2019/11/29 - 2019/12/02
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風輪坊さん
「坂の上の雲」に導かれて、冬の伊予松山に行ってきました。
明治維新の主役たちの故郷を見たかったからです。
もう一つの目的は、日本最古と言われる道後温泉巡りです。
瀬戸内は暖かいイメージがありましたが、
松山の季節もやはり冬でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩 Peach
-
夜の松山城に登ってみました。
標高132mの勝山の頂上に建つ松山城、
城に「登る」という感じでした。
文字通りの「登城」です! -
ライトアップされた松山城です。
さすがに夜の松山城には誰もいませんでした。
山頂なので、やっぱりちょっと冷え込みます。 -
夜の松山城は貸し切り状態でした。
ねずみ色の高い石垣上に、
照明を浴びた城郭の漆喰が白々と夜陰に浮かんでいます。 -
夜の松山市内を撮ってみました。
冬の冷気も手伝って、夜の街並みが冴え冴えとしています。 -
松山城の堀を背に、JR松山駅に続く通を撮ってみました。
伊予鉄の「西堀端」駅付近です。
路面電車は鮮やかなみかん色です。 -
このみかん色、決して派手な印象はなく、
松山の街並みに溶け込んでいるようです。
「松山=みかん」という先入観が働いているのでしょうか? -
路面電車のようなみかん色ではありませんが、
愛媛県庁敷地内には、こんなみかん(?)の木も…。 -
晴れ渡った松山の空を背にした愛媛県庁です。
歴史を感じさせる造りです。 -
お堀の内側には、冬枯れの芝生の公園が広がっています。
昔は、この堀之内も松山城の敷地内だったのでしょう。
小春日和の、のどかな週末の朝でしたが人影はありません。 -
松山出身の正岡子規も、ここからこの句を詠んだのでしょうか?
“松山や 秋より高き 天主閣”
天守閣ではなく、「天主閣」と表現しているのも、
故郷の城を愛した子規の思い入れなのでしょうか。 -
昼間の城郭を見に、
江戸時代に使われていたという登城道を利用してみました。
黒門口からこの道は城郭に続きます。
「登城」です!
昨夜は、灯りがないのでとても登れたものではありませんでした。 -
ようやく、大手門跡にたどり着きました。
険しい道でしたが、マイナスイオンをたっぷり浴びました。
奥に太鼓櫓(たいこやぐら)がそびえています。
雲一つない伊予の空です。
昨夜の貸し切りとは一転して、昼間はたくさんの観光客です。
観光客が途絶えたところで一枚! -
松山城本丸跡の丸之内から小天守に向けて撮ってみました。
手前が馬具櫓(ばぐやぐら)でしょうか?
間近にみる松山城です。
市街地から望む印象とは全く違った偉容です。 -
松山城紫竹門付近から見上げた小天守です。
昼の小天守も、真っ青な空に白い漆喰が浮かんで見えます。
当たり前ですが、夜とは全く違います。
これも観光客が途絶えた瞬間をねらってみました。 -
せっかくなので比較してみました。
同じポイントからのライトアップされた、
漆黒の夜空に浮かぶ小天守です。 -
数々の門をくぐり、
ようやく松山城本壇へ。
天守閣を見上げて撮りました。
三層の天守閣はそれほど大きくはありませんが、
おびただしい櫓(やぐら)や門を含めた城郭全体はとても壮大です。 -
天守から馬具櫓と太鼓櫓の方を撮ってみました。
そのはるか向こうに、松山市街が広がっています。
“春や昔 十五万石の 城下哉”
故郷を誇り高く詠んだ正岡子規の気持ちが伝わってきます。 -
天守から西の方角を撮ってみました。
縦横に重なり合った甍の波が見事です。
ここからも市街地が望めます。
松山城が街の中心にそびえていることが分かります。 -
真っ青な空を背景にしたお城の、お気に入りの一枚です。
天守を囲む櫓があまりに多すぎて、
櫓の名前が分からなくなってしまいました。 -
漆喰を使わない焼き板塀の櫓もあります。
この墨色の櫓もなかなかきれいです。 -
石垣の脚が長く伸びたスタイルのいい南隅櫓です。
丸之内広場の裏側なので、観光客はあまり通りません。 -
松山城の特徴である重厚な石垣が二段に重なり、
その中ほどを墨色の焼き板塀が曲線を描いています。
この一枚は、難攻不落の名城を語っているような気がしました。 -
ロープウエイ乗り場から大手門跡に至る揚木戸門跡付近の石垣です。
このあたりの石垣が屏風のように折れていて、
高さを一層際立たせ、最も見応えがあるように感じました。 -
縦に撮ってみると、石垣の高さが伝わるでしょう。
本当に見事な石垣です。
昔の職人さんの巧みを感じさせる優美な曲線です。 -
再びタイムスリップした気分を味わうために、
登ってみた江戸期の登城道を、
逆に堀之内の広場へと下ってみました。
松山城をあとにして、坂の上の雲ミュージアムへ。 -
松山と言えば、かつては夏目漱石を思い起こしましたが、
司馬遼太郎の「坂の上の雲」の影響もあってか、
夏目漱石に加え、正岡子規、司馬遼太郎と、
今は日本を代表する文学の街という印象です。 -
かつての伯爵の館、萬翠荘(ばんすいそう)です。
坂の上の雲ミュージアムの奥にたたずんでいます。
大正時代に建てられた瀟洒な洋館です。 -
松山の市街地から、伊予鉄を利用し道後温泉へ。
15分ほどで到着しました。
伊予鉄は、松山市民の欠かせない足になっているようです。 -
伊予鉄の道後温泉駅です。
白壁にオリーブ色のラインが、
大正ロマンというか、
なんとも古風な風情を漂わせています。 -
ちょうど坊っちゃん列車が停まっていました。
観光客でしょうか、女子旅の若者や子ども連れの家族が、
坊っちゃん列車を背景に記念写真に興じていました。 -
道後温泉駅から山手に向かって坂道を歩いていくと、
伊佐爾波(いさにわ)神社の長い階段が目にとまります。
「登っていく坂の上の青い天に、
もし真っ赤なお社が輝いているとすれば、
それのみを見つめて、坂を登って行くであろう」
「坂の上の雲」の冒頭のような気分で、
本殿への階段を登っていきました。 -
登っていった坂の上には、
鮮やかな朱塗りの八幡造のお社がありました。
霊験あらたかな気分に浸れます。 -
「空の散歩道」という小高い丘から、
道後温泉本館を撮りに行ったのですが、
残念ながら大修理中でした。
でも、その大修理の覆いにはアニメ風のアートが描かれ、
とても粋な温泉街になっています。 -
商店街の方から、大修理中の道後温泉本館を撮ってみました。
-
足湯のある駅前にやってくると、
柳を背にした正岡子規の銅像が建っていました。
「野球」という名前は子規が命名したとのことで、
なんと正岡子規は野球殿堂入りしているそうです。
子規の野球を詠んだ句です。
“球うける 極秘は風の 柳かな”
天候に恵まれた、いい伊予路の旅でした。
最後に私も一句
“伊予路来て 小春日和の 足湯かな”
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