2021/12/11 - 2021/12/17
193位(同エリア2166件中)
はなまりんさん
- はなまりんさんTOP
- 旅行記152冊
- クチコミ77件
- Q&A回答17件
- 332,656アクセス
- フォロワー54人
子供の頃、ペギー葉山の歌う「南国土佐を後にして」が大人気でした。ラジオやテレビでいつもこの曲が流れていたものです。
私も大好きでよく口ずさんでいたのですが、なんとなく歌詞に違和感があって…
なんか変やない?? しっくりこんとよね。そやけど、いったいなんがおかしいっちゃろか? どこが変?? 分からんねぇ…
あれからン十年。最近高知とのご縁ができ、やっとチャンスが巡って来ました。
高知の町をウロウロキョロキョロ! & パソコンで「南国土佐を後にして」を探しまくりのネットサーフィン!!
若い人の中にはもうこの歌を知らない方もいるようですが、大正や昭和生まれの世代には懐かしい、一時代を画した歌ですよね。
今こそ、この違和感の"謎”を解き明かしたいと思います。レッツゴー!!
《 ※この旅行記は、実は2020年に初めてアップしたのですが、写真や歌詞の著作権の問題等で事務局から待ったがかけられ、一旦没になりました。その後、また高知を訪れたのを機会に、大幅に手直しした上で、再度掲載させて頂きましたがやはり没。今回、作家の門田隆将さんとの出会いを経て、三度目の正直のトライです。》
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
さてさて謎というのはその歌詞です。
まずは一番。
南国土佐を後にして 都へ来てから幾年ぞ
思い出します 故郷の友が
門出に歌った よさこい節を
《土佐の高知のはりまや橋で
坊さんかんざし買うを見た ヨサコイ ヨサコイ》
これを女性歌手のペギー葉山が綺麗なアルトで歌うんですから、就職かあるいは進学で都会に行った女の子の気持ちを歌ったものかなと、普通思いますよね?つまり女歌かと。
すると、送別会か何かで歌を歌ってくれた友達って、やはり女友達のように思えるんですが、でも、年頃の女の子が、別れにあたって、民謡のよさこい節を歌います?普通?
年頃の女の子なら、違う選曲をするんじゃないかしらん??
百歩譲って、民謡好きの女友達?でなきゃ男友達?それでもやっぱりなんだか変。オッサンの友達でもいたのかしらん?? それに、門出という文言もちょっと違うなぁってね。
ここ、違和感その一。
写真は、市中心部にある観光用のはりまや橋です。はりまや橋 名所・史跡
-
次に二番の歌詞。
月の浜辺で焚火を囲み しばしの娯楽のひと時を
私も自慢の 声張り上げて
歌うよ土佐の よさこい節を
《御畳瀬(みませ)見せましょ浦戸をあけて
月の名所は桂浜 ヨサコイ ヨサコイ》
これ、いよいよ変。だって、都会に出た女の子の暮らしの、どこに月の浜辺や焚火があるというのでしょう?会社の宴会や社員旅行とも、学校のサークルの合宿場とも思えません。娯楽のひと時って何?そぐわないなぁ。
しかも、あの時代の女の子が、それも田舎から出て来た若い女の子が、声を張り上げて民謡を歌うだなんて!
昔、桂浜辺りを歩いた時の思い出、とでも言うのなら分らないでもありませんが、歌詞は一応現在形ですからね。
ここ、違和感その二。
マイユウバスで桂浜を見に行き、撮った写真です。なるほど、美しいところですね。桂浜 自然・景勝地
-
最後に三番の歌詞。
くにの父さん室戸の沖で クジラ釣ったという便り
私も負けずに 励んだ後で
歌うよ土佐の よさこい節を
《いうたちいかんちやおらんくの池にゃ
潮吹く魚が泳ぎよる ヨサコイ ヨサコイ》
三番はさすがに突っ込むところはありませんが、強いてあげれば、”励んだ”という言葉でしょうか。何か、別の言葉を無理に差し替えたかのようなぎこちなさ。考え過ぎかな?
ここ、違和感その三。はりまや橋公園 公園・植物園
-
こんな違和感を抱えつつ、高知の町をウロウロしている時、耳寄りな情報をキャッチしました!たしか、ウエブの高知新聞のアーカイブだったと思います。
この歌の大流行には、NHK高知放送局が大きく絡んでいるというのです。
そもそもの発端は、昭和33年、NHK高知放送局で開催されたあるイベントにありました。
テレビ放送開局を記念して、人気アナ高橋圭三司会の「歌の広場」を高知で開催することになり、この番組の妻城良夫というディレクターさんが、ぜひとも「南国土佐を後にして」をペギー葉山に歌ってもらおうと考えたのだそうです。
元々ジャズ歌手だった彼女は最初NOと言い続けたそうですが、ついには根負けして、持ち前の明るいアルトの声で、こぶしなど回さず、素直な歌唱で歌ったのですって。
この起用が功を奏して、ペギーの歌声は高知県民の胸を打ち、会場は時ならぬ大合唱に包まれたのだそうです。
妻城プロデューサーはすごいなぁ。ペギー葉山に目を付けて粘り通すなんて!
この写真は、現在のNHK高知放送局です。 -
これ、凄いお話ですね!
しかし、この歌がそれほどまでに高知の人々の心を揺さぶったのは、一体なぜ??そもそもこの歌はどうやって生まれたのでしょう。どんな意味をもっているのでしょう?
そして、とうとう見つけました! 例の高知新聞のウエブサイトに、当時を伝える記事がありました!
それは、戦後の焼け跡闇市の時代にさかのぼるお話でした。
高知新聞の記事を要約してご紹介します。
作曲家の武政英策氏は、高知の飲み屋や闇市など人の集まるところで少しずつ違った節回しで歌われている不思議な歌に心惹かれ、採譜を繰り返してついにきちんとした一曲に仕上げました。それは元々、土佐出身の兵隊さん達が戦地で歌っていた作者不詳の歌で、望郷の思いと鎮魂の祈りが詰まった歌だったのです。 -
四国出身者らで編成された旧日本陸軍第40師団の歩兵第236連隊は別名「鯨(くじら)部隊」と呼ばれ、高知県出身者が多数を占めていました。その中でこの歌が生まれ、「南国節」と呼ばれていつの間にか鯨部隊の全部に広がり、戦争中も、その後中国で捕虜になった時も、みなよくこの歌を口ずさみ、合唱し、励まし合ってきたのだそうです。
いつ命を落とすとも分からない中で、歌が好きというより、歌わないとやってられんという気持ちの中で、露営のたき火を囲み、仲間と声を張り上げて歌ったのだそうです。
戦中も戦後も、この歌が鯨部隊と高知の人達に寄り添ってくれたのでしょう。
なるほどなるほど、これは元々、男歌だったのですね!それも苛烈な戦争のさなかに歌われた歌!!
やっと歌詞の謎が解けた気がします…
違和感の正体が分かって、霧が晴れました。この歌はただのご当地ソングでも、女の子の歌でもなく、元々戦地で生まれ歌われた、兵隊さんの歌だったんですね!
中支 → 都
月の露営 → 月の浜辺
俺も負けずに → 私も負けずに
手柄を立てて → 励んだ後で
本当はこんな歌詞だったのが、時代に合わせて変えられていたんですね。はりまや橋 名所・史跡
-
高知市南東部の高知県護国神社に、鯨部隊の慰霊碑が建っていると聞き、訪ねてみました。
護国神社。
はりまや橋からタクシーで15分くらい。バスは、昼間は本数が少なくて利用できませんでした。高知県護国神社 寺・神社・教会
-
鯨部隊の慰霊碑です。
歌詞の謎が解けた今、慰霊碑に向き合うと、胸を締め付けられるような切ない思いに駆られます。
NHK高知放送局でテレビ放送が始まった昭和33年と言えば、戦後まだ13年。戦地から復員した兵隊さんも、また、出征兵士を送り出し、銃後を守って戦禍を生き延びてきた人たちも、まだまだ戦争を引きずっていた時代だったろうと思います。この歌に込められた土佐の方たちの思いには、きっと熱く重いものがあったに違いありません。
私は戦後生まれの、所謂戦争を知らない子供たちの一人ですが、周りには戦争を体験した親世代の人が大勢いました。なので、戦争は決して遠いものではありません。
「南国土佐を後にして」 う~ん、深いですね・・・! -
碑の裏側には、鯨部隊について詳しい説明が書かれています。
戦後既に75年を数えますが、鯨部隊の記憶は紡がれ続けていくことでしょう。 -
護国神社には、主に第二次世界大戦の慰霊碑・顕彰碑がならんでいます。
ここを訪れた2021年12月中旬のある日は平日でしたが、何人もの参拝の方々を見かけました。
戦争のあった過去と平和な今。決して歴史の教訓を忘れてはいけないのだと、胸に刻みました。 -
「南国土佐を後にして」はその後ブレイクして全国的な大ヒット曲となり、はりまや橋交差点付近には記念の歌碑とモニュメントが建てられました。今でも毎時30分にペギー葉山の歌唱が流れ、鯨が潮を吹きます。
動画を撮ってます。
フルコーラスで2回ありますので、かなり長いですが、よかったら1回分だけでも楽しんでください。
https://youtu.be/szA3JE8fieg -
桂浜も、こういう背景を知ると、美しいというだけでなく、故郷を思う人の気持ち、望郷の念がしみじみと心に染みて、とても身近な懐かしい景色に思えてきました。
歌に込められた”人の情”というものに心打たれます…桂浜 自然・景勝地
-
更に、日本三大がっかりなどと言われているはりまや橋にも、親近感が感じられるようになりました。
ところがここまで書いた時点で、実は、作家で高知県出身の門田隆将さんが、この「南国土佐を後にして」にまつわる物語をとっくに本に書いて出版されていたという事実を発見しました!! 驚きました。やられた、先を越された、って気分です!
う、う、う~ (ノД`)・゜・。
でも、考えてみれば、これまで自分がいかにものを知らなかったか、というだけの事ですよね。門田氏は高知県出身のプロのライターさんなんだもの、当然と言えば当然… 謎だ謎だと騒いだ自分が、なんだか恥ずかしい… (/ω\)
…でも、違和感は本物だった!!
写真は、はりまや橋交差点近くにあるからくり時計です。毎時00分によさこい節の演奏が始まります。はりまや橋 名所・史跡
-
「南国土佐を後にして」の歌詞の謎を解く旅の最後に向かったのは、高知市内のオーテピア。ひろめ市場から徒歩数分の、図書館や科学館が入っている公の施設です。
実はここに、鯨部隊のとっておきの秘話を語るあるモノがあるんです。オーテピア 名所・史跡
-
それは豹のハチ。
昭和16年頃、中国に駐屯していた鯨部隊の第8中隊は、地元中国の村人から家畜を襲う豹の退治を頼まれたのだそうです。豹退治に出かけた部隊は、大物の豹こそ取り逃がしましたが、あとに残された生まれたばかりの豹の赤ちゃん2頭を連れ帰り、そのうちの、やけどを負った1頭を自分たちで飼育することに決めました。この赤ちゃんは中隊の8にちなんでハチと名付けられ、可愛がられてすくすくと育ちました。これが豹のハチです。
赤ちゃんの時から鯨部隊で育てられた豹のハチ。小隊長の成岡曹長を始めとする部隊の兵隊さんたちによくなついていた豹のハチ。自分も人間だと思っていたかもしれない豹のハチ。
-
ハチは戦争の激化に伴い、中国からはるばる海を渡って上野動物園に送られました。が、戦時下にあっては、猛獣を育成することは、たとえ動物園の檻の中とは言え危険であり、また餌代にも事欠く有様ではとても続けることは出来ないという人間側の判断の元、天寿を全うすることなく動物園での短い生涯を終えました。戦後、ハチははく製となって成岡氏に引き取られ、現在はオーテピアの図書館の5階にいて、来館者を見つめています。
ハチは、鯨部隊の生き証人と言ってもいいかもしれません。
はく製ですから生きてはいませんが、まるで生きているようです。
戦争遂行任務が使命の軍隊も、中身は温かい心を持った人間の集団なのだという事を、身を以て私たちに語り掛けてくれるのが、ハチなのだと思います。 -
我が子のようにハチを慈しみ育てた成岡小隊長とハチ。
土佐に来て やっと会えたね 豹のハチ
中支の戦の 語り部のハチ -
「鯨部隊」と「南国土佐を後にして」について詳しく知りたい方には、この二冊をおススメします。
「奇跡の歌」はノンフィクション作家門田隆将さんの著作。先を越された、と私が悔しがったのは、この本のことです。力作です。脱帽…
「ヒョウのハチ」は文・門田隆将さん、絵・松成真理子さんによる絵本です。絵がとってもほのぼのしてて可愛いです。たぶん誰も、涙なくしては読めないのではないでしょうか。 -
最後にちょっと、個人的に嬉しかったお話を。(これは2020年のエピソードです。)
高知から福岡への帰り、福岡空港に到着したJ-AIRから降りる際に、CAさんがキャンデーの包みを手渡してくれました。帰宅後開けてみると、小さなカードにこんなメッセージが。
「本日のご搭乗誠にありがとうございました。景色をお楽しみになられており、私たちもとても嬉しかったです。中々お話できず仕舞でしたので、一言お伝えしたく、このような形にさせて頂きました。またお待ちしております。」
いや~嬉しかったな~!
このコロナのご時世、単独でひっそりと暮らすことの多い中での人情の温かさ。沁みましたよ。
CAさんは、乗客の様子をしっかり見て、気配り心配りしてくれてるんですね。地方空港を結ぶローカル線。CAさんは美人で優秀な人材揃い!
またいつか高知便にお世話になりますね!
ありがとう~~! -
〈追記〉 2024年8月某日
実はつい先ごろ、ある講演会で奇跡的に門田隆将さんにお会いすることが出来たんです! おまけに、大勢のファンの方達の渦が治まったころに、思い切って話しかけてみたところ、快く応じて下さったんです!! ほんの短い時間でしたが、直接お話までさせていただくことまで出来て、いや~~嬉しかったです!!
そこで、この旅行記についての事務局との顛末(歌詞を載せているのは著作権侵害のおそれがあるため、旅行記として掲載は出来ない、との理由で削除されてしまった)を手短にお話して、著作権問題への対処の仕方をお尋ねしてみたところ、「南国土佐を後にして」という歌は元々作者不明なのだから著作権侵害には当たらないし、なんなら僕の本「奇跡の歌」の中にある内容だったら、自由に転載していいよ、という寛大なお言葉を頂いてしまいました。
ありがたくて、うれしくて、涙がこぼれそうでした。100ほど書いた自分の旅行記の中で、この一編は特に好きなものなので、没にされたのがほんとうに残念で悲しく思っていたからです。
門田さんが背中を押してくださったおかげで、もう一度だけ上梓させて頂こうと思いました。皆さんに読んで頂けたら望外の喜びです。
門田さん、ありがとう!!!
そして、旅行記を読んで下さった皆さん、ありがとう!!! -
門田さんの優しいお言葉に甘えて、この本から写真もお借りすることにしました。
こちらは、NHK高知放送局のテレビ放送開始記念イベントで「南国土佐をあとにして」を歌っているペギー葉山です。
ジャズ歌手の若いペギーが、可愛らしいですね。 -
もう一葉。 こちらは中支を転戦中の鯨部隊の写真です。
門田さんはどこから手に入れられたのか…? たぶん高知新聞と交渉されたんでしょう。私が簡単に頂戴しては申し訳ないような気がしますが、このような生々しい写真があると、歌に込められた兵隊さんたちの気持ちがより深く迫ってきて、歌の持つ意味がより鮮明なものになります。
門田さん、本当にありがとうございます。 感謝!!
これを機に、門田さんの著書「奇跡の歌」を読んで下さる皆さんが増えますように!!
素晴らしい本ですので。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (6)
-
- ねんきん老人さん 2023/07/24 09:35:04
- 深い旅行記、気持が改まりました。
- はなまりんさん、おはようございます。 大谷翔平のホームランを気にしながら複数のウインドウを行ったり来たりしていた自分が恥ずかしい、読み応えのある旅行記でした。
「南国土佐を後にして」。 仰るとおり、あの頃は商店街を歩いていても必ずこの曲が大音響で流れていて、今でもその歌詞をほぼ諳んじているほどです。 おまけに「南国(なんごく)」という言葉が小さな脳ミソを占有してしまって、後年、高知市の隣の南国市のことをずっと「なんごくし」だと思っていました。
今回、はなまりんさんの旅行記を拝読して、あれほど全国を席捲した歌に疑問を抱いていらっしゃったということに先ず驚きました。
私などは小心臆病で、オーソリティに対してはただひれ伏すだけの人生を歩んでいますので、あの歌の歌詞に疑問を持つなどという「恐れ多い」ことは全くなく、ただ意味もなく口ずさんでいただけです。
ですから、単純に女性の歌だと思っていただけで、「それにしては?」というようなことは露ほども考えずにいました。
はなまりんさんが、まず疑問を抱いたこと、そしてその疑問をそのままにせずに掘り下げ、調べて、戦地で兵隊さんたちが心の拠り所にしていた歌が元になっているのだという事実にたどり着いたということに「そうだったのか!」という驚きと深い敬意を抱きました。
似たようなことは既に別の人が書かれていたということに「謎だ、謎だと騒いでいた自分が恥ずかしい」というようなことを仰っていますが、とんでもない。 文筆を生業とするプロではないはなまりんさんが、そういう視点を持たれたということ自体がすごいことですし、それを丹念に調べ上げた努力は余人に真似のできることではありません。
この旅行記にコメントを寄せられたしにあの旅人さんもヤマトタケルの足跡を始めとして各地の神社の来歴なども詳細に調べていらっしゃる碩学の士ですね。 その方がコメントをされているということからも、はなまりんさんの探求心が高く評価されていることが分かります。
恥ずかしいのは私です。 高知には何度も行き、はりまや橋にも「がっかり」していた私・・・。 はなまりんさんの旅行記に出遭わなかったら、「ハチ」のことなどまったく知らずに終わるところでした。 いつもいつも、ただの観光気分で出かけている自分のお粗末さに身の縮む思いです。
反省、感動・・・ありがとうございました。
ねんきん老人
- はなまりんさん からの返信 2023/07/24 10:59:35
- 「南国土佐を後にして の謎」の旅行記 を 見つけて頂いてありがとうございます!
- 年金老人さん、おはようございます。
南国土佐を後にして、の旅行記を見つけて下さってありがとうございます。とってもとっても嬉しいです。
何を隠そう、この旅行記は、これまでに掲載させて頂いた中で、自分としては一番思い入れが深く、厚かましながらイチオシだという自負もあるんです。
でも残念ながら、周りの友人知人たちも含め皆さんの評価はたいして高くはなかったので、少しばかり気落ちしていました。
こういうちょっと理屈っぽいのは受けないんだ…しょぼん…と…
なので、こうして目に留め、若干の誉め言葉まで贈って下さるなんて、嬉しくて舞い上がっちゃいます。共感して下さる人もいらっしゃるんだと!!
そろそろ旅行記も旅行自体も引退しようかと気弱にもなっている最近の私ですが、この書き込みを励ましのお言葉と受け取りました。また元気が湧いてくるような気がしています。
年金老人様、そして以前に感想を寄せて下さったしにあの旅人様、ホントにありがとうございます。
はなまりん
-
- しにあの旅人さん 2021/12/24 09:45:52
- 読み直しました。
- 写真になにか著作権の問題になりそうなものがありましたっけ、記憶にないのですが。
読み直しました。
いずれにしても私には新しいエピソードの発掘でした。最後のヒョウくんも含め、旅で新しい発見をするって、これぞ旅の醍醐味、っていう感じで、一番うれしい。
ハチの写真、大きい! ここまで、育てたんですね。
日本三大がっかりをこれで二つ知りました。もうひとつは、kummingさんが「地元で古代史」で教えてくれた「3連水車」、「九州三大がっかり」だったかな。
あと一つはなにか。
はりまや橋は小さいらしいですね。
でも三大がっかりであちこちにでてくるので、有名になって、地元に貢献しております。
NHKの高知放送局、かわいい!
天下のNHK様も高知にくると小さいんですね。
- はなまりんさん からの返信 2021/12/24 21:33:44
- コメントをありがとうございます
しにあの旅人様
リメイク版も読んで下さってありがとうございます。以前のものは、鯨部隊の写真を高知新聞のウエッブサイトから借用していたので、それがNGだったのかなと思います。さすがに鯨部隊の写真は自分では撮れないし、高知新聞にお願いしても無理かもなので、護国神社の慰霊碑で代えさせて頂きました。迫力が減ってちょっと残念ですが。
豹のハチは本当に可愛いですよね。旅行記には載せませんでしたが、よく知られている象や虎達と同様、毒を盛られたのだそうです。可哀想でなりません。上野動物園の飼育係の方たちも断腸の思いだったろうと思います。
閑話休題。高知放送局は、かなり老朽化しているため、数年の内に建て替えられるそうですよ。
いつも読んで下さってありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。
はなまりん
-
- しにあの旅人さん 2020/11/25 19:24:50
- 無事帰りました
- 23日予定通り帰りました。一息ついたところです。
「南国土佐を後にして」にこういう歴史があるとは知りませんでした。多くの人の深い思い入れがあった歌なのですね。丁寧に発掘されましたね。新しいことを知ると嬉しくなるものです。
はりまや橋も小さい橋だとは聞いておりましたが、本当に可愛い。四国は一度も行ったことがないので、なんとなく行った気分になりました。
-
- しにあの旅人さん 2020/11/21 19:13:55
- フォローありがとうございます
- ただいま三重県津市のなんとかホテルです。桑名へのトランジットなので、自分でもどこだかハッキリしません。房総へ帰ってからあらためて感想を述べさせていただきます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
高知市(高知) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
6
22