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福建―江西―湖北<br />2019年11月7日<br /> <br />アモイに来てアモイ島の脇にある面積2平方に満たない小さな島、コロンス島、に泊まっています。島へはアモイ島から20分程度フェリーに乗って行くのですが、島内には車はありません。<br /><br />成田出発の飛行機が3時間も遅れたが、アモイに着いてからタクシーでフェリー乗り場に行き、フェリーにもすんなり乗れてコロンス島の船着き場までは順調でした。車はないとはいえ何らかの交通手段があると思っていたのが甘かった。人力車も三輪車も何もない!ホテルは船着き場から1.2キロだが小高い丘の上にある。覚悟を決めて歩き始めるが、先ずアモイ島に帰る団体客の群れに歩行を妨げられ、次には道が入り組んでおり迷ってしまう。30分ほどかけて青息吐息でやっとのことホテルについた。時間が遅くなるとレストランが閉まってしまうので、チェックイン後直ぐに近くレストランに行きハマグリを煮たのと野菜炒めを紹興酒で飲んで一息入れた。<br /><br />翌日街に向かって坂道を下ると、最初に印象に残ったのはリヤカーで重い荷物を引っ張って坂を上ってくる労働者達だった。自分も昨晩はスーツケースを引っ張り彼らと同じような顔をして歩いていたのだろう。<br /><br />古い西洋風の建築が島中にあり、特別な雰囲気です。一日は島から出て福建客家の土楼に行ってみました。アモイ島までフェリーで行き、そこから車でアモイ島を出て二時間半程行くと、雲水故鎮という川沿いにある綺麗な村のなかに土楼が沢山ある。五階建ての土楼の大きさには驚いた。今でも沢山人が住んでいる。コロンス島も福建の土楼も世界遺産になっている。行く途中はお茶、ザボン、バナナの農園が其処ら中にあり、4キロもあるザボンを売っていた。バナナもどう味が違うのか判らないが青いのと黄色いのと赤いのを売っている。<br /><br />中国の国共戦争の際、蒋介石を助けて共産軍の金門島への侵攻を妨げた日本の根本元陸軍中将という人の話を最近読んだ。自分の指揮する中国駐在の部隊が敗戦後、日本に引き上げる際に蒋介石が寛大な措置をしてくれたのに恩義を感じて、4-5人の自分の部下を連れて台湾に行き蒋介石の軍事顧問として働いた。当初、蒋介石はアモイ島で共産軍と戦うことを計画していた。根本氏はアモイでは共産軍を迎え撃つには地勢からして不向きという助言をして、アモイ島から8キロ先の金門島を迎撃の島として選んだ。ここで上陸した共産軍を叩き、その後も台湾支配と成ったままでいる。とはいえ今では中国にしてみれば台湾自体が中国の一部と考えているので、金門島をどうするといった問題は生じない。<br /><br />金門島には日本人は簡単にフェリーで行けるとのことだったが、時間がなくて行けなかった。その代わりアヘン戦争の際にドイツの技術協力で清政府が作ったアモイ島の胡里山砲台を見に行った。(そこから金門島は見渡せる)。確かに砲台の大砲は皆、海の方を向いており本土から攻めてくる共産軍には対応出来ないのかなぁ等と思っていました。コロンス島では日本領事館跡と西欧各国の領事館跡を全部見て回った.<br /><br />コロンス島四泊後ホテルを10時に出て武夷山に向かう。歩いてフェリーの乗り場まで20分、そこからフェリーを20分、アモイ島でタクシーに乗り高鉄の駅まで30分、武夷山までは3時間ちょっとで到着、駅でタクシーを拾って30分でホテルまで、夕方5時前に到着して全行程7時間でした。ホテル部屋のバルコニーからの景色は良い。早速近くのレストランに行き紹興酒を飲み食事、疲れました。<br />武夷山の町とその周り茶畑が沢山あり、ここで取れるお茶は岩茶と呼ばれウーロン茶の一種。大?袍というのが一番有名なブランドです。6,500円で200グラム程買ってみました。<br /><br />桂林の仇を皆に代表して武夷山で打った。<br />九曲渓という清流を川下りするのだが、武夷山では筏の年齢制限は無かった。<br /><br />仇というのは桂林へ友達四人で行ったときの事です。桂林は大変な人出で歩くのも苦労する。やっとのことで川べりの筏乗り場まで来たら、切符売りのおばさんが怖い顔をして70歳以上の老人は筏には乗れない規則だという。流石そこは商売、近くに電動カートの運転手がいて景色の良い岸辺まで案内するとのこと。まあ川の水面から見るも岸辺で見るのもさほど変わりないと諦めてカートに乗ることにした、という経緯があった。<br /><br />南昌までは高鉄で一時間半、武夷山を下って江西省の平野に出たら時速310キロ出ていました。<br />南昌のホテルはスイスグランドホテルで長江の支流の?河(贛-ガン)の脇にあり、34階の部屋からはこの川と8-1起義(民国時代に共産党が武装蜂起をした。)の名前を取った八一大橋が見渡せる。<br /><br />車を雇って中国で一番大きな湖、鄱阳湖(琵琶湖の四倍の大きさ)を見に行く。湖は地形が入り組んでいるので中々全景を見渡せない。また、まだ観光地としては開発されていないので道も設備も悪い。車が手配できない時はレンタカーを借り自分で運転していこうと思っていたが、止めて置いて良かった後々判った。<br /><br />鄱阳湖までの道は途中から県道になり、そこら中で工事をしている。狭い二車線の道で対向車が来るとどちらかが路肩に寄せなければならない。一部の工事中の道には籾を干していて片道通行になってしまう。鄱阳湖に着いてからだが、湖辺を回る細い道が矢張り工事中で片側が舗装されたばかりで、片側は砂利道になっている。その段差が30センチほどある。また舗装を最近したばかりなのか、舗装道路の上にどういうわけか布をかぶせている。前を走っていた軽トラックがその布を巻き上げてしまい車軸に絡まって動けなくなった。其の為対向車も含めて10数台の車が途中で止められてしまった。トラックの運転手達が車の下にもぐり絡まった布を30分ほどで取り出した。やっと開通したが、対向車がこちらの車線にも入ってきており、それらの車が車線を変えるには段差のないところまで戻らなければならない。何とか目的地には辿り着けました。<br /><br />市内に帰ってからは起義の記念碑がある八一広場に行ってみました。<br /><br />福建省から江西省に入り更に湖北省に来ました。江西省と湖北省の州境は九江という町で、近くには?山という名所があるようです。そこを過ぎた後は長江の近くを走るので水の景色が多くなるが、長江自体はほとんど見えなかった。福建では家の形が真四角で屋根瓦もなく、くすんだ色が多いが、江西の農家は普通の形の建物だが壁が白く屋根が赤か青といった綺麗な建物が沢山見える。江西という名の通り沿線には水が多い平地でほとんどが農地になっている。一方湖北に入ると工場らしき建物が多い。どこの町でも見受けるのは高層のアパートの建築中の景色である。いつも思うことだがこんなに作って住む人が本当にいるのかと疑問に思う。<br /> <br />武漢で高鉄を降りた際、この列車の終着駅は北京であることに気が付いた。今回は厦門から武漢まで7時間程かけてきたのだが、北京から厦門まで乗り換えなしで11時間程にて着くことが時刻表を見て判った。中国の鉄道網の発達には目を見張る。<br /> <br />武漢では武漢三鎮、漢陽-武昌-漢江、の武昌地区に泊まっています。市内の観光地は殆どこちら側です。名所の黄鶴楼の近くで窓からも見えるという話だった。しかし何と1-2キロ離れており他の建物に混ざって小さく見えている。まして長江などは全然見えない。武夷山と南昌のホテルの眺めが格別良かったということにして自分で慰めている。部屋は綺麗で。設備にも問題はない。何と言っても値段も南昌のホテルより大分安い。<br /> <br /> 武漢一の名所黄鶴楼公園に行く。黄?楼の五階まで登るのを躊躇していたら幸い70歳以上はエレベーターに乗れるとのことで、上から長江を見晴らせた。この公園内にはもう一つの塔、白雲閣、と岳飛の銅像と記念広場もある。<br /><br />長江と漢江の合流点に行きたかったので長江大橋沿いに走る渡し船に乗り長江の対岸(漢口)に行くことにする。渡し船の乗り場が三か所あり、事前に調べていたので正しい乗り場に行けて、変なところまで船で行ってしまうことは無かった。アモイ島も同じように何か所もフェリーの乗り場があり、何しろ三回もアモイ―コロンス島を往復したので要領が良くなった。漢口側の船着き場は漢江にチョット入ったところにあり、周りに何もない。川沿いに遊歩道があり其処を河口に向かうと合流点だった。勿論船は合流点を通って来たのだが。先には長江大橋が見えている。其処にある龍王廟という寺の三階からも合流点を見た。<br /><br />其れから又武昌地区に戻るタクシーを拾う。漢口―漢陽を結ぶ橋と長江大橋と、二つの橋を通り武昌地区に戻り、辛亥革命の武昌起義の記念館を見物してホテルに帰る。叉焼と当地の名物干麺でビールを一杯飲みました。10時に出て1時半には帰ってきて、タクシー代は全部で55元、渡し船2元、黄?楼公園での遊覧車10元でした。夕食は近くのレストランに行き白酒を飲みながら食ようと考えている。昨晩は白酒を頼んだら薬酒で養命酒のような味でまいりました。<br /><br />毛沢東が好んで四十四回も来たという東湖公園に行くことにした。ホテルからタクシーで15分、入り口で遊覧車の乗り放題の切符を20元で買う(定価は40元だが老人割引で半額)。この湖は河口湖の5倍、浜名湖の半分の広さで、遊覧車を4回乗り換えてどうやら一周したようだ。どこに何があるのかさっぱりわからず、もっぱら場所、場所で変化する湖の景色を見ているだけだった。都市内にある湖としては中国最大とのことだが、帰りの空港に行く道からも沢山の湖があり、武漢の面積の四分の一は湖とのこと。長江、漢江という大きな川が流れているせいでしょう。<br /> <br />今回の12日間の旅行の最終日は武漢から羽田へ直行便で帰ります。アモイ(コロンス島)四泊、武夷山二泊、南昌二泊、武漢三泊、無理せずゆっくりと五ヶ所の5A級と何か所かの4A級の名所を回った(世界遺産も三か所あった)。高鉄からの車窓の景色も楽しみ、白酒/紹興酒/ウイスキーを飲み中国料理食べて、快適なホテルに泊まり俗人の私には満足のいく旅でした。<br /><br />

福建ー江西ー湖北

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2019/10/26 - 2019/11/06

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wushilan

wushilanさん

福建―江西―湖北
2019年11月7日

アモイに来てアモイ島の脇にある面積2平方に満たない小さな島、コロンス島、に泊まっています。島へはアモイ島から20分程度フェリーに乗って行くのですが、島内には車はありません。

成田出発の飛行機が3時間も遅れたが、アモイに着いてからタクシーでフェリー乗り場に行き、フェリーにもすんなり乗れてコロンス島の船着き場までは順調でした。車はないとはいえ何らかの交通手段があると思っていたのが甘かった。人力車も三輪車も何もない!ホテルは船着き場から1.2キロだが小高い丘の上にある。覚悟を決めて歩き始めるが、先ずアモイ島に帰る団体客の群れに歩行を妨げられ、次には道が入り組んでおり迷ってしまう。30分ほどかけて青息吐息でやっとのことホテルについた。時間が遅くなるとレストランが閉まってしまうので、チェックイン後直ぐに近くレストランに行きハマグリを煮たのと野菜炒めを紹興酒で飲んで一息入れた。

翌日街に向かって坂道を下ると、最初に印象に残ったのはリヤカーで重い荷物を引っ張って坂を上ってくる労働者達だった。自分も昨晩はスーツケースを引っ張り彼らと同じような顔をして歩いていたのだろう。

古い西洋風の建築が島中にあり、特別な雰囲気です。一日は島から出て福建客家の土楼に行ってみました。アモイ島までフェリーで行き、そこから車でアモイ島を出て二時間半程行くと、雲水故鎮という川沿いにある綺麗な村のなかに土楼が沢山ある。五階建ての土楼の大きさには驚いた。今でも沢山人が住んでいる。コロンス島も福建の土楼も世界遺産になっている。行く途中はお茶、ザボン、バナナの農園が其処ら中にあり、4キロもあるザボンを売っていた。バナナもどう味が違うのか判らないが青いのと黄色いのと赤いのを売っている。

中国の国共戦争の際、蒋介石を助けて共産軍の金門島への侵攻を妨げた日本の根本元陸軍中将という人の話を最近読んだ。自分の指揮する中国駐在の部隊が敗戦後、日本に引き上げる際に蒋介石が寛大な措置をしてくれたのに恩義を感じて、4-5人の自分の部下を連れて台湾に行き蒋介石の軍事顧問として働いた。当初、蒋介石はアモイ島で共産軍と戦うことを計画していた。根本氏はアモイでは共産軍を迎え撃つには地勢からして不向きという助言をして、アモイ島から8キロ先の金門島を迎撃の島として選んだ。ここで上陸した共産軍を叩き、その後も台湾支配と成ったままでいる。とはいえ今では中国にしてみれば台湾自体が中国の一部と考えているので、金門島をどうするといった問題は生じない。

金門島には日本人は簡単にフェリーで行けるとのことだったが、時間がなくて行けなかった。その代わりアヘン戦争の際にドイツの技術協力で清政府が作ったアモイ島の胡里山砲台を見に行った。(そこから金門島は見渡せる)。確かに砲台の大砲は皆、海の方を向いており本土から攻めてくる共産軍には対応出来ないのかなぁ等と思っていました。コロンス島では日本領事館跡と西欧各国の領事館跡を全部見て回った.

コロンス島四泊後ホテルを10時に出て武夷山に向かう。歩いてフェリーの乗り場まで20分、そこからフェリーを20分、アモイ島でタクシーに乗り高鉄の駅まで30分、武夷山までは3時間ちょっとで到着、駅でタクシーを拾って30分でホテルまで、夕方5時前に到着して全行程7時間でした。ホテル部屋のバルコニーからの景色は良い。早速近くのレストランに行き紹興酒を飲み食事、疲れました。
武夷山の町とその周り茶畑が沢山あり、ここで取れるお茶は岩茶と呼ばれウーロン茶の一種。大?袍というのが一番有名なブランドです。6,500円で200グラム程買ってみました。

桂林の仇を皆に代表して武夷山で打った。
九曲渓という清流を川下りするのだが、武夷山では筏の年齢制限は無かった。

仇というのは桂林へ友達四人で行ったときの事です。桂林は大変な人出で歩くのも苦労する。やっとのことで川べりの筏乗り場まで来たら、切符売りのおばさんが怖い顔をして70歳以上の老人は筏には乗れない規則だという。流石そこは商売、近くに電動カートの運転手がいて景色の良い岸辺まで案内するとのこと。まあ川の水面から見るも岸辺で見るのもさほど変わりないと諦めてカートに乗ることにした、という経緯があった。

南昌までは高鉄で一時間半、武夷山を下って江西省の平野に出たら時速310キロ出ていました。
南昌のホテルはスイスグランドホテルで長江の支流の?河(贛-ガン)の脇にあり、34階の部屋からはこの川と8-1起義(民国時代に共産党が武装蜂起をした。)の名前を取った八一大橋が見渡せる。

車を雇って中国で一番大きな湖、鄱阳湖(琵琶湖の四倍の大きさ)を見に行く。湖は地形が入り組んでいるので中々全景を見渡せない。また、まだ観光地としては開発されていないので道も設備も悪い。車が手配できない時はレンタカーを借り自分で運転していこうと思っていたが、止めて置いて良かった後々判った。

鄱阳湖までの道は途中から県道になり、そこら中で工事をしている。狭い二車線の道で対向車が来るとどちらかが路肩に寄せなければならない。一部の工事中の道には籾を干していて片道通行になってしまう。鄱阳湖に着いてからだが、湖辺を回る細い道が矢張り工事中で片側が舗装されたばかりで、片側は砂利道になっている。その段差が30センチほどある。また舗装を最近したばかりなのか、舗装道路の上にどういうわけか布をかぶせている。前を走っていた軽トラックがその布を巻き上げてしまい車軸に絡まって動けなくなった。其の為対向車も含めて10数台の車が途中で止められてしまった。トラックの運転手達が車の下にもぐり絡まった布を30分ほどで取り出した。やっと開通したが、対向車がこちらの車線にも入ってきており、それらの車が車線を変えるには段差のないところまで戻らなければならない。何とか目的地には辿り着けました。

市内に帰ってからは起義の記念碑がある八一広場に行ってみました。

福建省から江西省に入り更に湖北省に来ました。江西省と湖北省の州境は九江という町で、近くには?山という名所があるようです。そこを過ぎた後は長江の近くを走るので水の景色が多くなるが、長江自体はほとんど見えなかった。福建では家の形が真四角で屋根瓦もなく、くすんだ色が多いが、江西の農家は普通の形の建物だが壁が白く屋根が赤か青といった綺麗な建物が沢山見える。江西という名の通り沿線には水が多い平地でほとんどが農地になっている。一方湖北に入ると工場らしき建物が多い。どこの町でも見受けるのは高層のアパートの建築中の景色である。いつも思うことだがこんなに作って住む人が本当にいるのかと疑問に思う。

武漢で高鉄を降りた際、この列車の終着駅は北京であることに気が付いた。今回は厦門から武漢まで7時間程かけてきたのだが、北京から厦門まで乗り換えなしで11時間程にて着くことが時刻表を見て判った。中国の鉄道網の発達には目を見張る。

武漢では武漢三鎮、漢陽-武昌-漢江、の武昌地区に泊まっています。市内の観光地は殆どこちら側です。名所の黄鶴楼の近くで窓からも見えるという話だった。しかし何と1-2キロ離れており他の建物に混ざって小さく見えている。まして長江などは全然見えない。武夷山と南昌のホテルの眺めが格別良かったということにして自分で慰めている。部屋は綺麗で。設備にも問題はない。何と言っても値段も南昌のホテルより大分安い。

武漢一の名所黄鶴楼公園に行く。黄?楼の五階まで登るのを躊躇していたら幸い70歳以上はエレベーターに乗れるとのことで、上から長江を見晴らせた。この公園内にはもう一つの塔、白雲閣、と岳飛の銅像と記念広場もある。

長江と漢江の合流点に行きたかったので長江大橋沿いに走る渡し船に乗り長江の対岸(漢口)に行くことにする。渡し船の乗り場が三か所あり、事前に調べていたので正しい乗り場に行けて、変なところまで船で行ってしまうことは無かった。アモイ島も同じように何か所もフェリーの乗り場があり、何しろ三回もアモイ―コロンス島を往復したので要領が良くなった。漢口側の船着き場は漢江にチョット入ったところにあり、周りに何もない。川沿いに遊歩道があり其処を河口に向かうと合流点だった。勿論船は合流点を通って来たのだが。先には長江大橋が見えている。其処にある龍王廟という寺の三階からも合流点を見た。

其れから又武昌地区に戻るタクシーを拾う。漢口―漢陽を結ぶ橋と長江大橋と、二つの橋を通り武昌地区に戻り、辛亥革命の武昌起義の記念館を見物してホテルに帰る。叉焼と当地の名物干麺でビールを一杯飲みました。10時に出て1時半には帰ってきて、タクシー代は全部で55元、渡し船2元、黄?楼公園での遊覧車10元でした。夕食は近くのレストランに行き白酒を飲みながら食ようと考えている。昨晩は白酒を頼んだら薬酒で養命酒のような味でまいりました。

毛沢東が好んで四十四回も来たという東湖公園に行くことにした。ホテルからタクシーで15分、入り口で遊覧車の乗り放題の切符を20元で買う(定価は40元だが老人割引で半額)。この湖は河口湖の5倍、浜名湖の半分の広さで、遊覧車を4回乗り換えてどうやら一周したようだ。どこに何があるのかさっぱりわからず、もっぱら場所、場所で変化する湖の景色を見ているだけだった。都市内にある湖としては中国最大とのことだが、帰りの空港に行く道からも沢山の湖があり、武漢の面積の四分の一は湖とのこと。長江、漢江という大きな川が流れているせいでしょう。

今回の12日間の旅行の最終日は武漢から羽田へ直行便で帰ります。アモイ(コロンス島)四泊、武夷山二泊、南昌二泊、武漢三泊、無理せずゆっくりと五ヶ所の5A級と何か所かの4A級の名所を回った(世界遺産も三か所あった)。高鉄からの車窓の景色も楽しみ、白酒/紹興酒/ウイスキーを飲み中国料理食べて、快適なホテルに泊まり俗人の私には満足のいく旅でした。

同行者
一人旅
交通手段
鉄道 タクシー 飛行機
旅行の手配内容
個別手配
  • 右から左に順番に:コロンス島菽庄花園、フェリーからのアモイの夜景、ザボン、土楼、<br />コロンス島のホテル、雲水故鎮、林氏公館、胡里山砲台、土楼の内部

    右から左に順番に:コロンス島菽庄花園、フェリーからのアモイの夜景、ザボン、土楼、
    コロンス島のホテル、雲水故鎮、林氏公館、胡里山砲台、土楼の内部

  • 九曲渓、武夷山茶畑、評茶、ホテルの部屋のデッキからの眺め<br />

    九曲渓、武夷山茶畑、評茶、ホテルの部屋のデッキからの眺め

  • ホテルの部屋からの眺め、八一起義記念碑、&#37169;陽湖

    ホテルの部屋からの眺め、八一起義記念碑、鄱陽湖

  • 黄鶴楼、辛亥革命記念公園、武漢熱乾麺と叉焼、江西の農家、漢江の船着き場、合流点、<br />長江大橋とフェリー

    黄鶴楼、辛亥革命記念公園、武漢熱乾麺と叉焼、江西の農家、漢江の船着き場、合流点、
    長江大橋とフェリー

  • 東湖公園、湖北風ラムチョップ、武漢三鎮<br />

    東湖公園、湖北風ラムチョップ、武漢三鎮

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