2019/12/03 - 2019/12/03
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MechaGodzillaⅢ&703さん
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■山口県周防大島「飯の山展望台」ロングドライブ旅は難しいので近距離旅へ
【 手記 】
足腰痛のためロングドライブ旅は難しいので往復約220kmの近距離旅へ。「旅気分を感じるのは県外だな。県外で自宅(広島市)から一番近いところはどこだ。」と言うことで、山口県岩国市・周南市・柳井市・周防大島町辺りをウロチョロしてきました。
でも、せっかく出かけるのだから瀬戸内海の多島美を味わえるところはないかなと思って周防大島町の「飯の山展望台」へ登ってきました。
ただ、展望台は標高263.5mの山頂にあり、離合箇所がほとんどない異常に狭い曲路、急こう配の悪路(舗装ガタガタ、落ち葉いっぱいの暗い山道)が延々と続いていて、ホイホイと気軽に行けるような所ではありません。
でも絶景スポットなのです。展望台から望む瀬戸内の景色はロケーションが素晴らしくて気持ちいいのです。
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
JR岩徳線・高水駅の西側にある呼坂地区は山陽道の宿場町として栄えた町で、今もその面影を残しています。呼坂は東西を低い丘陵に挟まれた小盆地に町場が発達し、古くは「海老坂」と呼ばれていものが「呼坂」に転訛したといいます。
九州探題として太宰府に下向した今川了俊の紀行文「道ゆきふり」にも書かれているこの町は、古代山陽道における「周防駅」であったのではとの説が有力とか。
岩国から徳島へと抜ける山陽道のルートは時代によって変遷していましたが、天正15年に豊臣秀吉が朝鮮出兵のために最短ルートである古道を改修して、今の呼坂~花岡間を整備し、近世山陽道が確率します。
呼坂が正式な宿場町として発展するのは近世に入ってからで、そのころから定期市が立ち、「呼坂市」と呼ばれはじめます。初めは西側丘陵の場所にあり、やがて現在の場所に移転してきたそうで、かつての場所には古市の地名も残ります。
中央を流れる中村川を境に西側を西町、東側を本町と言い、本町にある旧家・河内家は代々庄屋・大庄屋を勤め、巡検上使や九州諸大名が宿泊する際には本陣を務めました。
旧熊毛町の中心地であり、古くからの宿場町であった呼坂。しかしJR岩徳線の駅にその名がありません。岩徳線(国鉄)が開通した昭和9年当時は、高水村と勝間村(呼坂はその前の合併で勝間村の一部に)だった為です。その後昭和31年に、高水村と勝間村及び周辺町村が合併して熊毛町が生まれました。
▽高森・昔ながらの町並み/山口県岩国市周東町下久原
旧山陽道玖珂本郷宿の次の宿駅が現在の周東町高森です。国道は旧市街を迂回していますが、JR岩徳線の周防高森駅の入口は旧道側にしか設けられていません、かつての高森市は町の中心商店街に姿を変えました。
昭和初期までは道路の中央に水路が設けられ、柳並木が連なる風情ある街並みがあったそうです。しかしこの水路が埋立られた事により往時を偲ばせる風情は失われましたが、結果的に広い道路が確保され、道の両側に並ぶ街並みが残ることになりました。
高森市は山陽道の宿駅としては「半宿」の扱いでしたが、萩藩最東端の要地として重要視され整備されました。町の中央、受光寺を軸に東側に高札場、番所、中間長屋、物送り場を配し、西側に高森本陣、脇本陣、と市屋敷が並び、本陣のある東から上市、中市、下市と呼ばれました。
現在街並みの中核は上市にある、旧高森本陣であった相川家邸と、廃業して一部を貸しスペースとしている旧造り酒屋の2つの屋敷の並び、道の斜向かいに軒を連ねる入母屋造りの商家が宿場町の面影をかろうじて残していました。
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
田布施町は室津半島の付け根に位置する町で、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された白壁商家(古市金屋地区)と甘露醤油の町として知られる柳井市の西に接します。
山陰本線沿線では柳井市と光市の2つの都市に挟まれた小さな町の印象ですが、実は岸信介、佐藤栄作と2人の内閣総理大臣を輩出した町でもあります。
JR田布施駅周辺に町の中心があり、古い町並みは駅前地区の東側に広がる閑静な住宅地の一角にひっそりと残されています。田布施の町は田布施川の河口からだいぶ遡った場所にありますが、中世末期まではこの近くまで内海がきていました。大潮による干満もあって”唐戸の迫門”と呼ばれていたとか。
やがて天正年間から干拓による新田開発が始まり、次第に海から遠くなっていきました。田布施は柳井津や室津に通じる街道の要衝で、隣接する波野にそれぞれ市が立っていました。
田布施市は町並みが3筋あり、月に2回の市立。正月4日の初市と12月26日に開かれる暮の市は特に賑わったといいます。一方波野市は町並みが2筋あり、高札場と送場があり、月に3回の市が立ちました。
古い町並みが残るのは波野の方で、比較的大きな商家がまとまって残ります。虫食い状態に取り壊しと宅地開発が進み、隣の柳井に比べると町並み保存としては厳しい状況にあります。
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
標高263.5mの飯の山(いいのやま)の山頂に設けられた、高さ14mの展望台です。ここから日本三大潮流のひとつ大畠瀬戸や大島大橋、瀬戸内海の多島美を眺望できるようになっています。
平成30年10月22日未明に発生した大島大橋外国船衝突事故により橋梁がダメージを受けており、大島大橋は車両の総重量や風速等による通行規制を実施しておりました。
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
山口県の南東端、柳井市の沖合に浮かぶ周防大島は渦潮で有名な大畠瀬戸を挟んで本州に対峙する島で、山口県では最も大きく、また瀬戸内海では淡路島、小豆島に次いで3番目に大きな島です。
周防国の大島であったことから「周防大島」と称されますが、正式には屋代島(やしろじま)といい、さらに地元では単に「大島」と呼ばれています。かつては大島郡大島町・久賀町・橘町・東和町の4町からなっていましたが、2004年に4町は合併して周防大島町となり今に至ります。
周防小松は周防大島の旧大島町の中心部で、島内でも数少ない平地部に開けた町です。本土に最も近い事から、古くから対岸の大畠と渡船で結ぶ、大島の玄関口として発展していました。昭和51年に大島大橋が開通して周防大嶋は本土と地続きになりますが、それでもなお島の玄関口である事には変わりません。
周防大島でも有数の在郷町として発展し、江戸時には毎月2度の市が立ちました。しかしその後対岸の柳井や大畠の市に押されて、年に三回のみの市立てとなりますが、それにかわって製塩業で小松は大きく発展します。塩田開発は「開作」と呼ばれ、現在も開作の地名が残ります。この製塩業は北前船も呼び寄せ、小松の塩は北陸地方へと販路を拡大していきます。
小松の町並みは屋代川河口の入江に沿って弓状に街村を形成。かつての塩田だったところは埋め立てられて学校や養魚場に姿を変えていました。残されている建物はそれほど歴史的な価値があるほど古いものではありませんが、製塩業で財をなした旧家でしょうか?大きな家が目立ちました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
■山口県周防大島へ、ロングドライブ旅は難しいので近距離旅へ出発♪
広島はつかいち大橋から宮島を写/広島県広島市佐伯区五日市港
足腰痛のため、ロングドライブ旅は難しいので往復約220kmの近距離旅へ出かけてきました。広島高速3号線⇒県道247号⇒山陽自動車道 -
▽山陽自動車道廿日市インタON⇒山陽自動車道熊毛インタOFF
「旅気分を感じるのは県外だな。県外で自宅(広島市)から一番近いところはどこだ。」と言うことで、山口県岩国市・周南市・柳井市・周防大島町辺りをウロチョロしてきました。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
でも、せっかく出かけるのだから瀬戸内海の多島美を味わえるところはないかなと思って周防大島町の「飯の山展望台」へ登ってきました。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
途中、玖珂PAで休憩を入れて自宅から1時間半くらいで到着。運転したあとなのでちょっと足腰が痛い。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
さてと、のんびり歩きますか。昔ながらの町並みは歩くだけでも癒されます。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
JR岩徳線・高水駅の西側にある呼坂地区は山陽道の宿場町として栄えた町で、今もその面影を残しています。呼坂は東西を低い丘陵に挟まれた小盆地に町場が発達し、古くは「海老坂」と呼ばれていものが「呼坂」に転訛したといいます。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
九州探題として太宰府に下向した今川了俊の紀行文「道ゆきふり」にも書かれているこの町は、古代山陽道における「周防駅」であったのではとの説が有力とか。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
岩国から徳島へと抜ける山陽道のルートは時代によって変遷していましたが、天正15年に豊臣秀吉が朝鮮出兵のために最短ルートである古道を改修して、今の呼坂~花岡間を整備し、近世山陽道が確率します。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
呼坂が正式な宿場町として発展するのは近世に入ってからで、そのころから定期市が立ち、「呼坂市」と呼ばれはじめます。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
初めは西側丘陵の場所にあり、やがて現在の場所に移転してきたそうで、かつての場所には古市の地名も残ります。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
呼坂陣屋跡
中央を流れる中村川を境に西側を西町、東側を本町と言い、本町にある旧家・河内家は代々庄屋・大庄屋を勤め、巡検上使や九州諸大名が宿泊する際には本陣を務めました。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
呼坂陣屋跡
旧熊毛町の中心地であり、古くからの宿場町であった呼坂。しかしJR岩徳線の駅にその名がありません。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
呼坂陣屋跡
岩徳線(国鉄)が開通した昭和9年当時は、高水村と勝間村(呼坂はその前の合併で勝間村の一部に)だった為です。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
その後昭和31年に、高水村と勝間村及び周辺町村が合併して熊毛町が生まれました。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
テクテク。。。歩く。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
吉田松陰・寺嶋忠三郎 訣別の地 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
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▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
古い土塀に突っ張り棒。今のわたくしといっしょだ。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
廃屋もあるが、売家・売地がちらほらある。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
これって売れるのかなあ。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
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▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
壊れた壁の間から中を覗く。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
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▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
古いミシンが置いてあった。 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
立派な門構えの旧家 -
▽呼坂・昔ながらの町並み/山口県周南市呼坂本町
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▽いろり山賊老松店/山口県岩国市周東町西長野
am11:30早めの昼飯を・・・ここは20年ぶりくらいかな。昔家族で来たことがある。 -
▽いろり山賊老松店/山口県岩国市周東町西長野
山賊むすび 528円 山賊うどん 638円 -
▽いろり山賊老松店/山口県岩国市周東町西長野
山賊うどん 釜蓋が載せてある。 -
▽いろり山賊老松店/山口県岩国市周東町西長野
店内にある大きな大黒柱の松の木です。樹齢850~1000年と言われています。 -
▽高森・昔ながらの町並み/山口県岩国市周東町下久原
高森へやって来ました。旧山陽道玖珂本郷宿の次の宿駅が現在の周東町高森です。 -
▽高森・昔ながらの町並み/山口県岩国市周東町下久原
国道は旧市街を迂回していますが、JR岩徳線の周防高森駅の入口は旧道側にしか設けられていません、かつての高森市は町の中心商店街に姿を変えました。 -
▽高森・昔ながらの町並み/山口県岩国市周東町下久原
昭和初期までは道路の中央に水路が設けられ、柳並木が連なる風情ある街並みがあったそうです。しかしこの水路が埋立られた事により往時を偲ばせる風情は失われましたが、結果的に広い道路が確保され、道の両側に並ぶ街並みが残ることになりました。 -
▽高森・昔ながらの町並み/山口県岩国市周東町下久原
高森市は山陽道の宿駅としては「半宿」の扱いでしたが、萩藩最東端の要地として重要視され整備されました。 -
▽高森・昔ながらの町並み/山口県岩国市周東町下久原
町の中央、受光寺を軸に東側に高札場、番所、中間長屋、物送り場を配し、西側に高森本陣、脇本陣、と市屋敷が並び、本陣のある東から上市、中市、下市と呼ばれました。 -
▽高森・昔ながらの町並み/山口県岩国市周東町下久原
現在街並みの中核は上市にある、旧高森本陣であった相川家邸と、廃業して一部を貸しスペースとしている旧造り酒屋の2つの屋敷の並び、道の斜向かいに軒を連ねる入母屋造りの商家が宿場町の面影をかろうじて残していました。 -
▽高森・昔ながらの町並み/山口県岩国市周東町下久原
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▽国道437号・道中の景色
山の木々は冬支度 -
▽国道437号/山口県岩国市由宇町
そう言えばここに広島東洋カープ由宇練習場があったな。
未来のカープを背負って立つ若鯉たちがここから飛び立っていきます。 -
▽国道437号/山口県岩国市由宇町
広島東洋カープ由宇練習場入口 -
▽国道437号/山口県岩国市由宇町
広島東洋カープ二軍の本拠地球場及び練習施設入口 関係者以外立ち入り禁止でした。 -
▽国道437号・道中の景色
ちょっと素敵な里山景色 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
田布施町は室津半島の付け根に位置する町で、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された白壁商家(古市金屋地区)と甘露醤油の町として知られる柳井市の西に接します。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
山陰本線沿線では柳井市と光市の2つの都市に挟まれた小さな町の印象ですが、実は岸信介、佐藤栄作と2人の内閣総理大臣を輩出した町でもあります。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
JR田布施駅周辺に町の中心があり、古い町並みは駅前地区の東側に広がる閑静な住宅地の一角にひっそりと残されています。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
田布施の町は田布施川の河口からだいぶ遡った場所にありますが、中世末期まではこの近くまで内海がきていました。大潮による干満もあって”唐戸の迫門”と呼ばれていたとか。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
やがて天正年間から干拓による新田開発が始まり、次第に海から遠くなっていきました。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
田布施は柳井津や室津に通じる街道の要衝で、隣接する波野にそれぞれ市が立っていました。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
田布施市は町並みが3筋あり、月に2回の市立。正月4日の初市と12月26日に開かれる暮の市は特に賑わったといいます。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
一方波野市は町並みが2筋あり、高札場と送場があり、月に3回の市が立ちました。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
古い町並みが残るのは波野の方で、比較的大きな商家がまとまって残ります。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
虫食い状態に取り壊しと宅地開発が進み、隣の柳井に比べると町並み保存としては厳しい状況にあります。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
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▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
聞新日朝阪大 いつ頃の看板だろうね。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
古い家屋が立ち並んでいる。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
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▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
かつてはお店だったような建物が続いているが、そのほとんどがシャッターが下りている。 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
浄土宗 大恩寺 -
▽田布施・昔ながらの町並み/山口県熊毛郡田布施町
形あるものはいつか壊れる Nothing is unbreaka -
▽大島大橋/山口県大島郡周防大島町
橋長1020mの大島大橋を渡る。矢印の飯の山展望台へ登ります。
山口県の南東端、柳井市の沖合に浮かぶ周防大島は渦潮で有名な大畠瀬戸を挟んで本州に対峙する島で、山口県では最も大きく、また瀬戸内海では淡路島、小豆島に次いで3番目に大きな島です。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
ただ、展望台は標高263.5mの山頂にあり、離合箇所がほとんどない異常に狭い曲路、急こう配の悪路が山頂まで2.3kmほど続きます。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
飯の山展望台はホイホイと気軽に行けるような所ではありません。でも絶景スポットなのです。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
大島大橋 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
舗装はガタガタ、落ち葉いっぱいの暗い登坂路が延々と続いています。
ポツンと一軒家の捜索隊になった気分。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
でも根性で^^登って行きました。頂上の駐車場は車が10数台停めることができるスペースがあります。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
ここは飯の山です。展望台までは徒歩1~2分です。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
5階建ての展望台 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
ヘッホヘッホ。。。100段くらいあったのかな、展望台屋上へ到着。足腰が痛くなったが負担は下りより上りの方が少ない。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
ビューテホー! 大島大橋。橋長1020m、1976年竣工。
周防国の大島であったことから「周防大島」と称されますが、正式には屋代島(やしろじま)といい、さらに地元では単に「大島」と呼ばれています。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
柳井市のエネルギアランド -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
頭上に爆音が。。。ジェット戦闘機が通過していきました。F15かな。カッコいい。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
飛んでった-!右手の白肌が見える島は江田島。展望台から望む瀬戸内の景色はロケーションが素晴らしくて気持ちいい。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
絶景!瀬戸内海の多島美です。遠くに倉橋島が望める。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
望遠で。大島大橋南詰 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
JR山陽本線と大島大橋 ちょうど貨物列車が通過。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
JR山陽本線 大畠駅 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
船舶が行き交う。望遠で寄ってみた。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
周防大島町三蒲地区
かつては大島郡大島町・久賀町・橘町・東和町の4町からなっていましたが、2004年に4町は合併して周防大島町となり今に至ります。
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▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
またまた爆音が。。。近くの岩国に米軍基地があるからね。手持ち望遠瞬撮、したがってピンボケです。 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
グリーンステイながうら -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
笠佐島と対岸は柳井市伊保庄 -
▽飯の山展望台/山口県大島郡周防大島町
周防大島町小松・昔ながらの町並みが残る通りです。これから下山して向かいます。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
小松まで下りてきました。周防小松は周防大島の旧大島町の中心部で、島内でも数少ない平地部に開けた町です。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
本土に最も近い事から、古くから対岸の大畠と渡船で結ぶ、大島の玄関口として発展していました。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
昭和51年に大島大橋が開通して周防大嶋は本土と地続きになりますが、それでもなお島の玄関口である事には変わりません。
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▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
周防大島でも有数の在郷町として発展し、江戸時には毎月2度の市が立ちました。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
しかしその後対岸の柳井や大畠の市に押されて、年に三回のみの市立てとなりますが、それにかわって製塩業で小松は大きく発展します。
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▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
塩田開発は「開作」と呼ばれ、現在も開作の地名が残ります。この製塩業は北前船も呼び寄せ、小松の塩は北陸地方へと販路を拡大していきます。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
小松の町並みは屋代川河口の入江に沿って弓状に街村を形成。かつての塩田だったところは埋め立てられて学校や養魚場に姿を変えていました。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
残されている建物はそれほど歴史的な価値があるほど古いものではありませんが、製塩業で財をなした旧家でしょうか?大きな家が目立ちました。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
昔はメインストリートだったんだろうな。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
妙善寺 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
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▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
シャッター通りだな。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
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▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
売り物件 売れるのかな。 -
▽小松・昔ながらの町並み/山口県大島郡周防大島町小松
さてと帰るか。 -
▽国道188号の景色
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▽由宇駅/山口県岩国市由宇町南
由宇町は町ぐるみでカープを応援しています。
⇒山陽自動車道岩国インタON⇒広島高速3号線⇒帰宅 -
▽第1回忘年会
恒例の飲み会、第1回忘年会カンパーイ!前期高齢者年金生活トリオの忘年会です。 ( ^_^)/□☆□\(^_^ ) カンパーイ!☆ -
▽第1回忘年会
楽しいひとときです。もう50年が過ぎた。昔の友はいいもんです。 -
▽第1回忘年会
「第2回はいつにしようかね」と話しなどしながら…カンパーイ! -
▽第1回忘年会
いろいろ注文したのですが写真撮るのが面倒くさくなった。カンパーイ! -
▽第1回忘年会
〆はもちろんお好み焼き!友人たちは関西風ミックス玉とシーフード玉&ねぎトッピングを注文。 -
▽第1回忘年会
お好み焼 極める!いろは -
▽第1回忘年会
やっぱり広島と言えばカープとお好み焼きですからね。 -
▽第1回忘年会 前期高齢者年金生活トリオ
久しぶりに充実した一日でした。でも足腰が痛いよおー(_ _,)ゞ
THE END.
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