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神奈川県相模原市にある女子美アートミュ―ジアムで開催中の「柿内青葉展」を見に出掛けた。このミュージアムには前に一度行ったことがあるので、場所はどのへんか大体覚えていた。小田急線の相模大野駅から行くことが出来るが、ところが、駅に着いて実際にどこから、どこ行きのバスに乗ればいいのかはっきりと覚えておらず、多少手間取ってしまった。<br /><br />柿内青葉という画家は初めて目ににした日本画の大家であったが、寡聞にして全く知らなかった。ある新聞で紹介していて、この展覧会のことを知り、興味を覚えたのがそもそものきっかけであった。<br /><br />彼女は鏑木清方門下の女性日本画家で、初公開の「春の装い」〈カバーで紹介している作品)をはじめスケッチや画材等の計30点を並べた小さな展覧会であるが、ほっとするような心地よいものであった。<br /><br /><br />

女子美アートミュージアムで「柿内清葉展」を見る

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2021/06/10 - 2021/06/10

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Weiwojing

Weiwojingさん

神奈川県相模原市にある女子美アートミュ―ジアムで開催中の「柿内青葉展」を見に出掛けた。このミュージアムには前に一度行ったことがあるので、場所はどのへんか大体覚えていた。小田急線の相模大野駅から行くことが出来るが、ところが、駅に着いて実際にどこから、どこ行きのバスに乗ればいいのかはっきりと覚えておらず、多少手間取ってしまった。

柿内青葉という画家は初めて目ににした日本画の大家であったが、寡聞にして全く知らなかった。ある新聞で紹介していて、この展覧会のことを知り、興味を覚えたのがそもそものきっかけであった。

彼女は鏑木清方門下の女性日本画家で、初公開の「春の装い」〈カバーで紹介している作品)をはじめスケッチや画材等の計30点を並べた小さな展覧会であるが、ほっとするような心地よいものであった。


旅行の満足度
4.5
  • 女子美アートミュ―ジアムを入ると、すぐ「柿内青葉展」が待ち受け、照明を落とした会場は静かな雰囲気を湛えていた。

    女子美アートミュ―ジアムを入ると、すぐ「柿内青葉展」が待ち受け、照明を落とした会場は静かな雰囲気を湛えていた。

  • 会場に入って、まず目に付いたのは、「春の装い」(1929年(昭和4)で、この年の6月にフランス・パリで開催された「巴里日本美術展覧会」へ出品された作品である。

    会場に入って、まず目に付いたのは、「春の装い」(1929年(昭和4)で、この年の6月にフランス・パリで開催された「巴里日本美術展覧会」へ出品された作品である。

  • 「嫁ぐ人」(1928年〈昭和3〉)<br /><br />鏡台を根に落ち着いた様子で座る女性と島田に結ったその髪を、着物の袖を気にしつつ、もうひとりの女性が整えている。

    「嫁ぐ人」(1928年〈昭和3〉)

    鏡台を根に落ち着いた様子で座る女性と島田に結ったその髪を、着物の袖を気にしつつ、もうひとりの女性が整えている。

  • 「十六の春」(1925年〈大正14〉)<br /><br />第6回帝国美術院美術展覧会に出展し、青葉の出世作とされるものである。二曲折れの画面には、満開に咲いた桃の木とヒヤシンスを背景に、肩上げをしたタンポポ模様の振袖に、立矢の字に結んだ帯を締め、髪に大きなくす玉簪を挿した少女が描かれている。

    「十六の春」(1925年〈大正14〉)

    第6回帝国美術院美術展覧会に出展し、青葉の出世作とされるものである。二曲折れの画面には、満開に咲いた桃の木とヒヤシンスを背景に、肩上げをしたタンポポ模様の振袖に、立矢の字に結んだ帯を締め、髪に大きなくす玉簪を挿した少女が描かれている。

  • 手元のところをアップしてみた。アップすると、全体の絵では気が付かなかった指先の指輪がはっきりと見えた。

    手元のところをアップしてみた。アップすると、全体の絵では気が付かなかった指先の指輪がはっきりと見えた。

  • 「月見草咲く庭」(1926年〈大正15〉)<br /><br />青葉はこの年5月より「朝日新聞」で連載された田山花袋の小説「恋の殿堂」の挿絵を手掛けており、その忙しい時に庭に咲いていた花と家の者をモデルに制作したと話している。

    「月見草咲く庭」(1926年〈大正15〉)

    青葉はこの年5月より「朝日新聞」で連載された田山花袋の小説「恋の殿堂」の挿絵を手掛けており、その忙しい時に庭に咲いていた花と家の者をモデルに制作したと話している。

  • 作品名不詳(美人画)(制作年不詳)<br /><br />スリッパを履き、テラスにしゃがみ込むを描いた作品。ぼかした目の表現は大正初めに流行したものである。

    作品名不詳(美人画)(制作年不詳)

    スリッパを履き、テラスにしゃがみ込むを描いた作品。ぼかした目の表現は大正初めに流行したものである。

  • 作品名不詳(水仙)(製作年不詳)

    作品名不詳(水仙)(製作年不詳)

  • これはスケッチブックに描かれた水仙であるが、制作年は不明である。

    これはスケッチブックに描かれた水仙であるが、制作年は不明である。

  • 同じくスケッチブックに描かれた「菊」(左)と「ユズ」(右)である。

    同じくスケッチブックに描かれた「菊」(左)と「ユズ」(右)である。

  • 着物の図案(製作年不詳)

    着物の図案(製作年不詳)

  • 「嫁ぐ人」の前で寛ぐ柿内青葉を撮った写真があるが、撮影日は分からない。

    「嫁ぐ人」の前で寛ぐ柿内青葉を撮った写真があるが、撮影日は分からない。

  • こちらは「夏の夕べ」という作品の前で撮られた浴衣姿の青葉。この作品は今回の展覧会では展示されていなかった。

    こちらは「夏の夕べ」という作品の前で撮られた浴衣姿の青葉。この作品は今回の展覧会では展示されていなかった。

  • 「十六の春」の前で撮られた青葉の写真(撮影日時不詳)

    「十六の春」の前で撮られた青葉の写真(撮影日時不詳)

  • 作品だけでなく、青葉が作品制作に用いた筆や刷毛、落款等様々な画材も展示されていた。

    作品だけでなく、青葉が作品制作に用いた筆や刷毛、落款等様々な画材も展示されていた。

  • 青葉の日常を撮った写真が紹介されていた。

    青葉の日常を撮った写真が紹介されていた。

  • 柿内青葉と同時代の画家の作品も展示紹介されていた。いずれも女子美術大学の同門であったり、あるいはゆかりのある画家たちである。<br /><br />〇 西田 正坡(1895 ~1980)作「明日の友」(1915年〈大正4)

    柿内青葉と同時代の画家の作品も展示紹介されていた。いずれも女子美術大学の同門であったり、あるいはゆかりのある画家たちである。

    〇 西田 正坡(1895 ~1980)作「明日の友」(1915年〈大正4)

  • 〇 西田 正坡作 「針仕事」(昭和初期)

    〇 西田 正坡作 「針仕事」(昭和初期)

  • 〇 寺島 紫明(1892~1975)作「若き尼僧(想い)」(1920年〈大正9〉頃〉)

    〇 寺島 紫明(1892~1975)作「若き尼僧(想い)」(1920年〈大正9〉頃〉)

  • 〇 北 千代(1908~1996)作「たちあおい」(製作年不詳)

    〇 北 千代(1908~1996)作「たちあおい」(製作年不詳)

  • 左上:松島 白虹(895~1937) 作「少女」(1922年〈大正11〉)<br />右上:三谷 十糸子(1904~92)作「池畔有情」(1958年〈昭和33〉)<br />左下:山本 松枝(1914~1986)作「ストール」(1978年〈昭和53〉)<br />右下:小関きみ子(1903~1984)作「夕べの祈り」(製作年不詳)

    左上:松島 白虹(895~1937) 作「少女」(1922年〈大正11〉)
    右上:三谷 十糸子(1904~92)作「池畔有情」(1958年〈昭和33〉)
    左下:山本 松枝(1914~1986)作「ストール」(1978年〈昭和53〉)
    右下:小関きみ子(1903~1984)作「夕べの祈り」(製作年不詳)

  • 〇 小関 きみ子作「猫と私」(製作年不詳)<br /><br />

    〇 小関 きみ子作「猫と私」(製作年不詳)

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