2014/06/12 - 2014/06/12
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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フィリピンとグァムのちょうど中間辺りに位置するパラオ共和国。戦前は日本の統治下にあり、最大都市コロール(首都はマルキョク)は南洋庁の中心都市として繁栄した歴史がある。
現在パラオはダイビングのメッカとして有名だが、パラオとの歴史的な関係も忘れてはならない。
パラオへはユナイテッド航空がグァム経由で毎日運行されていて便利だが、今回の旅行は値段重視で尚且つマイルもたまるアシアナ航空を利用することにした。
木曜の夕方初で月曜帰着となり、パラオには丸3日滞在できることになる。最終日は乗り継ぎ地のソウルに半日ほど滞在も可能だ。
6/12 木 東京(1900)~仁川(2130/2310)~ パラオホテル★コロール
6/13 金 ~パラオ(400) コロール パラオホテル★コロール
6/14 土 コロール/ペリリュー島観光(845~1600) パラオホテル★コロール
6/15 日 コロール(レンタカーで島巡り) パラオホテル★コロール
6/16 月 パラオ(500)~仁川(1010) ソウル駅、南大門市場
仁川(1850)~東京(2100)
アシアナ航空(成田~仁川~コロール) 58,910円
パラオホテル4泊 25,040円(240ドル)
コロール空港送迎サービス 3,105円(30ドル)
ペリリュー島日帰り観光342ドル(35,509円)、
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【6月12日(木)】
アシアナ航空でまずソウルへ向かうことになる。アシアナ航空はユナイテッド航空より4割ほど安く行けソウルにも立ち寄れるのでコストパフォーマンスはよい。 -
成田から仁川への機材は日本の航空会社では見られなくなったB747のジャンボ機だ。
ソウルで乗り継ぎ時間は約2時間。
深夜の仁川空港は免税店もすべて閉まっていて閑散としている。アシアナ航空の深夜発の乗り継ぎ便はコロールくらいしかないようだ。
コロールへはA320で約5時間のフライトだ。定刻通り出発した。 -
【6月13日(金)】
仁川からコロールへは深夜フライトなのでウトウトしていたらあっという間にコロール空港へ着陸態勢に入った。
送迎を頼んでいたが、到着ロビーにはちゃんと迎えが来て一安心。一番安い(といっても往復30ドル)送迎サービスを数ヶ月前に頼んでいたので少し心配だったのだ。 -
送迎車はマイクロバスで日本人専用ではなく、他国の旅行者との同乗だった。申し込んだのは日本の旅行会社だがどこかの送迎会社に委託していたようだ。
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空港からホテルまでは30分かからない。
早朝5時前にはホテルに到着した。前日からの宿泊費を払っているのでアーリーチェックインという形でそのまま部屋に入ることになる。
宿泊先はパラオホテル。コロールの中心部で利便性はこの上ないが、パラオでは最安値の部類の宿だ。しかし1泊60ドルもしたのでエアコンやテレビ、お湯シャワーはちゃんと付いていて快適そのものだ。 -
コロールで一番賑やかな場所にあるパラオホテル。
すこし仮眠して8時過ぎにコロールの町に出てみた。ホテルの周辺にはショッピングセンターやレストランなど人の往来は激しくそれなりに活気はある。 -
WCTCショッピングセンター。パラオ最大のショッピングセンターで食料品はかなり品数豊富。2階はおもちゃから衣料品、お土産物までたいていのものがそろう。ホテルの向かいにあるので何かと便利だ。
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こちらの建物も一階にはスーパーマーケットが入っている。
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こちらはこじんまりとした「YANO’S(矢野)」という商店で日本風の食材や弁当など売っているらしいが、朝はまだ商品の品揃えがいまひとつだった。
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朝食は「ベストコーヒー&ドーナツストア」で取ることにした。ドーナツの品揃えは豊富だ。店内は地元の人のたまり場になっていた。
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コロールはアメリカ統治の影響で車中心の町になっているので歩くと疲れる。徒歩で行ける場所は限られ、しかも暑い。予想していたが市内の徒歩で散策するのは難しい。なのでホテルでレンタカーを頼むことにした。
しばらく待つと車が配車された。24時間で55ドル(保険込み)。これで明日の朝まで自由自在に動ける。 -
雨交じりだが時折厳しい日差しが照りつけるコロールの空。雲が取れた空は真夏の空の青さだ。
ロングアイランド公園の筏のオブジェ。 -
その前には「ミナトバシ」という名の橋が架かる。名前の由来は日本統治時代の名残だろう。
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ロングアイランド公園周辺は波が穏やかで海は真っ青だ。
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マラカル島の一番奥にあるパラオ海洋水産試験場に行ってみた。ここはシャコ貝の養殖所になっている。シャコ貝は世界最大の二枚貝だ。大きいものだと1.5メートルで200キロになるものもある。
パラオではシャコ貝は食用に使われ、刺身など多くのレストランでも食べることができる。 -
シャコ貝の貝殻。見学には入場料がいると聞いていたが無料で見学できた。
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パラオ随一の高級リゾートホテル。「パラオ・パシフィック・リゾート」へ行ってみることにした。アラカベサン島にありコロール島からはコーズウェイで繋がっている。
パシフィックリゾートへ向かう途中眺めのいい場所を通過した。 -
パラオパシフィックリゾートにはコロールで一番美しいビーチがあるとのことだが、泳いでいる人はおらず思ったほどではなかった。ただヤシの木があり南国ムードは満点だ。
ここで宿泊客のふりをしてくつろぐことにした。
敷地内の「フィッシュポンド(魚の池)」でエイやウミガメが飼われている。しかし最近行った宮古島のリゾートホテルで飼われているウミガメや池と比較してしまい汚いの一言だ。
写真を撮る気にもなれなかった。 -
昼食はローカルな食事で済ませようと思ったが、気になる食堂がホテルの近くにあり、入ることにした。「モグモグ・ラーメン・ハウス」という日本食レストランだ。気軽に入れる大衆食堂風の店だ。
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カツ丼を注文した。パラオ人の経営だが味はなかなかだ。
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コロールの町の東の外れに「南洋神社」の参道跡がある。日本統治時代の南洋庁の中心都市コロールに日本の統治下にあった時代に官幣大社として創建された。
今ではガイドブックにも紹介されないほど影の薄い存在になっている。
神社へ向かう道路上には灯籠が再建されている。 -
当時の遺構として残っている石灯籠。この灯籠の脇がかつての参道だったと思われる。
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コロール中心部で戦争の記憶を残すものは多くない。そんな中、戦車が放置されている場所がある。
キャタピラは若干土に埋もれている。これは日本海軍の水陸両用戦車で正式名称は「特二式内火艇」。 -
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戦車が放置されている場所の周辺はスポーツ施設やグラウンド、公園になっていて遊具では地元の子供たちが遊んでいた。
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夕食は「カープレストラン」へ行くことにした。コロール中心部から離れていて車がないと食べに行けない場所にある。場所はコロール島からミナトバシを渡り、マラカル島にあるパラオ港の脇ある。夜は幹線道路から外れると街灯もなくわかりづらい。路地裏のようなわかりづらい道の一番奥にレストランを見つけた。カープレストランは日本人経営の店で日本語が通じ客層も日本人観光客が中心のようだ。
ここでヤシガニのコース料理を注文してみた。値段は60ドルと高めだ。 -
コースということで順番にシャコ貝やマグロ、レッドスナッパー(フエフキダイ)、バラクーダの刺身とタロイモのコロッケに焼バナナとチャーハンが出てきた。
ドリンクはノニジュースを頼んでみた。一時期日本でもブームになり一杯飲むだけですごい高いという印象があるが、ここでは2ドルとリーズナブルだ。酸味のきいたチーズのような味がするお茶のようなもので美味しくはないが健康にはいいのだろう。 -
最後に登場したヤシガニ。ヤドカリの一種らしいがかなり巨大だ。
予想異常に肉が多く、臭みもなく食べ応えがあった。少し高かったが、パラオまで来て食べることが出来てよかった。 -
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スーパーでパラオの地ビール「レッド・ルースター」を購入してみた。1缶1.83ドル。
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【6月14日(土)】
今日はペリリュー島の日帰りツアーに参加することになっている。パラオ・ホテルのロビーに8時50分集合ということになっている。 -
出発までホテル近くの「クマガイ・ベーカリー」という店で朝食をすませることにした。クマガイというのはかつてこの店のオーナーだった日系人の名前らしい。ベーカリーだが中華やコンチネンタルフードも出すメニューの豊富な店だ。値段も安く地元の人で賑わっている。
ここで肉まんやドーナツとコーヒーで安く済ませることにした。
8時50分にロビーで待っていたら送迎車がやってきた。我々以外にもパラオホテルにツアー参加者がいるようでロビーで順番に出発の手続きと支払いを済ませることになった。
今日向かうペリリュー島ツアーは最小催行人数が3人となっているが、結局人が集まらず友人と2人で3人分の値段を支払い、船を完全にチャーターする形のツアーとなった。
送迎車にたくさん乗車していたツアー客はダイビングやその他の日帰りツアーの参加者だで残念ながらペリリュー島へのツアー参加者はいない。
利用するツアー会社はロックアイランドツアーカンパニー。ちなみにツアー代金は一人120ドルで3人分の代金がかかり360ドル支払うことになった。これ以外にペリリュー島の観光税が一人10ドルかかってくる。 -
送迎車でツアー会社の船着き場があるパラオ・ロイヤル・リゾートの敷地内に移動した。
ここから各種ツアーのボートに乗船することになる。
我々はこの船でペリリュー島に向かうことになる。今日一日お世話になる日本人ガイドのヒロシさんとパラオ人キャプテン、そして我々だけで乗るにはずいぶん大きい船だ。 -
コロール出発。いざペリリュー島へ。
1時間15分のクルーズだ。 -
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船はロックアイランドと呼ばれるカルスト地形の島を縫うように進む。
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コロールでは晴れ間が見えてきたが、南へ進むにつれ雨が降り出してきた。
ペリリュー島に着く頃にはずぶ濡れになってしまった。
この雨はペリリュー島に着いてからもしばらく降り続くことになる。 -
進行方向に晴れ間は期待できない。
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ペリリュー島に到着した。島の北端にあるノーズドックに船を下りることになる。
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ノースドックは島の拠点になってる。日本語での歓迎の文字も見られる。慰霊目的でこの島を訪れる人は少なくない。
ここから乗用車で島内を観光することになる。雨足が強く気が滅入る。
今回降り立ったペリリュー島は第二次世界大戦で硫黄島などと並ぶ激戦地だった島だ
この島では1944年3月に開始されたアメリカ軍の攻撃から同年11月に日本軍が玉砕するまでに多くの血が流された。
現在でもたくさんの生々しい戦闘の傷跡が多く残っている。そんな歴史的経緯からパラオ訪問の際には是非この島には訪問したいと思っていた。 -
ノースドック(北波止場)を出発してすぐに塹壕(バンカー)の跡は目に入ってきた。塹壕とは戦争で歩兵が砲撃や銃撃から身を守るために使う穴の事だが、キリバスのタラワやナウルなどでも日本軍の塹壕は多く目にしている。
この島ではも戦跡は日常の風景になっている。 -
続いてノースドッグに近い「千人洞窟」に立ち寄った。雨が降っているが洞窟内は天気は関係なく観光できるので車を降りた。
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千人洞窟はベトナムのクチトンネルのような蟻の巣のように穴が張り巡らされている。
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内部には未だに火炎瓶として使われた瓶や飯盒の残骸がそのまま残されていた。洞窟の中にはコウモリやカニが潜んでいる。
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こんなところにカニが這っていたのは意外だった。
洞窟を離れたあと、ペリリュー島の州政府庁舎で観光税(10ドル)を支払いパーミットを取得することになる。 -
続いて向かったのは戦没者慰霊碑(みたま)だ。
地元の人たちの墓地の一角に慰霊碑が建っていた。ここで日本から持ってきた日本酒を供え、線香を焚いてお参りすることに。 -
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慰霊碑に刻まれた文言。
「尊い平和のため勇敢に戦ったペリリュー島守備隊の冥福を祈り、永久に其の功績を伝承し、感謝と敬仰の誠を此処に捧げます」 -
ペリリュー島の共同墓地。
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その一角にある戦没者慰霊碑。
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日本軍帰還者34名の洞窟がこの茂みの奥にある。ほぼすべての人が玉砕した中、数少ない生還者からは貴重な体験談などが語られている。
この奥には天気が良くても入ることは出来ない。なので道路上から拝むしかない。 -
ペリリュー第二次世界大戦記念博物館。
この建物はパラオが日本の信託統治領になった大正11年(1922年)に建設された弾薬庫を利用したもので、100年近くたった今でもしっかりしていて頑丈だ。 -
天井部分の鉄筋コンクリートなど当時の最先端技術が採用されている。
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武器や道具、写真などの貴重な戦争資料が展示されている。
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ペリリュー島の戦時中の写真
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展示されていた武器。
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火炎瓶は千人洞窟に大量に放置されていたものと同じだ。
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博物館の屋外には爆弾や魚雷が保存されていた。というか放置されている感じだった。
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続いて向かったのは日本軍総司令部跡。
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建物は早い時期に米軍の爆撃を受けて使用できなくなってしまった。
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爆弾が投下された跡は丸く天井が抜け落ちている。
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これは洗面所の跡だろうか。
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そしてこちらは浴場の跡だろう。
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建物は2階建てだが、穴だらけでうろうろするのはかなり危険だ。
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日本軍総司令部跡を出発してペリリュー島南部にある飛行場の滑走路に向かった。
途中日本軍の戦車が放置されている。これは日本軍95式軽戦車 -
そして飛行場。今でも滑走路は緊急用に使用されている。戦時中まで滑走路は横風用と2本あり、機能的に出来ていたのでアメリカ軍は戦線拡大のためこの島を早く手に入れたかったことだろう。
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ペリリュー島のサウスドッグ(南波止場)までやってきて、ここで昼食となった。この先島の最南端に平和記念公園というのがあるが数年前の台風の影響で未だに道路が閉鎖されていていくことは出来ず残念だ。
昼食は日本食で重箱に入れられていた。出来るだけゴミが出ないように配慮されているのには感心した。 -
サウスドッグは周辺は公園になっているが、かつての船着き場の残骸が広い範囲に残っている。
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船の残骸も残っているが保存状態は良くない。
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サウスドッグで昼食を終え、滑走路の南端に残る、零戦の残骸を見に向かった。
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コックピット?
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保存状態は良くなく、原形はとどめていない。
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続いてオレンジビーチへ向かった。途中米軍の歩兵隊慰霊モニュメントがあり、USAと刈られた植え込みがあった。
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そしてここがオレンジビーチ。遠浅のビーチで地形的には米軍が上陸するにはちょうど良かったのだが、ここで日本軍が激しい抵抗を繰り広げペリリューの激戦が幕を開けることになった。
正午過ぎの今、浜は干上がっている。
米軍は沖合に見える珊瑚礁の外まで大型船が近づき、そこから水陸両用車でこの島に上陸した。
そしてゲリラ戦の準備をしていた日本軍との戦いが始まり、長期にわたる悲惨な戦闘が始まったのだった。 -
そんな戦いがあった事を忘れさせるくらい周囲は静まりかえり、当時を忍ばせる重機の残骸などはここでは全く見ることはできない。
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米軍の水陸両用車。日本軍のものに比べるとずいぶん大きい。
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日本軍の防空壕の前にあった大砲跡。
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防空壕の近くに放置されていた巨大な米軍の水陸両用車。
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次にペリリュー神社に向かった。
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ペリリュー神社。1982年に清流社という団体によって建立された。
資材はすべて日本から運び込まれたらしい。 -
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隣には日本国国歌「君が代」に詠われている「さざれ石」(日本国岐阜県春日村産)。
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ペリリュー神社の碑文
「諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ
米太平洋艦隊司令長官 C.W.ニミッツ」 -
「Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island.Pacific Fleet Command Chief(USA)C.W.Nimitz」
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ペリリュー神社から「大山」という山を10分くらい登ると中川大佐自決の地がある。
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左の穴が中川大佐が自決した洞窟。
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この洞窟でペリリュー守備隊長の中川大佐が自決し、日本軍の組織的抵抗が終わった。
オレンジビーチに上陸前、アメリカ軍は3日で攻略すると豪語して始まったペリリュー島での戦闘。
日本軍の猛烈な抵抗で70日にもおよび、両軍に2万人の死傷者を出すこととなった。 -
ペリリュー島観光は終了。
港へ戻る途中に台湾の援助で建設されたエレメンタリースクール(8年制)の前を通った。 -
目を引いたのは校門の石柱だが戦前からのものかは謎だ
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町の中心部に残る桟橋跡。
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午後2時半にはペリリュー島を離れることになった。
ペリリュー島出発時は雨はやんでいたのだが。 -
しかし出発直後から降り出した雨は途中でやむことはなく、行きほどではないがずぶぬれになってしまった。
潮が引き朝来るときとは違い砂浜が姿を現している。砂浜は白いが曇り空では鮮やかさがいまひとつだ。 -
おじさん島やロングビーチなど戻る途中に見ることはできたが、雨の中であまりすっきりしない。
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コロールに到着する頃には完全に雨は上がった。
到着したのは出発したホテルではなく、漁村にあるロックアイランドツアーカンパニーのオフィス前の港だ。
ここからパラオホテルまで送迎してもらうことになった。
ホテルに戻り、再びレンタカーを借りるのだがバレンシアホテルの横に「サンズレンタカー」というのがあり顔を出すことにした。ここで借りることにしたが値段は55ドルと同じで車は新しい。ナビが付いているが日本の地図が出ていて意味を成してない。
車のコンディションも良好だ。明日の夕方まで24時間かりることになる。
そのまま夕食にむかった。 -
今夜は「どらごん亭」をいう店に行くことにした。日本食中心だがパラオの郷土料理も食べられるらしい。
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基本的に日本食の店刺身や寿司などが中心だ。フエフキダイをグリルにしてもらうことにした。
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焼くとこんな感じ。
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刺身の盛り合わせを注文した。ボリュームがいまいちだが鮮度は良さそうだ。すだちみたいなのはカラマンシー(パラオレモン)
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そしてパラオローカルの「魚のティティムルスープ」を注文した。酸味のきいたティティムルの葉で煮込まれたスープであっさりしている。
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これは注文していないが、釣りに来た日本人が釣ったマグロをこの店にさばいてもらったようだ。しばらくしてこの刺身のオーナーである団体客が入ってきた。
【6月15日(日)】
パラオ最終日。今日はパラオ最大の島であるバベルダオブ島を一周することにする。昼食は食べる場所がない可能性があるので昨日同様クマガイベーカリーでテイクアウトのチャーハンを買っておくことにした。
バベルダオブ島へはコロールからは日本の援助で建設されたニューKBブリッジを渡って向かうことになる。空港もこの島に位置している。 -
幹線道路を一周するだけだが空港周辺の道路がわかりづらく道に間違えて違う方向に進み予想外の場所にたどり着いた。当初行く予定のなかった日本軍海軍通信隊の建物の廃墟がそれだ。建物の前に展示されている戦車は保存状態がよい。
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首都マルキョクへ向かった。
首都マルキョクは2006年10月にコロールから遷都された。
無人の丘陵地帯に建てられたアメリカの連邦議会議事堂思わせる宮殿のような建物は国会議事堂で周囲には議会、裁判所、行政機関の施設がある。 -
マルキョクにあるパラオの国会議事堂。
日曜日の今日は駐車場には車もなく、人の気配はあまり感じられないが建物の内部では働いている人の姿もあった。 -
しかしこの建物は遠目には立派だが近づくとあまり豪華さは感じられず中国あたりで見られる安っぽい構造となっている。コロールからここまでは不便で通うのは大変だろう。
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建物のドーム屋根の内部。
そのまま来るまで北上し美しいビーチがあるというノースビーチコテージへ向かった。しかしこのコテージは最近へ指されたようで敷地内へ続く道路も封鎖されていた。なので砂浜にも入れない状態だ。
その先にもう一つのビーチがある。エム&エー・リバーサイドビーチバンガローズだが、こちらは大丈夫なようだ。細い急な道路を進み駐車場に到着した。 -
ビーチへの入場には10ドル支払うことになった。ビーチにはほかには誰もおらず貸し切り状態だ。
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浜辺は遠浅で干潮のため泳ぐには不向きだ。でも誰もいないビーチのハンモックに揺られて海を眺めるのは最高の贅沢だ。
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昼過ぎにはビーチを離れ島を一周する道路に戻った。次に向かったのはパラオ最大の観光地ともいえるガラスマオの滝だ。駐車場から滝へは歩いて40分ほどかかるようだがモノレールが整備されている。滝に向かう際は下り坂なのでモノレールに乗るまでもない。待っている間に目的地に着いてしまうのでモノレールの利用価値はあまりなさそうだ。ちなみにモノレールは片道20ドル、往復で30ドルもする。
途中気になったのは戦前に日本が敷設したトロッコの軌道跡だ。 -
今では線路に樹木の根がめり込み同化している。アンコールワットのタ・プロームを思わせる自然の脅威を感じさせる光景が見られる。
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トロッコの線路跡。
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当時の様子が写真とともに紹介されていた。
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トロッコの車輪が放置されていた。
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こちらは滝に向かうために新設されたモノレールの線路だ。単線だが行き違いが出来るようになっている。
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滝へ向かう途中、モノレールとすれ違った。
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途中河原の岩場を歩くなど危険な場所もあるとされていたが、道がわかりづらいと言うこともなく難なく滝壺に到着することができた。ガイドがいた方が安心だという話も聞いていたが、全くそんなことはない。
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ガラスマオの滝はすだれのように水が落ち清涼感がある。縦横20メートルくらいでそれほど規模の大きい滝ではない。でもその眺めは独特でそれなりに印象的に残る光景だ。
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午後になり天気が下り坂でいつ雨が降ってもいい状態だったが、ガラスマオの滝の観光を終えコロールへ戻る頃には本降りになってしまった。もうホテルに戻るだけなのでよかった。これでパラオ観光は終了だ。この3日間案外充実した内容だったように思う。
コロールに戻る途中でガソリンを満タンにすることにした。今日は島を一周してかなりの距離を走ったが代金は12ドル。 -
レンタカーを返却する前にコロール市内で行き忘れた場所に向かった。それは日本統治時代の旧南洋庁「パラオ支庁庁舎」だったとされる建物だ。1938年頃に建設されたもので最近まで最高裁判所として使われていたようだ。
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そしてその近くのパラオ高校では校門に灯籠がデザインされ親近感を感じる。この高校があった場所には戦前「昌南クラブ」という娯楽施設があったらしい。校門はかつての娯楽施設の門柱でよく見ると銃弾の痕跡が残っている。戦後コロールの中心部はアメリカ軍によって徹底的に破壊されてしまった。そんな中これらは破壊されずに残った数少ない建造物といえる。
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今日一日借りたレンタカー。
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レンタカーを無事返却歩いてホテルに戻った。夕食はホテルのすぐ近くにある「モグモグ・シーフード・レストラン」へ向かった。シーフードが豊富な店でここでも日本語が通じる。店内には東京オリンピック招致決定を祝う横断幕。
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マングローブガニ
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ロブスター
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日本食を意識したメニューが多い中、刺身の盛り合わせ、そしてマングローブ貝のソテーなどを注文してみた。メカブのようなとろみのある海ぶどうは初めての食感だった。カラマンシーは当然のようについてくる。
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マングローブ貝は身がまん丸でボリュームがあり美味しかった。
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パラオ名物のフルーツコウモリのスープを注文してみた。値段は30ドル。
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フルーツコウモリは見た目はかなりグロテスクだ。鶏肉みたいな食感で肉は少なく食べ応えはなかったが、話の種に是非食べてみたかったので満足した。
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ダイビングなしのパラオだったが、食と観光だけでかなり満足度の高い旅行となった。明日の深夜2時半には出発しなくてはならない。
早めに寝ることにした。
【6月16日(月)】
深夜2時半。空港へのホテルに送迎車がやってきた。到着時と同じマイクロバスだ。コロール空港に到着したらソウル行きは1時間の遅延だった。
各地から週数便のコロール行きに乗る乗客のために仁川での出発が遅れているのだろう。
ソウルからパラオへの便は代替路線が少ないので乗り継ぎ便が遅れればできるだけ出発を待たなくてはならない。なので遅延率は高くなる。ソウル滞在の時間が1時間短くなってしまったが、しかたがない。
アシアナ航空は1時間遅れで6時にコロールを離陸。仁川までは4時間半だ。
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旅行記グループ 2014年 仁川経由パラオ
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