2020/11/09 - 2020/11/14
172位(同エリア192件中)
ちゃおさん
本堂が真っ白なコンクリートに覆われた神恵院は、抹香臭さを消した現代風な外観であったが、この寺の裏庭は裏山の斜面を利用した回遊式庭園で、巍巍園(ぎぎえん)と呼ばれ、名前からしても嶬峨たる岩山を想像させるが、何年か前の豪雨で崖が崩れ、今は再建されたものだ。コンクリート覆の横から裏に回って眺めると、ちょっとした庭園があった。これが元の状態かどうかは分からないが、段丘状の花壇にはサツキやツツジが植えられているが、今は花は咲いていない。この躑躅園の感じは、去年訪ねた青梅の塩船寺の段丘を30分の一位の小ぶりにしたものだ。実家の裏庭は更にこれを小かさくしたものだが、今はもうない。
この庭の横手奥に宝物館があって、そこには重文の琴弾八幡仏が保管されているが、今は特定日以外には公開されていない。宝物館はパスして境内の反対側にある第六十九番観音寺に参拝する。この町、観音寺市の由来のお寺だ。全国に観音寺と称するお寺が何ケ寺あるかは知らないが、多分、一番多い名前のお寺だろう。八十八ケ寺にはここ讃岐にしかないが、四国4県では多分10ケ寺以上はあるだろう。観音信仰。観音様をご本尊とするお寺は、それ程庶民に近い存在だった。
本堂の手前、左手に長い石段が伸びていて、その上に薬師堂が建立されている。ちょっと見た感じ、余りにも長い石段で、上まで登るのは諦めたが、この薬師堂は、神恵院の元の本堂がここに移築されたものと言われる。正面の本堂は以前は金堂と呼ばれ、室町時代の建築で、国の重要文化財となっている。大師が活躍した頃、桓武天皇初め3代の天皇の勅願時となり、大いに栄え、七堂伽藍の多くを数えたとのことである。巡礼でなくとも、時間があれば、この二つの霊場、琴弾山上の八幡神社等々、良い歴史ハイキングができるだろう。
この寺の本堂は室町時代の建築で、現在重文に指定されている。丁度そのころ、足利尊氏の息子大政大僧正がこの寺に住し、先の巍巍園を作庭したとのことである。室町時代初期の国師、夢想礎石も著名な作庭僧だったが、同時代の尊氏の息、同じ流れを組むものか・・。住持と言えば弘法大師もそうで、日証上人がこの寺を創建したほぼ100年後に空海もこの寺の住職としてやってきて、琴弾山中腹に七堂伽藍を建立し、その中金堂に自ら彫った聖観音をご本尊として安置し、更にそこに仏塔を立て、瑠璃、珊瑚、瑪瑙などの七宝を埋めたと言わた。この寺及び神恵院の山号が七宝山と呼ばれているのは、ここからきているものである。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
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