2020/03/24 - 2020/03/24
237位(同エリア677件中)
まりも母さん
新型コロナウィルス拡大で 世界中で我慢を強いられております。
日本も日増しに感染者が増えていますが、
3月中はまだ 三密を避ければ、外出できない訳ではありませんでした。
混んでいる公園へのお花見は行けないから、なるべく混んでなさそうな所へ桜を見に行ってみよう、と
熊谷桜堤へ出かけ、帰りに行田市の足袋蔵めぐりの町歩きをして来ました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
権現堂堤の桜が見ごろだと聞き 行ってみたくなりましたが、
超有名お花見スポットです「絶対混んでいるから やめよう」
じゃ~ 行った事のなくて あまり混んでなさそうな場所へと
「熊谷桜堤」へ出かけてみました。
平日の屋外だから大丈夫だろうと。
河川敷 土手下の無料駐車場に車を停めて、堤の下に並ぶ桜を眺めました。 -
桜は、あとちょっとで満開 な位。
お花見に来ている人はさほど居なくて、他の人と接近するような事もない程度
菜の花も咲き、まぁまぁな景色ではありますが、わざわざ遠くから来るほどでもないかもしれない。 -
今年は、都内で桜の開花が宣言されてから、雪が降ったし
コロナ騒ぎもありで、桜もロクに見ていませんでした。 -
ここは 堤の上ではなく、土手下 片側にしか桜の木が無く、
それなりに大きくなった桜が並ぶのは見事なのですが、
土手から見ると桜の後ろに住宅があるなど、
ロケーションとしては、いまひとつの場所でしたね。
今日は、風がかなり強くて、土手上は吹きぬける風で寒い、と言う事もあり
花見は30分以内で終了~~でした・・・。 -
そうなると、「これからどうする??」ここへ来る車中でも、アフター桜花見について検討していました。
無計画にやってきたので、困ります・・・。(いつもそんなん~)
で、ふと思い出したのは、ここから遠くない場所 まだ行った事のない「行田市」に古い建物が沢山あったはず。
ネット検索して まず行田市の観光案内所を目指しました。
無料駐車場にある「バスターミナル観光案内所」へ行ってみると・・・
「新型コロナウィルス拡大防止のため休館」と張り紙が。
ありゃ~これじゃ~観光マップももらえない。
駐車場にある観光マップの看板をスマホで撮影し 最悪、これを見ながら歩くか・・・。
すぐ隣にある行田市役所へ移動します。
市役所のパンフレット置き場で、1種類 足袋蔵めぐりマップをゲットできました。 -
車内でマップを見、ルートを検討します。
蔵の多い旧メインストリートを中心に歩く事にして
車を停められそうな場所を探します。
ガラガラだった行田八幡神社の表通り沿いの駐車場に停めさせてもらい、後で神社をお参りする事にします。
県道77号 新町通りに いくつもある神社駐車場の向いにあったのがこの蔵です。
「大澤家住宅旧文庫蔵」大正15年(1926)国指定登録有形文化財
行田唯一の煉瓦蔵 登り窯で手焼きされた焼過煉瓦がイギリス積で積まれています。
「花形足袋」の大澤商店の蔵です。 -
途中に入れられた水平のラインは補強の為の鉄筋コンクリート。
開口部は鉄扉。
内部は漆喰仕上げになっているそうです。
初めに見た蔵 なかなか美しい大正モダン蔵でした。 -
マップを手に掲載されている蔵を探しつつ歩きます。
次に掲載されている蔵は、どうやらこの道路に面した建物奥の蔵の事らしいです。
(オレンジっぽい建物正面が道路側)
が、マップには「蔵」の絵マークはあるものの名称の記載も無く
はて、これも足袋蔵?
通りに面した建物の方はオレンジ色のモルタルらしい外壁がレトロな感じです。
手前が空き地になっているから、なんとか見つかるものの 以前はここにも建物があって、
通りからは 見えなかったのでしょうね。 -
次に見えてきたのはリノベーションされている蔵
「奥貫蔵」(あんど)大正時代~昭和初期建設
「ほうらい足袋・栄冠足袋」の奥貫商店の蔵
2014リノベーションされ蕎麦・創作料理の店が営業しています。 -
この時間はランチと夕方からの営業時間の間だったよう。
入り口の扉などは、店舗用に替えられたものでしょうが、店名の看板もケロシンランプも良い雰囲気ですね。 -
一部2階床を抜いて、吹きぬけにした内装で営業されているようです。
大谷石のテラスも後から設置したもの。
(食べログにはリノベーション前の外観画像もありました) -
先へ進みます。
道路から見える建物もチェックします。
蔵は表通りから見えるとは限りませんからね。
すると、奥にこんな蔵が。
「鯨井家倉庫」昭和3年(1928)鉄筋コンクリート製
足袋原料商 鯨井商店の蔵
コンクリートの蔵は行田でも少ないそうです。
装飾が少ない コンクリート建築の初期らしい意匠です。 -
「草生蔵」明治43年(1910)市内で最も古い石造足袋蔵だと思われるが
昭和初期に建て替えられている可能性もある。とあります。
「金楽足袋」の会社が住宅と共に明治43年に建設したと伝えられている石蔵
現在の所有者が草生家です。 -
建物の真ん中あたりにある水平ラインはやはり、コンクリートだそうです。
素人なので、良く判らないが、明治末期にコンクリートを使っていたのでしょうかね?
横浜で「日本最初の鉄筋コンクリートビル 三井物産横浜ビル明治44年」ってのを見ています。
それを考えても、鉄筋無しで モルタルなんじゃないの?と思ったりも・・・。
鉄筋無しでも、セメントに砂利が入っていれば「コンクリート」と言うのか??
疑問が残りました・・・。 -
ここで、県道を外れて 天神社の脇を通り 行田で一番見たかった建物へ向かいます。
「旧荒井八郎商店事務所兼主屋・大広間棟・洋館」(彩々亭)国指定登録有形文化財 -
通りから奥まったところに見える
「旧荒井八郎商店事務所兼主屋」昭和12年(1937)
木造2階建て
手入れのされたエントランスの枯山水 庭木
現在は和牛懐石のレストランとして使われています。 -
エントランスの右側に広い駐車場もある 高級そうなお店が 建物丸々使っているので、
食事利用でないとちょっと建物見物がし難い感じだったのですが・・・
今は、新型コロナの影響で、ランチは休業との張り紙が。
誰も居ないようなので、
マップにある通り「店舗利用以外は外観見学のみ」とさせて頂きました。 -
1階の外壁はスクラッチタイル
玄関上のタイル正面 一部は貼り方にアクセントが。 -
窓にはめられた下部の面格子のデザインが素敵です。
アールデコを取り入れたデザインなのかもしれない。
スクラッチタイルも好きなんだよなぁ~。
行田は今回初めてで、どんな建物があるのか、ほとんど知らずにやって来ましたけど、
この「足袋御殿」だけは 知っていました。
「穂国足袋」の会社で 一代で財を成した荒井八郎の屋敷は内部も豪華な造りだそう。
行田の迎賓館として賓客も訪れた場所です。 -
窓の下、基礎部分には石が貼られています。
模様の見えるなんだか高級そうな石。
スクラッチタイルの色と合わせてあり素敵です。
同じ石は玄関扉の脇にも貼ってありましたね。 -
雨どいは銅製ですね。2階部分の壁はモルタル。
やはり内部が気になる建物。
レトロ建物でも洋館と和洋折衷が好物な私としては、
またいつか、内部を見せて頂けるように 食事に来てみたいです。 -
右側にお庭へ続く入り口が。
この先には勝手に入れないので、塀の所から見えるだけ 建物をガン見・・・。
いや、本当は入ってじっくり見たかったけど
防犯センサーとかあったら大騒ぎになっちゃう。
ここは我慢。 -
縁側のある和館とその向こうに洋館も見えます。
「大広間棟」昭和元年(1926)
「洋館」昭和7年(1932)
洋館は木造3階建て もとはゲストハウスだったそうです。 -
店舗入り口方面からじっくり見学した後は、裏手の「天神社」の方から、側面を見学。
建物の脇に小さな川があり、神社境内から川越しに脇や裏が見られるのです。 -
小さな玄関みたいなのがありますね。
正面玄関は事務所の入り口な訳で、ご家族はこちらの玄関から出入りされたのだろうと推測できますね。 -
神社裏手にも桜が咲いていました。
下にはムラサキハナナもたくさん。
風は相変わらず強いけど、日差しは暖かいです。 -
神社の裏手はそのまま公園に続いていました。
桜も咲いて、シートを広げてお弁当を食べている方たちも。
道路向こうの「水城公園」まで続く公園エリアです。 -
公園の方へ進む道からは、荒井八郎商店洋館の裏側が見えました。
木が邪魔だけど・・・。
3階部分は望楼だそう。 -
更に公園内を進むと・・・緑の洋館が
「旧忍町信用組合店舗」(ヴェールカフェ)
大正11年(1922)市指定文化財
信用組合から売却後 様々な用途に使用され 増改築が繰り返された建物をここに移築
建築当初の姿に改修・復元し 平成30年(2018 9月)よりカフェとして活用 -
きれいに直され 使われているのですね。
いや、きれいすぎて新築のなんちゃって洋館かと思う位。
しかし・・・憎くいコロナのせいで、ここのカフェも休館。
窓から中を覗くだけ・・・。
蔵マップには、洋館の案内は無いので、たまたまだけど、見られてよかった。 -
マップをチェックし 更にまだ歩いていない道へ進みます。
空き地の向こうに見えた
「イサミ足袋工場」
緑ののれんが見え ここは、現役営業中の工場のようです。 -
近くに大きな石蔵
「小沼蔵」昭和29年(1954)
「豊年足袋」の足袋蔵
行田市の足袋蔵としては最末期のもの -
門のすぐ脇に建つ大きな石蔵です。
瓦は近年直されているようですね。 -
今度は、「小沼蔵」の裏の道へ進みます。
公園のような空き地の隣にこれまた、大きな石蔵が見えました。 -
この蔵は、どうやら、使われていないようです。
扉も壊れかけていましたし、マップに蔵の絵はあるものの やはり名称や説明のプレートもありませんでした。 -
イサミ足袋工場の三角屋根の建物を通りの反対側から見ます。
ノコギリ屋根の木造工場は行田市最大のものです。
昭和初期に建てられたものだと言われているそう。 -
昔はこのようなノコギリ屋根の工場が結構あったものです。
北側に垂直面を向け、明り取りに使われたのは、直射日光と違い光量が一定で間接光である事が
繊維製品関連の工場に適すると 採用され 織物の町桐生でも沢山見ました。 -
イサミコーポレーションは足袋だけでなく 現在は制服、学校向けスポーツウェアなども作っているそう。
もう、北側窓の採光の役目はあまり無いのか、塩ビの波板でふさいである所も。 -
イサミ足袋工場の通り反対側にレトロな木造の建物
「田代医院」
マップにも歴史ある建物 として絵印があるものの詳細は不明
角地で 隅切りされた所に門柱がある 良い雰囲気
植栽はきれいに手入れがされています。 -
建物下部はスクラッチタイル張り
昭和の早い時期の建物なのかもしれません。
現役で診療がされている病院のようで、中も気になります。 -
マップを見ながら 更に建物マークのある方へ進みます。
再び のこぎり屋根の建物が見えてきました。
他にも大きな屋根がいくつも見え 広い敷地の工場のようです。 -
同じ敷地内には 漆喰塗の蔵も
マップの解説によると
ここはイサミスクール工場 この土蔵は足袋蔵です。 -
先ほど見たイサミ足袋工場と同じ イサミコーポレーションのこちらはスクール工場
前身の鈴木勝次郎商店が開設した 現存する行田で最も歴史ある大規模足袋工場です。
ノコギリ屋根の工場が大正6年(1917)
門右側に見える旧事務所は 大正7年(1918)の建物でした。 -
門から続く塀の向こう側に大きな木造の建物が続いているのも見えました。
敷地内には 旧講堂 旧寄宿舎食堂 ポンプ小屋などの建物があるそうです。
工場になぜ講堂?寄宿舎があると言う事は、それだけ大勢の若者が働いていた??
かなり、謎が残りましたが、
ちょっと調べただけでは判りませんでしたねぇ・・・。
コロナのせいで、観光施設や資料館的な所に全く入れないのもあり
お粗末な突込みしかできない・・・。 -
ぐるぐる歩いて、あまり長く神社の駐車場に車を置きっぱなしにするのも悪いので、
行田八幡神社へ行き ちょっくらお参りしてから移動します。
駐車場がいくつもあったので、ものすごく大きな神社を想像していたら、思ったよりこじんまりしていた。
が、約千年の歴史ある由緒ある八幡様です。 -
今度は国道125号から行田駅方面を歩いてみます。
すぐに目についたのは
「武蔵野銀行行田支店」昭和9年(1934)国指定登録有形文化財
忍貯金銀行として建てられた鉄筋コンクリート造
戦時中 行田足袋元売販売株式会社
戦後 足袋会館(足袋組合の会館)に使われ昭和44年(1969)から現銀行支店に。 -
スクラッチタイル張りの外壁 レリーフが多用されなかなか美しい外観です。
-
国道沿いに歩くとこんな建物が。
通りに面したお店は タイル張りでネオン看板も付き 看板建築的な改装がされています。
が、駐車場になった空き地側から見える奥には
蔵がいくつも並び続いています。
マップには「保泉蔵」とありました。
行田一の足袋原料商 保泉商店の足袋蔵群
国道に面した店舗になっているのは石造の店蔵 昭和元年(1926)
その後ろ 小型の土蔵は明治期のもの
更に奥の大型土蔵が大正5年(1916)
一番後ろの石蔵 昭和7年(1932)と書かれていました。 -
すぐ隣に
「翠玉堂」(スイギョクドウ)
旧山田荒物店 昭和4年(1929)建築とされる
20年ほど前に荒物店が閉店したのち 色々な店舗として使われ 現在はパン屋さんだそう。
全くパン屋さんに見えない外観で、入り口には意味不明な手書きの文言が貼られています。
変わったパンもあるらしい。 -
さっき イサミスクール工場で戻ったので、見ていない国道南側もチェックします。
「小川源右衛門蔵」昭和7年(1932)
ここは足袋蔵ではなく 近江商人の小川源右衛門がカネマル酒店の倉庫として建てたもの
大谷石造
(マップには昭和7年建設となっていますが 建物にあった説明版では昭和2年建設でした) -
現在も商品倉庫として使われているそうです。
1100本もの大谷石が使われているとあります。
ホウロウ看板が良い雰囲気です。 -
「笠原家住宅」昭和6年(1931)と伝えられる元足袋原料商店の店舗兼住宅
一時は旅館としても使われ、現在は住宅です。
1階の間口は扉が替えられているものの2階の格子など、商家造りの面影が残ります。 -
国道南側もここでチェック完了。最後の建物は 洋館でした。
「長井写真館」旧フヂイ写真館 大正時代
2階にスタジオがあり1階は住宅だそう。
緑色がきれいだったろうペンキの状態が気になる所。
ここへ来る前に見た 移築復元された「旧忍町信用組合店舗」はこの写真館の並びに建っていたものでした。
緑っぽい洋館がふたつ 近くにあったモダンスポット? -
国道125号へ戻ります。
国道沿いにある大きな蔵の店舗。
「十万石ふくさや行田本店」元山田清兵衛商店 明治16年(1883)
国指定登録有形文化財
今は十万石の店舗として使われ、2階の壁は白漆喰で塗られていますが、
元は黒漆喰塗でした。
呉服店の店蔵として建てられたのち 足袋蔵としての利用時代を経て今の店舗へ。
きれいに改修されているので、一見古さは感じませんが、
大きな鬼瓦の棟など 豪商の商家建築が見ごたえあります。 -
「保泉蔵」後から見た裏手からの眺め。
昭和7年に建てられた石蔵と塀が見えました。
「小沼蔵」も同様でしたが、
石蔵は壁面がそのまま塀と繋がっているのですね。 -
「足袋蔵まちづくりミュージアム」「栗代蔵」明治39年(1906)と言われる
栗原代八商店の足袋蔵 「小町足袋、旗印足袋」を作る老舗足袋店の蔵
日露戦争後の不景気時代に普請蔵として建てられたそう。
現在はNPOぎょうだ足袋蔵ネットワークによって
観光案内・日本遺産ガイダンスセンターとして活用されています。
当然ながらコロナの為に休館・・・。 -
最後に車を停めて、建物が見られそうな場所に行きます。
後でお茶しても・・・と抜かしていた県道77号 新町通りの
「Café閑居(かんきょ)・足袋蔵ギャラリー門・クチキ建築設計事務所」のある一角 -
「ほうらい足袋 栄冠足袋」の奥貫忠吉商店の蔵や住宅のあった場所です。
住宅は昭和5年(1930)に建てられたもので、現在はカフェに。 -
奥には3階建ての足袋蔵 大正5年(1916)
現在は設計事務所。 -
手前右側には2階建ての蔵 大正5年(1916)
こちらはパン工房KURA へ。
敷地丸ごとリノベーションされ、それぞれの建物が使われているのは、良い事ですね。
行田の町歩きで、沢山の足袋蔵を見て回りました。
マップに掲載されていた全ての蔵を見てはいませんが。
しかし、今日は、新型コロナの影響で、案内所も見学施設も建物には入れず、
かなり、中途半端な見学。
屋外からの建物見物だけで、誰とも接触無しと言う 寂しい町歩きになってしまいました。
お土産も買えなかったし、店内飲食もどうかな?とカフェも結局スルーしてしまった。
また、コロナが収束して、イベントも行われるようになったら
再訪したい行田の町でした。
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