2022/06/19 - 2022/06/20
66位(同エリア258件中)
ベームさん
柳川から福岡に向かうルート上にある吉野ケ里遺跡に寄ります。
吉野ケ里遺跡は弥生時代の遺跡として国内最大の物で、国の特別史跡です。
佐賀県の最東部にあり、背振山脈の南麓に広がる佐賀平野部の段丘に位置します。邪馬台国のあった場所との説もあり、歴史好きにはロマンが掻き立てられる所です。
表紙の写真は吉野ケ里遺跡のはす池に咲く大賀ハス。
-
吉野ケ里(よしのがり)に着きました。
一帯は国営吉野ケ里歴史公園になっていて、その中に吉野ケ里遺跡があります。 -
入り口の石段。
弥生時代は紀元前5世紀から紀元3世紀にわたり約700年続きましたが、吉野ケ里遺跡からはほぼその全期間にわたる遺跡、遺物が発掘されていて、日本最大の弥生遺跡です。 -
歴史公園センターにあるゲートを通ると天の浮橋(あまのうきはし)と名付けられた赤い橋があります。現代と弥生時代を繋いでいるそうです。
ここに復元されている物は、弥生時代後期、3世紀に最盛期を迎えたここ吉野ケ里の環濠集落の遺跡です。発掘調査が本格的に始まったのは1986年(昭和61年)からで、その報道は当時センセーションを巻き起こした記憶があります。 -
周囲2.5キロにおよぶ外濠の中に二つの集落、北内郭(きたないかく)と南内郭があり、最盛期には約5千人ほどの人が住んでいたようです。
3世紀後半、弥生時代の終焉と時を同じくして環濠は埋められ、集落の機能は消失し住民はいなくなりました。跡は古墳など埋葬の地になります。 -
銅鐸のレプリカ。
発掘品には、土器、石器、鉄器、青銅器、勾玉、管玉、銅剣、銅鏡、銅鐸などがあります。 -
外濠。集落の周りは深い環濠を廻らせています。
-
環濠入り口の門をくぐると遺跡が待っています。
-
さらには逆茂木(さかもぎ)で守っています。
-
弥生時代に入ると稲作の普及とともに富の蓄積、貧富の差が生じ、集落同士の争いが始まります。それでこのように集落を守るための仕組みが必要になったのでしょう。
-
-
環濠入り口広場。
-
南内郭に来ました。
-
-
南の「守り」の正門で櫓門になっています。
-
-
南の正門。
門の上には3羽の鳥(鳥形)が付けられています。
弥生式時代、稲作が始まると穀物信仰が生まれ、穀物を運ぶ鳥を崇拝する観念が生まれたと考えられています。各地の弥生式時代の発掘物に鳥の木製品や土器があるそうです。 -
正門の両側には物見櫓。
-
-
門の内側は南内郭(みなみないかく)と言い、ムラを治めていた王や主だった者とその家族が住んでいました。
-
「大人(たいじん)」の妻の家と物見櫓。
大人とは軍事や土木工事を取り仕切る者です。 -
-
-
櫓に上ってみました。
-
櫓の上からの眺め。
-
-
環濠。
濠は外濠と内濠の2重になっています。 -
「大人」の家。
竪穴住居です。 -
-
「王」の家。
王とその家族が住む家です。 -
集会の館。
-
-
煮炊屋。
共同炊事場。竪穴住居には煮炊きをした痕跡が無いので、ここで共同で炊事をしたと考えられます。 -
南内郭。
-
-
酒造りの家。
-
-
供物倉。
-
-
道具の倉。
-
-
高床倉庫。
ここには竪穴住居と高床住居がありました。 -
-
北墳丘墓に向かいます。
-
発掘された甕棺(かめかん、複製)です。
-
-
-
-
北墳丘墓。
これは複製ではなく本物です。 -
-
約2100年前の歴代の王やその家族が葬られました。
中から14基の甕棺が発見されています。 -
祖霊の宿る柱。
-
-
墳丘墓の周りの堀は深く幅があります。
-
-
-
南内郭の外に蓮池があります。
-
大賀ハスです。
1951年(昭和26年)、千葉県検見川の東大農場で発見されたちょうど弥生時代にあたる今から2千年前のハスの実から発芽した古代ハスです。 -
ちょうど今頃が花の時期です。
吉野ケ里の大賀ハスは熊本の高等学校から譲られた株を移植したものです。 -
美しい。
-
-
今は午後ですので花は閉じてしまっています。
-
弥生人が見たのと同じ蓮の花を見ているのです。
-
-
-
大きなハスの葉陰に閉じきっていない花が見えました。
-
今私は日本の古代史に関心があり、テレビBS放送の「一番新しい古代史」というのを毎週見ています。吉野ケ里で弥生時代に思いを馳せることが出来たのは良い思い出になります。
吉野ケ里遺跡を後にして福岡に戻ります。今日は福岡泊まりです。 -
福岡に着きました。ホテルチェックインの前に少し見物します。
博多湾を目の前にしてシーサイドももち海浜公園に建つ福岡タワー。
展望台スカイウオーク123m、塔の天辺234m。 -
シーサイドももち海浜公園。
-
商業施設マリゾン。
海に突き出ています。 -
-
高さ123mの福岡タワー展望台からの眺め。
上方薄茶色の建物、ヒルトンホテルの向こう側に福岡PayPayドームがあります。 -
車の窓から、またこのタワーの上から見た福岡は私が想像していたより遥かに巨大な都市でした。私の住んでいる横浜に比べ人口は少ないものの、東京に従属している横浜と違い、大九州圏の中心としての機能が集中しているからでしょう。
-
かって6大都市というものがありました。人口順で東京、大阪、名古屋、横浜、京都、神戸だったか、とにかく別格でした。今人口順に並べると東京、横浜、大阪、名古屋、札幌、福岡となっていますが6大都市なんて死語になりました。
-
マリゾン。
-
博多湾に浮かぶ能古島(のこのしま)、その右に薄く志賀島(しかのしま)。
レストランで食事して明日仕事のある孫と別れました。 -
今日の宿はHOTEL TRAD、ホテル トラッド 博多。
驚きました。今はチェックインもチェックアウトも機械で自分でするのですね。正面に見える機械がそれです。老人は時代に取り残されていくばかりです。
清潔な部屋と広いバスルームで良いホテルでした。 -
朝食付きですが、そのシステムが面白い。
チェックイン時に3種類のメニューからメイン朝食を予約します。九州ご当地弁当、博多御膳、洋食プレートからです。それにビュッフェがあります。ビュッフェはパン、ドリンク、サラダ、フルーツ、デザートが種類豊かに揃っています。デザートが美味しくて3種類も頂きました。 -
3日目。夕方の飛行機で横浜に帰ります。朝から曇り。
太宰府に向かう前に少し散歩。
ホテルの近くにある住吉神社。西門の鳥居。 -
筑前国一之宮住吉神社です。
-
日本全国に二千数百社ある住吉神を祀る神社でこの神社が最古だそうです。
大阪の住吉大社、下関の住吉神社とここを3大住吉と言うそうです。 -
手水舎。
-
神門。
-
本殿。国指定重要文化財。
-
本殿は神社建築最古の様式、「住吉造り」というそうです。
創建は1800年を遡り、今の社殿は1623年、黒田長政の寄進で再建。 -
摂社荒熊白鬚稲荷神社。
-
末社。船玉神社、志賀神社、人丸神社、菅原神社。
-
古代力士像。
この神社は相撲と縁が深く、この像に触ると力が得られるそうです。 -
-
太宰府に向かいます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
吉野ヶ里(佐賀) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
89