1984/08/16 - 1984/08/18
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おくさん
自転車の旅 一度はやりたい富士登山(読み切り)
コロナウィルスのお陰で、国内・海外を問わず何処へも行けなくなってしまいました。お陰でこうして過去の旅をブログにしています。大昔に行ったサイクリングの旅も10作目の今回は、5月のGWを利用して3日間遊び歩いた富士登山の巻です。
1984年8月。最初の予定ではお盆休みを利用して、富士山方面を4日間の日程で走り回る筈だったのですが、長女の出産騒ぎがその間に割り込んできたために、日程を2泊ポッキリに詰めざるを得なくなってしもうた。いや、厳密には一泊もしてないので実質2日間だけの日程です。なんちゃって、それでも出産後は自分のサイクリングを優先させちゃう私ってどうかとも思うんですが。
長女の誕生が8月8日で、奥様も無事に退院して家でのサイクルも安定してきた8月16日に遊びに出させて頂きました。ありがとうございました。
苦心のスケジュール変更は、前橋、山中湖間は車に自転車を積んで夜通し走り、山中湖から富士五合目間を自転車、その上は夜通し徒歩で頂上まで歩いてお釜を一周。帰りは五合目まで下山したら自転車で山中湖までのダウンヒルを堪能。また夜通し車で前橋まで帰るでというものでした。これがなかなかハードなスケジュールでありまして、2日連続の徹夜で遊び回るというものです。以下はその顛末。
さて、8月16日の真夜中2時過ぎ、山中湖目指して暗闇の中をレッツゴ!さすがに深夜のドライブは涼しい!すいてる!で、国道254号、16号、20号と乗り継ぎ快調にとばし山中湖までの210数キロの道のりをぐんぐんと稼いでいったのでありました。この時代ではまだ高速道路はありませぬ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
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しかし、やっぱり明け方近くには注意力が散漫になったらしく、数回道を間違えたり、赤信号の交差点に進入してしまったりと危険がいっぱい。赤信号なのに突っ込んでしまって交差点の中で赤だったことに気づいて冷や汗をかきました。それでも何とか朝方8時過ぎには無事、山中湖畔に到着。湖畔の無料駐車場に車を止めて自転車を組み立て、いよいよこれからは夏のサイクリング自転車の部の始まりです。
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まずは電車の山中湖駅に行き、カメラのフィルムを仕入れたり、腹ごしらえしたりして時間を過ごし、ボトルに水を満タンにしたら富士山五合目目指していざ出発出発。
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11時、富士スバルライン有料道路のゲートを通過し、道はいよいよ本格的な登りに入った。ここの坂道は普通の山道と違い、カーブはほとんどなくて直線的な坂が延々と続くもので、こういう坂が自転車には一番こたえてしまいまする。
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はじめの頃は4、5%だった傾斜が段々と7、8%となって行き、愛車の能力も全開状態。と言っても、変速が10段しかない愛車はギヤ比が限られてるのですぐに全開になってしまいますが。
もう相当登ったようだけど、何合目という看板がさっぱり見あたらない。でももうそろそろ3合目あたりまで来たのかなー?なぞと思いながら上っていくと、あったあった、やっと看板がありました。何と1合目の!どひゃっそりゃないでしょーっ、こんだけ苦労して上ってきてまだ1合目かよ。こりゃなかなか手強い、やっぱり天下の富士山だけのことはある。
1合目が延々と長かった割には、その後の2合目は意外に早くやってくる。何合目ってのは単純に距離を10等分したんじゃなくて、標高によって分けてるんですかね。 -
2合目を過ぎた所の眺めの良い駐車場で小休止を取っていたら、車でやって来たどこぞのオッサンが「これは漕いで登るのかね?」ととぼけたことを聞いてくる。エンジンがないからねと答えておいたが、あるいは坂は自転車を押して登るのかと思ったのだろうか?舗装された道路なら自転車はどんな坂でも登れるんですよ。
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それでも2合目を過ぎると3合目4合目が思いの外早く通過できて、4合目からの風景はもうすっかり雲の中の世界で、遠くに見える景色は下界の雰囲気になってきた。ホントに足の下に雲があるんだねー。あーたまをくーもーの上にーだし~の歌のまんまだ。
更に、終点の5合目近くに来ると辺りは完全に高山の様相で、今までの疲れも苦労も吹っ飛ぶ程の眺めの中を爽快な気分でゆっくりと登っていくことができる。追い抜いていく乗用車やバスの人たちが時々たまげた顔やら呆れた顔で振り向いて行くのもこの辺ならではの現象。こっちもそれが面白いものだから、バスなんか追い越していくと乗客の反応が楽しみのひとつに加わってしまった。それくらい富士山に自転車で登る人は少ないってことのようです。 -
スバルライン終点の富士山5合目には3時50分に到着。辺りは一面クルマクルマの大賑わいで、人でごった返している。ガイドブックによりますと、まずは小御岳神社へお参りするというのが富士登山のコースということなので、私もそれに従い自転車を同伴してのお参り見学をして参りました。
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夕飯にはちょっと早いけど、県営の無料休息所でなめこそばとビールを飲みながら5合目からの夕景をゆったりと楽しみます。その5合目からの景色というのが、この世のものとは思えないほどの素晴らしさで、これを見るだけでもここまで登ってきた価値があるって程のものなんですよ。
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夕方近くになると富士山頂付近にかかっていた雲をはじめ、付近一帯に広がっていた雲という雲が徐々に下へ下へと下がって行きだして、その成りゆきやまるで70ミリの大スペクタル映画、いやそれの何百倍の迫力で目の前に繰り広げられていくのでした。
やがて雲は5合目の足もとに、まさに見渡す限りの雲の絨毯を敷き詰めて、静かにその動きを止めたようでした。そして太陽がその雲の絨毯の中に、眩しい輝きを放ちながら音もなくスルスルと沈んでいき、はたと反対側に目を転じると、そこには大きな大きな富士山が太陽の夕日を浴びて赤富士となってそびえ、雲海の上に広がる水色の空には宵の明星が針の穴からこぼれさすような鮮やかな光を放っているのでありました。まさに360度の大パノラマの世界で、山頂まで登らなくてもこの5合目の夕景は充分富士に来た甲斐があるってもんではないでしょうか。私もこれを見ただけで富士山までやって来た甲斐があったと感じました。
ボトルの水は5合目に到達するまでに飲み干してしまったので、この店で補給させてもらおうとお願いしたら、本当は分けてあげられないんですよと内緒でコップに1杯だけボトルに入れてくれる。そういえばここは富士山なんだから、水も下界から持ってくるんだよなー。そりゃおいそれとはサービスできないんだろう。でもこれから頂上目指して登っていく予定の私としては水なしで行くのは何とも心もとない。自販機のブリックパックの牛乳とポカリを2本買ってザックに入れていくことにする。
太陽が沈み、辺りが段々と薄暗くなってくると途端に寒くなってきて、かねて用意の長袖にトレパン、ウィンドブレーカーを着てもまだ寒い。頂上目指して登り始めれば暖まるかもしれないが、ここでこんなに寒いんだから上で休んだりすればもっと強烈な寒さなんだろなーと考え、まだ登り始めないでじっと5合目で寒がっていることにする。ここならまだ建物の中に入ってられるし、自販機だってあるからずっとマシだ。
9時半、どうにも寒いので自販機の熱燗ワンカップと無料のお茶を3杯飲んだら割合体も温まりひと息つく。この県営スバルロッジは今頃になっても結構客足が途絶えないでいるから、買わない客が(私)何時間もテーブルで粘っていても嫌な顔をしないのでまことに便利であります。
ご来光の時間に頂上に登り着く計算で、ずっとここで粘っている訳なんだけど、そろそろここも飽きてきたので予定より1時間早くスタートしようと思い、懐中電灯を持ってそうなグループの後について10時20分、暗闇の中を山頂目指してポツポツと歩き出す。いよいよ六根清浄のスタートなのです。
何しろ荷物を減らす作戦で、夜の登山が計画の一部なのに懐中電灯を持ってこないから、前のグループの懐中電灯が頼りだ。かと言って、見知らぬ男が一緒に歩く訳にも行かず、付かず離れず見失わないくらいの距離を保ってこっそり付いていく。
最初はうっそうとした森の中という感じで一寸先も見えない漆黒の闇だからまるで手探りで歩くようだ。それでも暫く歩くと天井が開けて星空が見えるようになり、ほのかに辺りが見えるようになった。すると、遥か下にある雲の絨毯の隙間から街の明かりがチカチカ色とりどりに見えるじゃありませんか。こんな光景も生まれて初めてのものなので、感激の余りザックからカメラを引っぱり出してパシャパシャとシャッターを切る。でもこの時の写真は暗すぎて再現できませんでしたがちょん。
のんきにそんなことをしていて、ハッと気が付くと回りにはだーれもいないではないですかー。勿論、頼りの懐中電灯さんも!!これは大変と、急いでカメラをしまい込み暗闇の中バタバタと追いかける。が、何と道はまたしても樹木の狭間で真っ暗闇の世界に変わっていた。手探りならぬ足探りでひたすら懐中電灯さんを追い歩きます(ホントに真っ暗闇なので走ることさえできない)。すると私が歩む道とは異なる上の方から微かに声がするではありませんか。耳をこらすと確かに聞こえる。来る前に読んどいたガイドブックに書いてあった「登山道途中の泉滝という場所から道は二手に分かれる」というのを思いだし、闇の中、手探りで(冗談みたいですがこれ本当に手で探ったんです)その分かれ道を必死で探し出し「これだっ!」と喜び勇んで夢中で登っていくと、暗闇の前方に懐中電灯の地面を照らす光が見えてきた。やれやれこれで一安心と足どりをゆるめ、またその人達の後についてのんびりと登っていく。今度は見失わないようにしなくては。
歩き始めて気が付いたのは、自転車で5合目まで登ったため、ももが痛くて足を引きずる程だったのが十分な休息でその痛みが取れてた事だった。あんまり痛いので、これで頂上まで登っていけるんかいの?と不安だったのだけど、ここ迄来て諦める手はないと、何としてでも頂上まで登ってやると決めていたので、これは大変ありがたいことだった。 -
しばらく行くと別のルートから登ってくる人たちのライトの光がポツポツと繋がってくるのが見える。向こうとこっちで元気な人が「ヤッホーッ」と怒鳴っている。別ルートとの合流地点の6合目を過ぎ、7合目の山小屋「トモエ館」で休んでいると、やはり単独登山の男性がシャッターお願いしますと言ってくる。こっちのもお願いして話してみると、お互いに「実は私も一度は富士山に登ってみたくて」ということだった。やっぱり誰でも一度は富士山に登ってみたくて来るんだなーと、思いを新たにした。これが今回のタイトルになりました。
テレビやガイドブックで大体予想はしてたけど、富士山と言うのはホントーに瓦礫の山で、6合目からは木の一本、草の一本もありませんで、ただの無味乾燥な火山岩の上を黙々と登っていくのでありました。しかし、そのせいで月明かりを遮るものは何一つないから、もう懐中電灯がなくても困ることはなくなりました。
眼下に見える雲の動きは月明かりを浴びてなかなかどうして大したものでして、一面に広がるの雲の絨毯が大きく山になったり谷になったり絶えずダイナミックな動きを繰り返しているし、その隙間からは街の明かりがチカチカと漏れ輝いてたりして結構目を楽しませてくれる。これ動画で撮ってたら良かったなと思っても、普通のフィルムカメラしか無いので出来ない相談です。 -
8合目の石段に腰掛けてボトルの水を飲んでたらアメリカ人らしき二人組の兄ちゃんが片言の日本語で話しかけてきた。こちらは得意の日本語でペラペラと喋ったら「スミマセンワカリマセーン」。でももう一人の方は結構話せるらしくて何やら会話になる。「水アリマスカ?」と聞くので、少しあるよ飲む?とボトルを差し出すと、いいえとんでもないというジェスチャーをした。彼もこの地点での水の貴重さを十分知ってるようでした。でも、遠慮してくれて助かったとは言わない。
8合目を過ぎると、もの凄い急坂が延々と続き、両手を使ってよじ登ることもしばしば。おまけに高山病にかかったらしく、少し登ると頭痛がしてきて動悸に息切れ、私も大したことないなーと身を持って不甲斐なさを実感してしまう。もう時間なんか構うことなしに、少し登っては小休止をどんどん入れていくことにしました。大行列なので、立ち止まる横をじゃんじゃん人が追い越して行きます。しかし体を止めるとすぐにもの凄い寒さが襲ってくる。持ってる物を全部着てもとても追いつかないので、最後にはポンチョも着て新聞紙を畳んで背中に入れておいたけど、それでも震えるようだ。富士山って夏でもこんなに寒い所だったんだ。
やっぱりここにいる総ての人たちが御来光の時間に合わせて登っているらしく、頂上の付近ではまさか人が混み合ってきて、山小屋付近は押すな押すなの大盛況という感じで人の切れ間がない。
9合目を過ぎると、空がどんどん白み始めてきて、いよいよ御来光だなと東の空を見るが、これがまた中々太陽は顔を見せない。じゃぁまだ間に合うかなと、こっちも頑張ることにする。御来光は是非山頂でと思っているので、気がせいてはいるのだが、頂上の鳥居は見えるのに、ちっとも到達しない。東の空を振り返りながらはやる心と痛い頭を抱えて、もうすぐもうすぐと呟きながら頑張る。 -
頂上では既に登り切った人たちが石垣に腰を下ろして御来光を待っているのが見えるほどになる。そしてとうとう鳥居をくぐった瞬間、周りからワァーッと歓声があがった。御来光だ。私の到着を待っていてくれたかのように雲海の中から顔を覗かせた太陽は、見る見るうちにその全体を宙に浮かせてまばゆい光を放っている。「やった!」という思いで輝く太陽を寒さをこらえ暫し見つめていたら、目も暫し馬鹿になってしもうた。
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さてこれで一番の目的は達成できたし、あとはのんきに火口を一周するお鉢めぐりでもしてと、心も足どりも軽く歩き出す。頭はずっと痛いのだが、もう登りではなくなったので幾らかましになったようだ。
山頂には別の鳥居もあって、鳥居の木の隙間に硬貨がたーくさん差し込んである。豪華に百円、50円だって沢山ある。うーむ、日本人の悪い癖でいかんなーと道徳心から全部回収してやろうかいと思ったが、世間の皆さんはそうは思わないだろから止めておく。勿体ないなー、あの硬貨はどうなっちゃんだろう。
山頂には郵便局の出張所もあって、こっから葉書をだせるそうだ。葉書はいいけど、公衆電話もあったので記念に富士山頂から家に電話を掛けてみる。まぁ電話なので声だけだから富士山山頂からと言っても映像が送れる訳じゃないから向こうにこの感激は伝わらないよね。 -
しかしこの山頂からの眺めったらないね。はるか眼下の南側に目をやると、駿河湾の海岸線がずーっと続いているのが見え、続く伊豆半島もその形が丸見えだ。その反対側は相模湾。北側にはアルプスの高い山が雲海からにょっきり頭を出している。日本中をあちこち見て回ってきたけど、こっからの眺めが一番だよー。「富士山は見る山で登る山ではない」て言葉があるけど、ありゃ嘘だね。登ったことのない人のひがみか?
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私が登ってきた登山道を見下ろすと、ご来光に間に合わなかった人たちの列が延々と続いている。まぁ途中からでもご来光は見えたんだろから富士山から拝んだことになるので良いんだろう。
大沢崩れという有名な崖崩れ場があって、ビル程の大岩石が転げ落ちる順番を待っている風景にはびっくりドッキリだ。大雨か地震でもあったらこいつらが落ちていっても不思議ではない。この下何十キロ先でも絶対家なんか作る気がしないぞ。 -
気象庁富士山測候所は噴火口の周囲から一段高い所にあった。そこまで行くのは大した坂でもないんだけど登るのに一苦労してしまう。踏ん張るたびに瓦礫の細かいのが下に流れて足場を奪ってしまい何かに捕まらないととても登れるものではなかった。
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測候所の中は見学できないようだが、すぐ隣には「日本最高地点、剣が峰3776m」の石碑があった。おぉこれだよこれ。こいつは記念に撮らなくては。
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ゆっくりのんびりと噴火口を一周して、下りは下り専用の道があるそうなので順路に従い自転車の待つ5合目を目指す。これまた有名な須走りとかいう下り専用道だ。ザーッザーッと小石をくずしながら小石と共に一緒に下って行くのだけど、登山者の全員がいちいちこんなことやってたら、いつか富士山も日本一の高さでなくなってしまいそうだな、こんなのでいいのかねー。
下りは登りと違って、とっとと下っていけるのだが、相変わらず雲は遥か足の下にあるばっかりだ。手も相変わらずマッ黄色のまんまで頭も痛いまんま。高山病になると、黄色く見えるってのは本当だった。各合目の山小屋の中には金属製の酸素ボンベが備えてあるので、きっと有料で酸素を吸わせてくれるんだろう。一度、キャタピラの着いた小型車が荷台に登山者を乗せて下っていく場面を見た。よっぽど酷い高山病になったようだ。高山病って最悪死んじゃうのかな?情報不足で分からない。
延々と下っていき、徐々に周りには木々も見えるようになった。でも中々見覚えのある風景には出会えないから、本当にこの道でスバルラインの5合目に出られるのかなー?もしかして別の登山道に出やしないだろなー、もし登山道を間違えたらとんでもない回り道をしなくちゃならないので不安になってきたが、しばらく歩く内、もと来た5合目の登山口に出られたので一安心。自転車も何事もなく同じ場所にあったのでこれまた一安心。
さてひと休みしたら、これからは最後のお楽しみ日本一の富士山ダウンヒルが待っている。いつものように車列の間に入ってビュンビュン下っていく。コーナリングの悪い車だと追い越してしまいそうになるが、それやるといかにも頭の悪い自転車青年に見えるだろうからやりません。
車を停めてある山中湖まで戻ると高山病はきれいさっぱり治っていた。自転車を分解してトランクに収めて、さぁこれから群馬県までひとっ走りするのが最後の仕事だ。二日徹夜してるので居眠り出そうだなぁ。事故らないように気を付けよう。
おわり
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