感溢れる。
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半裸のおじさん、首輪もつけないで犬の散歩。自由すぎる。
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外国人観光客がビデオを撮っていたので、こちらからもパチリ。
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長閑な時間が流れていく。
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ベトナム料理の「nuage慶雲楼」で夕食。アオザイが美しい。
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東南アジアっぽいウッディな店内。
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席からは前海が見える。
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揚げ春巻。
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北京でベトナム料理?と思ったが、ここは本格ベトナム料理が楽しめて、どれも美味しかった。
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冬瓜スープは夏の定番。
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海老たっぷりの生春巻。
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アスパラガスも新鮮。
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肉を切ってくれている。
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蟹のようだ。
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お腹いっぱいになったので、腹ごなしにお店を見て廻ろう。
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夕涼みにぶらぶらするのも楽しい。
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古民家カフェかと思ったら、フランチャイズの食堂「沙県小吃」だった。
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ここからタクシーに乗って、朝陽公園の近くにある苗族のスナック「苗妹園」に飲みに行った。永安賓館の東側、首汽大厦の2階にあった。
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2007.7.16
朝は王府井を散歩。 -
ホテルをチェックアウトして、北京首都国際空港へ。空港のレストラン「好食○(○はさんずいに匚)」でクライアントと昼食。カウンターにある料理からチョイスする方式で、店内はファミレスっぽかったが、意外と美味しかった。
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14:00発中国東方航空MU5114便に乗る。上海まで2時間のフライトなので、16:00に上海虹橋空港に到着。ホテルはいつもの香港広場酒店服務式公萬。
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夕食は、ホテルから歩いてすぐの新天地にある鼎泰豊(ディンタイフォン)。
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1958年に台北市で油問屋として創業し、1972年から小籠包等の点心料理の販売を始めたそうだ。1993年にはニューヨークタイムズで「世界の人気レストラン10店」の一つに選ばれ、現在では世界中に110店舗以上出店している。
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定番の小籠包に舌鼓を打つ。
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新天地から夜の上海を散歩しよう。
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西蔵中路にかかる歩道橋からの眺め。
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シネコンでは「夜の上海」や「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」が上映中。
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新天地から南京東路まで歩いて行く。
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南京東路。
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観光客がひしめき合っている。
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クライアントは何度目かの上海なので、懐かしがっていた。
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ここが上海一の繁華街になって、100年以上の時が経つ。約6kmも続く世界一長いショッピングストリートだ。
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歴史ある建造物も数多く残っているので楽しい。観光客だらけなのは分かっているが、毎回訪れてしまう。
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2007.7.17
昼前に人民公園にやって来た。 -
暑いからか人もあまりいない。
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上海の中心に位置する緑多い公園。
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蓮の花が美しい。
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昼食は人民公園内にある「バルバロッサ」で。何しろ酷暑で汗びっしょりだった。何を食べたかは忘れたが、真っ先にビールを注文したことだけは覚えている。
それからマダムタッソー蝋人形館や、ホテルの近くにある「伊都マッサージ」に行ったりして、午後はぐだぐだ過ごした。
夕食は大時代広場3階の鉄板焼き「河河亭」へ。なんと隣りのテーブルに馮小剛(フォン・シャオガン)監督がいた。「ハッピー・フューネラル」「戦場のレクイエム」「狙った恋の落とし方。」「唐山大地震」など名作、話題作が数えきれない中国を代表する映画監督だ。声をかけようか迷ったが、若い女性(凄い美人だった!)と二人きりだったので遠慮した。 -
それからいつものジャズバー「Cotton Club」で飲んだ。
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洞窟のようなバー「Mural摩硯」はバーストリートと呼ばれている衡山路にある。仏画が描かれた壁、仏像などがあって異国情緒たっぷり。最後の夜は、ここでまったりと過ごした。
翌日は、浦東国際空港から13:10発の全日空NH920便にて帰国。17:00に成田国際空港に到着した。
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