2022/04/07 - 2022/04/07
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ペコちゃんさん
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春の花を求めて、飯能にある竹寺と鳥居観音に行ってみました。
竹寺は2019年、鳥居観音は2020年の紅葉の時期に、トレッキングを兼ねて訪れたことがありますが、今回は車で回り、飯能の春を楽しんできました。
写真は、枝垂れ桜が美しい竹寺の本地堂(瑠璃殿)。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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竹寺は、857年に慈覚大師円仁が東国巡礼の際、疫病の流行により、当山を道場として大護摩の秘法を修し、多くの患者を救うことを誓ったのが始まりと言われます。
千年余りの歴史がある天台宗の寺院で、正式名称は「医王山薬寿院 八王寺」、本尊は牛頭天王(ごずてんのう)、本地仏は薬師如来。
明治維新の神仏分離を免れ、神仏習合の姿を今に残す東日本唯一の遣構です。 -
狭くて険しい山道を車で登り、茅の輪をくぐって駐車場へ辿り着きました。
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ミツバツツジや桜に囲まれた駐車場には、大宮や川越などのナンバーの車が止まっており、本殿の方から読経の声が聞こえています。
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駐車場から境内へ・・・お寺なのに、参道入口に鳥居・・・その先には、見事なミツバツツジが目を引きます。
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鳥居をくぐって左側にある掲示板には、食事の案内・・・蕎麦御膳・うどん御膳などや、予約すれば本坊で精進料理が楽しめます。
住職の法話を聞きながら、自然の恵みである薬草を素材とした精進料理を、一度食べてみたいものです。 -
また四季折々にライトアップのイベントも開催されます。
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椿の花の先に建つのは・・・
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弁天堂。
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堂内に祀られた弁天様。
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弁天堂の先にある弁天池・・・水面に映るミツバツツジや新緑が綺麗です。
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竹寺には多くの文人墨客が訪れ、俳句寺としても有名で、多数の句碑があります。
『たもとほる 竹の鳥居や 竹の秋』 鈴木白祇 -
中国人有志により1992年に寄贈された「牛頭天王」ならぬ「牛頭明王」像・・・牛頭天王はインド祇園精舎の守護神ともいわれ、奈良時代に中国から日本に伝わりました。
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トーテムポールにも牛頭天王。
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1945年にフィリピン・バギオに落とされた米軍の不発弾で作られた「平和の鐘」。
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本地堂(瑠璃殿)・・・薬師如来が祀られています。
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瑠璃殿から入り口の方を振り返ると、枝垂れ桜にミツバツツジなど春爛漫の絶景!
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瑠璃殿の向かいにある観音堂。
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竹寺は、東京・埼玉の西武鉄道沿線にある「武蔵野三十三観音霊場」の結願寺・・・堂内には聖観世音菩薩が祀られています。
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ミツマタの花にに囲まれた小説家・中谷孝雄(1901~1995)の句碑・・・『竹寺は 薬師の浄土 風光る』
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瑠璃殿の先にある、よく手入れされた竹林・・・竹寺に相応しい静寂かつ清々しい竹林です。
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右側の巨木は、推定樹齢400年のコウヤマキ・・・太田道灌が植えたとされ「道灌槇」とも呼ばれます。
幹回りは約4m、樹高20mを超える竹寺のコウヤマキは、飯能市指定天然記念物。
その奥に見える建物は本坊。 -
瑠璃殿で「写経」をして身を清めた後、本坊で季節の素材を竹の器でいただく精進料理会=「写経会(しゃきょうえ)」なども開催されています。
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『竹寺の 青黛刷ける 紅葉かな』 渡辺佳子
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いかにも竹寺らしい竹の鳥居をくぐって、牛頭天王本殿へ向かいます。
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『琅かんの 竹玲瓏と 冬に入る』 西本一都
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「茅の輪(ちのわ)」をくぐって心身の清浄を願い、本殿へ。
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海抜490mに位置する竹寺。
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手水舎には・・・
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美しい花手水。
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丁度、読経が終わったようで、住職さんや参列者の人達が本殿から出てきました。
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本堂に当たる牛頭天王本殿は、明和年間(1764~1772)に建立されましたたが、1999年に焼失し、図面を元に2003年に再建されました。
本殿は神社の社殿風の造りで、左右に狛犬も鎮座しています・・・竹寺は寺なのか神社なのか(?) -
木鼻には獅子と象の彫刻・・・まさに神社です。
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しかし、拝所の上部には、神社特有の鈴ではなく、仏教特有の鰐口が。
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本殿内部に祀られた牛頭天王。
住職が神棚に向かってお経をあげるような不思議な世界ですが、江戸時代までは一般的な光景でした。
かつては辿り着くことが大変だった山奥にある竹寺は、人目に触れにくく、それが神仏分離の目から免れた理由でしょう。 -
本殿の柵に結ばれた「おみくじ」。
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広い境内に咲くミツバツツジなど、春の花が印象的な竹寺でした。
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竹寺から名栗湖に向かい、湖畔にある山小屋風のカフェ「レイクサイドテラス名栗湖」で昼食。
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テラスから見た名栗湖・・・1986年に完成した有間ダムは、洪水防止・生活用水確保などのために入間川支流の有間川下流に造られた多目的ダムで、ダム湖の名称が名栗湖。
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上流側を見ると、見事な桜。
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昼食後は鳥居観音へ。
白雲山・鳥居観音の開祖・平沼彌太郎は明治25年、この地に生まれ、後に埼玉銀行(現埼玉りそな銀行)の初代頭取や参議院大蔵委員長を務めました。
彌太郎の母・志げは熱心な観音信仰者であり、その母の遺言「私にかわってお前が観音様のお堂を建てておくれ」という願いを実現しようと1940年に観音堂(現在の恩重堂)を建立し、のちの鳥居観音へと繋がります。
それから1985年に93歳で死去するまで、営々と作り続けたのが白雲山・鳥居観音で、シンボルの救世大観音は1971年に完成しました。 -
白雲山全体が境内になっており、入り口から歩いて回るのは大変なので、車で急坂を登り、玄奘三蔵塔の前にある駐車場へ・・・駐車場の周りには美しいミツバツツジが咲き、開創50周年を記念して建立された「平沼先生夫妻頌徳碑」があります。
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玄奘三蔵塔は、第一層が四角形(日本様式)、第二層が八角形(中国様式)、第三層が十六角形(印度様式)という独創的な造りになっています。
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そしてここには、「西遊記」でおなじみの玄奘三蔵法師の霊骨が祀られています。
1942年の日支事変当時、南京郊外で日本軍が石棺を発掘し、中にあった頂骨が三蔵法師のものと分かり、中国で慰霊塔が建立されましたが、その式典に参列した日本仏教代表者に分骨が贈呈され、鳥居観音に奉安されることになり、1960年に玄奘三蔵塔が建立されました。 -
玄奘三蔵塔の前に置かれた大香炉・・・ペルシャ風の作りが洒落ています。
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台座の獣も平沼彌太郎の作。
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桜の向こうには救世大観音。
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心が安らぎます。
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この時期、白雲山はミツバツツジに覆われています。
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美しいミツバツツジ。
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ガンダーラ遺跡から発掘されたものを参考にして造られた納経塔・・・この中には般若心経など1万数千巻の写経が収められています。
1973年の建立で、高さ:15m。 -
桜とミツバツツジの先に見える玄奘三蔵塔。
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救世大観音の前にある見晴台からは、棒ノ折山が望めます。
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そして、玄奘三蔵塔や・・・
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大鐘楼が目の前に・・・
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平和観音は、地球の汚染・破壊を憂い、天地自然と共に人類の永久的繁栄を祈念して1975年に建立されました
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麓からも観える救世大観音は、基壇の高さが10m、中央大観音の高さが23m、脇立の梵天・帝釈天は23mあります。
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穏やかな御尊顔に神々しさを感じます。
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大観音足元の白い入口柱はギリシャ式、赤色のネジリ柱はクレタ島・クノックス宮殿の逆さ柱のデザインを取り入れ、その根元で六頭の阿吽の獅子が堂宇を守っています。
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基壇の四隅には四天王が睨みを利かせ、救世大観音の四方を守っています。
これは東方の持国天。 -
南方の増長天。
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西方の広目天。
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北方の多聞天。
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基壇の外周壁面には「観音三十三応身のレリーフ」・・・観音様の説話を見える形で表現しています。
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観音経によると、観音様は三十三の姿に変身できるそうで、ある時は金持ちの婦人だったり、またある時は小さな子供の姿だったり・・・救いの手が届きやすいよう、相手の性格や状況に応じて姿を変えるんですね。
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これらのレリーフは、観世音菩薩が衆生の願いに応じて姿を変える三十三応身と,十九の説法について説き,衆生がその名を呼ぶことによって,あらゆる願いが満足されることを意味しています。
開祖・平沼彌太郎の精神の一端に触れたような気持になってお詣りした鳥居観音でした。
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