2022/05/17 - 2022/05/17
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JR総武線両国駅界隈を散策しました。お相撲ファンにとっては両国はおなじみでしょうが、隣駅錦糸町の繁華街とは異なり、あまり知られていないのでは。友人とふたりで久しぶりに歴史のある町をぶらついてみました。天気はあいにく曇り時々雨。夕食は森下の名店、”山利喜”で。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
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午後2時半、JR両国駅。総武線の浅草橋と錦糸町の間にあって、隅田川を渡ったところにあります。駅舎は国鉄(JR)になる前は、総武鉄道という会社の本社が置かれていたそうです。その当時は両国駅ではなく、”両国橋駅”だったと。
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改札付近に歴代横綱の大きな額が飾られている。一番手前が白鵬、隣りは武蔵丸。
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お相撲さんの手形。左手前、上は双葉山でした。
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総武線上下線は1、2番ホームが使われるが、普段使わない、今は臨時列車用となってしまった3番ホームに通じる通路は赤じゅうたんのギャラリーになっている。
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ギャラリー内は両国駅や総武線関連の歴史記念館になっています。鉄道ファンには興味深い写真も多いです。
”両国”の由来は武蔵の国(今の東京)と下総(しもうさ)をつなぐ意味。昔は房総方面への玄関口、始発駅でした。特に東京駅から錦糸町にぬける”総武快速線”の開業により、両国駅は通らないことから、房総方面へのターミナルとしての役割は失われました。 -
”駅ピアノ”。ギャラリー内にピアノが置かれており、青年が熱心に弾いておりました。
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駅北側に”国技館”。夏場所、熱戦真っ盛りです。
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国技館の東隣りに”江戸東京博物館”。立ち寄りたかったですが、改装のため長期休館中でした。
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江戸東京博物館の一角に立つ徳川家康像。江戸の町づくりに貢献した家康公の偉業をたたえるために、”江戸消防記念会”が建てたそうです。
更に東に向かって”すみだ北斎美術館”へ。 -
両国駅から10分ほどで”すみだ北斎美術館”に到着。葛飾北斎はながくこの地域に住んだことからここに美術館が建てられた。
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建物全景はこんな感じ。1階はギフトショップなど。3階、4階が展示室です。
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4階、開催中の企画。隅田川両岸景色図巻と北斎漫画。中は撮影禁止。
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3階の常設展示室。主に浮世絵。
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代表作富嶽三十六景から2点。右、”凱風快晴”(通称、赤富士)。左、”神奈川沖浪裏”。
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北斎と娘、阿栄(おえい)。この娘も画家だった。北斎は長命で90まで生きた。老々介護?
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もうひとつの企画もの。”花らんまん”。四季の花の絵、たくさん。
午後3時半、すみだ北斎美術館を出て、両国駅の北、横綱町公園内にある”東京都慰霊堂”に向かう。10分ほど。 -
”東京都慰霊堂”。横綱町公園は元は陸軍の”被服廠”(軍服を作る工場)の跡地で、関東大震災のとき、ここを避難所として4万人もの人々が逃げ込んだ。が、結局火災にまかれ、そのほとんどが焼け死んだという。更に、1945年3月の東京大空襲でも下町を中心に10万人ものひとが亡くなった。このふたつの大惨事で亡くなった人々を祀る慰霊堂。
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慰霊堂前で記念撮影。
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慰霊堂内部。右の壁に関東大震災の絵、左には東京大空襲の写真が掲げられている。
奥の供養塔は、亡くなって身元のわからないひとの納骨堂になっているそうです。 -
慰霊堂の脇にある”東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑”、長い名前。内部には空襲で亡くなった方々の名簿が納められている。
横綱町公園を抜けて、近くにある”旧安田庭園”へ。 -
旧安田庭園。元は大名庭園だったのを、安田財閥の安田善次郎が買い取って、のちに東京市に寄付された。今は墨田区が管理している。無料。
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隅田川に隣接しており、その水を引き込んだ池の周りを回遊する庭園になっている。
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ついでに隅田川を眺める。下流方向。総武線の鉄橋があり、その向こうに両国橋がある。
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上流方向。遠くに蔵前橋。頭上を首都高6号線(向島線)が走っている。
このあたり、水上バスの船着き場になっているみたい。
続いて、”回向院”に向かう。総武線の高架をくぐって南へ。 -
国道14号線(京葉道路)に面した回向院(えこういん)表門。
回向院は、明暦の大火(いわゆる”振袖火事”)で亡くなったひと、特に無縁仏を供養するために、幕命によって建てられた。その後、安政の大地震でも多くの死者、身元不明者が出て、ここに埋葬されている。・・・こう見ると、この地域、両国界隈はたび重なる大惨事と因縁があるね。 -
回向院は災害による無縁仏供養以外にも、ふたつ特色があります。
ひとつは動物、ペット供養に熱心なこと。
もうひとつは大相撲との関係です。江戸時代から明治にかけて、この境内で勧進相撲が行われ、その縁で国技館が両国にできたそうです。 -
亡くなった猫を祀る”猫塚”。
亡くなった力士を祀る”力塚”なんてのもあります。 -
本堂へ入ろうとする猫。
回向院を出て、南東、本所松坂町へ。 -
本所松坂町公園...といっても普通の公園ではなく、赤穂浪士の討ち入りで有名な吉良上野介(きらこうずけのすけ)の屋敷跡です。
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中に吉良さんの座像がある。元はこのあたり一帯が広大な吉良の屋敷だったが、討ち入り後、幕府に没収されてしまった。
赤穂浪士の一行は、吉良を討ったあと、永代橋を渡って高輪泉岳寺に。そして浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)のお墓の前に吉良の首を供える。吉良さんにはお気の毒でした。
ここから東、両国公園へ。 -
両国小学校の角に芥川龍之介の文学碑がある。芥川さんはこのあたりで育ち、両国小学校、府立三中(現在の両国高校)から、一高、東大へと進む。
彼の代表作のひとつ『杜子春』の一節が刻まれている。 -
両国公園内にある勝海舟生誕地の碑。”勝海舟生誕之地 法務大臣 西郷吉之助 書”と彫られている。
勝海舟は幕府を代表して官軍総大将の西郷隆盛(吉之助)と交渉し、江戸城を無血開城するかわり、江戸の町を焦土にしないという合意を取り付けた。ふたりは敵味方になる以前から交遊があったという。 -
勝海舟の年譜。下町育ちだったのですね。
午後5時。ちょうど頃合いの時間になったので、清澄通りを南下し、森下の”山利喜”へ。10分ちょっと。 -
清澄通りと新大橋通りの角近くにある”山利喜本館”。1925年創業、というから100年近いですね。
実はもともとこの店に来るのが目当てで、せっかくこのエリアに来るのなら両国界隈を歩こう、という運びになったもの。それくらいの有名店でもあるが、場所的に私にはちょっと不便なので、数年ぶりの訪問であります。 -
山利喜の看板メニューである煮込み。ここの煮込みは独特で、ブーケガルニ(フランス料理でよく使われる香味野菜の束)を使っていることはホームページで明かしているが、多分赤ワインも使っていると思う。
したがって、ここの煮込みはガーリックトーストと赤ワインで食べるのを定番とする。実においしいです。 -
テリーヌ。居酒屋の概念を超えていますが、普通においしいです。
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マグロと青ネギのぬた。ぬたは私の個人的な好物。
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煮込みと並ぶメインはやきとん。レバ、シロ、テッポウ。たれで。
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軟骨たたきを塩で。運よく食べられましたが、これは6時過ぎには早くも売り切れ。
飲み物は生ビール、赤ワイン、芋お湯割り。極上のひととき。いい気持ちになって都営地下鉄森下駅から帰りました。この日歩いたのは1万1千歩ほど。
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