2020/01/21 - 2020/01/21
67位(同エリア288件中)
杏仁豆腐さん
草加松並木から西新井大師まで歩いてみました。3回目となります。
今回は、竹ノ塚の神社・寺院を回ったので、15km、2万2千歩でした。
この日は、21日。西新井大師では、弘法大師さまの御縁日でした。
普段は静かな西新井大師もたくさんの店が出て、人もたくさんいました。
☆2018年の旅行記はこちら
草加松原松並木から西新井大師まで歩いてみた☆珈琲 はんなり☆2018/05/01
https://4travel.jp/travelogue/11354863
☆2019年の旅行記はこちら
草加松原松並木から西新井大師まで歩いてみた☆エンブレム カフェ&バー 西新井☆2019/05/08
https://4travel.jp/travelogue/11490931
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
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草加松原「松並木」(国指定名勝おくのほそ道の風景地草加松原)
花崗岩で作られたドーナッツ型のオブジェ。「草加松原 ・ 北端」です。
今回もここからスタートです。 -
松並橋を撤去しています。老朽化のためです。
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この日はいい天気です。ちょっと風があります。
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松はこも巻きされています。
虫が冬の寒さをしのぐため、こもの中を温かい土中と間違えて過ごす性質を利用したもので、伝統的な害虫の駆除法です。 -
百代橋
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ハープ橋から。
水面の輝きがきれい。 -
矢立橋
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川沿いには水仙がきれいに咲いています。
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札場河岸(ふだばかし)公園内にある望楼。
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松尾芭蕉像
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河合曾良像
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宿篠葉神明神社(神明宮)
与左衛門新田の名主吉十郎の祖先が、元和元年(1615)に、宅地内に屋敷神として創建、正徳三年(1713)当地へ遷され、草加宿の総鎮守となったといいます。 -
松寿山不動院東福寺
草加宿の祖・大川図書(おおかわずしょ)により1606年(慶長11年)に創建され、僧・賢宥(けんう)が開山したといわれています。
真言宗智山派の寺院です。
山門です。年代は判りませんが、昭和52年(1977)に草加市の「市指定文化財」に指定されました。 -
山門の彫刻。
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鐘楼です。
文久2年(1862)の再造立の刻銘が基壇にあります。 -
本堂です。
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本堂の外陣には、江戸の名工「島村園哲」作の、3枚から成る見事な彫刻欄間があります。
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延命地蔵尊
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草加市役所は建て替えです。
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旧日光街道から足立越谷線に出ます。
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浅間神社前を通過。
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毛長川を渡り、足立区に入ります。
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足立越谷線と国道4号線が交わる所。
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竹ノ塚センター通りを歩き、竹塚神社に来ました。
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天元年間(978~983年)に伊勢・皇大神宮を勧請し、創建されたと伝えられています。
平安時代中期の1056(天喜4)年、源頼義による奥州東征の折に当社境内に宿陣したとの伝承があります。 -
さらに竹ノ塚センター通りを歩き、慈照山萬福寺に到着。
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六地蔵
平成元年、家族の菩提を弔うために奉納されたもののようです。 -
本堂
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弘法大師像
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山門左手前に明治時代に小学校が開設されたことを示す石碑があります。
明治9年(1876)4月公立竹嶋小学校(同12年2月正矯小学校と改名)が設けられ、竹塚・島根・栗原各村の子どもたちを教え、村民の開明に尽くしたそうです。 -
萬福寺の近くにある常楽寺。
真言宗豊山派の寺院です。 -
六地蔵
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本堂
常楽寺の創建年代は不詳ですが、河内与兵衛が寛永年間(1624-1643)中興開基、慶安元年寺領3石の御朱印状を拝領したといいます。 -
弘法大師像
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閻魔堂
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常楽寺に近くには西光院があります。
萬福寺、常楽寺、西光院は近所です。 -
六地蔵
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弘法大師像
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金剛界大日如来坐像
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真言宗豊山派の寺院。
河内輿兵衛胤盛(寛永7年寂)が開基となり創建、慶安元年(1648)寺領3石の御朱印状を拝領したといいます。 -
河内久蔵碑
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庚申塔
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六月八幡神社に来ました。
六月八幡神社は、八幡太郎源義家が奥州征伐に向う際、当所での戦闘に六月の炎天時でもあり苦戦、鶴岡八幡宮に祈願し、勝利を得たことから、当地を六月村とし、当社を創建したといいます。 -
旗掛の松
賊が襲撃した際、義家が旗幟を建て軍を鼓舞して賊を潰滅、その時立て掛けた松が植え継がれて今日に至るそうです。 -
拝殿
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六月八幡神社の隣は、炎天寺です。
真言宗豊山派の寺院です。
炎天寺は、天嘉4年(1056)奥州鎮定に赴いた源頼義・義家父子が必勝祈願の成就を感謝して、幡(旗)勝(正)山成就院炎天寺としたといいます。 -
山門
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弘法大師像。
今日は何回も弘法大師にお会いしています。 -
開運招福
"なでて福授かるべし"
なでました! -
小林一茶像
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炎天寺は、平安期の末に創建されたもので、天嘉4年(1056)炎天続きの旧暦6月奥州の安倍一族の反乱を鎮定に従く源頼義、八幡太郎義家父子の ひきいる軍勢が野武士と激しく戦いきわめて苦戦となったが、京の岩清水の八幡宮に祈念し、ようやく勝利を得ることができました。
そこで寺の隣りに八幡宮を建立、地名を六月村と改め、寺名を源氏の白旗 (幡)が勝ったので幡勝山、戦勝祈願が成就したので成就院、気候が炎天続きだったので炎天寺と改めたと伝えられる源氏ゆかりの寺で江戸後期の俳句の俳人小林一茶がいくつかの名句を残しています。
やせ蛙負けるな一茶是にあり (文化13年4月)
蝉鳴くや六月村の炎天寺 (文化13年9月) -
一茶まつりを催しています。
炎天寺では昭和37年に句碑を境内に建て、一茶の命日である11月19日に地元の有志が「一茶まつり」として一茶を偲ぶ法要と石田波郷氏を特別選者に句会を開いたのが始まりです。 -
蛙が相撲をしています。
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やせ蛙まけるな一茶是にあり
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蝉なくや六月村の炎天寺
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六地蔵
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栗原氷川神社に来ました。
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足立ツマモノ
ツマモノとは、料理にそえて季節感や風味を演出するために使用する野菜です。栗原地区を中心に扇、本木、伊興地区などで芽紫蘇、穂紫蘇、鮎タデ、ツクバネ、サンショなどのツマモノ栽培が行われてきました。
ツマモノ栽培は、大正末期に栗原の農家が当時、穂紫蘇の栽培を行っていた現在の荒川区下谷付近より種子を手にいれたことに始まると言われています。
ツマモノは、高度な栽培技術が要求され、出荷にも荷痛みを防ぐ出荷容器が必要で、大変手間のかかる野菜です。しかし、ツマモノ栽培は狭い面積で高い収入を得ることができ、東京という大消費地近郊のこの地域は、市場を独占してきました。
昭和40年代に入ると、農業技術の普及により、日本各地に強力な産地が生まれるのに対し、この地域は都市化による畑の減少が進み、栽培農家も減少してしまいました。しかし、小面積で栽培できるツマモノの特徴を生かし、工夫を加えて栽培を続け、都市農業のモデルとしても注目されています。 -
栗原氷川神社の創建年月は不詳ですが、天正2年(1574)に再建され、栗原村の鎮守社であったといい、明治5年に村社に指定されました。大正元年に近在の無格社天祖神社、無格社稲荷神社、無格社神明社を合祀しています。
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樹齢推定300年を越す神木のクロマツ。
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国土安穏寺に来ました。
日蓮宗の寺院です。
御成門です。
ここからは入れません。 -
応永17年(1410年)日通が開山、千葉満胤が開基となり創建、長久山妙覚寺と称しました。その後徳川秀忠、家光父子が巡遊し御善所となります。
道路側から見た仁王門です。 -
仁王門を裏側から見たところ。
大きなワラジが奉納されています。 -
本堂
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方丈
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鐘楼
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法華経を説くお祖師さま
高村光雲作 -
祖師堂
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葵の紋
将軍徳川秀忠・家光が、当所巡遊の折の御善所となり、寛永元年(1624)現寺号を賜り、徳川家祈願所位牌安置所となったといいます。 -
家光公御手植之松
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嶋根歌舞伎発祥公演之地
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国土安穏寺を出て、少し歩くと、旧陣屋(桐田家)前に、樹齢300年の足立区指定保存樹木の黒松があります。
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立派な黒松です。
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御鹿狩勢子村旗渕江領嶋根村
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環七北通りを歩くと東武線にぶつかります。線路の下を通るトンネルがあります。
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線路の下を歩きます。
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東京マリンスイミング西新井を過ぎると、匠のとんかつ加賀。
ここで遅いランチです。
足立区栗原と言えば、その昔「東京マリン」があった場所です。
巨大なレジャープールです。1972年から2001年まで営業していました。
私も子供の頃、行ったことがあります。 -
匠のカツ丼をいただきます。
まず、キャベツが出てきました。
キャベツを食べながら、カツ丼を待ちます。 -
もやしナムルもご自由にとあるので、もやしナムルの入れ物を見ると、カラでした。店の人に、もやしナムルはおしまいですか?と訊くと、終わってしまいましたとのこと。
十分に用意しておいていただきたいものです。 -
カツ丼の登場です。
蜆の味噌汁が付きます。
ずっと歩き続けたので、疲れました。 -
カツ丼をいただき、元気を取り戻しました。
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西新井大師のすぐ近くにある、八千代です。
栗最中が有名です。 -
八千代で購入した、栗最中と栗饅頭です。
栗最中の中には大きな栗が入っています。餡もたっぷり。
栗饅頭も栗の細かくしたものがたくさん入っていました。
過去2回、歩いて西新井大師を訪問した時は休みでした。 -
西新井大師は弘法大師の縁日で、人がたくさんいました。
屋台も所狭しと出ていました。
お参りしました。 -
いろいろな店が出ています。
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年配の方が目立ちます。
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今日はだいぶ歩いたので、西新井大師の境内は巡りません。
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山門です。江戸時代後期の建立、両脇に金剛力士像をまつっています。
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清水屋の前には行列ができていました。
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浅香家で煎餅を購入です。
歴史を感じる店構えです。 -
ガラス容器に入れられたおせんべいの陳列も味があります。
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浅香家の包み紙。
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堅焼きを購入しました。
本当に堅い煎餅です。
浅香屋には名物堅焼きの「馬目焼」もあります。
次回は挑戦したいものです。 -
かどやです。
創業は大正時代で戦後に食堂を始めたそうです。
かどやはドラマや映画のロケ地でも有名です。
映画「万引き家族」で樹木希林と松岡茉優があんみつを食べていました。 -
今川焼をいただきます。
120円です。 -
かどやの前でいただきます。
ほかほかです。 -
変わらぬ味です。
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西新井大師駅もいつになく、人が多くいました。
歩き疲れましたが、いろいろな神社、寺院を訪れ、お土産も買い、よい一日となりました。
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