2020/02/21 - 2020/02/21
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ペコちゃんさん
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2月の〇〇会行事は、京王線の聖蹟桜ヶ丘~高幡不動までの沿線を歩く旅・・・京王線・聖蹟桜ヶ丘駅を出発し、一ノ宮渡し跡 ⇒ 小野神社 ⇒ 六地蔵 ⇒ 京王百草園 ⇒ 高幡不動尊と、名園・名刹を回るロングコースです。
京王百草園では梅が見頃を迎え、園内では「梅まつり」を開催中で、観梅を楽しみました。
高幡不動尊は、一度訪れたかったお寺で、シンボルの五重塔の美しさは格別です。
よく歩いた早春の一日でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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西武線・武蔵野線と電車を乗り継ぎ、府中本町で南武線へ・・・向かいの電車の車体を飾るのは、東京2020オリンピックマスコットの「ミライトワ」と東京2020パラリンピックマスコットの「ソメイティ」。
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さらに分倍ヶ原で京王線に乗り換えて聖蹟桜ヶ丘に向かいます。
車窓から見えてきたのは、多摩川に架かる「府中四谷橋 」・・・1997年に竣工した446 mの斜張橋。 -
10時前に聖蹟桜ヶ丘駅(多摩市)に到着・・・40年ほど前に仕事で来たことがありますが、すっかり様変わりしているのに驚きました。
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西口から宮下通りを歩いて約10分の所にある「一ノ宮の渡し」の記念モニュメント・・・川岸より少し離れており、その昔は何もなかったのでしょうが、現在は家が 建ち並んでいます。
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昔、多摩川にはいくつかの渡し場があり、多摩市一ノ宮と向かい側の府中市四谷を結んでいたのが「一ノ宮の渡し」・・・明治13年に開設し、昭和12年に関戸橋が架かるまで存在していました。
日本の原風景を思わせる絵が、モニュメントの前に飾られています。 -
石畳で整備された「せせらぎ通り」を歩いて小野神社に向かいます。
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小野神社は、創建が安寧天皇18年(紀元前532年)と伝えられている古社で、小野郷と呼ばれた旧地名から名称が「小野神社」となりました。
せせらぎ通りに面した鳥居の先にあるのは「南門」・・・「十六葉一重菊」が神社の神紋になっています。 -
西側にある大鳥居・・・ここが正式な参道入口で、手前の門柱には「武蔵一之宮 小野神社」と彫られています。
武蔵国の一之宮と言えば、現在は大宮にある氷川神社ですが、それは中世以降のことで、かつては小野神社が一之宮でした。 -
昭和49年に再建された「随神門」の両側には随身像を安置しています。
手前の狛犬は「玉取りの狛犬」と「子取り狛犬」。 -
随身とは、摂政関白などの身辺警護に当る武官で、神社では神様と神域を守護しています。
元々ここに置かれていた随身像は、1319年と1628年に奉納されたもので、東京都の有形文化財に指定され、境内の宝物殿に保管し、非公開となっています。 -
現在は新しい随身像を安置しています。
(金網が狭いため、写真がうまく撮れません。) -
向拝を見上げると、龍などの見事な彫刻・・・その素晴らしさに圧倒されます。
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木や花は、彫刻とは思えないほどきめ細かく、質感もあり、様々な動物は全て目が光っています。
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随身門の通路の上からは、左右の風神・雷神が目を光らせて見張っているようです。
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鮮やかな朱色が印象的な拝殿・・・大正15年に近隣の失火で社殿などを類焼しましたが、昭和2年に再建されました。
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拝殿の右側にある「ハートの石」・・・くぼみがハート型であることから撫でると恋愛運がアップすると言われ、若い女性もよく訪れます。
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拝殿から見た随身門と手水舎。
小野神社は府中・大國魂神社との関わりが深く、昭和33年まで大國魂神社の「くらやみ祭り」に小野神社の神輿も参加していました。 -
小野神社から川崎街道に出て、百草旧道の細道を登って行くと、木陰に祀られた「六地蔵」があります。
ここは日野市ですが、この道は小野神社から百草八幡神社へ続く参道だったとも言われ、畑地の中にある六体のお地蔵さんや道祖神に歴史を感じます。 -
のどかな畑から住宅地に続く坂を進んで京王百草園へ到着。
多摩丘陵の一角(日野市)にある百草園(もぐさえん)は、1957年から京王電鉄の所有となったことから、正式名称は「京王百草園」。 -
享保年間(1716~1736)、小田原城主・大久保候の室であった寿昌院殿慈覚元長尼が、徳川家康の長男・信康追悼のため当地に松連寺を再建し、それに伴って造営されたのが百草園・・・園内では、早春のロウバイ・梅・福寿草・ツバキ、4月にツツジやカタクリ、5月にはフジや牡丹、6月はアジサイ、夏はスイレンや百日紅、秋には紅葉と、年間を通して季節の草花が楽しめるスポットです。
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明治になって松連寺は廃寺になりましたが、明治20年から庭園は百草園として一般公開され、北村透谷や若山牧水ら多くの著名人が訪れました。
約50種・500本の梅の花が咲き誇る京王百草園は、都内有数の観梅の名所でもあり、2月1日~3月22日の期間は「梅まつり」を開催中。 -
階段を上って入園料:300円を払い、園内へ。
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入口の門を入った所にある「若山牧水生誕百周年建立歌碑」・・・若山牧水(1885~1928)は武蔵野の自然を愛し、度々百草園を訪れ、明治41年春に恋人の園田小枝子と百草園で一時を過ごしましたが、その時に詠んだ歌が刻まれています。
『小鳥より さらに身かろく うつくしく かなしく春の 木の間ゆく君』 -
園の中央にある見事な枝ぶりの「寿昌梅」は、寿昌院自ら植樹したと伝えられます。
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寿昌梅の先にあるのは、茅葺屋根の「松連庵」。
座敷ではいろんなイベントが催されますが、今日は何もないようです。 -
梅が見ごろを迎えた園内では、大勢の人が観梅を楽しんでいます。
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白梅は「白加賀」が多いですね。
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園内右側の見晴台から北東の方を見ると、多摩川や東芝府中工場のエレベーター研究塔などが見え・・・
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ズームアップすると、国分寺の高層ビル「スカイタワー西東京」の間から筑波山も見えました。
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展望台近くにある若山牧水の歌碑・・・牧水の長男・旅人氏が昭和46年に設計しました。
恋人・小枝子との恋が悲恋に終わった牧水は、再び百草園を訪れ、一人静かに物思いに耽って「独り歌へる」を作り、歌人として立つことを決意したそうです。 -
” 花より だんご ”
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茅葺きの東屋。
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心字池の周りも紅梅が美しく咲いています。
左側は遅咲きの「オモイノママ」。 -
八重咲の「白滝しだれ」。
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八重咲の大輪「蓮久」。
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甘い香りの中で、紅白の梅を楽しみました。
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梅の他にも、いろんな草花が咲いています。
これは日本水仙。 -
フキノトウ。
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紫色の花びらが可憐な「カンザキアヤメ」。
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春の訪れを告げる「福寿草」。
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百草園に隣接する百草八幡神社(百草八幡宮)・・・創建年代は不詳ですが、社宝の石造狛犬には奈良時代・天平(729~749年)の刻があります。
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源頼義が1062年の奥州征伐で当地を通過した際、八幡宮を再建して戦勝を祈願し、1192年には源頼朝が武運長久を祈願して太刀一振を奉納したと伝えられています。
拝殿の前に鎮座する小さな狛犬の台座には「天平寶字」の文字・・・社宝の狛犬の複製でしょうか? -
石段の先にある「一の鳥居」を見ながら百草園の入口に戻り、百草園駅の方に向かいます。
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百草園の入口から川崎街道までは、かなりの急坂・・・私達は下りで楽でしたが登ってくる人は、結構大変!
多摩丘陵の地形を利用して、8~9階建てのこんなマンションもありました。 -
京王線に乗らないで、川崎街道を歩いて「高幡不動駅」へ・・・駅ビルは2004~2007年にかけて改築されました。
初めて降りた駅ですが、ショッピングセンターや多摩モノレールの駅もあり、駅前も賑やか。 -
昼食は、駅ビル地下の「さかなや道場」で。
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メニューは「まぐろづくし膳」(1,280円)。
美味しくて、ビールも焼酎もススミました。 -
昼食後は高幡不動尊へ・・・駅のロータリーから参道が続きます。
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商店街を数分歩いて、川崎街道との交差点に行くと、目の前に高幡不動尊の仁王門、左側には総門と五重塔が見えます。
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真言宗智山派別格本山の高幡不動尊(高幡山明王院金剛寺)は関東三大不動の一つで、寺伝によれば平安時代初期に円仁(慈覚大師)が清和天皇の勅願により当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し、不動明王を安置したのが始まりとされます。
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「仁王門」から境内に入ります。
室町時代後期に楼門として建てられた仁王門は、途中で単層に変わりましたが、昭和34年の解体復原修理の際に再び楼門として復原され、屋根も銅板葺きになりました。
楼上の扁額「高幡山」は江戸時代初期の運敞僧正「号泊如」の筆。 -
左右に安置された金剛力士像も、仁王門を建てた室町時代の作。
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「不動堂」は当初、山上に建てられましたが、1335年の大風によって倒壊したため、1342年に現在の不動堂が移建されました。
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他の主要な建物は1779年に焼失しましたが、その後、徐々に復興され、昭和50年代以降は五重塔・大日堂・宝輪閣・奥殿・大師堂・聖天堂などを建てて、往時を凌ぐ程の伽藍が完成しました。
東京都最古の文化財建造物・不動堂も、昭和31年の解体復元修理で創建時の豪壮・簡素な堂に復元され、屋根は銅板葺になりました。 -
不動堂の内部・・・ここで護摩祈祷が行われます。
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不動堂の右側にある「宝輪閣」・・・護摩修行の受付所があり、節分会の時には豆まきが行われます。
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不動堂の左側にある「弁天堂」・・・弁天池の島に建つ朱塗りの小堂で、福徳弁財天を祀っています。
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弁天池の入り口に建つ「殉節両雄之碑」と「土方歳三の像」。
明治政府は戊辰戦争に関係した東軍の戦死者の墓碑の建立や供養を禁止しましたが、明治9年に禁が解けたので、境内に「近藤・土方の忠節を顕彰する碑」(写真:右)を建てることにしたものの、当時賊軍扱いされていた両士の顕彰碑だったために碑が完成しても建立の許可が得られず、実際に建てられたのは明治21年です。 -
新選組副長として近藤勇らと共に活躍した土方歳三(1835~1869)は、武蔵国多摩郡石田村(現・東京都日野市石田)の生まれ・・・天然理心流の剣を学び、1863年に上洛して新選組副長となり活躍しましたが、明治2年の箱館戦争で流弾に倒れて戦死(享年35)。
この像は平成7年に寄贈されました。 -
弁天池のたもとにある「芭蕉句碑」・・・1694年に伊賀上野「無名庵」で月見の宴を催した時の句が刻まれています。
『名月や ふもとの霧や 田の曇り』 -
5年の歳月をかけて昭和55年に竣工した「五重塔」は、高さ45m・・・平安初期の様式を模した美しい塔です。
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戦後に建立された五重塔としては、大阪四天王寺、東京浅草寺に次ぐ3番目の塔で、鉄筋コンクリートの五重塔です。
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五重塔の1階に祀られた仏像は観世音菩薩、扁額に書かれた「金剛浮図」とは最高の悟りを開かれた釈迦如来を称えた言葉です。
内部は年に一度、「春季大祭国宝まつり」の期間中の4月28日に一般公開され、5階まで登れます。
らせん階段の壁には16枚の壁画彫刻による仏伝が刻まれており、階段を上りながら、お釈迦様の一生を学ぶことができるそうです。 -
不動堂の裏手にある朱色の建物は「奥殿」・・・ここは高幡不動尊に伝承されている数多くの文化財を保管・展示する堂で、1階が展示室、2階が収蔵庫になっています。
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奥殿に展示されている重要文化財の「丈六不動三尊」・・・中央の「不動明王座像」は高さ:285.8cmで火炎光背を含めると丈六(約4.85m)に近い大きさ、右の「こんがら童子像」と左の「せいたか童子像」を含めた総重量は1100Kgを超える巨像。
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「大師堂」・・・安永8年(1779)の大火により消失した大師堂は昭和9年に再興されて2012年に再建され、弘法大師像も新しくなっています。
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「にこにこ地蔵」・・・なんだかホッコリする表情のお地蔵様ですが、右側の石板には、『掃けば散り 払えばまたも 塵つもる 人の心も 庭の落ち葉も』と刻まれています。
<常に心を綺麗に保つ努力をしなさい>ということなんでしょうね。 -
大日堂の前に祀られた「大観音像」。
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大日堂の「山門」。
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大日堂の前庭。
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境内の一番奥にある「大日堂」・・・高幡山の総本山で、土方歳三の位牌もここに納められています。
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大日堂は、昭和62年の改修工事を経て、現在の鎌倉時代様式の堂として復元され、「鳴り龍天井」が有名です。
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外陣天井に墨絵で描かれた圧倒的な迫力の「鳴り龍」・・・その下で手を叩くと妙音が響き渡り、願い事が叶うとされています。
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「山内経之供養塔」・・・現在の日野市周辺の小領主だった山内経之は、南北朝時代の1338~1343年にかけ、北畠親房ら南朝方の軍勢と高師冬ら北朝方の軍勢の間で行われた常陸合戦で北朝方に参加し、下総国の駒城合戦で戦死しました。
この塔は中世の九輪塔で、平成23年に小平市の檀徒から山内経之の供養塔として奉納されたものです。 -
高幡不動の裏山(標高130m)は、かつて高幡城があった所・・・曲輪跡などの遺構が残り、1590年の豊臣秀吉による「小田原征伐」の際には、八王子城主・北条氏照の家臣・高幡十右衛門が居城して、前田利家や上杉景勝の軍勢と戦ったと伝わっています。
城址の一部は「八十八ヶ所巡礼のお遍路コース」になっています。 -
四国八十八ヶ所巡りは、1200年前に弘法大師が修行のために開いた霊場を巡礼する旅で、歩くと約2ヶ月かかりますが、明治42年に開設にされた「山内八十八ヶ所巡り」は、四国八十八カ所の参拝を約一時間で出来る散策コース・・・お遍路さんの気分で88体の弘法大師像を巡ります。
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それぞれ表情の違う88体の弘法大師像・・・この山は都内有数のアジサイの名所としても知られ、6月上旬には約7,500株のアジサイが山を彩ります。
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第38番の像と、周りに咲く椿。
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駆け足で八十八ヶ所を巡り、境内に戻って再び五重塔をパチリ。
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不動堂の近くにも、梅が咲いています。
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仲間の皆さん共々、よく歩きました。
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高幡不動駅に向かう途中の参道に埋め込まれた、五重塔のタイル。
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帰りは乗り継ぎが楽な多摩モノレールで。
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高幡不動駅の次は万願寺駅・・・何と、ここが土方歳三の生誕地です!
聖蹟桜ヶ丘駅から百草園・高幡不動など、京王線を巡る早春の旅でした。
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