2004/06/11 - 2004/06/14
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SamShinobuさん
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初めて訪れた中国は上海だった。第7回上海国際映画祭にクライアントをアテンドする出張だったが、レトロでモダンな魔都・上海は妖しい魅力で僕を惑わし、大いに混乱させた。カオスだらけの中国に何故僕は惹かれたのだろう。この旅行記を記しながら、そのきっかけを検証してみようと思う。
*この旅ではビデオカメラでの撮影が中心だった為、スチール写真は極めて少なかった。ただビデオカメラにはスチールフォト機能があったので、初めてデジタル写真も撮っている。そのため今回の画像は、デジタルとフイルムの素材が混合している。フイルムはプリントした写真をスマホアプリでスキャンしてみた。またビデオモニター画面をスマホで撮影した画像も一部ある。いずれも画質は悪いが、雰囲気を残せればと思い使うことにした。
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2004年6月13日
街歩きが楽しくて、早起きしてはあちこち歩き回っていた。また中国独特の匂いが街中至るところに漂っており、それが何の匂いなのかは最後まで分からなかった。 -
電線から供給される電気で走るトロリーバス。バスの屋根から2本のトロリーポールが伸びていて、架線から電気を取っていた。
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車をチャーターして周荘へ。1時間半ほどで到着。入場料一人当たり60元(840円)。駐車場から入口まで結構な距離がある。歩く人もいるが、僕等は輪タクに乗った。
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江南地方を代表する水郷古鎮だ。元から明の時代に大いに栄え、今では上海から日帰り可能な観光名所になっている。
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周荘名物「万三蹄」。豚の足の醤油煮込みだ。
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手漕ぎ船に乗る。一艘80元(約1,100円)。8人まで乗れる舟を貸し切る。船頭のおばさんがのんびり漕ぎ出す。25分間の優雅な船遊び。
「おばさん、なんか唄ってよ」と言うと「2曲で10元ね」と商魂たくましい。言われなくてもチップは弾もうと思っていたので、10元(140円)ならかえって安いくらいだ。おばさんの長閑な歌声に癒される。言葉はこの辺りの方言なので、紅さんも全く分からないと言っていた。古い橋の下をくぐった時、おばさんが「600年前の橋」だと教えてくれた。「凄いねえ!」と感心していたら、周荘で一番古い橋は900年前のものだそうだ。 -
現代とは思えない風景に心が和んだ。
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何処を切り取っても絵になる。
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僕はいにしえの水の都にすっかり魅せられてしまった。
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水路のほとりには柳の枝が揺れ、鳥のさえずりが心を和ませる。映画やドラマのロケでもよく使われるそうだ。
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真珠のネックレス。一本50元(700円)と書かれている。あまりの安さに偽物でしょうと言うと、淡水真珠といって川の養殖ものだから安いという。それにしても安すぎる。そこでクライアントがふざけて20元(280円)なら買うよと言うと、あっさり20元にしてくれた。おいおい!それにしても真珠のネックレスが280円とは(笑)。
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双橋の上から。ふたつの水路が交わる所に2本の橋が架かっているから双橋という。
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双橋が見えるレストラン「双橋飯店」。窓下に客を乗せた小舟が行き交う。メニューを見ても全く分からなかったので、注文は紅さんに任せた。
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まずは周荘ビールで乾杯。
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万三蹄。これは肉より皮が美味しいと紅さんが言う。後ろはレンコンのもちごめ詰め。
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生きた海老にお酒をかけて酔わせる。
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じゃがいもとピーマン炒め。
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小海老と豆腐の煮込み。
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空芯菜かな?
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淡水フグの姿煮。さすがにこれはグロくて食べられなかった。ていうか、毒はないの?
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つみれ入りの青菜のスープが旨かった。そうそう、この旅で本場の中国料理に触れて、初めて僕は八角という香辛料が苦手なことを知った。そして残念なことに中国では肉料理に八角を使うことが多く、これに慣れるまで相当時間がかかった。
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道端で魚を売っている。
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まるで映画のセットのようだ。
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このころは中国について知らないことも多く、ザリガニが食用と聞いて驚いた。
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周荘の案内図。
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初めての水郷古鎮はオリエンタルムード満載でとても気に入った。
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帰りも輪タクに乗った。
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途中の上り坂でスピードが落ちる。とうとう自転車をこげなくなって、おじさんは降りて押し出した。
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南京東路に戻ってきた。
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第7回上海国際映画祭(2004年6月5日〜6月13日開催)。
南京西路の大光明電影院(上海グランドシアター)にて。1928年に開業した映画館で、現在の建物は1932年に建てられたものだ。アールデコの意匠が当時を偲ばせる。1945年5月には服部良一の企画で李香蘭のリサイタル「夜来香幻想曲」が開催され、終戦前夜にも拘わらず大成功を収めた。
かつて有楽町にあった「日本劇場」は1933年に造られた劇場だ。大光明電影院(上海グランドシアター)の翌年の竣工である。1941年2月、李香蘭は日劇でも「歌ふ李香蘭」という歌謡ショーを行っている。日劇は老朽化の為1981年に閉館が決まり、同年1月から「サヨナラ日劇フェスティバル」と銘打って過去の名作をリバイバル上映した。当時17歳だった僕は、そこでチャップリンの「ライムライト」を観ている。その後、日劇は取り壊されて跡地には有楽町マリオンができた。その日劇とほぼ同期の大光明電影院は、未だに現役の映画館だというから驚く。
そんな歴史ある劇場で、上海国際映画祭のプログラムが上映されていた。ブラジル映画の「神秘人」という作品を15時45分から1巻のみ見る。よく上映チェックの仕事でフイルムの1巻目だけ見ることがあったが、1巻というのが何ともフイルムらしくて懐かしい。 -
再び豫園商城へ。
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購買意欲に火が付いてしまったクライアントが、昨日行った豫園にもう一度行きたいというので、お連れした。
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建物のデザインがいかにも中国らしくていいなあ。
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いつ来てもここは人出が凄かった。
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名軒。
1936年建築のスペイン様式の邸宅をリノベーションした広東料理店。2階の個室を予約していた。 -
フォアグラとピータン。アヒルの肝臓と卵なので相性は抜群なんだろう。西洋と中華の見事なコラボに舌鼓を打つ。
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フカヒレスープのフカヒレ、巨大。どっさり入っていた。紅さんは食べたことも見たこともないので、ドキドキすると言っていた。
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アワビ。
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大海老。
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食べるのに夢中で無口になる紅さん。
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これは何だろう?
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ワンタンスープ。
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パパイヤの中に燕の巣が入っている。なんと温かくてびっくり。繊維質たっぷりのゼリーのようだった。最後にミルクを入れて味変して飲むとまた美味しかった。
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必ずスイカが出る。本日の支払いは2,800元(約39,000円)。一人当たり約13,000円の贅沢だった。
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バーが建ち並ぶ夜の衡山路を散策し東平路との交差点まで来ると、旧フランス租界に建つお洒落なバーレストラン「Sasha’s」が目立っている。かつては宋美齢の別宅で、後に毛沢東夫人の江青も所有したことのある1921年建のレトロな洋館だ。入口に立つ店員にドリンクだけでも構わないか確認して入店。客は西洋人ばかりだった。
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プールバーで白人の子供達がビリヤードをしていた。よく見ると親たちはバーで飲んでいるようだ。
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カクテルを注文し、上海最後の夜に乾杯した。
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タクシーが捕まらなかったので、地下鉄で帰ることに。常熟路駅で乗って人民広場駅で2号線に乗り換え、和平飯店の最寄駅である河南中路駅で降りた。
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そういえば河南中路駅は2006年10月に南京東路駅と改称したが、ある時突然駅名が変わっていたので驚いた記憶がある。
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夜の外灘がきれいだったので少し散歩した。今回の旅で中国人が手鼻をかむシーンに何度か遭遇した。そういえば僕が子供のころは道端で手鼻をかむ人もいたが、ここのところはとんと見なくなっていた。それが中国では健在で、驚くほど全員が手鼻の達人だった。ほぼ狙い通りの所に手鼻を飛ばす姿を見て、えらく感心したものだ。
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1900年初頭に建てられた欧風な石造建築が建ち並び、ライトアップされて幻想的な雰囲気を醸し出している。この景色だけ見ていたら、ここが中国だとはとても思えない。
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ホテルに戻ろうと人の少なくなった南京東路を歩いていると、15、6歳の女の子を連れたおばさんが近寄って来た。初めは物乞いかと思ったが、見るからに訳ありな雰囲気を漂わせている。少女の母親なのだろうか。おばさんは中国語で何か言いながら、その子をこちらに差し出すような仕種をした。一瞬訳が分からず戸惑ったが、どうも娘を一晩買ってくれということらしい。切羽詰まったおばさんの顔はどこか恐ろしく、その横で少女は無表情で突っ立っていた。不意におばさんが僕の腕を掴んだので、思わず振り払ってその場から逃げ出した。後からおばさんと少女の顔を思い出して、何だかやるせない気持ちになったのを覚えている。
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2004年6月14日
留縁面館。
外に朝食を食べに出た。今日は午後には帰国するのでガイドは頼まなかった。すると、ホテルのすぐ近くにいい感じの庶民的な食堂を見つけた。 -
活気があって美味しそうな匂いが漂っていたので入ってみる。
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お茶を頼むと、コップに茶葉をそのまま入れたものが出てきた。
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メニューを見てもよく分からなかったので、思い切って「爆鱔面」というのを注文してみた。出てきた麺の上に乗っている具は、どことなく不気味な形をした得体の知れない物だった。しかし恐る恐る一口食べてみるとこれが意外と美味しい。後日ネットで調べると、これはタウナギといって、形状は鰻に似ているが全く別種の淡水魚だった。鰻というよりどちらかというとドジョウに近いかもしれない。日本では食べる習慣はないが、中国や台湾では美食とされているようだ。
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店内でビデオを回していたら、ビデオカメラが珍しかったようで、店の子たちに注目されている。多分皆さん上海人ではなく、地方出身者なのだろう。純真無垢で垢抜けない感じがいい。ひとりの店員が好奇心には勝てなかったようで、ビデオを指しながら恥ずかしそうに話しかけてきた。ただ何が言いたいのか全然分からない。
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すると彼女はメモを取り出して、ついに筆談が始まった。ただ彼女の書く文字を見てもいまひとつ理解できず、しばらくやり取りが続く。他の店員さんも集まってきて、笑いながらやいのやいの言っている。どうやら彼女は僕が撮った動画を見せて欲しいと言っているようだ。
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そこで改めて彼女たちを撮影し、その場で再生して見せるとみんな大喜び。あっという間に仲良くなって、楽しいひと時を過ごすことができた。
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店の子が僕のテーブルで何かメモを書き始めた。「また来てね」と、渡されたその紙切れには店の住所が書かれていた。名刺代わりのつもりだったのだろうか。
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安くて美味しかったのと気さくな店員さんたちが気に入ったので、その後上海出張の度に訪れていた。ところがある時行ってみると、店どころか店のあった一区画ごときれいに無くなっていてショックだった。当時の上海の都市開発は目まぐるしく、そんなことは日常茶飯事だった。
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魯迅公園。
ここまでタクシーで来て、南門から入った。魯迅公園のある虹口エリアは戦前は日本人居留者が多く、内山完造もいた。その内山とも親交のあった魯迅も近くに住んでいたので、それにちなんで名付けられた公園だ。 -
魯迅の銅像。この後ろに魯迅の墓がある。魯迅公園はかなり広かったので一周する時間はなく、公園中央にある魯迅墓まで来て引き返した。
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市民たちは場所さえあれば何処でも踊る。
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社交ダンス。想像の上をいく大規模な踊りに、思わず息をのんで見とれてしまった。
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健康作りの為にやっているそうだが集団の圧が凄い。
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魯迅公園を出ると、DVD屋があったので覗いてみた。海賊版DVDは露店商などで見かけたが、ここはちゃんとした店舗だった。こういう店なら正規のDVDがあるかもしれないが、どれが正規版なのか見分けがつかない。店員に英語で訊いてみたが通じなかった。すると店にいたひとりの女性客が、親切にも声をかけてくれた。大学生風な彼女は英語が堪能で、通訳を買って出てくれたのだ。彼女によると店員いわく、ここには海賊版しか置いていないし、正規版のDVDがどこで売っているのか分からないそうだ。彼女も「海賊版で十分見られるのにわざわざ高い正規版を買う人はいません」とのことだった。いずれにせよ日本と中国はリージョンコードが違うので、日本のDVDプレイヤーでは見ることは出来ないのだが。
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そこで冷やかしに店内を見て回ると、凄い物を見つけてしまった。北野武主演の「御法度」(1999年公開・大島渚監督)のDVDがあったが、そのジャケットが衝撃的過ぎた。なんと「ラストサムライ」のトム・クルーズの顔に北野武の顔をはめていたのだ。どうしたら、こんなことになるのか、意味不明過ぎて笑えた。これではコピー商品にもなっていないではないか。カオス過ぎて思わず買ってしまった。一枚10元(140円)だった。ちなみにDVDの中身はちゃんと「御法度」が入っていて、多少の画質の悪さを我慢すれば一応観ることはできた。海賊版にはリージョンコードがないのか?
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ケンタッキーフライドチキンは中国語で「肯徳基」と書く。この時はそんなことさえ新鮮に感じられて撮った一枚。
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多倫路文化名人街。
道路を渡って多倫路へ。お洒落なこの通りから一歩奥に入ると、生活感溢れる路地があった。 -
2階の各窓からは物干し竿が縦に突き出て、洗濯物が干してある。中には電線にハンガーを掛けて干しているツワモノもいた。
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その路地の真ん中に古い井戸があった。
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パジャマを着たおばさんがその井戸にバケツを投げ入れて水を汲んでいた。どう見ても衛生的ではないが、生活用水なのだろうか。
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ホテルをチェックアウトして、タクシーで空港に向かった。暴走タクシーにはやっと慣れてきたが、運転手が引っ切りなしに窓から痰を吐くのには辟易した。
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空港に着いてカフェで一息つくと、それまで張り詰めていた肩の力が抜けてきた。「ああ、面白かった・・・」と思わず呟けば、中国の毒気に当てられ続けた4日間が頭の中に甦ってきた。初めての中国は僕にとって何と刺激的だったことか。
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14時10分発日本航空JL792便は、18時00分に成田国際空港に到着した。
2000年になってから韓国映画における韓流ブームに乗って、随分と儲けさせて貰った。その頃は頻繁にソウルや釜山に出張していたが、思うところあって2004年から中国にシフトしていった。その最初の中国が上海だった。初めての上海はカルチャーショックの連続で、この旅を通じて僕の中で確実に何かが変わった気がした。まるでリニアモーターカーのように諸外国をぐんぐん追い抜きながら成長している上海は、直視できないくらい眩しく光り輝いていた。しかし、まばゆければまばゆいほど、そのきらびやかな街の片隅にふと見え隠れする闇の深さにドキリとさせられた。経済発展の裏側で取り残された人々が、生きるために必死にもがく姿が生々しかった。「富める者から富め」というトウ小平の先富論と中国共産主義の歪みが、街中のあちこちに蠢き悲鳴を上げていた。なぜか僕はそんな魔都の危険な香りに、我知らず惹きつけられたようだ。気が付くと4日間の上海滞在で、中国の不思議な魅力にどっぷりと嵌まってしまった自分がいた。
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この旅行記へのコメント (1)
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- ondine24さん 2023/09/09 11:17:32
- こんにちは^_^
- 私の6月のバリ島旅行記にご訪問&投票ありがとうございました。
Sam Shinobuさんの旅行記にもお邪魔させて頂きました。
上海の旅行記、とても興味深いです。
昔の古い雰囲気を残す場所が沢山あるのですね。
かつての 租界 という存在にとてもノスタルジーを感じます。
そういえば、横浜中華街の萬珍樓 點心舗はだいぶ前にリニューアルされましたが、昔の店内の雰囲気が、租界にはきっとこんな雰囲気のお店があったのでは?と思わせる様な、レトロで華やかでチョット退廃的(勝手な思い込み?)な風情のあるお店で好きでした。
今の上海は新しいビルが沢山建って、大分変わっているのでしょうか?
やっとコロナも落ち着いて来ました。
Sam Shinobuさん、これからも良い旅を楽しんでください。
それではまた*\(^o^)/*
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