2021/12/11 - 2021/12/11
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akitaineさん
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先日、京都の西側にある善峯寺に行き丘の上から東を眺めると、ほぼ東方向に三角形のビラミダルな美しい独立峰が見えました。
三上山、別名・近江富士です。滋賀県野洲市にあり、旧東海道のランドマークでした。
今でも目印として各方向からよく見える山。信仰の山でもあります。
三上山周辺を歩きました。
麓には、御上神社、福林寺跡摩崖仏、銅鐸博物館、桜生(さくらばさま)史跡公園(古墳のある公園)など見どころがたくさん!
【訪問経路】
JR野洲駅ー御上神社ー三上山ー北尾根縦走路ー田中山ー福林寺跡摩崖仏ー銅鐸博物館ー桜生史跡公園ーJR野洲駅
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
初冬の穏やかな1日、三上山に登り、周囲を見学してきました。
JR野洲駅下車。街中を歩き、まずは三上山の麓、三上山をご神体とする御上(みかみ)神社を目指します。
旧東海道や中山道が市内に走ります。古い旅館も道路沿いに見え旧街道すじであったことがわかります。朝鮮通信使が通った道でもあります。
三上山は、東海道と中山道にはさまれた位置にあり、どちらの道からもよく見えたランドマークでした。 -
すぐに市街を抜け、ほぼ畑の中を歩きます。
三上山がすぐ真近に見えます。西側からの形。朝日を浴びて輝いているようです。 -
畑の中にこんもりとした森があり、そこが御上神社。
大きな立派な鳥居です。 -
鳥居の前にある神社の説明書き。
本殿は国宝です。 -
鳥居をくぐり、本殿方向に向かいます。
この道は、正門ではないようです。
高い木々に囲まれ、清々しい空気が漂います。
神社ってなぜこんなに空気が清浄なんだろう、といつも思います。 -
御手水の龍もマスク。
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立派な楼門。鎌倉時代の造営。
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楼門の先には、拝殿、本殿と一直線に並んでいます。
紙垂(シデ)の間に縄が下がっているのですが、あまり見たことありません。ちょっと調べたのですが、よくわかりません。
ともかく、ここからは神聖な領域です。 -
拝殿と本殿の位置関係。
神社の多くは、拝殿までしか行けず、本殿は拝殿裏にひかえるという構成が多いと思いますが、御上神社は、本殿は独立していて前まで行けます。 -
本殿。国宝。鎌倉時代造営。簡素な美しい建物でした。
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西側の鳥居から入りましたが、正門は東側。
東側鳥居から楼門をみます。 -
神社を出て道路を渡り、三上山に向かいます。目の前に広がる田は「悠紀斎田」と呼ばれる田。昭和天皇即位時、大嘗祭に供える献上米の栽培指定がされました。
以来毎年5月に御田植祭として、昔ながらの服装で田植えが行われるそうです。 -
田と住宅街を越えて三上山に取りつきます。
経路はいくつかありますが、今日は表道を取ります。 -
少し登ったところにある案内図。1.1㎞、35分で山頂。
週末のせいもあり、多くの人が登っていました。 -
登るにつれて大岩の道となり、登りがいがある。汗。
可愛い女子高校生たち! -
ほぼ頂上下の展望台から。ビラミダルな独立峰なので400mそこそこでもこんなに良い眺望が取れます。
薄もやがかかっていますが、琵琶湖の先にある比良山地の山並みが見えます。 -
山頂の鳥居と社。御上神社の奥宮です。
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さらに少し登ると三上山山頂(432m)。近江富士と言われています。
ここは眺望はありませんでした。 -
山頂から反対側に下ります。三角形の山なので登りも下りも急。
今日は、花緑公園方面に下りますが、途中から田中山方面に縦走します。
もうちょっと歩かないとね。 -
軽いアップダウンを繰り返し、田中山に向かいます。
三上山の形がより富士山に近い形になってきました。反対側から登ってきましたが、山の形は見る方向により随分と変わるものです。 -
途中こんな大岩も。人工的に置かれたように見えます。
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田中山到着。東南方面をみます。十二坊(岩根山)が見えます。
ここで昼食。 -
三上山から左側の尾根を下り、尾根伝いに田中山まで歩いた経路がよくわかります。
峯が独立しているのでよくわかります。ランドマークですから。 -
田中山から民家近くまで下ってきました。
登山道入口にあった六地蔵。名もなく説明もなく、さりげなくずっと佇む。お花がきちんと供えられ、地元の方の信仰がわかります。いいなあ。 -
しばらく平地を歩き、福林寺跡摩崖仏を見学。
歩道から100mほど奥に入った林の中にひっそりと仏像群がありました。
室町時代初期の作。 -
福林寺まがい仏群の説明板。
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こんな石がたくさんありました。
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これは、観音菩薩立像。
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地蔵菩薩。
奥に見えるビニールシートは、古墳で発掘調査中です。
いろいろな時代がここに眠っているのです。 -
里に下ってきました。
先ほどの摩崖仏像群の裏にも古墳があり、さらに古い時代から人々が住んでいた土地です。銅鐸がたくさん発見されていて、銅鐸博物館があります。
銅鐸博物館を見学します。 -
銅鐸博物館の手前にあった説明書き。
この場所ー大岩山で銅鐸が出土しました。
明治14年に14個、昭和37年に10個出土し、日本最大の銅鐸があります。
2000年前。
この後、銅鐸博物館内を見学し本当に大きな銅鐸を見ました。
この地から出土したもの以外も展示してあり、興味深かったです。 -
銅鐸博物館の敷地内にある宮山二号墳。
時代がころころ変わって忙しいですが、宮山二号墳は、600年頃に築かれたとのこと。中も入れます。 -
銅鐸博物館を出て自動車道を10分ほど歩き、本日最後の訪問地、桜生(さくらばさま)史跡公園に到着。
公園であると同時に三つの古墳整備地です。
天王山・円山・甲山古墳の3つの古墳があります。 -
丸山古墳に登ります。
古墳の中腹には横穴がつけられ、石棺や宝物が見つかりました。 -
丸山古墳の石棺は、奈良県と大阪府の境にある二上山から運んできたものです。
古代の時代、重い石をはるばる琵琶湖近くまで運ぶことは、どれほどの労力が必要であったことでしょう。 -
横穴の中には石棺が置かれ、内部はライトアップ、入口には、近づくと音声案内サービスも。人が少なくてもったいない。
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古墳頂上に登りました。
きれいに草が刈られています。周囲は木が高くなっているのであまり展望はありませんが、位置的には北側の低くなっている田んぼの部分は、かつては琵琶湖がせまり、湖を見渡せる位置ではないかと推測。
なぜなら、このところ古墳づいていて、先日、鳥取県内の古墳を見倒しているから。古墳を作る場所にはパターンがあります。
海や湖の近くで、交易や交通の便利な土地で、上からも下からも良く見える場所が最適地。 -
丸山古墳を下ります。
このように歩きやすい遊歩道がついています。 -
3つある古墳のうち、2つ目の甲山古墳。
これも横穴式。なぜか、ここは内部はライトアップされていますが、中は入れません。 -
甲山古墳の説明書き。
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最後は天王山古墳。
3つの古墳の中、一番大きく、形は前方後円墳。
横穴式石室との説明がありますが、入口の石は崩れ内部はわかりません。 -
冬の陽は短い。古墳を後にJR野洲駅に向かいました。
はるか一つ山の向こうに三上山が見えます。
やはりランドマークだね!
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