2021/12/05 - 2021/12/05
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kinomukumamaさん
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天野街道は高野山に通じる道。
起点は、岩室山観音寺の大門で、終点が天野山金剛寺(女人高野)山門と言われます。
また天野街道は熊野参詣にも利用されていたことから熊野信仰とも深く結びついていました。
約7.5キロ、1万3千歩の行程を無事クリアしてコロナの空白で心配していた体力に少し自信が戻った気がします。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
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午前10時、南海高野線金剛駅西口(大阪狭山市)を出発。
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住宅街を西(にしよけ))川目指して歩きました。
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大正橋から西除川を見る。この上流にホタル観賞の穴場があるそうです。
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川に沿って遊歩道を歩きました。
地元のボランティアが清掃活動をされていました。 -
お散歩を楽しむ方とすれ違いました。
コロナ撲滅祈願で鐘を鳴らしました。 -
金剛駅から現在地まで歩いてきましたよ。
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西除川を離れ「岩室」交差点を目指します。
ここはまだ「東岩室」。 -
この付近には陶器山という地もあり、大陸からの渡来人が住みついて、古墳に必要な埴輪や祭祀用陶製器具の製造を担当していました。
岩室交差点を左折しこの坂を上ると・・ -
岩室観音院、高野山真言宗の寺院です。
行基の開祖と伝えられ岩室極楽寺と呼ばれていました。 -
本堂(右)と阿弥陀堂(左)。
空海が滞在した際、十一面観音を彫り当寺に安置し、寺号を現在の岩室山観音院と改めたとされる。 -
@@当初の大伽藍は度重なる戦火で灰燼に帰したが、阿弥陀如来や十一面観音はその度に難を逃れ、慶安三年(1650年)に本堂を建立し、現在に至る。@@
本尊は、観音堂の厨子内に安置される秘仏で、毎年八月十日の「千日祭」の時にのみ開扉されます。 -
この六角堂は聖霊殿。
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鐘楼。
梵鐘には安永六年(1777年)三月三日の銘が刻まれています。 -
まだ紅葉も残っていました。
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鐘楼の北側に7体の地蔵石仏がありました。
中には 享保や元文の銘が刻まれたものも・・子安地蔵もあり前掛けを夜のうちに黙ってもらってきて枕の下に敷いて寝て、また黙って返すと子どもが授かるという伝えも。 -
天野街道は熊野参詣にも利用されていたことからここ岩室観音院にも熊野権現が祀られています。
鳥居をくぐると・・ -
右の護摩堂には、ご本尊熊野権現が安置されています。
左の赤い鳥居は稲倉大明神。 -
観音院を出てすぐ・・京都の名所を思わせる竹林があります。
これから三都神社へ。 -
田園地帯を通り抜け・・
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昔の面影が色濃く残る一帯へ・・
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徐々に勾配が上がっていきます。
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昔は街道で志半ばに倒れる人も・・。
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マムシに注意の看板もありました。
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ここらで海抜400メートル。
ランナーにも数回遭遇しました。 -
見晴らしのよいところに休憩所がありました。
眼下には泉北ニュータウン。 -
野鳥情報も。
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この付近は海抜800メートル。
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これから分岐点、坂を下ります。
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足下に注意して歩きました。
転倒は危険な年頃。笑 -
無事下りきりました。
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しばし田園地帯。ハヤトウリの実。
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再び坂を上って目的地へ。
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三都神社本殿。
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駅前で調達したお弁当です。
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三都神社は天野山金剛寺から紀州熊野へ向かう人々が参詣したことから「熊野神社」とも呼ばれ熊野信仰で栄えた神社です。
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「一石五輪塔」は必見ということです。
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宮司さんに場所を聞かないと分からなかったです。
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一つの石から彫り上げたそうです。すごい!
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三都神社(大阪狭山市)の坂を下って、ここからバスで金剛駅に行くこともできますが、お天気も気分もよかったので歩きました。
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