2021/08/10 - 2021/08/10
101位(同エリア195件中)
welcometoiranさん
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シラーズの中心部バザールを西に向かうとシーア派3大巡礼地シャーチェラーグに到着します。その通り道は、主に家庭用品や布地など下町らしい商店や金製品を扱うバザールが並ぶシラーズ最大の商業地区であり、コロナ禍であっても買い物客が絶えないにぎやかな場所です。
そこから大通りを一つ越えたところに、サンギシアー(日本に訳すと黒い石)という名の旧市街地区があります。
今、この地区では観光客を迎えるために、味気のない舗装の路地を石畳に替える工事が行われています。
15年ほど前、この地区にシラーズ最初のブティックホテルであるHotel Niyaeshが造られたことにより、次々とブティックホテルが建てられるようになりました。
シャーチェラーグに近いということで、イスラム寺院(モスク)やイマームザーデと呼ばれる願掛け寺が散在している場所でありながら、あまり観光という視点では注目されてきませんでした。しかし、ホテルの進出により、この地区が注目されるようになり、バザールの喧騒も届かない、ひっそりと静まる家々の高い塀の間を通る細く、くねくねと曲がって続いている路地の先には何があるんだろうというワクワク感が観光客をひきつけてきました。
1日も早くこの路地を散策する観光客の姿をたくさんを見たいと願っています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通手段
- 徒歩
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向かい合うように建てられたモスクです。ブルーの色合いがきれいです。
どちらにもひいきの参拝者(礼拝者)が、お祈りの時間を知らせるアザーンの声を聴いては訪れます。 -
上記のモスクを右に見て、さらに路地を進んでいくと、”ビビ ドフタラーン”という名のイマームザーデ寺院があります。
イマームザーデ、というのはシーア派12イマームの子孫が祀られている廟です。イスラム教は1神教でありながら、イランの人々は礼拝とは別に、願をかけるのにイマームザーデにお参りします。イラン国内、どんな小さな村にでもイマームザーデがあり、全国で何千廟あるかわからないくらいです。多分、イスラムがイランに入る前からあった土俗信仰がイマームザーデ信仰に代わっていったのかもしれません。
ここには、シーア派3代目イマームであるホセインの、娘が葬られているといわれています。この寺院の名前の”ビビ”とは、ペルシャ語でおばあさん、高齢の女性を、”ドフタラーン”は娘を意味します。ということは・・・
3代イマームホセインは、シーア派最大の弔いの祭り、アシュラの主人公です。今年はあと10日後ほどで、アシュラの祭りが始まります。特に、イラン国内ではとても大切なお祭りです。
この建物は16世紀、イルハン帝国時代に建てられて、200年ほど前に改築されたものがそのまま、残っています。庭は手入れが行き届き、夏らしい花々が咲いていました。
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イランは水道の水をそのまま飲める国であり、街中にはこのような水飲み場が設置されています(水道蛇口は右下方に取り付けられています)。ここに描かれているのは、シーア派3代目イマームホセインです、きりりとしたいい男ですね。時の為政者に反逆した彼ら一族は砂漠に追い込まれ、飢えと渇きに襲われその一族全員が亡くなるという、シーア派最大の悲劇を弔ったのがアシュラというお祭りです。
それに関連して、水を公共の人々に提供するするというのは、シーア派の人々にとって素晴らしく徳のあることなのだそうで、このような水飲み場は個人の寄付で設けられることが多いのが特徴です。また、水を飲んだ後、あーホセイン、というのも、飢えと渇きに晒されたホセイン一族を思う、悲しみの言葉でもあります。
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ビビ ドフタラーンをもっと先に行くとシラーズ初のブティックホテルとして有名なHotel Niyaeshがあります。
ブティックホテルとは、昔のトラディショナルな館をホテルに改築したものです。元は、ゾロアスター教中心地として有名なイラン中部の都市・ヤズドで造られ始められた動きで、懐かしいノスタルジックな雰囲気が特に外国人観光客に大変好まれています。
15年ほど前に建てられ、春や秋の観光シーズンは予約を取るのが困難なほど人気のあるホテルです。こちらがメインの入り口ですが、横の路地をぐるっと回っていくともう一つの入り口が設けられています -
Hotel Niyaeshの受付を通り、階段を下りていくと広い中庭に着きます。
ホテル全体の敷地がかなり広く、前身は大変な金持ちの館だったことがうかがえます。室内はアンティック調に統一されていて居心地のいい空間です。
イランの伝統的な家の作りは、中庭に水をためる浅いプール状の水場が設けられており、周りはコの字型、またはロの字型に建物が造られ、親戚同士、それぞれ1室に1家族が暮らし、トイレや台所は共有していたそうです。ここも、昔は人々の笑い声が響いていたことでしょう。
庭の片隅にカフェの文字がありましたが、営業している気配はありませんでした。
訪れたのは午前10時を回っていました。チェックアウト後の部屋を片付けるスタッフの姿を見かけました。稼働率の低さはとても残念だと言っていました。以前のようにたくさんの観光客が訪れる日が早く来ることを祈りました。 -
Hotel Niyaeshの中庭、別のアングルからの眺めです
色とりどりのステンドグラスがかわいらしく、クッション用の枕やTakhtと呼ばれる床几のような台には、日本の文化にも共通するものが見受けられ、懐かしささえ感じられます。、 -
Hotel Niyaeshのもう一方の入り口の方へ回ります。
メイン入り口の横の路地を行くと、頭上にハンディクラフト展示場、の文字が書かれた旗がありましたが、入り口があるだろうと見当をを付けた建物の扉は閉まっています。観光客が激減した現在、活動を休止しているのでしょう。 -
小さなブティックホテルがありましたが、半分扉が閉まっていて、ここにもコロナの影響が現れています。
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曲がりくねった路地の一角にある、民家の扉。レトロ感たっぷりです。中から子供の声が聞こえてきました。
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誰もいない路地に咲く、華やかなブーゲンビリヤの花です。特にシラーズの民家の庭先によく見かけます。
強い太陽光線に映える、夏らしい花です。 -
細い路地をぐるっと回って来ると、もう一つのホテル入り口がありますが、閉まっていました。もう少し先に行くとこのホテルのカフェへの入り口が見えてきました。暗いトンネルの中へ入ってみましょう。
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カフェのトンネル入り口は暗かったものの、中に入ってみると結構光が入ってきていて、ペルシャらしい天井のアラベスク模様が目を引き、レンガの壁がそれによく調和しています。
一番奥がカフェの入り口扉ですが、残念なことにカフェはお休みでした。 -
路地を抜けるとシャーチェラーグへ続く大通りに出ました。
通り沿いの建物の壁には、タイルを使ったシックなデザインが並んでいます。
日陰のベンチで一休みします。
次回のレポートは、ここからシャーチェラーグを通り越して、アースーネ、というイマームザーデまでの行程をお伝えしようと思います。
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