2019/11/21 - 2019/11/21
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Rin Tomitaさん
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奈良時代に行基が開創し、弘法大師が修行した地として伝えられている天野山金剛寺。
南朝の後村上天皇の行在所となるとともに、北朝の光厳・光明・崇光上皇も御座所としたことから、
一時南北両朝が同座するという稀有な歴史を有しています。
秋には枯山水の見事な庭園が紅葉に染まり、美しい自然を楽しむことができます。
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天野山金剛寺へ
金剛寺は大阪府河内長野市にある真言宗御室派の大本山である。山号は天野山。高野山が女人禁制だったのに対して女性も参詣ができたため、「女人高野」とも呼ばれる。 -
天の川の両側には真っ赤な紅葉
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天の川の両側には真っ赤な紅葉
奥河内の観光地の一つ。 大阪みどりの百選に選定されている。 -
重文の楼門
天野山金剛寺伽藍の楼門(国重要文化財)です。
治承元年(1171年)の建立です。。慶長年間1605年に大修理で改造
されました -
重文 食堂
天野殿とも言われています。
創建は鎌倉時代で、後醍醐天皇の跡を継いだ、後村上天皇が
1354年~1359年まで正殿として執務しました。この時には、
北朝の3上皇も天野山金剛寺本坊奥殿の辺りに幽閉されてい
ました。元は食事をしたり、研修をするための道場です。 -
食堂脇の紅葉が
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多宝塔
創建年代は不明です。しかし鎌倉幕府が開かれる前年の建久2年
(1191年)に修理を計画した記録が残り、この頃には既に建てられ
ていたと考えられています。
慶長10年(1605年)に豊臣秀頼の命により、大改造され修理が行
われています。(重要文化財)昭和13年の解体修理で、我が国最古
の多宝塔の形式を残した建物であることが判明しました。
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