2021/03/14 - 2021/03/27
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urufeeさん
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コロナ禍で思うように旅行計画立てられませんでしたが、前後にお気に入りの健康ランドを組み込んで、犬山と京都に行く旅行計画で18切符の旅をしてきました。
犬山城と明治村は2回目ですが、どちらもお気に入りで今回は犬山に宿泊して、犬山城下町散策と初登城の小牧山城を組み合わせてみました。この旅行記は明治村・小牧山城・犬山で纏めました。後半の坂本・京都は別の旅行記にしました。
全体の旅行計画は下記です。
3月14日 自宅→村井。いつもの健康ランド。
3月17日 村井→犬山。チョット遠回りですが、18切符で鵠沼駅まで行き、徒歩で名鉄・新鵜沼駅まで移動し、そこから犬山駅へ行きました。
3月18日 路線バス利用して犬山駅から明治村へ。終日明治村見学。
3月19日 名鉄利用して小牧山城址、犬山城など観光。
3月20日 到着時と同じく、名鉄で新鵜沼駅まで移動して、鵜沼→京都へ移動。京都のホテルに荷物預かって貰い坂本観光。
3月21日 鞍馬寺などの観光計画していたのですが、終日雨で断念。
3月22日 京都バスの一日乗車券購入し、京都市街観光。
3月23日 京都→清水で、いつもの健康ランドへ。
その後、18切符5回目利用して清水から帰宅しました。
写真は桜の開花には早過ぎた犬山城です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
3月18日、犬山駅前から路線バス使い明治村へ到着。
こういう場所に来ると説明書きを結構ジックリ読んでしまい、前回は4丁目の日本赤十字社中央病院病棟で時間切れになってしまいました。
今回は5丁目から戻る形にしようと、先ずは5丁目の聖ザビエル天主堂を目指してスタートします。 -
聖ザビエル天主堂に到着。
1890年に京都にザビエルを記念して献堂されたカトリック教会です。 -
内部も立派です。
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金沢監獄正門に到着。
外側は装飾が多いですが、内側は壁をよじ登らないように装飾が一切ない作りになっています。 -
こちらは前橋監獄の雑居房です。
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この建物は金沢監獄中央看守所。左側に見える監房の一部を含めて移設されています。
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内部の八角形の看守所から放射状に監房が配置されています。中央の監視室は網走監獄で使用されていたものだそうです。
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コロナの感染防止で独居房の中には入れません。
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こちらは宮津裁判所法廷の一部移設建屋の内部に再現された刑事法廷。
上段に判事・検事・書記の3人が居ます。下段に弁護士と被告です。昔は検事と弁護士が同等の立場ではなかったみたいだけど、公平な裁判だったんでしょうかね? -
明治村内を走っている蒸気機関車。入村料とは別料金ですが、実際に乗車できます。
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そして帝国ホテル正面玄関に到着。
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内部も一部再現されいます。
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こちらは1927年に建築された川崎銀行本店。1986年に建て替えの為壊されます。その正面玄関の一部が明治村に移設されます。
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この川崎銀行本店は上の方まで登れます。上に登って聖ザビエル天主堂の方を眺めました。天主堂の右手の大きな黒い建物は菊の世酒蔵ですが、ウッカリ飛ばしてきてしまいました。4丁目方向に向かう途中立ち寄ることに。
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川崎銀行本店から、隅田川新大橋に到着。
1912年建築ですが、当時はまだ製鉄業がそれ程発達してなかったのか、鉄材は全てアメリカ・カーネギー社製なのだそうです。 -
1887年、山形県天童に造られた、石造りアーチ橋です。
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そして立ち寄り忘れてしまった菊の世酒蔵に到着。
中には酒造りの道具などが展示されています。 -
菊の世酒蔵の見学も終わり、昼食を兼ねて4丁目に移動して来ました。
明治村は各地から移築された建物で構成されていますが、やはり定期メンテナンスも必要です。
この時は、宇治山田郵便局舎が修理工事中で見れませんでした。残念。 -
明治末年ころ、三河湾の小さな漁村に建てられていたという、公衆浴場です。
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内部の様子です。
男女の浴槽は一つだったみたいですが、一応板で仕切られていたみたいです。 -
お風呂屋さんの隣には芝居小屋の呉服座。
明治初年大阪府池田市の戎神社の近くに建てられ、1892年に西本町猪名川の川岸に移されたとき,呉服座と改められた芝居小屋です。 -
ここは案内人がいて、内部ツァーが行われていました。
升席にも座らせて貰えましたが、定員4名にはかなり狭くて驚き。
その後、舞台にも上がらせて貰い舞台から客席を一枚。 -
客席の最後方から舞台を眺めたところ。結構傾斜が付いているのにも驚きました。
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呉服屋の近くには、明治末年ころ東京・本郷に建っていた床屋さんが移築されています。
2階から眺めているのは石川啄木です。
1909年から妻・長女と初めての東京生活新居だったのだそうです。 -
1階には当時の床屋の雰囲気が再現されています。
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多摩川下流に架かっていた六郷川鉄橋を渡ります。1877年日本最初の複線用鉄橋として掛けられます。
1912年、東海道線の複々線化の時に一旦外され、御殿場線の酒匂川に単線用に改造され再利用されました。
1965年、御殿場線での役目も終えて長い現役のお勤めを終えて明治村に移設されたみたいです。長のお勤めご苦労様でした。 -
この橋上でタマタマお会いした方から、「ここは目線の位置で桜が見える人気スポットなんですよ。」と教えて頂きました。見頃になると、カメラを持った人で凄い賑わいになるのだとか。
でも、今回はチョット早過ぎでした。 -
六郷川鉄橋を渡って歩兵第六聯隊兵舎に到着。
フランスの建築所を基にして、1873年の聯隊創設時に名古屋に建てられたものです。
明治村移築に当たり、約2/3に切り縮められているとの事です。 -
内部には当時のレントゲン検査の機械が展示されてます。昔は凄く大掛かりだったんですね。
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ここもコロナの影響で立ち入り禁止。
内部には当時の食事が再現展示されていたんですが残念。 -
明治村に移設されたのは国内だけではありません。こちらはシアトル日系福音協会。
元々はアメリカ人住居として建てられました。その後、日系移民住居となります。第二次世界大戦後、移住時の苦難などを日系人が語り合う福音協会として利用されたのだそうです。 -
こちらはブラジル移民住宅。
一階が納屋、二階が住居として使われていました。 -
こちらは神戸山手に建てられていた西洋人の住居です。
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前面は典型的な洋館風でしたが、奥には空中廊下で繋がった別棟が建っています。こちらは一部和風で、一階は使用人の住居になっていたそうです。
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2回に渡って訪れた明治村。2回目でほぼ全て見て回ることができました。この後、また路線バス使い犬山駅へ戻りました。
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3月19日は名鉄を使い小牧山城から。
小牧山城は織田信長が美濃攻略の為、清州城から居城を移して築城しました。標高86m程ですが、こんな坂道を登って行きます。 -
天主閣が見えてきました。
もっともこれは、個人が私財を投じて、名古屋工業大学の教授が設計して建てたコンクリート造りです。完成後に小牧市へ寄贈されて博物館になっています。 -
内部に入って最上階からの眺め。
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城と桜のコラボには早過ぎました。
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小牧市で昼食を取ってから犬山へ移動してきました。2回目の訪問になる犬山城を目指します。
木曽川沿いに建っていて、日本の白帝城と言われる綺麗な城です。
現存天主閣の一つです。 -
小牧長久手の合戦の時は、小牧山城に家康が入り、犬山城には秀吉が布陣します。
伊勢湾台風などを含め損傷して、1961年から4年間かけて解体修理が行われています。 -
天主閣から、歩いてきた木曽川の眺め。
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ここは武具の間で、三方に武具棚が設けられています。
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1/10の解体骨組み模型が展示して有りました。
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当時の骨組みも残されています。
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残念ながら、犬山城も桜とのコラボには早過ぎました。
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犬山城を見学し終わり犬山城下町を散策します。
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昔の風情を維持する為に、エアコン室外機を格子で覆ったりと大変そうです。
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散策していたら、どうも屋根が歪んでいるように見える建物が有りました。
ここは旧磯部家で内部を見学させて貰うことができます。
中で聞いたら、これは「起こり屋根(むくりやね)」と言うらしく、カマボコ状の膨らみが特徴なのだそうです。普通の屋根を造るより難しく、犬山では唯一これだけとの事でした。豪商の証だったのでしょうね。 -
内部も写真okとの事で記念に一枚。
江戸時代から続く呉服商との事ですが、まさに豪邸です。 -
奥にはこんな蔵まで建っていました。
この後、犬山駅前で夕食を取ってホテルに戻りました。
翌日は京都へ移動します。そちらは別の旅行記にまとめましたので、宜しければそちらもご覧下さい。
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