2022/01/02 - 2022/01/02
164位(同エリア1890件中)
はんけんさん
初詣で日本橋七福神へ。日本橋七福神は、以下の7社です。
(この順番で廻りました。)
椙森神社‐恵比寿
笠間稲荷神社‐寿老人
末廣神社‐毘沙門天
小網神社‐福禄寿、弁財天
茶の木神社‐布袋尊
松島神社‐大黒天
水天宮‐弁財天
一般的に七福神は神社とお寺で構成されいているのですが、今回の巡った日本橋七福神は全て神社でした。結構珍しいのでは?と調べてみると、やはりそのとおりで、30年前までは日本で唯一の「神社だけ」で七福神をめぐることができるコースだったそうです。1993年に同じく神社だけ千寿七福神ができたことで、日本唯一ではなくなってしまったのですが、いずれにしても神社だけで構成される七福神はかなり珍しいようですね。
七福神だけでなく、箱根駅伝のゴール地点、渋沢栄一の銅像、日本郵便の発祥地、日本の銀行発祥地などを廻る楽しい行程でした。
今年もよろしくお願いいたします。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
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地下鉄大手町駅。
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東京箱根間往復大学駅伝競走(通称:箱根駅伝)のゴール地点です。
この時点では、ゴール地点とスタート地点は同じ場所と思っていたので、スタート地点と思い込んで撮影していました。「今朝のスタートから3時間経っているので、もうガランとしているなぁ」などと思いながら。
しかし微妙な違和感があったので、帰宅して箱根駅伝の映像を見直してみると、往路のスタート地点は、ここから一本北側の道路でした(恥)。 -
「絆」という像がありました。
テープを切るゴール時を模した像ですね。 -
歴代優勝校一覧のモニュメントです。
私の出身大学は、優勝はおろか、一度も参加できたことがありません(哀)。
ていうか、陸上部(もしくは競走部、もしくは駅伝部)って有るのかな?うちの大学。 -
主催者から応援自粛のお願い。
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翌日の復路ルートには、立ち入り禁止のテープが張られていました。
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東に歩きます。渋沢栄一の銅像。
10年ほど前、勤務地がこの近くだったのですが、その時にはなぜこんな所に渋沢栄一がいるの?と思ったのですが、旧宅がこの近くだったのですね。 -
日本銀行。
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三越の日本橋本店。
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三越のライオン。
銀座の三越のライオンは、何度も見ていますが、日本橋本店は初めてかもしれない。 -
三井本館。国の重要文化財だそうです。
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COREDO室町で昼食。
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12時前だというのに、どの店も長蛇の列。
行列が全く無かった「重慶厨房」という中華料理屋さんへ。 -
アラカルトメニュー。
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海鮮入りあんかけご飯(1400円)と餃子とビール。美味しかったです。
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お腹も膨れて歩き始めます。
古河市兵衛さんの像。古河グループの創始者だそうです。 -
長崎屋跡。
長崎屋というのは江戸時代の薬屋で、長崎出島のオランダ商館長の江戸滞在時の常宿だったとのこと。したがい、江戸で数少ない外国人(同行した医師)に会える場所として、杉田玄白や平賀源内なども定期的に訪れたそうです。 -
於竹大日如来井戸跡。
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東京スカイツリーにズームイン!
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十思公園。
東京都指定有形文化財、石町時の鐘。 -
十思公園は江戸時代の牢屋敷。牢屋敷の石垣の跡などもあります。
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吉田松陰終焉の地。
安政の大獄で投獄され、死刑を執行されたのが、この場所だそうです。 -
江戸伝馬町処刑場跡。
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蔦屋重三郎「耕書堂」跡。
江戸時代中期の出版業者、蔦屋重三郎の書肆(出版業者兼本屋)「耕書堂」があった場所です。 -
ようやく七福神の一箇所目、椙森神社‐恵比寿。
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七福神の二箇所目、笠間稲荷神社‐寿老人。
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七福神の三箇所目、末廣神社‐毘沙門天。
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人形町。
からくり櫓 町火消し。
毎日11時から19時の正時に2分間、人形が動くそうです。 -
蛎殻銀座跡。
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谷崎潤一郎生誕の地。
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西郷隆盛屋敷跡は、中央区立日本橋幼稚園になっています。
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小網神社が近づくとこの行列。嫌な予感。
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何と、小網神社の参拝行列でした。
隣の一画をぐるっと取り囲む行列、計500mほどか?
この小網神社は東京大空襲の中焼け残り、強運や金運を授かると話題の神社だそうです。
しっかし、1月2日にこの行列とは、前日の元旦はどうだったのか?この2,3倍の行列だったのかな? -
七福神の四箇所目、小網神社‐福禄寿、弁財天。
東京銭洗い弁天とのことで、皆さんゆっくりお金を洗っているのだろうか?列が全く進む気配が無いので、お参りは断念し、ここから眺めて終了。 -
メイゾン鴻乃巣創業の地。
明示43年に奥田駒蔵が開業したバーを兼ねた西洋料理店「メイゾン鴻乃巣」があった場所です。西洋料理店発祥の地との言い方もあるようです。 -
鎧橋から日本橋川の眺め。
鎧の名の由来には2通りの言い伝えがあり、一つは源頼義が奥州討伐の際にこの場所で暴風雨に遭い、自分の鎧を海中へ投げ入れ竜神に祈りを捧げたところ風がおさまったのが始まりとする説、もう一つは平将門が兜と鎧を奉納したのが由来とする説 だそうです。 -
鎧の渡し跡。
明示5年に鎧橋が架けられるまでは、渡し船があったそうです。この程度の川でも渡し船とへ、江戸時代までの人の移動は本当に大変だったのだと再発見しました。 -
東京証券取引所。
兜町、今では証券の町として有名です。
「兜町」は平将門の兜を埋めて塚にした所を兜山と云ったところから由来しているという。他に兜神社の由来は源義家が奥州往きの途中に暴風に出会い鎧を沈めて竜神に祈って無事を祈った場所に、都への帰途兜を埋めて塚を築き埋めて神を祭ったという故事を縁起とするものもある そうです。 -
東京証券取引所の脇道を進むと、
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日証館。ここはかつて渋沢栄一邸があった場所だそうです。
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日本橋郵便局。郵便発祥の地です。
明治4年、新式郵便制度が発足した時に、駅逓司と東京の郵便役所が置かれた場所だそうです。 -
従い、日本郵便の父「前島密」の像もあります。
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目の前の道路は、箱根駅伝の往路ルートになっていますので、明日は交通規制が敷かれます。
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開運橋親柱。
開運橋は、楓川が日本橋川に合流する地点に架けられていた橋でした。かつては石でできた橋だったのだが、関東大震災で破損し昭和2年に鉄橋に架け替えられた時、二基の親柱を残したそうです。その一本がこれです。当時の対岸の場所にもう一本がありました。 -
銀行発祥の地。
明治6年に日本最初の近代的な銀行である「第一国立銀行(現みずほ銀行)」が、ここに設立されました。 -
銀行発祥の地の碑。
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七福神の五箇所目、茶の木神社‐布袋尊。
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七福神の六箇所目、松島神社‐大黒天。
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日本橋七福神のポスター。
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七福神の最後、七箇所目は水天宮‐弁財天。
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水天宮。
江戸時代より安産・子授けの神「おすいてんぐさま」として人々から厚い信仰を集めるため、妊婦や子供を授かりたい夫婦あるいは無事出産できた夫婦などが、安産や子授かりの願掛けやお礼参りなどで訪れるそうです。 -
弁財天はこちら。
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コロナが収束して良い年になりますように!
本年もよろしくお願いいたします。
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