2021/11/17 - 2021/11/17
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chiaki-kさん
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四万十川(しまんとがわ)は、高知県の西部を流れる一級河川で渡川(わたりがわ)水系の本流。全長196kmで四国最長の川である。本流に大規模なダムが建設されていないことから「日本最後の清流」、また柿田川・長良川とともに「日本三大清流の一つ」と呼ばれている。
四万十川の特徴のひとつは支流も含めて47箇所ある沈下橋(ちんかばし)。鉄筋コンクリート造りで、欄干がなく、台風や大雨時には沈下することで、流木などが橋脚などに引っ掛って橋全体が破損、流失するのを防いでいる。沈下橋と川、周囲の山並みの醸し出すのどかな景観は、四万十川の代名詞にもなっている。なお、高知県では生活文化遺産として保存する方針を1993年に決定している。
写真は四万十川の中流付近にあった向山橋(上岡沈下橋)。沈下橋は人々の知恵と努力の結晶といっても良いだろう。
2024/03/11 タイトル変更
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
11/16
桂浜市営駐車場で今夜の宿をスマホのGoogleナビに入力してスタートするが、左折する交差点をひとつ間違えて迷い道くねくね。(^^;; 浦戸湾を左に眺めながらナビまかせに放浪するが、高知市内でついに渋滞につかまる。
写真は翌朝の散歩で撮影した、はりまや橋交差点だが、渋滞を抜けた後、間違いなくこの前を通過している。 -
桂浜から約1時間かかって、はりまや橋近くの「紺碧の湯ドーミーイン高知」指定の駐車場に到着するが、何と順番待ちの車が3台! 焦っていたのでホテルの外観写真は撮り損ねた。写真はこれも翌朝の散歩で撮影した「はりまや橋」。後で解説するが1998年に建て替えられたもの。
なお、「紺碧の湯ドーミーイン高知」の口コミは下記をご覧ください。
https://4travel.jp/dm_hotel_tips/14525917 -
ドーミーインは夕食は無いので、晩飯探しに高知の街へ。最初に入った「ひろめ市場」は、とんでもない混みようだったので、即時退散。帯屋町アーケードをホテル方面へ歩いていると、こんな店を発見。「長宗我部」(ちょうそかべ)という名の居酒屋。Googlemapにも載っている店なので、もうこれ以上メシ屋探しもいやなので入店する。
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店内は、そこそこの混みようだったが、運良く奥のテーブルが空いていたので着陸する。
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渋滞で疲れていたので料理の写真は少ない。これはサラダセットとゆずチューハイ。注文しようと考えていたカツオのたたきは、なんと品切れ!
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カツオの代わりに注文したのは、マグロの刺身&ウツボの唐揚げ(写真撮り忘れ)、そして店長お勧めのサバの棒寿司。ボリュームもあり、おいしかった。
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食事が終わって立ち上がると、入店時は満席だったテーブル席が空になり替わりにこんな鎧侍が座っていた。さては長宗我部の家臣か。
ちなみに高知城主というと山内一豊が有名なのだが、山内家は関ヶ原の戦い後に掛川からやってきた大名であり、西軍についたため改易されてしまった長宗我部家の方が、もともと土佐生まれの大名なので、いまだに人気があるようだ。なお、一豊が連れてきた侍を上士(じょうし)、以前から土佐にいた侍を郷土(ごうし)と言い、例外はあるが廃藩置県になるまで身分差別していたようだ。なお、昨日、桂浜で見た坂本龍馬は郷土の出身である。 -
ホテルに戻り、一風呂浴びてから2Fのレストランで名物「夜鳴きそば」をいただく。胃にやさしい、あっさり味の醤油ラーメンが、おいしかった。
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11/17
6:30 高知の朝はドーミーインの朝食から。夕べ、食べ損なったカツオのたたきをリベンジ。 -
しかも5切れ・・・うまかったです。
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ペロリでございます。
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腹ごなしにホテルから徒歩5分の、はりまや橋公園へ朝の散歩。
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はりまや橋が見えてきた。
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江戸時代に、高知の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)は、互いに店が堀で隔てられており、この両者の往来の為に架けられた私設の橋が、「播磨屋橋」(はりまや橋)の名称の由来だそうだ。当初は木製だったが、その後、鉄の橋になったり、石の橋になったりするが、1998年はりまや橋公園の改修にあわせて、江戸時代のはりまや橋を再現(イメージ)し公園内に設置された。
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はりまや交差点は国道32号線や56号線が走り、とさでん交通桟橋線のはりまや橋停留場、はりまや橋バス停留所が位置する交通の中枢となっている。なお、国道に欄干の一部が見えているが、これは「播磨屋橋」。
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橋のたもとに、こんな像があるが、竹林寺の僧・純信が恋人である鋳掛屋の娘・お馬の為に髪飾りを買ったという悲恋物語は「よさこい節」の歌で有名。
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「出逢いの広場」とも言うのね。
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ここがデミオを駐めたOKパーキング。駐車中のデミオに荷物を置いて徒歩で高知城へ向かう。
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10分ほど歩いて高知城到着。出迎えてくれたのは土佐藩初代藩主、山内一豊(やまうち かずとよ)公。一般的には”やまのうち”と言われるが、最近の研究では”やまうち”が正しいようだ。
山内一豊は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将で、岩倉織田氏の重臣・山内盛豊の三男として尾張国岩倉(現在の愛知県岩倉市)に生まれ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕える。関ヶ原の戦いの小山評定において率先して徳川方に従った功績により、土佐国9万8千石(のちに20万石)を与えられた。 -
高知城追手門。門の向こうに天守が見える。
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国宝なのね。
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追手門を入ってすぐの所にある目立つ立像は、東アジアで初となる帝国議会を樹立し「憲政の父・国会を創った男」と知られる板垣退助の像。
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高知城天守をバックに、これから演説でもするかのような像だね。
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土佐藩上士(郷士より身分が上)の嫡男に生まれるが、自由民権運動の指導者となり、1882年、自由党党首として岐阜で演説中に暴漢に襲われたが、そのとき叫んだといわれる「板垣死すとも自由は死せず」の言葉は有名だね。
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高知城には数々の像があるが、この山内一豊の妻の像も有名。有名な逸話として、嫁入りの持参金またはへそくりで夫・一豊の欲しがった名馬を購入し、主君織田信長の馬揃えの際に信長の目に留まり、それが元で一豊は加増されたといわれる。なお、妻の名は「千代」とも「まつ」とも言われているが定かでは無い。
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天守が大きくなってきたが、残念ながら開門には早かったため、天守内には入らず、高知城を後にした。
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高知城を後にR33を西へ移動、枝川ICから四国横断自動車道に入り高知県を南下、四万十町東ICで降りてR56→R381と進んで、四万十川に架かる最初の沈下橋、上宮橋(上宮沈下橋)を見学。写真は国道側から見た上宮沈下橋。
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反対側からみた上宮沈下橋。ちょっと狭いのでデミオで渡るのは止めておいた。
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これが四万十川の清流。仁淀川の方が綺麗だと言う人もいる。
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橋の上流はこんな感じ。四万十川には造園屋さんが喜びそうな角の尖った石がゴロゴロしている。
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橋の中央で写真を撮っている方は地元の方。この後5分ほど橋のたもとでお喋りする。「神戸からですか」と言うので「長野からです」と言うとビックリした様子だった。
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このパッソは間違いなく観光客のレンタカー。おっかなびっくり橋を渡っていた。
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イチオシ
次の沈下橋は2kmほど移動した場所にあった向山橋(上岡沈下橋)。
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この沈下橋のほうがガッチリした造りなので渡ってみたが、まあ、どうということは無い。
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このように地元の車も普通に渡っている。但し、すれ違いは無理なので、どちらかが橋のたもとで対向車の通り過ぎるのを待つのは暗黙のルールとなっている。
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清流と山の風景が良い感じだ。
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上流はこんな感じで、結構急流。なお、四万十川には大きなダムが無いので、やろうと思えばゴムボートで上流から下流までラフティングできるようだ。(場所によっては許可が必要かも知れない)
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高知県の生活文化遺産なので、ときどき橋の点検もしているようだ。
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イチオシ
デミオを駐めたスペースにこんな石碑が建っていた。
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次の沈下橋は10kmほど移動した場所にある第一三島沈下橋。ちなみに国道沿いには沈下橋の案内標識は殆ど無いので、常に四万十川を注視している必要がある。手前の鉄橋はJR予土線。列車は1時間に1本位しかこない。
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国道側に十分なスパースが無いので橋を渡りきった場所にあった空き地にデミオを駐める。写真は鉄道橋と沈下橋のコラボ。
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よ~く観察すると、同じ造りの沈下橋は無いことがわかる。
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地元の軽トラが通過していったが、普通の風景だね。
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縦構図で一枚
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第一三島沈下橋から4kmほど移動して「道の駅四万十とおわ」で昼食休憩。
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四万十川を眺めるレストランでいただいたのは・・・
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ちょっと手を付けてしまいましたが、野菜カレーと・・・
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壁のチラシを見て注文したノンアルコールのゆずサワー。ビックリするほどのおいしかった。
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食後、隣のお土産屋でいろいろ購入。店の前に流れるのはもちろん四万十川。
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今回最後の沈下橋は昼食をとった道の駅から2kmほどの場所にある半家(はげ)沈下橋。 注)声を出して読み上げないでね(^^;;
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橋の下流には洗濯板のような岩が露出している。きっと大昔に大きな天変地異があったのね。
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上流には四万十川の清流とR381の新しい橋が見える。
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橋を渡りきった所に神社あり。半家天満宮(・・・・・)だそうだ。
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中流ではあるが川幅があり、結構長い沈下橋だが、形も綺麗だね。
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イチオシ
河原に降りて見る。背景の山が良いね。
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橋をくぐって見る。橋の表面は何度も激流に洗われた歴史が感じ取れる。
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縦構図で一枚撮影して沈下橋巡りは終了とした。この後は江川崎で四万十川と別れ、鬼北町経由で三間ICから松山自動車道へ入る。
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殆ど一車線の松山道を約80kmほど北上、松山IC手前にある伊予灘SAで休憩。
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ここは松山市の眺めが良く、恋人の聖地に選ばれている。ジイさん一人ではちょっと恥ずかしい。
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パノラマを一枚
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松山城が見えた。
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老人ホームと思われる建物の遠くに小山が見えるがその左側に道後温泉があるはず。これから、今日の宿がある道後温泉を目指すのだが、思ったより早く着きそうなので、ある場所へ寄ってみることとする。さて、ある場所とは???
これで「2021年 四国半周旅行記3:はりまや橋、高知城&四万十川沈下橋巡り」は終了です。本日も最後までご覧いただきありがとうございます。
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