2020/02/14 - 2020/02/15
124位(同エリア841件中)
ガッサンさん
この旅行記のスケジュール
2020/02/14
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誰もが一度は口ずさんだ「早春賦」の歌。2月に入ると「早春賦」の歌が浮かんで来る。この歌は長野県の安曇野一帯の早春の情景をうたった歌です。雪国の人々の春が待ち遠しい歌のように思われます。春に向う明るい旋律にあこがれ、安曇野と言われる地域を旅してみました。
「早春賦」の一番の歌詞です。
「春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず」
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
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ここは上信越自動車道、下り方面の横川SAです。「軽井沢・信州へのプロローグ
YOKOKAWA ハイウェイ ガーデン」の看板がありました。英国風のガーデンです。横川サービスエリア 道の駅
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横川SA下りにはタリーズコーヒーがあります。ここでコーヒーブレイクし、気を引き締めて運転するのも良し。
横川サービスエリア 道の駅
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長野県上田市の別所温泉にある北向観音の参道です。参道の奥に北向観音堂が見えます。コロナの影響が出始めた頃で、その為か参道には人影は余りなかった。
北向観音堂 寺・神社・教会
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北向観音堂です。境内には「ぶっかき飴」の露店がありました。
北向観音堂 寺・神社・教会
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北向観音の鐘楼です。鐘楼の隣りに「愛染カツラ」の木があります。
北向観音堂 寺・神社・教会
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市指定文化財のカツラの巨木「愛染カツラ」の木です。推定樹齢は300年以上と言われていますが、色々と諸説があります。カツラの巨木が世に知られるきっかけは、皆様ご存知の川口松太郎の小説「愛染かつら」である。
北向観音堂 寺・神社・教会
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北向観音 額堂です。心に秘めた悩みの解消の願いを込め、絵を神仏に奉納していました。これを掲げたのが絵馬堂です。北向観音ではこれを「額堂」といい、江戸時代より絵の展示場として参拝者の目を楽しませてきました。現在は仁王尊が安置されています。
北向観音堂 寺・神社・教会
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北向観音愛染堂です。小堂ながら精緻をこらした名堂として知られている。
北向観音堂 寺・神社・教会
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愛染堂の立て看板の下部に「本尊は愛染明王で、さまざまな誘惑や困難を打ち砕いてくれるという「恐れる仏」即ち「愛の仏」です。」とあった。
北向観音堂 寺・神社・教会
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北向観音から安楽寺へ向いました。安楽寺への道標です。その隣に「黒門」の案内がありました。少し読んでみます。
黒門
この門を黒門と呼びここが安楽寺境内の入口にあたる。扁額は崇福山(そうふくざん)と読み安楽寺の山号である。寛政4年(1792年江戸時代)安楽寺13世南沖仏鯤和尚の代に建てられた。
寺院には各寺号の外に山号があり寺域全体がこれにあたる。
山号は古くは市街地を離れた山の中に寺が建てられたのが初めとされている。
と書かれてありました。安楽寺(長野県上田市) 寺・神社・教会
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安楽寺の黒門です。前にも書きましたが、扁額は崇福山(そうふくざん)と読み、安楽寺の山号です。
安楽寺(長野県上田市) 寺・神社・教会
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安楽寺(曹洞宗)
安楽寺は禅宗としては、鎌倉の建長寺などと並んで日本では最も古い臨済禅宗寺院の一つです。天正十六年(1588)頃、高山順京が曹洞宗に改めたそうです。
また、境内の奥に建つ日本で唯一の八角形の三重塔は、中国宋時代の禅宗様(唐様)という様式で建築されており、国宝に指定されています。
写真は、国宝 八角三重塔へ向う入口です。拝観料は 300円です。安楽寺(長野県上田市) 寺・神社・教会
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案内板には「重要文化財 国宝 安楽寺 八角三重塔 鎌倉時代」とありました。
安楽寺(長野県上田市) 寺・神社・教会
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イチオシ
国宝 八角三重塔(安楽寺/日本最古の禅宗様建築)です。木造八角三重塔は、木造の八角塔としては全国で一つしかないという貴重な建築だそうです。昭和27年3月29日、文化財保護法の規定により長野県では一番早く国宝に指定された、とボランティアガイドさんが説明してくれました。
安楽寺(長野県上田市) 寺・神社・教会
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国宝 八角三重塔説明があります。少し読んでみます。
この塔は一見、四重塔に見えるが、昭和二十七年長野県最初の国宝として指定された折り、初重の屋根はひさしに相当する「裳階(もこし)」であるという見解で、裳階付き八角三重塔として認定された。
と、ありました。安楽寺(長野県上田市) 寺・神社・教会
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安楽寺を出て脇の道を進むと「常楽寺(天台宗)」がありました。
常楽寺は北向観音の本坊であり、ご本尊は「妙観察智弥陀如来(みょうかんざっちみだにょらい)」。常楽寺は北向観音堂が建立された天長二年(825年)、三楽寺の一つとして建立されたそうです。常楽寺 寺・神社・教会
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別所温泉から宿泊地へ向いました。「国営アルプスあづみの公園」の脇を通り、日本百名山の一つ、常念岳方面へグングンと高度を上げて行きました。ホテルアンビエント安曇野は、北アルプスを望む標高約1,000mに位置するリゾートホテルです。道路の両側には残雪が積んであった。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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ホテルアンビエント安曇野のフロントです。ホテルアンビエント安曇野のセールスポイントは中房渓谷(なかぶさけいこく)から直接引湯した泉質自慢の湯で湯量豊富な温泉です。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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レストラン「フレンチ ル・プラトー」前のロビーです。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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ホテルの売店です。品揃えが豊富です。ここでお土産品を購入しました。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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レストラン「フレンチ ル・プラトー」の看板です。
信州安曇野、北アルプスの地元の厳選された食材、高原野菜やハーブを活かして、風味も味わいも安曇野ならではの料理を楽しめます。AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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レストラン「フレンチ ル・プラトー」の入口です。コーヒーのPR、北アルプスの山々の案内など、色々と飾ってありました。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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朝食会場ということでレストラン内を見せてもらいました。山の斜面に建っている訳でもないが、床面は真っ平でなく、一部階段の所も有り、通路は狭く、バリアフリー化になっていません。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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北アルプスの雄大な山容を眺めながら美味しい食事が出来ることでしょう。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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夕食会場へ向いました。入口で地酒をPRしていました。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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夕食は和食を食べました。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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リビングルームもあります。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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台所も付いていて、料理も可能です。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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室内には畳敷きの和室もあります。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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ベッドルームもあります。一部屋を見渡せば、リビング・台所・和室・ベッドルーム・浴室などが有り、中々広いスペースです。
AMBIENT 安曇野コテージ 宿・ホテル
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大王わさび農場の駐車場です。遠方に山の頂きに残雪を残した北アルプスの山々が見えました。
大王わさび農場 公園・植物園
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岸辺に「〝珍百景“の二つの川」の案内があり、読んでみました。
一級河川の万水川(奥の方)と、湧水100%の蓼川(手前)の水質が全く異なる二つの川が、中の島をはさんで、いかにも一つの川のように流れています。蓼川は何十ヵ所かの小、中わさび畑を巡り巡った後に安曇野でもっとも低い(海抜520m)この地に集まり、犀川・千曲川・信濃川となり日本海へ流れこみます。蓼川を流れる湧水の量は1日70万tともいわれます。水温などの違いから双方の水は、しばらくの間混じろうともせず並行して流れます。
と、書いてあった。大王わさび農場 公園・植物園
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手前の川が蓼川、奥の方の川が一級河川の万水川、中の島をはさんで、いかにも一つの川のように流れています。
大王わさび農場 公園・植物園
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湧水100%の蓼川(たてがわ)です。
大王わさび農場 公園・植物園
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イチオシ
蓼川沿いに建つ水車小屋、心が洗われるような風景です。
大王わさび農場 公園・植物園
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蓼川の岸辺に建つ水車小屋。水車の目的は穀物類を突く動力です。
大王わさび農場 公園・植物園
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近くで水車を撮影してみました。
大王わさび農場 公園・植物園
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湧水100%の蓼川(たてがわ)です。北アルプスの膨大な湧水量です。早春賦の光景です。
大王わさび農場 公園・植物園
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湧水の静かな水面に映る木々です。
大王わさび農場 公園・植物園
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大王わさび農場近くを穂高川が流れています。その穂高川の土手に「早春賦の碑」が立っています。早春賦の歌がここ安曇野で生まれました。
(写真は2012年10月27日に撮影)早春譜歌碑 名所・史跡
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「早春譜歌碑」です。長野県大町市から安曇野一帯の早春の情景をうたった歌とされ、旧制長野県立大町中学(長野県大町高等学校の前身)の校歌の制作のために訪れた吉丸が、大町、安曇野の寒さ、そして春の暖かさを歌った歌詞だそうです。
早春賦は、大町実科高等女学校(長野県大町北高等学校の前身)では愛唱歌として歌われていたそうです。口ずさみたくなる歌です。早春譜歌碑 名所・史跡
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安曇野から隣りの松本市へ移動しました。
金峯山 牛伏寺(きんぷせん ごふくじ)は、信州随一の厄除観音です。今まで何回も長野県へ来る機会があったが、この名刹と全く縁がなく、知らなかった。
牛伏寺(ごふくじ)は、長野県松本市内田にある真言宗智山派の寺院です。山号は金峯山(きんぷせん)です。本尊は十一面観音、鉢伏山の西側中腹に位置します。古くから修験道の寺として知られ、長野県で屈指の規模と文化財を誇る寺院です。
この建物は、牛堂(うしどう)です。 -
牛堂の前に案内板がありました。読んでみました。
牛堂(うしどう)
唐の玄宗皇帝が楊貴妃の菩提を弔うため、大般若経を積んだ赤・黒二頭の牛が、長野の善光寺へ納経の途上、当山の麓にて倒れました。これは御本尊十一面観音様の霊力によるものと、その経典を当山に納め、二頭の牛の霊を祀ったのがこのお堂です。 -
金峯山 牛伏寺(きんぷせん ごふくじ)の山門(表門)です。大変立派な山門です。
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金峯山 牛伏寺の本坊(旧庫裏)です。ここで神札(しんさつ)や御守りを販売しています。
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如意輪堂(にょいりんどう)です。
牛伏寺の如意輪堂は、如意輪観音像を祀っています。間口6間×奥行6間の寄棟造・萱葺の大規模な堂です。 -
唐の玄宗皇帝が楊貴妃の菩提を弔うため、大般若経を積んだ赤・黒二頭の牛が、長野の善光寺へ納経の途上、当山の麓にて倒れたそうです。これは御本尊十一面観音様の霊力によるものと、その経典を当山に納め、二頭の牛の霊を祀ったそうです。
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仁王門へ上る階段前に牛像が左右に配置されています。金峯山 牛伏寺の守り神になっているような気がしました。手で触れた所がピカピカに光っていました。
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牛伏寺仁王門(ごふくじ におうもん)です。
老杉の間の石段を登って行きます。見上げると、朱塗りと白壁の白、垂木の小口の白との対比が際立っている仁王門があります。牛伏寺 仁王門 寺・神社・教会
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牛伏寺仁王門(ごふくじ におうもん)です。
上層の軒に中国沙門黄檗杲堂(ちゅうごくしゃもんおうばくこうどう)の「金峯山」、腰組の下に当寺十世栄光法印の「福聚楼」の額が目に入ります。牛伏寺 仁王門 寺・神社・教会
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イチオシ
牛伏寺仁王門(ごふくじ におうもん)です。建築様式は楼門造りです。
牛伏寺 仁王門 寺・神社・教会
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牛伏寺観音堂(ごふくじかんのんどう)です。観音堂は牛伏寺の本堂と言うべき堂です。
牛伏寺 観音堂 寺・神社・教会
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牛伏寺観音堂(ごふくじかんのんどう)です。
牛伏寺の本堂(観音堂)に安置されている仏像は、本尊・木造十一面観音立像(重要文化財)を収めるためのものです。間口4尺×奥行3尺5寸の方一間(1間四方)の入母屋造(背面は切妻造)・こけら葺で、軒に唐破風を付けた総高10尺の建築物で、全体に彩色が施されています。牛伏寺 観音堂 寺・神社・教会
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奥殿(収蔵庫)です。鉄筋コンクリート造の文化財収蔵庫で、本尊の十一面観音はじめ、 文化財の仏像の多くがここに収められているそうです。
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奥殿(収蔵庫)の上部を撮影してみました。奥殿と言う額が目に付きました。
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銅像の脇に「弘法大師御修行像」の石碑が立っていました。
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階段の上に鐘楼(厄除の鐘)と聖徳太子殿(太子堂)が建っています。
江戸時代幕末建立、方10尺の入母屋造りで、柱を四方転びとします。天井に松本出身の赤羽雪邦が大正時代に描いた龍の絵があります。 -
聖徳太子殿、別名太子堂です。
江戸後期 嘉永7年(1854)に再建。正面に軒唐破風の向拝を付けた柱間方9尺の宝形造で、木鼻を獅子と象とするなど、洒落た装飾で飾っています。
ここで「早春賦の安曇野」の旅を終わります。
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