1987/09/04 - 1987/09/04
7位(同エリア77件中)
とーりさん
コロナ禍もようやく落ち着きを見せ、トラベラーさんたちは続々と海外へと飛び立っておられて羨ましいですが、私は当面国内旅行に勤しむことになりそうです。ということで暫くは国内旅行記や過去の旅行を振り返ります。まず今回は私が海外旅行に目覚める前の国内旅行について旅行記を認めたいと思います。私の国内旅行は鉄道旅行から始まりました。つまりこれが表題にある「鉄」の時代です。当時の私は乗ることが目的といういわゆる「鉄ちゃん」に該当する存在でした。今でこそ鉄ちゃんは世間に認知され、女性アイドル(?)などもいらっしゃいますが、当時世はスーパーカーブーム、圧倒的少数派の鉄道ファンを名乗ることが恥ずかしく「隠れ鉄ちゃん」として細々と楽しんでいました。
ご存知のとおり鉄道趣味にはジャンルがあって、鉄道車両のメカニズムを追求する「車両鉄」、鉄道写真を撮るのが目的の「撮り鉄」、乗り潰し等乗ることが目的の「乗り鉄」などがあり、最近ではさらに多様なジャンルがあるようです。私は時刻表を見て列車の乗継を計画、それを実践し、うまくいけば悦に入るという鉄道旅行作家の大家、宮脇俊三さんに近く、今で言ういわゆる「乗り鉄」ですが、そこまでストイックではなく、観光地では乗車を休み観光を楽しむといスタイルでした。また、車両よりも駅に興味があり、下車駅で入場券を買い集めたり、駅を起点に観光など街歩きを楽しみ、温泉旅館に泊まるなど、今の自分の旅行形態の原型が造られたと思っています。
一方、「道」というのは「北海道旅行」です。海外旅行が流行り始めた頃、まだひとりで行く勇気がなかった時代に嵌ったのがこれでした。最初は鉄道で回ったのですが、大自然や美味しい食べ物、ユースホステルの楽しさなど鉄道以外の面白さに感化され、次第に鉄道は手段としての乗物となっていきました。
それでも北海道以外では暫く「鉄ちゃん」ぶりを発揮し、乗りながら観光するということが主だったのですが、海外旅行にシフトした現在では国内の鉄道趣味は自分の中では廃れ、最近ではほとんど鉄道には乗っていません。
そんな中、整理していたところ過去に旅行した内容の一部ですが記録や感想が残っていました。スマホどころかデジカメもない時代、撮影は選びながら行っていたので写真はそれほど残っていませんが、形になるものだけ掲載させていただきます。という訳で今までの旅行記とはちょっと違って「鉄分」濃い目になりますのでご了承ください。
1987(昭和62)年9月1日~9月17日の17日間、北海道ワイド周遊券(有効期間20日)を利用し、当時あった北海道の鉄道路線を完乗しました。当時の予定表のノートを基に、少ないながらの写真、それと購入した入場券や駅弁の包紙などで辿ろうかと思います。今の旅行記のように時刻は厳密に記録しておらず、ノートは予定表なので多少ずれていることはあるかと思いますが、概ね予定通り回っています。幸い、当時に近い1987年3月号の復刻版時刻表が発行されており、確認したところ、旅行時とそれほど時刻の変更は無さそうです。当時乗った北海道の路線は以下のとおりです。函館本線、函館本線支線(通称:藤城線、砂原線、上砂川線)、江差線、松前線、札沼線、歌志内線、深名線、室蘭本線、室蘭本線支線、千歳線、石勝線、石勝線支線、日高本線、根室本線、富良野線、池北線、留萌本線、宗谷本線、天北線、石北本線、名寄本線、名寄本線支線、釧網本線、標津線、標津線支線、札幌市営地下鉄東西線、南北線、札幌市電、函館市電。
なお、写真は私の撮影技術の稚拙さに加え保存状態が悪く、色褪せていたりカビ(雪の結晶のようなもの)が付いているものもあり、不快と思われる方いらっしゃると思いますがご容赦ください。
今回は4日目です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JR特急 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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この日は早朝からの始動です。函館本線をそのまま、いわゆる「山線」回りで踏破し、小樽で軽く観光して千歳線、石勝線(支線を含む)を乗り潰し、夜行急行で釧路へ向かいます。
まずは函館4:56発の特急北斗3号で森へ。
(函館4:56 ⇒ 5:35森 特急北斗3号) -
森ですぐ5:36発渡島砂原経由の列車で大沼へ向かいます。正式には函館本線の一部(支線)、通称「砂原線」に乗り換えます。
(森5:36 ⇒ 6:24大沼) -
図にしますとこんな感じ。①函館から特急北斗3号で一気に8の字のてっぺん、森に着き、そこから駒ケ岳をぐるりと回り、8の字の真ん中大沼へ。
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そこから隣の観光駅、大沼公園まで歩き、北斗3号が通った赤井川経由の本線で再び森に向かいます。
(大沼6:25頃 ⇒ 6:45頃 大沼公園) -
この辺の乗継はうまくいきましたが、秀麗な駒ケ岳や鏡面のような輝きを放つ大沼など撮影はしませんでした。そのくせこんな森駅の構内写真なんか撮っていて、我ながら当時の「鉄ちゃん」振りには呆れます。
(大沼公園7:23 ⇒ 7:53森8:05 ⇒9:22長万部) -
2度目の森駅は10分少々乗継時間があったので、入場券をGetできました。
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そして「私の旅スタンプ」も。
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森から各駅停車でのんびりと噴火湾沿いを約1時間半かけて室蘭本線との分岐駅長万部に到着しました。
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ここは交通の要衝でほとんどの特急が停まる主要駅です。札幌へのメイン道は当時既に室蘭本線経由。そちらは特急列車が雁行していて賑やかですが、これから私の乗る山線は通称のとおり、山の中、峠を越えながら走る、普通列車しかない区間です。
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長万部駅にも「わたしの旅スタンプ」がありました。とりあえず押しておきます。
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山線の「終点」小樽までは3時間半もかかるので長万部名物の駅弁「かにめし」を購入し、閑散とした車内で食べました。
(長万部10:58 ⇒ 14:30小樽) -
こちらが掛け紙。味わいがあります。
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森からのルートはこんな感じです。小樽に着くのは午後。ここで3時間程度観光時間を取っており、ひと息つきますがそこからはまさに乗り潰し。夜間で景色も見えない中、動き回り、深夜の追分で夜行列車に乗車します。
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長万部から小樽までの中間点である倶知安で16分程停車するので、改札を出て入場券をGetしました。
題名は「山線アタック」としましたが、写真はありません。 -
3時間半を経て小樽着、久々大きな街に到着しました。観光地でもある小樽で下車し、運河など回ったはずですが、写真は残っていませんでした。確かにフィルムの時代、写真は気軽に撮れるものではありませんでしたが、それにしても名立たる観光地で撮らなかったとは返す返すも残念です。
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観光については忘れてしまいましたが、スタンプはしっかり押しておきました。
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観光後、小樽から札幌方面へ。直ぐに陽は落ち夜陰で車窓も見えない中、乗り潰しでなければ無意味な乗継ぎを繰り返します。
(小樽17:53 ⇒ 18:28札幌 快速)
(札幌18:32 ⇒ 19:34苫小牧 急行ちとせ4号)
(苫小牧20:06 ⇒ 20:24千歳空港 特急ライラック27号)
(千歳空港20:25 ⇒ 21:06新夕張 特急おおぞら13号) -
苫小牧でも乗換えの時間にスタンプGetです。
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新夕張には1978年に始まった「いい日旅立ち」スタンプが。印にある石勝線の全通は1981年なので時期的にわたしの旅スタンプになりそうですが、街の特徴を載せるというより開業のトピックを題材にしたのでこちらになったのかもしれません。
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今は廃線となった石勝線支線を往復し追分駅まで戻り、釧路行き夜行急行「まりも」に乗車します。今回の旅行では宿代の節約と一日を有効に使うため、周遊券で追加料金なしで乗れる夜行急行の自由席に一日おきに乗るというハードな予定となっています。追分は始発ではないので席が確保できるか心配でしたが何とか座ることができました。
(新夕張21:32 ⇒ 22:04夕張22:08 ⇒ 23:06追分)
(追分23:46 ⇒ 翌6:10釧路 急行まりも)
新規乗車区間:
函館本線一部(五稜郭⇒七飯、大沼⇒白石)
函館本線支線(藤城線、砂原線)
千歳線、室蘭本線一部(沼ノ端⇒苫小牧)
石勝線、石勝線支線、
根室本線一部(新得⇒釧路)
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