2021/09/29 - 2021/09/30
564位(同エリア823件中)
山帽子さん
9月29日から修善寺温泉の湯回廊菊屋に1泊して、のんびりと温泉を楽しみ、周辺の名所旧跡を訪ねた。9月30日は早朝に温泉街を散策、その後、ホテルで朝食をとって、11時のチェックアウト後、日枝神社、修善寺を訪ねた。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- JR特急 JRローカル 徒歩
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早朝、ホテル内の吊り橋から桂川を見る。右手は宿泊した客室。
本館の露天風呂に向かう途中。 -
早朝、ホテルの吊り橋から桂川を見る。
本館の露天風呂に向かう途中。 -
客室の脇を桂川に落ちる滝。
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ホテルの内部。ここから下を流れる桂川をゆっくりと鑑賞した。
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温泉入浴後、朝食までの時間に修善寺温泉街を散策。ホテルの前の道。左手の鳥居は日枝神社のもの。修禅寺はこの道の右後方すぐに。さらにその先には独鈷の湯。
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街中を流れる桂川。
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修善寺温泉街。
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独鈷の湯公園。
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独鈷の湯公園から修禅寺を見る。
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湯回廊菊屋正面。早朝の散歩からホテルに戻る。
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湯回廊菊屋。
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朝食をとった個室。
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朝食は洋食か、和食を選ぶことが出来た。
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私は和食を選んだ。
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日枝神社。日枝神社はもとは修禅寺の山王社(鎮守 )で、明治元(1868)年の神仏分離令によって修禅寺と分離された。
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日枝神社
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日枝神社。
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日枝神社。
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日枝神社
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日枝神社。2本の杉の根元が一つになっている樹齢800年以上の夫婦杉。
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夫婦杉。
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日枝神社境内にある静岡県の天然記念物である根回り約5.5mのイチイカシ(一位樫)。
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日枝神社。
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信功院跡。日枝神社内の信功院跡に関する解説、伊豆市教育委員会。建久4(1193)年源範頼は兄頼朝の誤解により、信功院に幽閉された。翌年、梶原景時が率いる五百騎の不意打ちに会い、範頼は防戦の末に自害したといわれている。信功院は後に康申堂となり、今は文政元(1818)年建立の康申塔が一基残るのみである。
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修禅寺。大同2(807)年に弘法大師により創建されたという。当初は真言宗の寺。鎌倉時代に入ると臨済宗に改宗、さらに室町時代には曹洞宗の寺となった。文久3(1863)年に伽藍や宝物の多くが焼失したが、明治13~20年にかけて本堂などが再建された。
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修禅寺。
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修禅寺。
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修禅寺。
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修禅寺。
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修禅寺。
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修禅寺。
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修禅寺
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修禅寺。
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修禅寺。
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修禅寺山門の金剛力士像。
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金剛力士像。
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金剛力士像。
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金剛力士像。
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修善寺駅。修善寺温泉バス停から路線バスで修善寺駅に戻る。
修善寺温泉の街ではコロナの影響か、ほとんどのレストランが休業しており、昨日も、本日も満足な昼食が取れなかったことが残念であった。昨日はやむを得ずコンビニのサンドイッチでしのぎ、ホテルの夕食に期待した。本日は修善寺駅前のレストランで昼食をとることが出来た。 -
修善寺駅前。
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修善寺駅。
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修善寺駅。15時39分発の踊り子16号で東京に向かった。修善寺温泉で満足な昼食が取れなかったのは残念であったが、今回の湯回廊菊屋に1泊し、温泉を楽しむ旅は大満足であった。一泊二日の旅は荷物も少なく、手軽に出かけられて、なかなか良いものと思った。
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