2004/03/02 - 2004/03/11
1555位(同エリア6442件中)
ユウジさん
回顧シリーズも4回目ですね。今回は、約20年前、大学を卒業して就職するまでの間に、幼馴染と訪れた中央ヨーロッパ旅行です。大学の友達と行ったわけではないのですが、卒業旅行みたいな感じでしょうか。
あと少しで社会に旅立つ時期に、少し複雑な気持ちもあったこの旅ですが、写真を眺めているとウィーンもプラハもブダペストも大変印象深く良い街だったなと思い、旅行記にまとめてみることにしました。
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いきなりですが、オーストリアの首都ウィーンに到着です。なぜウィーンいるかと言いますと、幼馴染のA君がウィーンに音楽留学していまして、もう1人の幼馴染のB君に誘われて二人でウィーンを訪れたのでした。
A君の音楽留学はもちろん素晴らしいですし、B君も先生と呼ばれるような職業に就くようで、2人ともこれから輝かしい未来に向かっているように見えました。
僕はというと、就職先もそれなりで、二人を見みていると、まだ若い自分には、なんだか自分の未来は閉ざされているかのように見えてしまいました。
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それでも、せっかくB君が誘ってくれましたし、もちろんA君に会いたい気持ちもありました。悩みはしましたが、少し勇気をだして、学生最後の旅の思い出に、ウィーンに向かってみました。
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空港から電車とバスを乗り継ぎ、A君の住んでいるアパートに到着です。
今思うと、A君も勉強が忙しく、しかも一人用の部屋にプラス2人も泊まっているのだから申し訳ないことをしたと思います。
また、食事の時には自炊をするのですが、僕が何もできないので、さらに迷惑をかけます。平静を装いつつも、ゆでることもできないパスタをただ掴んでいることしか出来ませんでした。
なんだか色々と差がついたなぁと認めつつも、早々にこれから1週間ほど一緒にいるのもつらいなぁと思ってしまうのでした。 -
ウィーンに着いてからの予定は特に決めていなかったのですが、B君と二人でハンガリーの首都ブダペストに電車で行くことにしました。
B君は幼馴染ではありますが、中学校に入ってすぐに引っ越してしまったため、二人だけで話すのも久しぶりでした。
何を話したかは、今となっては覚えていませんが、なんだか普通の会話をしようと頑張っていた記憶はあります。 -
B君とは元々仲も良かったですし、結局は僕の気持ちとは裏腹に、トラブルも仲違いもなく、至って仲良くブダペストの街を巡ることになりました。どうやら、自分が多感だっただけで、思い返すと普通に観光旅行をしていたみたいです。
ところで、ブダペストの印象はと言うと、もう20年前の話ではありますが、だいぶ暗いイメージが残っています。人もあまり出ておらず、薄汚れた感じで、これが東ヨーロッパかぁと勝手ながら思ったものです。 -
特に、地下鉄はとにかく怖かった記憶があります。B君と二人だったから良かったですが、正直一人だったら乗れていなかったと思います。こういう時に誰かと一緒なのは心強いものです。僕はというと、何故か、ずっとポケットの中で、ひや汗まじりの手で握り拳を作り臨戦体制をとっていました。実際何か起きたら、拳で殴りかかる勇気なんてありもしないので、結局は何も出来ないんですけどね...
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ブダペストで一番の繁華街まで行ってみました。立派な街並みですが、やはり、あまり人いなかったのが印象的でしたね。雨が降っていたからかもしれませんね。
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とかく暗いイメージが残ったブダペストでしたが、国会議事堂の前を歩いていると、はためくハンガリー国旗の中心に穴があいていました。当時はその意味も分からなかったので、その異様さだけが頭にこびりついてしまいました。
一応、穴には意味があるみたいで、かつて旗の中央にあった社会主義的な国章を切り取ったものみたいですね。 -
先に暗い部分を紹介してしまいましたが、綺麗な場所もご紹介したいと思います。
ブダペストの名所はドナウ川のほとりに見ることができ、ドナウ川がその美しさを一層と際立たせてくれます。先ほどの国会議事堂もドナウ川の対岸から望むとその重厚なたたずまいが水面に柔らかに映され美しく表現されます。なんだか、同じ建物なのにずいぶんと印象が変わりますねぇ。 -
国会議員堂から少しドナウ川沿いを進むと、ブダ地区とペスト地区を結ぶ有名な「くさり橋」が見えてきます。国会議事堂と同じく重厚で美しい情景です。
さらっと言ってしまいましたが、ブダとペストでブダペストなので、くさり橋を通じてブダ地区からペスト地区に渡ってみると、ブダペストの全てを知ったかのような妙な高揚感があります。絶対そんなことないですけどね... -
最後は、ブダ地区にある王宮の丘です。地下には洞窟が張り巡らされており、その迷宮の先には、泉から流れる赤ワインが心地よい香りを漂わせていました。
ということで、ブダペストには、暗いだけでなく、素敵な場所もたくさんあり、様々なブダペストを感じることができました。もちろん暗いと思ったのは、気分的なものもあったと思いますので、今ならもっと明るく素直に観光できると思います。
それでは、一度ウィーンに戻ってから、今度はチェコのプラハに向かいたいと思います。 -
ウィーンのA君の家に一泊しまして、B君と一緒に今度はチェコの首都プラハに行きました。不鮮明な写真からは伝わらないのが悲しいですが、プラハは本当に美しい街でした。オレンジに統一された屋根、整備された石畳の通路、テーマパークのような街並みがそこにはあり、プラハ城やカレル橋といった歴史的な建造物も見事に溶け込んでその魅力を引き立てています。
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そんな美しい街並を堪能すべく、市街地からプラハ城に向かう道すがらにカレル橋に差しかかります。橋の上では、音楽隊が演奏していたりと大変賑やかな場所になっていました。
音楽隊の軽快な音色も良いですが、カレル橋から下に流れるモルダウ川を見つめていると、どうしても頭の中にはスメタナ作曲のモルダウが流れてしまいますねぇ。 -
旧市街のティーン教会、丘にそびえるプラハ城、美しい街並は本当に限りがないもので、まだまだ紹介したいのですが、もはや写真との落差が激しく、文章を書いていても虚しさが募るばかりです。あ~あ、どうしてデジカメを持っていなかったのかなぁ、愚かすぎますねぇ。
ということで、美しさを表現することは諦めまして、旧市街から少し離れて別の思い出を振り返ってみたいと思います。 -
プラハのもう一つの顔はユダヤ人街があることです。一歩足を踏み入れると、確かに美しい旧市街とは少し異なる独特な雰囲気に包まれます。
ですが、ユダヤらしい建物を探そうと思うと、旅人を満足させる代物はなかなか見つからないものです。自分もステレオタイプの人間だなぁと思いつつも、少し暗めで宗教的な建物を探してだして写真におさめてしまいます。
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そして、いつまでも中二病を患っている自分としては、やはりユダヤの六芒星を探したくなるものです。これも意外と見つからないもので、なんとか井戸か壁かに装飾されたものをようやく見つけることができました。
ユダヤへの期待値が高かったのもありますが、自分の期待するとおりの情報だけを集めて、思い出を都合よく作り上げてしまおうという気持ちが、どうやら自分にもあるみたいですね。 -
ユダヤ人街にあるカフカの家です。「変身」ぐらいは当時でも読んでいたと思いますが、特別にカフカが好きなわけではありませんでした。ただ、カフカには暗く孤独、でも時折に明るい、そんなイメージがありました。なんだか当時の自分に投影される部分があって、お会いしたい気分になったんですね。お墓ではないので、手を合わせて祈るわけではないですが、壁に飾られたカフカの顔を見ると、少し力をいただいた気がしました。
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プラハでの宿は、旧市街にある市場のそばにあった小さなホテルに泊まりました。そして、これから書くことは、僕がいかに小さな人間かを物語るものです。
このホテルには、フロントの隣に、客室に通じるドアがあり、鍵を使って中に入るのですが、このドアがなかなか開きませんでした。いったん諦めて、B君がフロントに行ったのですが、困った感じで立っていたので、僕が「Could you tell me how to open next door.」と言ってドアを開けてもらいました。
たったこれだけなのですが、何だか一矢報いた感じがあって、それまで閉じ込めてた劣等感を吹き飛ばすかのように心が軽やかになりました。本当にどうでもよく自分勝手な話ですが、このセリフだけは一言一句、今でも強烈に脳裏に焼き付いています。若気の至りとはゆえ、本当に嫌な人間ですねぇ... -
色々あったのか、なかったのか、プラハからウィーンに戻ります。ハンガリー、チェコと行ってきましたが、今思うと、なぜウィーンから1番近かったスロバキアに行かなかったのかと思います。
でも、その心残りがあったからこそ、同じ思いをしないように、スウェーデンに行った時にはノルウェーに立ち寄ったり、オランダに行った時にはルクセンブルクまで遠出したりと、迷った時に気持ちを奮い起こすきっかけとなってくれたので、今ではそれも良かったのかなと思ったりもします。 -
ウィーンに戻ってきましたので、A君とB君と色々と名所を巡ってみることにしました。ウィーンと聞いてまず思い浮かべるイメージは、「音楽のみやこ」ということではないでしょうか。自分は音楽には詳しくないのですが、何か思い出にということで、A君がオペラに連れて行ってくれました。
何となく敷居が高いイメージのあったオペラでしたが、立見だと5ユーロぐらいで、庶民的なお値段に驚きました。ふぅむ、さすが音楽のみやこ、様々な人が気軽にオペラを鑑賞する環境が整えてられているんですね。 -
ところで、個人的にウィーンで良かった場所と言えば、フンデルト・ヴァッサーの建築です。独特な色合いと曲線、植物と融合したその姿はアール・ヌーヴォーをも思わせ大変魅力的に映りました。
写真のクンストハウスはミュージアムも兼ねたフンデルト・ヴァッサーの代表的な建築です。トイレも独特で、タイルの一つ一つが繋がりあって、生命的な躍動感と神秘さがあって綺麗ですよね。 -
最後に訪れたのはあこがれ?のハプスブルグ家のシェーンブルク城です。
かつてヨーロッパで広大な領域を治めていたハプスブルク家ですが、衰退する中、本領であるオーストリアを残して、小さいながらも国として継続されたのが印象的ですよね。
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個人的には、オーストリアは近年で最も大国感がなくなった国なのではと思うこともあります。帝国的支配がなくなった現在からするとオーストリアが大国であり続けるのは難しかったと思いますが、地理好きの自分としては、ドイツ語圏の一地域がヨーロッパの広大なエリアを支配した歴史には心おどったものです。今ではオーストリアを意識するのは、スポーツ観戦ぐらいですが、やっぱりなんか特別な思いで見てしまいますね。
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一応、ご当地料理の話も少ししますと、シュニッツェルという肉を引き伸ばした料理が面白かったですね。
また、写真がないのが惜しいところですが、ご当地のデザートでは、ザッハトルテが美味しかったですね。
シュニッツェルもザッハトルテも食べたのはこの時が初めてでしたが、日本で見るとついついまた食べたくなってしまいますね。 -
さて、オーストリア、ハンガリー、チェコと巡ってきたこの旅行も帰国の時を迎えました。振り返ってみると、勝手ながら良い旅だったと思います。
何だか、あまりA君とB君のことに触れなかった気もしますが、2人が今でも良い友人であることに変わりないですから、必要以上に考えてもしょうがないですよね。
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