2019/11/06 - 2019/11/07
71位(同エリア274件中)
のまどさん
フエを出発後、誰もが立ち寄る幻想的なホイアンに一瞬心が揺らいだのですが、宿泊せずに立ち寄るのはきつい、嗜好のずれている我々が行ってもがっかりするだけだとの結論に至り、クアンガイに1泊してからコントゥムを目指すことにしました。
偶然、ベトナム戦争の悲劇ソンミ村虐殺事件の記念館があることを知りすぐに触手が動きました。近くに静かなビーチなどもあるようですが、外国人は全くいません。ホテルからタクシーを利用しました。
クアンガイ、他に見所は少ないですが、大都市のハノイ、観光地のフエの後だったので出会う人たちの素朴で自然な優しさが居心地の良さをもたらしてくれました。
コントゥム行きのバスはホテルの人に見つけてもらい、無事に予定通り到着できました。この旅行記はかなりレアな情報を載せています。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
フエ駅8時半過ぎ。さほどの遅れもなく下りSE3号到着。
ガイジン鉄と張り合って -
撮りました。
-
指定席に行くとシート倒して熟睡している老婆が前席に。シートを少し起こすように頼むと「疲れてんの寝かせて」と涙目で甘えた声で呟いた直後に再び爆睡。真面目に指定席に座る必要などなかったのですが。
-
イチオシ
車窓に広がる東ベトナム海。なぜか幼少期に見ていたインドシナ難民の村落を思い出しました。のまどが住んでいた香港のアパート裏の小高い丘にありました。
-
日本から移住したばかりだったのでパパイヤなどの南国植物の中にあばら家を建てて家畜を飼って生活する様子を窓から釘付けになって見ていました。
-
故国を追われた彼らやその子どもたちは今どうしているのだろうか。急激に中国に飲まれている彼の地に留まっているのだろうか。
-
だいたいのガイジンはダナンで降ります。「ダナンだけど降りないの?」と気を利かせて尋ねた車掌に対して、「いいえ、行き先はクアンガイなの」とベトナム語で答えたところ安心したように笑顔を返してくれました(←誇大妄想)。
-
クアンガイ駅到着。タクシーの客引きにたかられないのが嬉しい。ホテルまでは7分、もちろん歩きます。
-
フエからコントゥムまで夜行バスが出ていて利用者も多いようですが、どうも利用する勇気がなく電車で移動して沿岸都市クアンガイで一泊してからバスに乗ろうということになった。このルートの情報は少なく、Travel Fishの情報を信じるのみだった。
https://www.travelfish.org/transport/vietnam/south_central_vietnam/quang_ngai/quang_ngai/all -
当初ホイアンに寄って深夜に到着して仮眠することだけを想定して予約したホテル。http://giathanhdathotel.com
敷地の前は工事中、部屋の窓は開けられないという難点はありましたが、部屋自体は開くて快適、格安で何よりもレセプショニストと警備員が親切で大満足。 -
記念館までは15キロ。交通機関がなさそうなので翻訳アプリを使ってタクシーを呼んでもらうのにも一手間だった。ロンプラの記載にはMy Layでも実際に通用するのはSon My村。タクシーの運転手に行き先を告げると「S?n M?二音節目は声調を下げてから上げるんだよ」と。
-
「ここで待ってるから見学しておいで」という優しい言葉に安心してチケットを買い、博物館の中に入ります。
1968年3月16日この村でアメリカ軍によって504名の村民が虐殺された。 -
誰がどのように仕入れた情報なのかこの村がベトコンの活動拠点となっている旨を聞きつけて駐屯していたカリー中尉率いる小隊が村民は朝7時に市場に出かけるからその後に残っている者があればベトコンだというメディナ大佐のいいかげんな考察を鵜呑みにして7時半に攻撃が始まった。
-
米軍は材木や藁でできた民家を焼き払い、村民を井戸に投げ込んだり溝に立たせて銃殺し、家畜までもベトコンとの共謀者だと疑いをかけて火にかけて殺した。この村で人一人鶏一羽たりともベトコンはいなかったのでまさに疑心暗鬼。
-
誰もが丸腰の村民だった。一番記憶に残ったのは田植えをしていた際中に米軍の存在に気付いて無邪気に手を振ったために射殺された老人の話。女子ども容赦なく殺され、暴行された女性も多数いた。果たしてこれがドイツやソ連だったら同じことが起きていたのだろうか。
-
イチオシ
憔悴する老人と泣き伏す女性を脇にぐったりした子供を抱えながら怒りに満ちた若者が2人。悲しみよりも怒りが伝わる、イデオロギー色が強い像です。
-
日本の平和財団からの寄付で平和を祈る鐘と
-
追悼施設が造られたそうです。財団の趣旨は知らずともこのような寄付には多いに賛成します。
-
焼き払われた民家の再現。大半の村民は農業に徹し、平和な生活を送っていました。ベトナム戦争やベトコンについてどれだけ知っていたのでしょうか。こういうところに立つとやはり重たい空気を感じます。
-
足跡の残された舗装は後で造ったものだと思います。
戦争は絶対にあってはならないが、人類史の局面には必ず戦争があります。その度にこうした殺戮が今も尚繰り返され、尊い命が奪われています。 -
村民の墓地。
虐殺事件はチェロキー族の血を引くトンプソン・ジュニア准士官の偵察ヘリコプタによって発見され、米軍の虚偽の報告にもかかわらずその事実は世界的に報道された。 -
トンプソン・ジュニアは直ちに生存者を救出し、1998年には当地を再訪している。遺族や原住民にとっては大きな慰問だったでしょう。
一方のカリー中尉は終身刑に問われるも3年未満の自宅軟禁に処せられただけだったが、生前謝罪の言葉を口にした。もちろん、言葉は何とでも発せられるが孤児として生き延びた村人に受け入れられたのがせめてもの救いだ。 -
タクシーの待ち時間請求の料金はわずか。復路も正規の料金で(金額は失念)、喜んでチップを渡しました。
ホテルに戻ってから明日のコントゥム行きバスを探しますが、目星い場所に行ってもそれらしきはないので、一服することにします。 -
この街にはガイジンいないね♪と喜んでいましたが、ウワバミはここでピンのガイジンが徘徊するのを目撃したようです。
-
ワインセラーなどもあって驚きました。靴を脱いで上がるほど敷居が高いんですね。
-
昼食を食べ損ねていたので広くて清潔そうな店。
comgaquangchau2.business.site
少数民族(恐らくチャム族)の家族が経営しているようです。席に着くなり10代の少年に「ハイビア(ビール2杯)」と指で2と示して注文してもポカンとしていましたが、 -
彼の姉らしきが無事に注文を取ってくれました。
ビールとチキンライス、コムガー2人前合計30,000ドンくらいだったと思います。
その後、かなり歩いてホテルの近くの個人商店でパジャマ来た女性からビールを買って部屋で飲みました。 -
翌朝、市場で食事処を探しますが残念ながらありませんでした。
-
イチオシ
金魚屋さん。既に蒸し暑いので涼しく見えます。
-
屋台のサンドウィッチ、バインミーに決定。すぐできるからね、というお母さんの笑顔が素敵。
-
道路脇、プラスチックの椅子に座ってできたての目玉焼きが挟まったバインミーを頬張るのは乙。これぞベトナム。
-
時間がある一方、クアンガイは特に見所がないのでカフェでコーヒー。アイスコ―ヒ―を頼むと蓮の冷茶が無料でついてくるのは贅沢です。
-
ホーおじさんにご挨拶。2019年はちょうど没後50年でした。
-
コントゥム行きのバスは昨夜レセプショニストに調べてもらって12:30にピックアップしてもらう予約を入れた。ちゃんと我々がボロボロのミニバンに乗り込むまで警備員と一緒に見送ってくれました。本当に助かりました。ベルギーチョコを折り紙の三宝に入れて渡しました。
-
バスターミナルは2016年にできたようで新しいです。
-
出発時刻まではここで待つとのことですが、トレッキングシューズを脱いで中に入った途端に招集が掛かりました。
-
Xuan Mai、北京語っぽい響きです。
クアンガイーコントゥム間で競合他社はいないと思われます。乗客はビニール袋を渡され車内で靴を脱ぐように指示されます。これは初めて。 -
雨が降る曇り空でしたが、海から山へのルートは山や川の間に
-
イチオシ
畑が見える風光明媚な景色でした。
-
休憩。バス会社はどこも集荷配送を請け負っています。
アヒルの餌、むちゃくちゃ気になりました。 -
食堂でビールを購入。タイのタイガービール、無難です。
-
コントゥムまでもう少し、独特の長い屋根を持つロンハウスが道路沿いに何軒か姿を現しました。
-
バスターミナルから客引きタクシーに乗って2泊するHotel Windows2へ。
2号店のようです。 -
「評価する点は全くなし」とレビューでこき下ろしました。
部屋を占領する2台のダブルベッドはベトナム人家族向けなのでしょう。 -
唯一良かったのは徒歩10分の距離にツアー会社があったこと。着いた時は既に閉まっていたので翌朝出直しましたが。
夜、経営者は英語塾を開いているようです。開け放された扉から子どもたちが英文を読む元気な声。「観光客のみなさん、気軽に立ち寄って子どもたちと英語で話して下さい」との張り紙。人見知りするウワバミは遠慮していました。 -
Google mapには他にもツアー会社が載っているもののどれも信ぴょう性なく、家族経営のカフェに立ち寄りました。一家全員表情に余裕があり、裕福そうに見えました。私は健康的にフルーツジュース。
オーストラリアを旅行したというお父さんが親し気に話しかけてきました。ウワバミの国籍を聞くと、「アイルランド、39人のベトナム人が殺された」と険しい表情になりました。
ベトナム中部出身の39人が人身売買の犠牲になり、イギリスで冷蔵コンテナの中で全員が息絶えて発見されたという痛ましい事件で、我々がベトナムに行く前に北アイルランド出身の運転手が逮捕されました。
話題が気まずくなり、まともな翻訳アプリを使えばよかったのですが、英語での会話が成り立たなくなったのでお父さんは引き下がっていきました。 -
麺類は食べたくないとのウワバミの意向に合わせて鍋料理。ここもベトナム語オンリー。おじいさんに待ってもらってどうにかまともに注文できました。お客が少なかったのが幸い。
-
コンビニでビールを買って帰ります。
通りがかった幼稚園。ピンクのお城って。ピアノを教える塾もあって、コントゥムは教育熱が高いことが伺えました。
明日は少数民族村めぐりです。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
その他の都市(ベトナム) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
48