2019/12/13 - 2019/12/15
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真昼あんどん行さん
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はじめに
考える所があり、旅行記について非公開にすることにしていますが、1つも公開していないのは何かと不都合なので、こちらを再アップします。
その理由は、ここで出した八代・松浜軒が5月、菖蒲の季節で、ひょっとしたら参考になるかも、と揚げただけですが。
といって、私が訪れたのは、コロナ禍前の
12月です。
誤字その他も、アップした時のものであることをお断りします。
2019年12月13日-15日の日程で熊本に出掛けてきました。
初日は日奈久温泉、2日目は熊本市内に宿泊しました。
友人Mプロデュース、スポンサー、ドライバーの、
LCC、レンタカー利用の旅行です。
幾つかの観光スポットを回り、
何ヵ所かの温泉に浸かり、
馬刺しを味わい、居心地が良い喫茶店で時間を過ごし、
といった内容です。
また、読む人も余り多くない、と高をくくって、
ローカルアイドル、戦前・戦後の物書きについて、など、
とっちらかった内容について御託を並べます。
その辺りは読み飛ばし推奨です。
表題は往年の有名作家のベストセラー随筆をもじった物です。
畏れ多いので1文字変えました。
また、その物書きの方のポリシーには反しますが、
漢字・仮名遣いも現在のものにしています。
写真はタイトルにも出した、
かの人が'定宿'にしていた八代の松浜軒です。
宜しければお読み下さい。
-
1つ前の旅行記に記したように、
2019年終盤に3回の旅行を企画しました。
その3回目、今回の行き先は熊本でした。
例によって自分では何も考えずに、
泊まり先などは相棒に任せましたが、
「何処か行きたい所があるか」訊かれた時に、
迷いなく「八代の松浜軒」と答えました。
あちらが行かない場合は、
2000円だかのバスの1日フリー切符を買って、
自分1人で行こうと考えていましたが、
結果的にはそうなりませんでした。
今回はジェットスターを使いました。
私はAの座席があてがわれましたが、
向こうがスポンサー兼運転手なので、譲ってBの座席に移りました。
少しは気を使います…当たり前の話なのに偉そうに書きます。
という事で、最初の撮影は友人Mに任せました。
「カルデラ、デッカイ! うりゃおい、うりゃおい」
現地のローカルアイドルユニットの歌の合いの手にそんな一節がありました。
you○ubeで見ました。
自転車で熊本まで行くのは無理です。
ネタばらしをすれば「チャリで来た」という地元アイドルの歌がある、それだけの話です。
意味がない知識を無駄に持っています。
現地在住のアイドルヲタク様のツイッターのフォローをしています。
5月に偶然見た時に、この人と着ている服が被っていたので一方的に親しみを持ちました。
今回、そのシャツを着ていきました。
危ないオッサンです。勿論、私がですが。
話を阿蘇山に戻せば、煙が結構噴出していることに驚きました。 -
こちらが熊本市内でしょうか。
大都市ですね。
県庁所在地で政令指定都市なので当然、かも知れません。 -
空港で迎えているのは、
超人気アニメのキャラクターです。
私は知りませんが、熊本と縁があるのでしょうか。 -
日奈久温泉までレンタカーで移動しました。
宿の軒先には有名なキャラクターが待っていました。
手に持っているのは晩白柚という八代名物の大きな柑橘類です。
知らない方の為にお節介に書くと「ばんぺいゆ」と読みます。
ちょうど季節だったようで、
翌日、全国ネットの番組で紹介されていました。
全くの偶然ですが。 -
こちらが泊まった旅館の玄関です。
-
抹茶を出されました。
滅多にない経験なので少し慌てましたが、
「良いお点前でした」
柄にもない台詞を、ワザとらしく吐きました。 -
各部屋に半露天の温泉がありました。
掛け流しです。 -
こちらは「ばんぺい湯」という名前の公営の浴場です。
前出の果実と温泉を引っ掛けた名前です。
サウナ付きで入浴料は520円でした。
夜遅くまで開いているので、
酒やらミカンやらの買出しにも使いました。
旬のミカンは安くて美味しかった記憶があります。
荷物が軽いので、飛行機で背負って帰りました。 -
酒はラベルには「日奈久 ひょっとこ」とあるのですが、
滋賀県の酒でした。
有難く頂いたのですが、どういう経緯でこうなったのか少し疑問ではあります。 -
こちらが脇にあるポストです。
演出の為の大道具ではなくて現役だと思います。 -
こちらは老舗の高級旅館です。
どなたかか泊まられた方、レポートして下さい。
無責任です。 -
飲みに行こうと思っていた居酒屋がシーズンのせいか予約が取れなかったので、
夕食は、チャンポンになりました。 -
老夫婦が切り回しているお店でした。
瓶ビールと共に、美味しく頂きました。 -
眠れないので、掛け流しの温泉に入ったら、上手い事、寝直すことができました。
真夜中の掛け流しの温泉は「極楽」ですね。
24時間、入浴可でした。
ここでは朝食付きのプランでした。
名物の日奈久竹輪が柳川風の鍋についています。
過不足ない、旅館らしい朝食でした。
友人Mが前述のテレビを観ている間、
こちらは散歩に出ました。
黒タイツのプロレスラーの衣装で売り出した'軍団'の芸人は、
現在でもレギュラー番組を持っていました。
少し驚きましたが、話術などが評価されているのでしょう。
とはいえ、テレビを観るより実際の風景を見よう、と私だけ先に散歩に出ました。
初日の宿は11時チェックアウトなので、ゆっくり出来ました。 -
私は知らなかったのですが、
日奈久も俳人・山頭火ゆかりの地です。
山口県の生家が破産して、俳句仲間を頼って熊本市に移り住んだので、
そのせいだと思います。
レリーフもありました。 -
日記の文字を転写・拡大したものも隣に。
この姿だけ見ると格好良く見えます。 -
この俳人が泊まった、現在でも唯一残るという木賃宿がここにあるので訪ねました。
2016年の地震で被害を受けたそうですが、
クラウドファウンディング(ネットを使った寄付といった方が私には分かりやすいのですが)を使って修理されたそうです。
監視カメラは当然あるでしょうが、無人で開いていました。
入ってはいけない、と書かれてはいなかったので有難く見学しました。
入場無料です。 -
なぜ9月なのか、戻ってからも文献で確認しましたが、
かの俳人がここに宿泊したのが1930年9月だったそうです。
木賃宿というのは、今風に言えば、和風ドミトリー・ゲストハウスとでも言えるでしょうか。
実態はどうだったか分かりませんが大部屋に雑魚寝で、
風呂は町中の公衆浴場で入り、トイレ、洗面所は共同だったと思います。
現代では営業は難しい感じもします。
という事で、暫く前に営業は止めているようです。
手前が受付です。 -
1階の部屋です。
-
1階のお勝手の近くにある部屋です。
-
2階に上る階段です。
立入禁止とは書かれていないので行ってみました。 -
こちらの部屋で寝室・居室でしょうか。
「世間師」を自認するこの俳人は、
民家の軒先で経を唱えて、地元の住人から金と米を貰って旅行をしていました。
ここ日奈久では、その金と米で宿泊費を払い、温泉に浸かり、酒を飲み、映画も観ていました。
日記には、そう書いてあります。
山頭火が詠んだ自由律俳句の「自由」というフレーズ、
漂流、漂泊、流浪、さすらいの人生というイメージ、
網代笠、法衣、鉄鉢というスタイル、
表面的に見ると「格好良い」のかも知れません。
憧れる人間が多く、人気があるのも道理です。
ファンの方からはお怒りを買いそうなコメントですが…。
申し訳ありません。 -
他のお客さんが誰も居なかったので、畳に寝そべって撮りました。
山頭火こと種田正一も、酔っ払って横になって、
この天井を見ていたのでしょうか。 -
かの俳人は焼酎ではなくて、日本酒が好みだったそうです。
九州のどこかの日記に、
「芋焼酎は臭い。息を止めて飲む」
と書いてあった記憶があります。
元々焼酎の本場の九州の生まれではなくて、山口県の出身だったという事もあるかも知れません。
一時期そちらで、父親と酒造業にも乗り出しましたが失敗しました。
伝記にはそう書かれています。
また、無駄な知識でした。
2階の部屋の床の間に、有名な俳優のサイン色紙もありました。
私にとっては競輪のゲスト解説の人、という認識があるのですが。
「競輪は八○長です」
「フラワー(ライン)は政治的に動きますから」
こちらは、仲間内で勝たせようとする選手を予め決めている、という意味で、
やはり八○長に近いニュアンスがあります。
こんな危ない、ぶっ飛んだ発言を、当の競輪中継でするので面白くて好きでした。
といって、この俳優が競輪嫌いという訳ではありません。
競艇好きの、今は亡き大御所の漫才師と某週刊誌で対談した際に、
「炎天下の特別競輪で6日間車券を買い続けて日射病になった」
という発言をしていましたから。
そう言えば、この人がテレビで山頭火の日記を朗読していたのを観た記憶があります。
ここ、日奈久での事だったようです。
間抜けな話ですが、来るまで認識していませんでした。
印象に残っているのは、その時、この俳優が頭に巻いていたバンダナです。
競輪選手はヘルメットを被って汗をかくので'薄い'人が多いです。
この俳優も当たり役は時代劇でした。
ニヒルな役柄が多い気もしますが、現代劇でも常時'お帽子'を被っていたのだと思います。
それって、八○長では…。
(鬱病持ちで酒に溺れた、生活破綻者の山頭火こと種田正一を演じるなら、'現実'を見せた方が説得力が出るんじゃないのか。無銭飲食で留置場に入れられた時は網代笠をかぶれないだろうに)とも思います。
そんな毒を頭の中で吐きました。
私も'薄い'ので帽子を被る事が多いのですが、適量の髪の毛がついた'帽子'ではありません。念の為。
そんな悪態をつこうと、帰ってからネット画像をちょこまか検索しました。
この俳優、やっぱり潔かったです。
確認すると'帽子'を脱いだ写真も見ました。
2018年と19年のものです。
次に日奈久で朗読する時は、種田正一の破綻した生涯を'頭'でも表現して欲しいと…。
しつこいですね、失礼しました。 -
この木の札は、漢字の字体から見て戦前のもののような気がします。
-
こちらも壁と一体化しているので、元から貼ってあったものだと思います。
この頃までは旅館として営業していたのでしょうか。
1982年ですから、この時代に利用したのは、
置き薬のルートセールス、新聞勧誘員、語学教材、百科事典のセールスマン、あたりだったと思います。
テレビがあれば、今は某県知事をしてる人間が主演した青春ドラマ、
亡くなったアフロヘアの男優が主演した「気まぐれ」シリーズあたりの再放送が午後に流れていたでしょうか。
関東では'良い風呂'の温泉旅館やら、ロ○ット洗顔パスタがスポンサーだったと思います。
そんな光景を思い浮かべたりもしました。
熊本といえばロ○ットではなくて再○館でしょうか。
その頃あったかどうかは知りませんが。
また、余計な話でした。
しかし、夜中の3時14分に八代駅に停まる急行列車に乗る客は居たのでしょうか。
('買いもん'しようとしても店が'開門'していないのでは…)
意味がない駄洒落です。
言いたかっただけです。
この他にも、現在は走っていない特急、急行列車の名前が並んでいます。
この辺を走る鉄道会社や駅の名前も、この時とは変わっているようです。
こんな写真を撮る人間は余り居ないと…自慢になりませんね。
無駄口はこの辺にします。
近所に鉄道マニアのトラベラーの方がいらっしゃる可能性もありますから。 -
間抜け面を下げてチンタラ歩いていると、友人Mに路上で引き止められました。
メールをくれたそうですが見ていませんでした。
通信不能の状態ですから。
この喫茶店の窓際の席でお茶をしていたら、偶然私を見たようです。 -
という事で入店しました。
このお店も年嵩のご夫婦で切り回されていました。
カウンターの近くにコーヒーサイフォンが見えました。 -
朝食を取っていなかったら「モーニング」だったのですが、
少しひねってお汁粉を頂きました。
ミルクセーキ、と最初に言った注文をお行儀悪く変更しました。
ゴメンナサイ。
「昔ながらの喫茶店」という感じのお店でした。
バイトを雇っていないのでしょう。
夕方の時間帯に休憩時間がありました。
その点は喫茶店らしくはありませんが。
お客さんがいたので、店内の写真は撮れませんでした。
アラフォー、アラフィフ、といった年齢の女性が隣の席にケリーバッグ置いてをカウンターに座っていました。
「やっぱり故郷は良いわ」「鹿児島方面に向かう高速を運転して帰る時、トラックが煽って来よって怖かった」
方言の記憶は曖昧ですが。
店のご主人やら奥さんやらに、そんな話をしているのが聞こえてきました。
ゆったりとした、楽しい時間が過ごせました。
写真のお汁粉に小豆の粒が見えるように、
田舎汁粉、ぜんざい、です。
丸い餅が九州を感じさせます。
美味しく頂きました。
そして、ゆったりとした快適な時間が過ごせました。
有難うございました。 -
つづいて、宿の向かいにある「松の湯」という公衆浴場に入りました。
こちらは200円でした。
地元の方の社交場という印象でした。 -
外壁に'現在の'列車の時刻表が貼ってあります。
やはり、先の時刻表と変わっていますね。
その辺の解釈は、詳しいマニアの方にお任せします。
無責任です。 -
次はレンタカーで移動して松浜軒に行きました。
日奈久からは、ほど近い距離にありました。
駐車場は無料でした。
何台か車が止まっていましたが、ここへの入場者ではなかったそうです。
入園料は500円でした。
バイクが門の前に置いてありました。
中年の男性でしたが、この人しか園内で客は見掛けませんでした。
庭園ではなく、茶器などの展示を御覧になっているようでした。
被らずに済みました。
勿体ないことに、庭を独占させて頂きました。
それはそうと、最初からしくじりました。
受付があった建物内で、格好良い掛け軸だから、とコンデジを構えると、
「お客さん、撮影禁止です」
品が良い女性の職員に指摘を受けました。
後から付いてきた友人Mが、
「大きく書いてあったのに見えなかったのかい」
と、呆れていました。
パニックになって、怪しい者じゃない所を見せようと、
口から出任せを繰り出して、受付の方とコミュニケーションしようとして余計怪しさを増やしました。
私の十八番のパターンです。
「内田百○って、御当地さんて仲居さんがお気に入りだったんですよね」
「この方ですね」
Webからコピーした写真を見せて頂きました。
「前に写っているのが、付き人の平○三郎さんですね」
生半可な知識を披露しました。
「何か、理髪日本一になった床屋さんが来たとか…」
「この人をいつも呼んだそうです」
髭を剃られている写真のコピーを見せて頂きました。
「池に水入れとけって手紙送って来ても急にできませんよね」
「そうですね」
「近くに酒造工場があったそうですが…」
「メ○シャンですね、今もあります。当時は別の会社名だったと思いますが」
性質が悪い客丸出しでした。
帰りに挨拶をした時に、どこかの文庫版の「阿○列車」を読まれていたので、
まともなお客さんが来た時のために勉強をさせてしまったのかも知れません。
申し訳ありませんでした。
松浜軒の入口です。 -
内田百○について、さらに不要な講釈を少し垂れます。
読み飛ばし推奨です。
戦後期の乗り鉄、飲み鉄の元祖ですが、ここ松浜軒には9回だか来ているとパンフレットのPDFに書いてありました。
列車に乗るため「だけ」の旅行ではなかった、と強調したいのですが。
写真は松浜軒の門です。 -
内田百○は、主に急行「霧島」に東京から26時間だか掛けてやって来たそうです。
当時の60代の老体の体力で良くまぁ、と感心もします。
一等車の個室寝台で、付き人を相手に列車で酒盛りをしています。
一等車は、雑駁にいえば現在のグランクラスでしょうか。
乗った事はありませんが。
その当時の一等車は料理、飲み物までは料金に含まれていなかったようなので、
百○先生は家から料理のお重と燗酒が入った魔法瓶を持ち込み、
といって、自分では持ちません。
酒が足りなくなったら、寝台車の'ボイ'に買いに行かせ燗もさせ…態度がデカいオッサンです。
付き人とはこの場の便宜上の雑駁な表現ですが、
自前の編集プロダクションの実務やら渉外担当やら会計係やら自分の酒の相手やら荷物持ちやら日程の手配やら
多岐な仕事をやらせていました。
そのお蔭で、この付き人の方は著書を何冊か出せたのですが…。
しかも、この人には別の職業もあります。
当時の国鉄職員です。
公務員に有休を取らせて、公然と副業をさせて構わないのでしょうか?
そんな疑問がなくもありませんが。
更に言えば、この人が旅行に行っている間に留守宅の雑用をやらしていた方も同様に国鉄職員でした。
後年になりますが、車掌をしながら歌手をしていた方もいたので、
普通の公務員と違って国鉄職員は副業もOKだったのかも知れません。
写真は松浜軒の説明です。 -
付き人を含めた旅行代金は経費として出版社に'支払わせた'のではなくて、
旅行記の原稿料の前借だったそうです。
「目的がない乗り鉄旅」という前提がこの時点で崩れているとも思いますが。
内田百○は、後年、国からの名誉を辞退されています。
「年金が入るので、金がない先生にとって良い事だと思った」
と付き人は書いていた記憶があります。
都心の持ち家に住んでいる上に、
一等車に乗って旅をして、高級旅館に泊まって、家でもシャンパンを嗜み…。
貧乏な生活だとは思えませんが。
住居の件は別として、逆にこういう無駄遣いをしているので蓄財は下手だったのでしょうか。
小説、随筆の名手であることは余りにも広く知られています。
4トラの幾つかの旅行記でも、この方の名前を見ました。
優れた作品を上げ、好きな事をして生きた方だと思います。
申し訳ない事に、私は乗り鉄、飲み鉄の旅行記くらいしかまともに読んではいませんが…。
初めて書かれて60年経っても幾つかの出版社から、この旅行記が上梓されています。
随筆の類では稀な事かとも思います。
名作だという証でしょう。
写真は安産、子育ての神社です。
御御籤を引きました。
勿体ないことに大吉でした。
有難うございました。 -
繰り返しますが、この本でした旅行は「単なる乗り鉄」ではないとも思います。
前述の、朝鮮からの引揚者である、御当地さんという仲居さんに給仕をさせながら、
ここ松浜軒が旅館だった時代の座敷でも、長時間酒を飲み歌い続けます。
本人、付き人の方がそう書いていますから恐らく事実でしょう。
建物が見えて来ました。 -
更に無駄口を叩きます。
百〇は「、たまには'塩対応'も受けます。
前述のように、池に水を入れておけ、という要求を'スルー'されたり、
お気に入りの「白菊の間」を幼稚園のPTAの宴会があるから、と希望とは別の部屋をあてがわれたり、と。
この時は昭和天皇がご滞在なさったという2階の部屋に通されたそうです。
そんな事があっても、この宿を何回も使ったのは、
今風にいうと「御当地さん萌え」だったのでは、とも思います。
言い方が軽すぎるでしょうか。
付き人の方がこの人を「お気に入りだった」と話をしていたのを、何かの本で読んだ記憶があります。
酒の相手以上の事があったとは思いませんけれど…。 -
百〇が泊まったのは写真左下辺り「白菊の間」だったそうです。
-
建物に御挨拶が貼ってありました。
-
庭のバランスが良くて、物書きが考え事をしたり、現実逃避をするのに格好の場所だった、
というのもあったでしょう。
スマホやらPCやらEメールやらがない時代なので、
原稿の請求やら家庭の雑事から解放されて安心できたとも思います。
繰り返しますが、旅行する事で原稿書きをしなければならなくなりましたから、その辺は矛盾でしょうが…。
その構想を練るのにも適した場所では、とも感じました。 -
庭から池が見えます。
今ではリクエストしなくてもいつでも水が入っていると…。
無駄口でした。
友人Mから指摘されて気付いたのですが、
隅っこではない場所に喫煙席がありました。
かの文豪は10歳になる以前から喫煙者だった、と自分で随筆に書いています。
その時代は禁煙の法律がなかったから、だそうですが。
彼がいつも泊まったという部屋のすぐ前に灰皿とベンチがあったのですが、
何か関係あるのかも知れません。 -
紅葉が残っていました。
百〇が来る時には、仲居さん初め宿の方が八代駅まで迎えに行ったそうです。
時代背景もあったのでしょうが仰々しいという感じもします。
現実的な話をすれば、金払いもきちんとしていたと思います。
幾ら払ったというのが、付き人の方の著書に一部書かれています。
現実的な話をすれば、幾ら払ったか、付き人の方の著書に一部書かれています。
1951年6月 2泊で7,590円
1953年10月 9,416円。
三笠書房、1969刊の本に載っています。
値段が違うのは物価の上昇やら飲んだ酒の量が違ったせいでしょうか。
その値段だったら、私にも無理をすれば払えなくもないでしょうが。
年代が違いますね。
ワザとらしいコメントでした。 -
池の方から建物を撮りました。
逆光ですが。
旅館の営業を止めた後も、客として迎え入れられたという話も読んだ記憶があります。
確か、1959年まで松浜軒に出入りした、と読んだ気がします。
百○先生のお気に入りだった、客車特急「はと」の運行が1960年迄でしたから、
その影響もあったかも知れません。
それ以降の乗り鉄・飲み鉄旅行記は読んだ記憶がありません。
読書家ではないので、ハッキリと断言はできませんが。
「はと」は一旦廃止になり復活もしましたが、
その時は181系電車のビジネス特急になっていたようです。
その辺は、キチンとした鉄道系トラベラーの方が詳しい知識を持っているでしょうから、墓穴を深くする前に逃げます。 -
綺麗な庭なので写真を続けます。
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樹々も丹精されています。
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建物と庭の写真をもう1枚。
-
石の塔もあります。
-
建物と池を別の方向から。
-
池の写真です。
-
もう一つ、稲荷神社がありました。
-
菖蒲の季節には綺麗だと思います。
-
鯉も泳いでいました。
-
建物の近くから写真を撮りました。
本当に良い庭です。 -
建物の写真です。
-
九州にはお殿様の別邸が他にも幾つか残っています。
-
別の建物です。
-
細工も凝っています。
-
別の門です。
詳細は説明をご覧下さい。
無責任です。
松浜軒についてのキチンとした旅行記は、
今後訪問される別の方にお任せします。
あくまで無責任です。
因みに一部を伏字にしたのは、検索エンジンを使った、かの物書きのファンの方を
必要以上に刺激したくないというのもあります。
文字化けしやすい字でもありますから。
「内田百」までだったら、佐賀の若いローカル歌手も現在いますし…。
サウスポーでフォークギターを弾く、ショートカットヘアの、可愛らしい女の子です。
今風にyou○ubeを通して見ました。
失礼しました。 -
この後は熊本市まで移動しました。
途中、友人Mが晩白柚を農協系の即売所で購入していました。
昼食は「道の駅 竜北」で取りました。
このしろの寿司を買い、いぐさのだこ汁を付けました。
いぐさも八代の名産だそうです。
畳用だけではなくて、食用のものも生産されています。
初めて知りました。
食用でなければ食べられないので当たり前ですけれど。
そのせいで、玉は少し緑色がかった色をしていました。
席に余裕があったので、食堂で食べられました。
隣からですが、持込はお行儀が良いとはいえませんが。
店の方には断りました、為念。 -
1杯250円でした。
小サイズを選びましたが、十分な大きさでした。
いぐさだけではなくて、地元の野菜がたっぷりと入った美味しいものでした。
いぐさは小麦とともにスイトンの玉のような形にまとめられて、澄まし汁の中に入っていました。 -
熊本ではこちらのホテルに泊まりました。
チェーン店のビジネスホテルです。市電の西辛島町の停留所の近くにあります。
トワイニングの紅茶のティーパックやら柿の種の小袋やらががロビーで無料で頂けます。
その他、男性用のみですが、無料の大浴場も付いていました。
部屋のユニットバスを交代で使うのは窮屈ですから、
友人Mはその点も考慮して、このホテルを選んだようです。 -
ホテルの部屋の窓から2系統に分かれて走る市電が見えました。
-
前回の札幌のように、熊本市電でも低床の新型車両が走っています。
バリアフリーの現代らしい、といえばそれまでですが。
持ち帰った資料を見ると、日本初の低床型車両が初めて走ったのはここ、熊本だそうです。
失礼しました。 -
旧型車両も通りました。
ブレてますが。 -
女子ハンドボールの世界大会がクライマックスを迎えた時期でした。
-
確か地元在住のトラベラーさんが紹介されていたと思いますが、
最近リニューアルされた新しいバスターミナルです。
この付近で私が行った前週に「くま○ェス」という、
ローカルタレント、コスプレイヤーのイベントがあったそうです。
1週間ずれていたら、写真を撮りに行った、と思います。 -
カーラジオでは、こちらのFM放送を聴きました。
ツイッターフォローしているヲタさんが、
ここでも地元歌手グループの公開録音、レコーディングに出演されたという記述があったもので。
危ないオッサンが、わざわざ訪ねて行った訳ではありません。
ホテルの近くにラジオ局があった、という単なる偶然です。
周波数を覚えていたので、チューニングする時に役に立ちました。
画像の下の方にチラッと看板の一部が写っているパン屋さんは何か人気のようで、
日が暮れる時刻に、
「もう、売り切れてなかった」
という若い女性の声が聞こえました。 -
繁華街の大きな、広いアーケードです。
-
ド○キも、くまモン推しです。
今気付きましたが、宮崎のカップめんもあったのですね。 -
友人Mがジョギングに出ている間、こちらは根性なくお散歩です。
熊本城の堀端は2016年の2度に亘る震度7の地震の影響で工事中でした。
お城の公開はされていない、とこの時は思っていました。
桜の訳はありませんね、恐らく。12月ですから。
何の花でしょうか…。 -
加藤清正! うりゃおい、うりゃおい
最初に出した「チャリで来た」の合いの手の一節です。
宇城と有佐は観光していません。
宇城あ○さ、という芸名の方が歌っているので…。
失礼しました。 -
夜は、こちらの店に最初に訪れました。。
人気のお店で、次の予約の客が来るまでなら、という事で。 -
お通しです。
-
念願の馬刺しを食べました。
手前の白いものを箸休めのカブと最初勘違いしたのは情けない話ですが。
因みにタテガミです。
競馬・馬券ファンで馬は食わない、という人間も多いのですが。
昔のニューコンビーフは、どうか分かりませんが、
サラブレッドは馬刺しにはならないので美味しく頂きました。
2011年の事件があって以来、生肉は食べにくくなりました。
「お早くお召し上がり下さい」
若い女性の店員さんも、おっしゃていました。
あれだけの事件だと、影響は少なくはなかったのでしょうか。
お腹の調子を崩すこともなく、美味しく頂きました。 -
こちらは白子です。
何かの魚でしょうが聞き損ねました。
天ぷらにはレモン塩、は3回くらい前の旅行記でも書いた一節ですが、九州らしいと思いました。
東日本では天つゆですから食文化が違います。
地酒を常温で、というチョンボをしました。
冷蔵庫で冷やしてあったお酒をぬる燗に温めさせる、
という手間の掛かる作業を無意味にさせてしましました。
済みませんでした。
冷、が正解の注文でした。
間抜けでした。 -
2軒目はこちらのトンカツ屋さんでした。
友人Mプロデュースでした。
1軒目共々、会計も任せたと…。 -
私が注文したものです。
-
こちらの厚揚げ黒豚のロースのおすそ分けを頂きましたが、
画像では地味に写りますが、確かに美味でした。
「厚揚げ 六白黒豚ロース膳」のお肉です。 -
ミ○ュラン、ト○ップアドバイザーに掲載されたという事で、
インバウンドのお客さんが多い印象でした。
「イングリッシュメニュー」
と後から隣の席に座られたカップルがおっしゃていましたが、
お運びの店員さんは日本語で説明をされていました。
メニューは英語のものがあったようなので、それでOKだったのでしょう。
中国本土、台湾の方ではなくて、香港、あるいは東南アジアの華人のお客さんだったと思います。
海外ではトンカツというのは余りないでしょうから、面白い選択かな、とも感じました。
余計な干渉でした。
こちらの厚揚げ黒豚のロースのおすそ分けを頂きましたが、
画像では地味に写りますが、確かに美味でした。 -
一旦ホテルまで戻った後に、
休憩している友人Mを尻目に3軒目へ。
フラッシュが焚けないのでブレブレですが、
こちらのバーへ出掛けました。
繁華街の雑居ビルの4階にあります。 -
向こうが「オーセンティック」という言葉が似合うと思いました。
相方が食べ○グで見つけた場所です。
泊まったホテルから比較的近い場所にあるので、歩いて行きました。
同じエレベーターに先に乗った男性でカウンター席が埋まってしまって、
テーブル席で飲む事になりました。
日頃の行いの悪さが反映されました。
といって、下手くそな写真を撮るには良かったのですが。
カウンター席でパシャパシャやる訳にはいきませんから。 -
'ミストラル'という苺のショートカクテルを頂きました。
-
チャージ、お通しなしで、消費税のみがプラスされるという、財布に優しいお店で助かりました。
貧乏で酒にも強くないので、1杯飲んでサッと逃げる、というパターンが多いので、
そんな私には、使い勝手が良いバーです。
お店の雰囲気も落ち着けて、しかも、一見でも入りやすい印象でした。
カクテルもキレがあって美味しく、居心地も良い空間でした。
有難うございました。
熊本の繁華街の雑居ビルでは、お店の女性がお見送りをされているのを何回か見掛けました。
私は貧乏で酒にも弱くて口下手なので、その手の店は出入りできませんが。
それでも、街の活気を吸収できた気持ちにはなりましたが…余り意味がないですね。
帰りは、熊本市電に2駅だけ乗ってホテルに帰りました。
170円均一料金なので話のタネに。
また、山頭火こと種田正一の話題を出します。
この人は酔っ払って熊本市電を止めた、という迷惑な伝説の持ち主です。
公会堂前という停留所の近くだったそうです。
「この電車、西辛島町に行きます?」
運転士さんに聞くと、
「通りません、熊本駅方面に行きますから」
数秒、出発が遅れた可能性がなくはないとも…。
公会堂前という停留所は現在あるのでしょうか。
戻ってwikiで調べると、私が乗った花畑町の前身だったそうです。
単なる偶然ですが、ちょっと笑いました。
(また少し、あの偉大な俳人に近づいたかな)
市電の前に立ち塞がる酔っ払いのオブジェを造った方が個人的には親しみが出ますが…。
そういえば、前出のアーケードのド○キの近く辺りで、この俳人は絵葉書店を営んでいたそうです。
彼が投げ出した店の経営は奥さん(後に離婚)が受け継ぎ子供を育てた、という話です。
その息子さんから晩年仕送りを得て酒を飲んでいた、とか。
羨ましい人生ですね。
悪態再び、でした。 -
話を戻します。
「あのバー良いよ」とホテルに帰って友人Mに伝えたら、
交代で向こうが出掛けました。
あちらが行った時はカウンター席が1席空いていて座れたそうです。
こっちは露払いになりました。
翌朝、ホテルの大浴場を使いましたが、
実は利用時間をちょっと過ぎていたのはナイショにしたい話です。
浴場の入口あたりに監視カメラはあると思いますが、
掃除時間に入る前だったのでお目こぼししてくれたのでしょう。
ホテルの方、済みませんでした。
朝食なしのプランでしたから、外に取りに出掛けました。
熊本県でも天草ではないので、朝食にカツカレーを食べるという選択はありません。
かの地のローカルアイドルグループに「朝からカツカレー」という曲があるので…。
失礼しました。
という事で「モーニング」です。
市役所の駐車場に止めましたが、平日に役所のハンコを貰わないと民間駐車場と同じ料金になります。
世の中、そうは甘くありません。
当たり前の話ですが。
店は友人Mに任せましたが、喫茶店の名前は知っていました。
「行ってみようか」
前述のヲタクの方のツイッターに名前が載っていたので。
一応、私も下調べをした…とは言えませんね。
無責任かつ他人任せでした。
写真のキャッシュレス…の但し書きは別の店だったと思います。 -
軽食メニューの写真が外にありました。
-
「モーニング」メニューです。
-
禁煙ではありません。
私は煙草のけむりは苦手ですが、そんな事は気になりませんでした。
手作りで質が高いフードとドリンク、快適な空間を提供してくれる喫茶店が町の中心部に残っていました。
良心的な価格でした。
そのせいか、私たちが入った直後に満席になりました。
喫茶店、カフェの利用方法は人それぞれでしょう。
当たり前の話ですが。
私にとってカフェは、
美味しい物を飲み食いして、20-30分位寛ぐ、
気持ちを緩める場所なので、
好みにあったお店でした。
席の隣のラックに置いてあった地元日刊紙を読むと、
熊本城の特別公開の入場者が10万人になった、という記事が載っていました。
「あれ、閉鎖中じゃなかったっけ?」
城の入口近くまで前日ジョギングに行っていた友人Mは、
「あれ、知らなかったの?」
日曜日、そして、ラグビー、ハンドボールの大会の開催がある時には土曜日も公開されていたようです。
水前寺公園に行く予定を変更して、そちらに出掛ける事にしました。
この喫茶店も前日と同様に居心地が良いお店でした。
嬉しくて、店を出る時に、
「有難う御座いました」
と店主の方の顔をまじまじと見て言って、逆に、
「えっ」という顔をされてしまいました。
恥ずかしい話ですね。
しかし、カフェヲタクのフリをしているのに、
自力でこの店を見つけられないとは、ああ、情けない。
前日も、2つ前の山形でもそうだった、ような。
老いは確実にやって来ています。
寂しい話ですが。
写真は「モーネング」の内容です。
パンだけは2人分です。
この他に、コーヒーに入れる生クリームが付きます。 -
チケット売り場の前です。
2016年の地震の影響で工事中でした。
重症を負ったリハビリ中の患者をお見舞いする、
といった感じのニュアンスがあったかも知れません。
入場料は500円でした。
画像にあるように、まだ建物の中には入れません。
勿論、承知の上の訪問でした。 -
二の丸駐車場からだっとすぐに入場できます。
-
この道を辿っていくと、お城が観えて来ます。
-
お濠です。
書くまでもありませんが。 -
宇土櫓という建物に、何か荘厳さを感じました。
友人Mも同意見でしたが、
こちらは築城当時の建物がそのまま残っているので、道理ではありますが。
スタッフの方が、別のお客さんに、
「ここが倒壊しなくて良かった」
と話されていたのを脇で少し聞きました。
建物内部などには地震の影響があったようです。
廃藩置県、西南の役、太平洋戦争、大地震…を生き残ったのですから、
強い運命を持っているのでしょう。
宇土櫓です。別の方向から。
うとろ、と最初北海道の地名のように読んでいたのはナイショにしたい話です。
うとやぐら、が正解です。
建物だけですが、観られて幸運でした。 -
同上です。
-
同上、つづくです。
-
初めて来たので以前の状態がどうだったかは分かりませんが、
着実に修理されているという印象でした。
天守閣は西南の役で全焼して、1960年に建て直されたそうです。 -
2019年12月、工事中の熊本城・天守閣の現状の写真です。
-
同上です。
-
熊本市内が見下ろせます。
復旧までは少し日時が掛かりそうです。 -
西南の役で焼けた大木の後です。
-
怖いですが、由緒のある石です。
-
こちらも古い歴史がありそうな建物です。
-
こちらは恐らく地震で落ちた天守閣の建物の一部分、あるいは再建に使われる材料の一部でしょう。
公開するためにここに置かれていた、と思います。 -
この後は近郊の温泉に出掛けました。
時間と距離を考えて、植木温泉にしました。
途中のラジオ放送は前出のようにコミュニティFMを聴いていました。
地元J3のサッカーチームの「ファン感」の模様などが放送されていました。
イベントは泊まったホテルの近くであったそうです。
「契約更新が済んでいない選手は微妙な発言になるんだよ」
サッカー通の友人Mは運転の傍ら、そんな事を言っていました。
他の番組では、九州の温泉によくある家族風呂の話題も出ていました。
「家族じゃない人間と家族風呂に行って家族になっちゃった」
(掃除が大変だろうなぁ)
私はしたくはありません。
無駄口でした。失礼しました。
この案内所は閉まっていましたが、
どの旅館の温泉が入れるか、入口に説明は書かれてありました。 -
こちらの旅館の温泉に入浴しました。
-
宿の入口です。
-
食堂では地元の方の宴会が行われるようでした。
女性の声で「プレ○バックpart2」が聴こえてきたのので、
その位の年齢の方もいらしたのでしょう。 -
家族風呂ではありません。
撮影禁止と書いてなかったので、誰もいない時にパチリ。
露天風呂です。 -
内湯です。
掛け流しです。
こちらの方が熱い印象があります。
当然でしょうが。
この温泉も'山頭火推し'でした。
近所に住んでいた時期があったので、この温泉にも来た可能性があります。 -
玄関脇の温泉は、
「飲泉している方もいらっしゃいますよ」
という説明だったので飲みました。 -
旅館の前を流れる川です。
-
良い旅館です。
宿泊できればよいのですが。 -
その後は昼食です。
子供向けの遊び場があったり、とどちらかと言えば若いファミリー向けの店かとも思いました。 -
挽き立ての牛肉のハンバーグを美味しく頂きました。
-
付け合わせのサラダとスープです。
-
食事をした後は、こちらに寄りました。
味取観音堂です。
またまた、山頭火、種田正一ゆかりの場所です。
今回は、かの俳人の巡礼旅行をしたのではないのですが、結果的にそうなった一面もあります。
お堂はコンパクトではありましたが、格式を感じさせる建物でした。
ここで一時期堂守をしていた事は知識としてありましたが、
瑞泉寺という寺の正式な名前はキチンと覚えてはいませんでした。
また、味取という地名の場所が熊本の何処にあるかは知りませんでした。
植木温泉にあった地図の看板で見て知った、というのが正直な事実です。
肥後の片田舎、と評伝に書かれていましたが、現在、ここは熊本市内になります。
空港に向かうインターのすぐ近くにあって(寄り易いから行ってみるか)と軽いノリで行きました。
レンタカー最強です。 -
良い所ですが、落ち着きがない、かの俳人の性格だと長くは保たないだろう、とも感じました。
現在は国道3号線を行く車の音だけが聞こえる、という感じでした。
紅葉の名所だそうです。
御地蔵さんが境内に沢山ありました。
12月でしたが、地球温暖化のせいでしょうか、その紅葉を少し拝むことができました。 -
階段を上る途中にあった建物です。
-
本堂を横から…。
-
細工も立派です。
-
裏手に竹林があり、お寺らしい感じがしました。
なぜか、上の方には神社もありました。
日本の宗教らしい、といった考えも成り立ちますが。 -
上から見下ろした風景です。
-
石段を下りた場所にありました。
暫く前に作られた句碑と、近年できた石像です。
日奈久温泉のレリーフでは山頭火は右手に杖を持っており、こちらは左手に杖を持っています。
疑問が残る、といえば疑問が残りますが。 -
観音堂の向かいの店の写真です。
山頭火こと耕畝(法名)は寺の住職でしたから、
種田正一という、ありのままの姿に戻って、
このような店で食い散らかし飲んだくれる訳にも行かなかった、とも思います。
当時からこちらが営業していたかどうかは分かりませんが。
近所に行きたい場所があるのに行けない、のは苦痛以外の何物でもないのでは…。
かの俳人の、ここでの生活は1年2ヵ月ほどで終わりました。
「永平寺に修行に行く」と言って、この地を離れたそうです。
この時、実際には、本山には行かなかったようです。
マイルやらポイントが付かなかったから修行をしなかったのかも知れません。
永平寺の修行では、ラウンジで彼が大好きなタダ酒も飲めないでしょう。
もっとも、航空会社提供のアルコールは無料ではなくて、それなりの積立金が必要だとは思います。
お寺では、無料という以前に禁酒でしょうから。
旅行ブログらしい、お茶らけをワザとらしく書きました。
…不要な知識を更にひけらかします。
かれは晩年、友人のツケで連日飲食をして酔いつぶれて挙句の果て、
気まずくなって、借りた浴衣のまま、
「銭湯に行ってくる」
と、逃げ出す、という事件を起こしました。
その事件からほどなく「修行をしなかった」永平寺の宿坊に寄りました。、
友人宅から網代笠、黒衣、鉄鉢という'商売道具'を永平寺まで送って貰ったそうです。
その時、元になったツケでの飲食をしたのは、12月初めに私が行った鶴岡での事でした。
やっぱり、私は種田正一に'取り憑かれて'いるのでしょうか。
勿論、錯覚だとは思いますが。
山頭火について、悪口をつらつら書いて来た気もします。
かの俳人は、
先祖から受け継いだ財産を父親が一代で使い果たした、
母親と弟が若くして自殺した、
など、生い立ちは恵まれたものではありません。
とはいえ、奥さん、息子は相当苦労されたことでしょう。
その一方で、精神的に不安定、落ち着きがない、酒に飲まれる、人に頼る、金にだらしがない、
社会の落ちこぼれ的存在で、人の金で飲み食いして、無駄な御託を並べる…など、
短所だけは妙に自分に似ているので、こんな、尖った書き方になってしまうだけです。
路面電車を止めたり、無銭飲食はしたいとは思いませんが、
前述したように、ある意味、憧れる生き方でもあります。
('昭和の芭蕉'への道は私ももうちょいかな。俳句詠むかなぁ)
そんな、ふざけた台詞でも吐いてみましょうか。
私は文学に対する素養がないので、
この人の自由律俳句の善し悪しを論じるレベルまで達していません。
作品についてのコメントは差し控えます。
山頭火ゆかりの地を訪ねようとすれば、
藤崎宮前駅の近くにある千躰仏 報恩寺にも行けたでしょう。
プランとして考えていなかったので割愛しました。
この寺は熊本市中央区にあり、
この寺で種田正一は得度して前述の耕畝という法名を授かったそうです。
山頭火も内田百○同様に伏字にした方が良かったかも知れません。
有名なラーメン店のチェーンもありますから、と逃げ口上を打ちます。
種田正一だったら、コアなマニアしか検索で来ない筈、と言い訳も成り立つ気も…。
今年(2019年)逝去された、往年の大投手と勘違いする人の方が多いのではないでしょうか。 -
さて、今回の旅も終盤になりました。
レンタカーを返し、私が今’滑るギャグ’の話題にした、
空港まで戻って来ました。 -
空港ターミナル上階のデッキのベンチです。
友人Mがカードラウンジに行っている間に、独りこちらで酒盛りをしました。
ワンカップと竹輪の袋にくまモンがなかったら、
私の実態に近いホームレス、ホープレスのオッサンですが。
この場所なので、それらしい「観光客」です。
肉体的な疲労はありましたが、気持ちは外の風景と違って明るいものでした。
当たり前の話ではありますが。
12月の夕方過ぎで暖かくはないので、早々に中に引き揚げました。
この日本酒の銘柄は「瑞鷹」という地酒です。
空港内の航空会社のショップで買いました。
竹輪は空港近くの「ふるさと広場」で調達したので、お安く済みました。
友人Mはこちらで、天草の青海苔をリーズナブルな価格で買ったそうです。
同じものが空港のショップの半値以下だったそうです。
天草なら「カツカレー」では…旅の終わりまでしつこいですね。
かのグループの曲では「カツカレー」の歌ではなくて、
'センター'2人が激しく火花を散らす印象がある「avalon」という曲が私は好きですが…。
旅行とは関係ない知識でした。
失礼しました。
空港内の地元デパートの出店で買った、
米焼酎「白岳」のワンカップは、戻ってから飲みました。
友人Mに無料の「ドライ」を貰って来て欲しかったのですがスルーされました。
入った事もないのに、4トラのブログで知ってはいたので…。
貧乏根性丸出しの情けない話です。 -
こちらは汚したり、壊したりしなければ酒を飲んだ後も「操縦可能」です。
ただし、何も動きませんが。
隣にあった有料のフライトシュミレーターも飲酒操縦OKでしょう。
旅行記の最初の方からローカルアイドル、歌手の名前を話題に出しました。
ショボくyou○ubeを通じてですが、この半年位、九州在住の、
ローカルシンガーの歌声を楽しませて頂いています。
熊本ではなくて佐賀の歌手のほうが頻度は高いのですが…。
この原稿も、そんな方達の歌を聴きながら書きました。
懐メロだけではなくて現在の歌もたまに聴けると、オッサンにとっては何となく安心できます。
知識をくれたことになる、複数のヲタクの方々にも感謝、でしょうか。
「観光地をちょっと詰め詰めで回り過ぎた気もするなぁ」
と友人Mに意見を言ったら、
「緩い日程だったと思うけど」
とは回答が返ってきました。
どっちが正しいのでしょうか。
今回は、観光とは関係ない余計な御託も無駄に並べました。
その辺は読み飛ばして下さい。
いつも書くことですが、
行った観光地、お店は良い場所が多いと思います。
宜しければ参考にして下さい。
読んで頂いた方がいらしたら、有難うございました。
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