2010/05/09 - 2010/05/12
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chiaki-kさん
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2010年1月、酷寒のソウル個人旅行から4ヶ月、次は暑い国の世界遺産ツアーがいいなと単純に考えていたら、○急交通社主催ツアー「4つの世界遺産を巡る、はじめてのベトナム縦断6日間」に目がとまる。昨年4月に行ったカンボジアツアーの印象が良かったのと、全食事付き1人99,800円からというリーズナブルな値段に釣られた。世界遺産訪問の旅は止まらない。表紙の写真は古都ホイアンのトゥボン川に沿ったバックダン通りにあったお店。紅白のブーゲンビリアが綺麗だった。
ところで、今回のベトナム旅行記は既存作品の一部修正では無く、作り直しです。10年前にUPした旅行記はシェムリアップと同じで、かなり短縮されたもので、少し不満もあり、また、未使用写真もたくさん残っていたので、思い切ってリメイクしました。前後編に分けてお届けしますので、ご覧ください。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 1.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
5/9
13:00 BL5で自宅を出発、17:00時に成田IC到着、空港とは逆方向へ。イオン成田の屋上駐車場へBL5を駐めジャスコで最後の買い物を済ませたあと、モール内にある回転寿司に入る。港のある千葉県なので、まずまずのお味。
18:30 いつもの東横イン成田空港にチェックイン。日曜祝日は30%の会員割引。ついでに夕食のカレーライスまでしっかりいただく。今回の部屋は最上階ではあったが、向かいが日航ホテル側で空港はほとんど見えない。第1滑走路から飛び立った飛行機だけ見えるが、夜9時過ぎに出る便はだいたいハワイ方面が多い。ハワイにまた行きたくなった。(^^;; -
5/10
8:30 成田空港第2ターミナル団体カウンターに集合。30代の女性TD(添乗員)KIさんがお出迎え。グループメンバーは20人で年齢は20歳台から80歳台と幅広い。そして同じコースにもう1グループあることも判明、なんという人気。なお、今回のツアーにはTDさんが付くが、空港での乗り換えや遅延等があった場合、海外初心者でなくともまことに心強い。
写真はこれから乗り込むベトナム航空VN951便。ベトナム航空は初体験。キャリアはエアバスA330。 -
10:30 ほぼ定刻に成田空港出発。さっそく昼食が出るが、お味はまあまあ。女性アテンダントさんがエンジ色のアオザイ姿でサービス。気分はもうベトナム。
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VN951便は台湾の東をかすめ、ほぼ直線的にホーチミンに近づく。
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場所は解らないがベトナム上空にさしかかる。
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14:30(VST・日本とは-2時間)成田からほぼ6時間でホーチミン・タンソニャット国際空港到着。移動式ゲートブリッジが少ないせいかタラップを降りてバスに乗車する。飛行機から一歩外へ出たとたん、もわーっとする南国の熱風が!
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ベトナム戦争(第2次インドシナ戦争)当時、米軍が格納庫として使用していた建物がまだ残っている。
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入国手続きをすませ、迎えのバスに乗り(これだからツアーはらくちん)ホーチミン市内へ。中心部へ向かう道路はご覧のとおり車とバイクの洪水。なかには洪水を横断しようとしているバイクも。
首都ハノイがベトナムの政治の中心なら、ホーチミン市は経済の中心である。かつて存在した南ベトナムではサイゴンと呼ばれたが、統一後ベトナム共和国初代国家主席の名をとってホーチミン市と名が変更される。しかし、現地ではまだサイゴンと呼んでいる人もいるようだ。 -
市内の電線はこんな感じ。一部地中化の話もあるようだが。
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話には聞いていたが、想像を越えるバイクの数だ。
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信号が変わると一斉にスタート。まさにバッファローダッシュ。
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バスが最初に止まったのが市内中央部にある中央郵便局前。
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以前はサイゴン市役所だった建物で統一後、郵便局となった。今では郵便業務だけでなく両替や、お土産も売っている。正面にはホーチミン初代国家主席の肖像画。
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郵便局の前には聖マリア教会(サイゴン大教会)。ちなみにホーチミン市ではカトリック信者は人口の12%いるそうだ。
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次ぎは予告なしの、いきなり土産屋。我々は土産物あさりに来たのでは無い。
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次ぎは夕食会場レストラン。最初エアコンが入っておらず閉口した。ベトナムは電気事情が悪いので節約しているとのこと。なお、この後、たびたび暑いレストランに遭遇する。
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ベトナム米の上に、炒めた空心菜とガー(鶏)の唐揚げを載せ、ベトナム醤油をかければベト飯の一丁上がり。結構、はまるお味。
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夕食後、統一会堂に近い場所にあるセントラル・サイゴンホテルにチェックイン。(翌日撮影) エアコンがうるさいスタンダードホテル。ホテルから外の店へ行くことも考えたが、あのバイクの群れと、客引きと、暑さに負けて、シャワーを浴びたあと、部屋のミニバーのビールに手を伸ばす。
部屋は古くさいが、なんと廊下に無線LANアンテナを発見、ネット接続に成功。写真の整理やブログの書き込み、ネット徘徊などして21:30分頃遠くにバイクの音を聞きながら就寝する。 -
5/11
時差の関係といつもの習癖で4:00に起床する。1時間ほどネットをやってから朝シャワー(お湯は途中で水になってしまうのでバスタブには漬かれない)を浴びる。朝の散歩を兼ねて統一会堂まで行くことも考えたが外が明るくなってきたのが6:00頃で、もうバイクが走り回っているのでやめた。
写真はベトナム最初の朝飯。必ずフォーがつくのが素晴らしい! そしてパンもおいしい! -
8:00 ホテルを出発、昨日到着したタンソニャット国際空港まで戻り、VN324便にてダナンを目指す。空港のターミナルは日本のODAにより出来たものだが手狭となったため、50kmほど郊外に新国際空港を造る計画があるそうだ。そのときは多分ここは国内専用空港になるのだろう。
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空港の売店でベトナム名物チェー(一種のあんみつ又はみつまめ)を発見。おいしかった~。(PEPSIは関係ありません)
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11:10 めずらしく定刻でVN324便はダナン国際空港へ到着。ちなみにこの空港はベトナム戦争中、アメリカ空軍の北ベトナムへの北爆の前線基地となった。
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空港から赤いバスに乗って最初に着いたのはダナン市内のレストラン・アプサラ。
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名物のカオラウ(汁なし麺)と地ビール。食べかけでごめん。
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昼食後、40分ほどバスに揺られて着いたのは世界遺産・ホイアンの町。
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ホイアンは16世紀末以降、ポルトガル人、オランダ人、中国人、日本人が来航し国際貿易港として繁栄したが、江戸幕府の鎖国令により日本人の往来が途絶え、オランダの商館も1639年に閉鎖され、一時期の繁栄は失われていった。さらに加えてホイアンと海を結ぶトゥボン川に土砂が堆積して浅くなり、港の繁栄はダナンに移った。
こうしてホイアンは取り残された町となりベトナム戦争にも巻き込まれずに、古い町並みがそのまま残った。そして1999年に「ホイアンの古い町並み」としてユネスコの世界遺産に登録されている。 -
シルク博物館で時間を調整した後、20台のシクロを調達、全員これに乗ってホイアンの町にくりだす。写真は隊列を組んで進むシクロ部隊。
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やがて見えて来たのは・・・
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来遠橋、別名を日本人橋。安土桃山時代~江戸時代初頭まで海外交易により住み着いた日本人が建てたという言い伝えが残っている。これは橋の東側。ちなみに建築年は1593年で、この頃1000人以上の日本人がホイアンに住んでいたらしい。
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右手の道路が工事中で入れないので、南側からの全景はこれで精一杯。最近の日本では見なくなったドブ川が惜しい。
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中央には、お堂がつくられ・・・
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おきつね様が一対で飾ってある。
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続いて、これはフーンフーンの家。江戸幕府の鎖国令によりホイアンの日本人町は衰退し、かわりに入ってきたのが中国人、つまり華僑。この家はその華僑により建てられた家。
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家の中はこんな感じ。
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ここはシェムリアップか?
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続いて、海のシルクロード博物館へ。ホイアンを中継基地として運ばれた中東産や日本産の陶磁器などが展示されている。なお、軒に吊されているのはホイアン名物のちょうちん。夜はちょうちんの灯りだけで通りを照らすとのこと。
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最大時はこれだけの国と交易をしていた。
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最後は、福建会館。福建省出身の華僑により維持・管理されている集会場のようなもの。
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集会場の入り口。ブーゲンビリアがきれい。
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集会場はお寺にもなっていて、天井から吊された渦巻き線香がすごい。
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このあと1時間ほどフリータームとなったのでホイアンの町を彷徨う。欧米人さんもよく見かけた。
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賑やかな通りから抜けてトゥボン川に沿ったバックダン通りを歩く。観光船などあって、いかにも南国的風景が堪能できる。なお、バックダン通りは目下改修中で完成すればすてきな通りになりそう。
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ボートに乗らないか、と声をかけられてしまった。
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ホイアンの市場は目下改修中で、その周りにテント張りの臨時市場が移動していた。市場でベトナムコーヒーを豆で500g、ベトナム独自のコーヒーサイフォンを1ケ、そしてカンボジアで食べ損ねたマンゴスチンを購入する。
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福建会館で再集合したあとバスで10分ほどのHPホテルへ移動。明るいうちにホテルに入れるのは嬉しい。部屋でシャワーを浴び、さっぱりした格好に着替えてから手ぶらでレストランへ行けるから。
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入らなかったが、よさげなプールもあった。
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ホテルの前の道路をベトナムの高校生がチャリに乗って通り過ぎる。ちなみに女子高校生の制服は白いアオザイと決められている。可愛い~。
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夕食は中華料理。会場が暗く(フラッシュは焚きたくない)、料理の写真は無いが、ホイアン名物のホワイトローズや揚げワンタンなどを堪能する。
20:00頃ホテルへ戻り、写真整理、ブログのUPやネット徘徊(無線LAN・OK)などやっているうちに眠くなったので21:00頃就寝する。昨日のサイゴンと違い静かな町だ。(エアコンも) -
5/12
4:00起床。いつもどおりのことをしているうちに朝になる。写真はホテルの屋上から眺めたホイアンの町。緑が多く、高い建物は無く、静かな町である。 -
朝食会場は最上階にあり、ドアがオープンなので少し暑かったが、料理はいつものブッフェでどれもおいしかった。なお、テーブル左向こうにある緑色のものは稲の苗と思われる。
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部屋に戻ってから昨日、市場で購入したマンゴスチンを食べまくる。まいう~。
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外皮は厚いが両手を組んで掌に入れ、押しつけると、きれいに2つに割れる。果肉は真っ白、ライチのような味で美味。ちかみに南国フルーツの女王と呼ばれる。王様はドリアンだそうだ。
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8:00 ホテル出発。ベトナムでは朝食は外で食べるのが一般的で、ビアホイと呼ばれる食堂の前や、道端がレストランに早変わりする。
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ミーソン遺跡へ向かう途中、バスの車窓から撮した農村風景。稲刈りが終わるとすぐに田植えが始まっていた。
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ミーソン遺跡到着。かつてはもっと麓でバスを降りて1時間以上歩いてここまで来たとのこと。
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10分ほど歩いた場所に遺跡はあった。これは遺跡の分布を示す看板。説明しているのは今回ガイドをしてくれるKAさん。今回見れるのはKAさんの右手の後にあるBブロックのみ。他はほとんど修復されていない模様。
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ミーソン遺跡、Bブロック全景。
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Bブロック東側入り口
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ヨギ・女性をあらわす。
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リンガ・男性のシンボル。いづれも豊穣を表すものとしてヒンズー教では尊ばれている。
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北祠堂
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北祠堂にある彫刻。デパダーか? 柱の模様がきれい。
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東北祠堂 傾いているが何とか建っている。後の山の形が特徴的。
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爆撃でひびの入った祠堂。ガイドさんの話ではここにゲリラの村があると思った米軍が爆撃してしまったとのこと。現在のベトナム政府の全方位外交(どこの国とも仲良くしたい)を考慮してか”残念です”という控えめな表現で説明していた。
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これが爆撃で出来た直径10mほどの穴。これも歴史であるということで埋めたりしないそうだ。
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Bブロック西側入り口。ちなみにアンコール遺跡のようにはっきりとした寺院形式とはなっていない。
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ここで一旦解散となり一目散に西の遺跡へ。Bブロックも発見された当初はこんな感じだったのでは。
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草むす遺跡。いつか大発見の日が来るのだろうか。
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遺跡見学を終え、バスは再びホイアンの町へ。写真は昼食に寄ったレストラン。
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まずは、ラルービールで乾杯。
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伊勢うどんのルーツといわれるカオラウ(汁無し麺)を食べる。ベトナムの麺にハズレは無い。
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昼食後、ホイアンを後に再びダナンの街へ。途中にあった米軍のヘリコプター格納庫跡。国の方針で残してあるそうだ。
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ダナンは現在リゾート開発の真っ最中で、外国資本の立派なビラやゴルフ場などが続々出来ている。車窓から見る海岸風景はまるでハワイ。
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大型船でも通れそうな新しい吊り橋から見たダナンの街。人口約75万人。
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ダナンからフエまでは約130km。途中にハイヴァン峠という難所がある。
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下に有料トンネルもあるが、今日のように晴れた日はご覧の通りの絶景が拝めるので、わざわざ峠越えをしてくれた模様。麓を、よーく見ると鉄道トンネル発見。ベトナム統一鉄道の線路と思われる。
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ハングル文字のタンクローリーを追い越す。そう言えばベトナムでは韓国車もたくさん走っていた。
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峠はノンストップで通過し、こちらはフエ側の眺め。
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現在ハイヴァン峠には日本のODAにより立派なトンネル(有料)が開いており30分以上時間が短縮できる。写真は取り付け橋。
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そして有料ゲート。料金は解らないが、歩行者や2輪車は進入禁止。
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途中、トイレ休憩したドライブイン。着ていたTシャツが汗をかいてしまったので、ここでホーチミンTシャツを購入する。(値段忘れた)
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内海のような湖水の向こうに高い山がある。戦時中のホーチミンルートは、あんな険しい山脈を越えたのだろうか。
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フエ到着。ホーおじさんがお出迎え。フエは、ベトナム中部の都市で、19世紀から20世紀にかけて存在していた阮(グエン)朝の都に定められ、1993年に一部の歴史的建造物がユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
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16:00 最初に訪れたのはティエンムー寺。市内から4kmの丘に立つ寺。街のシンボルとなっている高さ約21mの八角七層の塔には仏像が各階に祀られ、信仰を集めている。寺の起源は1601年、偉い坊さんが天女のおつげによりここに寺を建てたとのこと。まるでモンサンミッシェルだ。
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塔の基には2本のプルメリアが白い花を咲かせていた。
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これは講堂か
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小坊主さん達が修行中
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講堂脇の建物の中に水色の古いオースチンが展示されている。
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1963/6/11 南ベトナムのゴ・ディン・ジェム政権が行ったカトリック優遇政策に抗議するため、当時の住職であるテイック・クアン・ドック師がサイゴンのアメリカ大使館前で焼身自殺をとげた時に乗っていった車。ここでティエンムー寺に咲いていた蓮とプルメリアの花を見ながら南ベトナムについてスタディ。
消滅した国・ベトナム共和国(南ベトナム)
ベトナム共和国は1955年から1975年までベトナム南部に存在した国家で、北緯17度線以南の地域を領土としていたことから、南ベトナムと略称される。1955年、アメリカの後ろ盾により、ゴ・ディン・ジエムが反対勢力を一掃する事に成功。国号を「ベトナム共和国」として、初代大統領に就任する。
1960年 - 南ベトナム解放民族戦線(NLF、ベトコン)が成立し、ジエム政権とアメリカの打倒を掲げてゲリラ活動を開始、政府軍との内戦状態に陥る(ベトナム戦争の勃発)。1963年 - ジエム政権が行なうカトリック優遇政策に仏教徒らが反発、焼身自殺を行なう。この出来事により、各地で抗議デモが頻発した。 -
1964年 - トンキン湾事件(武力介入のための捏造事件)発生。これを契機として、アメリカ軍がベトナム戦争に本格介入を開始。同年、軍事クーデターが続発し、南ベトナムの社会が不安定化。1967年 - 軍事政権のグエン・バン・チュー政権(副大統領:グエン・カオ・キ)が成立。
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1968年 - NFLがテト攻勢を行う。(テトは旧正月の意。)同年5月、 チュー政権が民政化。パリ和平会談実施(南北ベトナム、アメリカ)。1969年 NLFが南ベトナム共和国臨時革命政府を樹立。
1973年- 南北ベトナム政府、臨時革命政府、アメリカの4者がパリ和平協定に調印し、アメリカ軍が撤退。1975年 - NFL・北ベトナム軍による、南ベトナムへの猛攻始まる。 -
1975年4月、サイゴン陥落・ベトナム戦争終結により、南ベトナムが消滅。1年ほど臨時革命政府が南ベトナムを支配するが、1976年7月、ベトナム社会主義共和国の誕生により名実ともベトナムは統一国家となる。(Wikipedia参照)
なお、1963/11/1の軍事クーデターでゴ・ディン・ジェム大統領と弟のゴ・ディン・ヌー秘密警察長官は暗殺されてしまったが、その20日後ケネディ大統領がダラスで暗殺される。クーデター計画を知りながら阻止しなかったケネディに対するゴ・ディン・ジェムの祟りではないかとのうわさもある。 -
ティエンムー寺を後に、フエ市内のドンパ市場に寄る。ここでTDさんからベストインフォメーション。今夜止まるホテルのB1階にスーパーマーケットがあります! とのこと。それ、はやく言って~。と、いうことでここで買ったのはTシャツ2枚のみ。
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今日の夕食はグエン王朝時代の衣装を着て、古典音楽を聴きながら宮廷料理を食べるという趣向のもの。まあ、衣装も音楽もどうでもいいのだが、例によって部屋のエアコンが動いておらず、扇風機のみでの食事にはまいった。
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これが宮廷料理の一部。見た目には良いのだろうが、下々の者にはどーも口に合わない料理が続く。
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楽器や曲の説明もあったようだが暑さのため全部忘れた。
20:30 フエ・グリーンホテルへチェックイン。4ツ星ホテルで、部屋の造作、ベッド、バス、トイレ、景色等今回のツアーで一番良いホテルだった。シャワーを浴びる前にB1階にあるスーパーマーケットを下見。雰囲気としてこれはドルよりドンでの支払いの方が有利な感じがしたので、ホテルのフロントで3000円を550000ドンに両替する。
大きなレジ袋にコーヒー、Tシャツ、菓子、ラーメン、その他のものを一杯にして支払いは360000ドン(1800円)ほど。ベトナム最高~!! と、いうことで1缶10000ドン(50円)の333(バーバーバー)ビールで乾杯しながら、フエの夜は更けてゆくのである。
これで「2010年 ベトナム旅行記 1」は終了です。本日も古い旅行記を最後までご覧いただき、ありがとうございます。
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ホイアン(ベトナム) の旅行記
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