2006/10/24 - 2006/11/07
9位(同エリア174件中)
ユウジさん
3年ぶりに一人旅をする機会ができました。どこを訪れようかと悩んでいると、今まで南半球へ行ったことがないことに気づきました。どうせ行くなら、より南へ行こうという事で南米の南端・パタゴニアへ行くことにしました。
パタゴニアは自然・人・全てが自分が想像していた以上に素晴らしい場所でした。もし、パタゴニアに興味をもっている方であれば、多少の参考になるかもしれません。
⬇︎2回目のパタゴニア一人旅はこちらから
https://4travel.jp/travelogue/11550928
日程(2006年10月24日~11月7日)
10月24日
成田→アトランタ(デルタ航空)
アトランタ→サンティアゴ(デルタ航空)
10月25日
サンティアゴ→プンタアレーナス
(ラン航空)
宿泊:モンテカルロ(シングル、朝食付き、
シャワートイレ共有、9500チリペソ)
10月26日
プンタアレーナス→プエルトナタレス
(バスSUR、3000チリペソ)
宿泊:HOSTAL LA FRONTERA
(ドミトリー、朝食付き、
シャワートイレ共有、5000チリペソ)
10月27日
プエルトナタレス→エル・カラファテ
(バスCootra、10000チリペソ)
ロス・グラシアレス国立公園
ペリトモレノ氷河・バスツアー
(半日、80アルゼンチンペソ+入場料)
宿泊:GUERRERO(シングル、
シャワートイレ共有、
40アルゼンチンペソ)
10月28日
エル・カラファテ
ロス・グラシアレス国立公園
ウプサラ氷河などアルゼンティーノ湖・
船ツアー
(全日、180アルゼンチンペソ+入場料)
宿泊:GUERRERO
10月29日
エル・カラファテ
市内観光
宿泊:GUERRERO
10月30日
エル・カラファテ→プエルトナタレス
(パスCootra)
宿泊:HOSTAL LA FRONTERA
10月31日
プエルトナタレス
パイネ国立公園・バスツアー
(全日、20000チリペソ+入場料)
宿泊:HOSTAL LA FRONTERA
11月1日
プエルトナタレス
市内観光
宿泊:HOSTAL LA FRONTERA
11月2日
プエルトナタレス→プンタアレーナス
(バスFernandes、4000チリペソ)
宿泊:BLUE HOUSE
(シングル、シャワートイレ共有、
5000チリペソ)
11月3日
プンタアレーナス
オトウェイ、ペンギンバスツアー
(半日、7000チリペソ+入場料)
宿泊:BLUE HOUSE
11月4日
プンタアレーナス
お土産購入
宿泊:BLUE HOUSE
11月5日
プンタアレーナス→サンティアゴ
(ラン航空)
サンティアゴ→アトランタ(デルタ航空)
11月6日
アトランタ→成田(デルタ航空)
11月7日
成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
旅先の地図です。
-
10月24日
成田空港に着く。この場所に来るのも実に3年ぶりだ。懐かしさとともに海外へ行ける実感がようやくわいてくる。ここからアメリカのアトランタを経由しチリのサンティアゴ、さらにパタゴニア・プンタアレーナスへと35時間(乗り換え待ち時間含む)の長旅となる。出国の荷物検査の際、内ポケットに入れていたクレジットカードを体に挟んで破損させてしまうというミスはあったが、何とか無事(?)出発! 久しぶりに空からの景色を眺めてみる。誰よりも高いところから地上を見渡すのは気持ちがいい!やはりグーグルアースとは一味違うものだ。 -
しかし、空港での待ち時間はつらい。アトランタでは何と7時間待ち!入国審査を終え、ひたすら待つ。しかも、乗り継ぎだけのこの国の入国審査が一番厳しかったように感じた。まぁ、テロがあったので仕方がないのでしょうが…。
しかし、空港や飛行機というものは久しぶりに海外へ行く僕にとって、外国人慣れするためのリハビリ期間のような役目も果たしてくれる。簡単な英会話やちょっとした笑顔でもそのコミュニケーション方法は日本と微妙に異なってくる。口も回らず、オレンジジュースを頼んでもなぜかフィッシュアイという赤ワインが出てきたりするのだ。「今の自分はこんなものか」と思いながら、僕は笑顔でグラスを受け取る。 -
10月25日
サンチアゴに着く頃には体はくたくた、何だか、体に気持ちの悪さを覚えトイレに入りようやく第一回パンツ交換を取り計らう。ここから国内線をさらに4時間かけ、パタゴニア入り口の町プンタアレーナスの空港に到着するのである。パタゴニアは春から夏になろうとしている時期であり、予想していたよりは寒くは無い。恐らく、日本の11月ぐらいとあまり変わらないと思う。ただ風は凄まじく吹きすさんでおり、まっすぐ前に進めないほどだ。これが風の大陸パタゴニアの洗礼かと思いつつ、空港から町へ行くバスに乗り込む。 -
バスはどこで降りてよいか分らなかったので、最後まで乗っていたら町外れで下ろされた。歩いて町の中心部まで戻ると、この町が、町ではなく街であると認識できるような、栄えた場所であるという印象を受ける。宿探しをしてみるが、初め入った宿が満室だったので、そこで紹介してもらった街路樹沿いのモンテカルロという宿に泊まる。宿はは中心部という立地を考えれば9500チリペソ(2000円くらい)とまあまあといったところだ。僕はまだこの時、チリの物価というものをあまり把握できていなかったので、これでもとても安いと感心していた。
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10月26日
朝食を終え、プエルトナタレスに行くため、BUS・SUR社の事務所へ向かう。朝9時からの営業のようで、開店時間に行くが午後3時発以降のバスしか予約が空いていなかった。仕方なく、出発まで市内観光をすることにした。プンタアレーナスは格子状の街をしており、縦・横に一本ずつメインストリートがある。それぞれの通りに名称があり、方向音痴の僕でも迷うことは無い。 -
まずはせっかくなので、南米大陸の南端を流れるマゼラン海峡へ行く。何とも寂しげな景色であるが、しばし気持ちを落ち着け、海を眺めることにする。とはいえ、何時間も海でぼーっとしていてもしょうがないので、街へ行き博物館や広場などを見て回る。知らない街を歩くと見るものは次々に現れてくるものだ。ちょっとした町並みでも新鮮で、知らず知らずに時間は過ぎる。昼食を済まし、 一応、発車時刻の30分ぐらい前にバス会社にいくと既にバスは到着していた。
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指定された席に座り、バスが走り出す。街を抜けると、窓の外はすぐに草原一色となる。しばらく景色を眺め、もうすぐプエルトナタレスに到着だと思っていると、後ろの席に座るおじさんが「泊まるところはあるの?」というジェスチェーをしてくる。僕が首を横に振ると、「家で宿をやっているから泊まっていけば?」と言ってくれた。断るのもなんなんで、ありがたく誘いを受けることにする。この方はオトさんというそうで、今後の旅の予定を伝えると、明日のバスチケットも取ってくれるという。これは助かった!
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プエルトナタレスに着くと、オトさんの宿「HOSTAL LA FRONTERA」まで車で連れて行ってくれた。宿泊客は誰もいないが、次の日が丁度オトさんの長女カティーの20歳の誕生日のようで家族や友人などが10人ほど集まっていた。息子さん(こちらもオトさん、本人はリトル・オトと言っていた)は、英語が話せ、スーパーなどを案内してくれた。日の入りは9時過ぎなので10時くらいから、みんなで夕食を食べそのまま誕生日会へ突入した。
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10月27日
「フェリス、クンプレアニョス!(お誕生日おめでとうございます)」午前0時時キッカリに誕生日会は始まった。特にケーキや鶏肉があるなど派手なパーティーではないのだけど、家族がみんなで生まれたことを祝うということは日本ではあまり無いだけに、ほほえましく、とても幸せな瞬間だと思う。このような場にめぐり合えたことは、僕にとってもとてもうれしいことだ。 この後僕は男衆と『ストリートファイターZERO』をした。10年も前のゲームだが、「学生時代にゲームもしとくものだな」と初めてゲームをしていた事に感謝した。 気づくと3時ぐらいまで遊んでいたが、次の日8半時にカラファテ行きのバスが出発してしまうのでオトさんの勧めもあり、とりあえず寝ることにした。
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朝はオトさんにバス営業所の前まで連れていってもらった。バスに乗り込むとすぐに国境へ着く。大して厳しい出国審査が行われるわけではないのだが、バスの乗客全員なので結構時間はかかる。チリが終わり、バスに乗れば今度はすぐにアルゼンチンの入国審査だ。こちらもそれほど厳しいものではなかった。アルゼンチン内ではほとんど舗装された道路は無く、これ以降のろのろ運転になってしまう。しかし広大な草原は見ているだけでも心が洗われるようだ。5時間半にも及ぶバスの旅だったが、道路が舗装され始めるとまもなくエル・カラファテに到着した。
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カラファテにはバスター ミナルがあり、沢山の客引きがいた。僕はその中の1人、セルヒオの働く「ゲレロ(GUERRERO)」というユースホテルに泊まることにした。設備はキッチン、ロビー、洗濯機と一通りはそろっている。世界各国の旅行者が泊まっているようで、交流することが好きな人にはお勧めだ。セルヒオは、シーズン中に都会から働きに来ているようで、同じようにもう一人ダニエルという青年も働いていた。 僕はダニエルの勧めでいきなり15時発の「ペリトモレノ氷河ツアー」に行くことにした。
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このツアーは10人乗りぐらいのミニバスに乗ってロス・グラシアレス国立公園に入る。湖の近くまで来たら、浜を歩き氷河の近くまで行くという内容だ。氷河が徐々に大きく見えてくると、その圧倒的な存在感に見入ってしまう。氷河を様々な角度から眺めるのであるが、結構長時間いられるので、氷河の崩落を見ることも可能だ。 疲れて帰るとセルヒオとダニエルが心配してくれて夕食を作ってくれた。僕はその優しさに自分は大人になってもなんて情けないのだろうと反省してしまう。日が沈むとキッチンに旅行者が集まる。僕はフランスからの二人組みの若者とマテ茶を飲みながら話し、夜を更かしていった。
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10月28日
朝7時過ぎ、「ウプサラ氷河ツアー」の大型バスが宿の前に到着した。このバスでアルゼンティーノ湖まで行き、そこからチケットに書いてある番号別に4台のフェリーに乗り換えてウプサラなどの氷河を一日かけて回るというツアーである。僕はこのツアーの構成が良く分らなかったので隣の席のオーストラリア出身のジュリアさんに終始に渡って助けてもらった。彼女は世界一周をしているようで、片言の僕の英語にも真摯に答えてくれる良い人だ。 -
フェリーは一階に座席のある部屋があり、二階は部屋の外で氷河を見られるようになっている。しかし氷河を見ようにも乗客でごった返しているので、写真を撮るための場所取りは必死だ。しかも、船だけに風を切って走るので場所によっては非常に寒い。帽子や手袋などの防寒具が必要かもしれない。コースとしてはペリトモレノ、ウプサラ、スペガッツィーニの各氷河を回っていく。特に印象深いのはその高さが100Mを越えるスペガッツィーニ氷河である。周囲の山々と一体化した雄々しい景観は間近で見ると覆い被さってくるような迫力を受ける 。ただ、この辺りになると見るだけでなく、寒さを覚悟する我慢大会ともなってしまう…。
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しかし、そのような巨大な氷河だけがこのツアーの楽しみではない。その間にも小さな氷河は無数にあり、むしろそれらの方が青々と輝いている。僕の行った日は雪が降ったり、雨が降ったりで散々な天気だったが、それでも青く光っていた。これは『太陽光の青色の波長だけを反射するから青く見える』という事前の知識から行くと、曇りの中での景色にしては、少々その青さ加減に驚いた。晴れていればもっと青かったのだろうか?
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夜はセルヒオ、ダニエルに加え、新たにフランス・マルセイユ出身の親子とバーやディスコへ行った。海外で夜の街へ出るのは正直初めてだったが、沢山の人が盛り上がっている場所へ行くことも楽しいものだ。ディスコには若い人だけでなく様々な世代が入り混じっている。若者も壮年も陽気に踊るのだ。一方、僕は旅疲れで、だんだん眠くなる。アルゼンチンの夜は長いと聞くが確かに終わりが見えない。
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10月29日
今日は特に何もすることがないので、バスターミナルに明日のプエルトナタレス行きバスの予約に行く。するとセルヒオがいて、僕が「郷土料理が食べたい」と言うと、まるで普通の民家を思わせる家庭的なレストランへ連れて行ってくれた。このレストランを経営する家族の皆さんも食卓におり、そこに後からダニエルも加わり名物のアサード(バーベキューみたいな料理)をみんなで食べる。やはりバーベキューは大勢でわいわい食べる方がおいしいものだ。言葉は通じなくてもコミュニケーションは出来るし、島唄 を皆で歌うことも出来る。これが旅なのだ! 日本にいた時、僕はなぜ一人で焼肉屋に行ったりしていたのだろうか? -
午後はフラミンゴが現れると言う街外れの二メス湖へ行く。僕は遠目でフラミンゴを何回か見ていたので、ここで間近で見ようと思っていたが、肝心のフラミンゴ自体がいなかった。しかたなくカモなどを観察したり、柵に阻まれ敷地に入れない猫にちょっかいを出したりしていた。しかし、湿地帯であり、何かのフンが散らばっていたり(勿論、避けて行ったが)で随分靴を汚してしまった。
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10月30日
セルヒオとダニエルともお別れである。最後に別れを告げると、セルヒオが「空は繋がっている、ずっと友達だ」みたいなジェスチャーをする。思わず泣きそうになる。僕は初めてウルルン滞在期の気持ちが分った気がする。3日ですらこれほどの気持ちの高揚があるのだ。そりゃ、役者であっても本当の涙を流すのだろうと思う。沢山の思い出を胸に秘め僕はカラファテを後にする。 -
プエルトナタレスではまた、オトさんの「HOSTAL LA FRONTERA」に泊まる。もうすでにオトさんと長女のカティーしかいなかったが、とても温かく迎えてくれた。僕はこの日初めて海外で、日本にあてて手紙を出した。本当に届くか分らないが、今の気持ちを綴り我が家にも出したので楽しみに帰宅しようと思う。
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10月31日
朝7時よりパイネツアーに参加する。パイネとは1630平方kmという広大な面積を誇る自然公園である。ミニバスに10名ほどが乗り込み未舗装の砂利道を猛スピードで突っ走る。悪路に続く悪路ですぐに酔ってしまった。僕は日本では通常、車酔いなどしないのだが、それは舗装された道路での事なのだろう。 -
広い平原が続き、その中に狐やグアナゴ(鹿に似たラクダの一種)、ニャンドゥー(ダチョウの一種)などの野生動物が時折姿を見せる。雄大な景色はどこも日本では感じられない開放感であるが、特にパイネ屈指の滝・サルトグランデや湖越しのパイネグランデ山は絶景である。
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また、パイネにも規模は小さいがロス・グラシアレス同様、氷河が存在する。ここでは岸に流れ着いた氷河のかけらを手に取り観察することも出来る。『氷河は気泡が少なく透明度が高いために青の光だけを反射する』らしい。 なるほど納得だ!
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パイネから帰ってくると町はハロウィンであった。僕はハロウィンというものを初めて見たのでえらく感動した。静かな町もいつもより華やいで見える。宿にも何組かの子供が訪ねてきたので写真をとらせてもらった。なかなかレベルが高いものだ。
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11月1日
朝はオトさんが車で漁港や産業歴史博物館(PUERTO BORIES)を案内してくれた。プエルトナタレスでは魚を売っていえる場所を一切見かける事はなかったが、漁港に着くと思いのほか漁船であふれていた。一般の家庭で魚を食べる事は無いらしいが、レストランでは食べられるそうだ。産業歴史博物館は町から5KMほど離れているので歩いていくと、しんどいかもしれない。 -
プエルトナタレスは静かな町だ。プンタアレーナスのような大きな街ではないし、カラファテのような観光客でごった返す観光地でもない。日本の旅行ガイドなどにも何もない町だと書かれる始末である。しかし、ここには安らぎがある。一般市民の中の生活の中に溶け込み商店で買い物することや、静かに夕暮れの海を眺めることなど、日本人の好きな情緒にあふれる町であると思う。ゆっくり散策してみるのもいいかもしれない。
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11月2日
プエルトナタレスでの最後の日、いつも別れはつらいものだ。沢山の思い出をくれたオトさんや、カティー、この宿で知り合ったフランス人のロバートさん、セバスチャンさん(二人とも自転車でチリを周っているつわもの)にも別れを告げる。 最後の昼食、オトさんは郷土料理のスープを作ってくれ、カティは手紙を書いてくれた。しかし、僕にこれに答えられるスペイン語の知識は無い。そこで僕は二人の似顔絵を書くことにした。別に大して似ているわけではないのだけどこれが精一杯だ。プエルトナタレスよ、さようなら。 -
プンタアレーナスに着くと数人の客引きが待ち構えていた。この旅を通して、客引きに付いていったほうが充実した日々を送れていたので、とりあえずここで宿を決めることにする。「BLUE HOUSE」という宿の人が英語を話せたので、この人の車に乗り込み宿に向かう。けっして街の中心部ではないが歩いて5分もすれば繁華街に出られる。テレビもついて一泊5000チリペソと考えるとなかなか良い宿だと思う。
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11月3日
朝食で日系の血を引くチリ人家族と世界一周をしているイギリス人夫婦と一緒になった。日系の方は日本語は話せないが、先祖は大阪から来たタチバナさんというらしく、切腹の物真似をするなかなか愉快な方だった。僕はプンタアレーナスでは是非ペンギンを見たいと思っていたので話してみると、チリ人家族は次の日に行くようだったのでイギリス人夫婦とペンギンを見に行くことにした。 -
午後の4時ミニバスのツアーでオトウェイ湾というプンタアレーナス郊外にあるペンギン営巣地へ向かう。なんだか忙しいツアーで自由時間は1時間ほどだった。営巣地内の行き帰り時間を省くと、実際にペンギンを見たのは20分ほどしかない。種類はマゼランペンギンというようで、歩く姿はたどたどしくとてもかわいらしい。もちろん触ることは出来ないし、近づくことも出来ないが、僕はペンギン好きなので、自然の中で生きるペンギンを見れただけでも意味がある!
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11月4日
しかし、パタゴニアの物価は良く分らない。宿や交通費はとても安いが、外食をすると日本と同じくらい取られたりもする。輸送費とかが関係するのかもしれないが、この日も土産物屋にいくと、どうも値が張るものばかりが並んでいる。観光客向けの値段なのだろうか?何か、物価に合わないような気もする。どうせ一日暇なので、あせらず安い店はないか探してみようと思う。 -
街を歩き回ること数時間、ようやく東急ハンズのような雰囲気を持つ安い店を見つけられた。質は悪いのかもしれないがパタゴニアを思わせる容器やペンを土産物屋の5分の1ぐらいの価格で買えたので探したかいがあった(ただし、お土産の種類は数点しかない)。他にもチリの名産であるラピスラズリも店によって値段のばらつき方が凄まじい。質にこだわらなければいくらか安い大衆店が、街やサンティアゴ空港内にあったりするのだ。
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11月5日
パタゴニア最後の日、宿のオーナーに別れを言いに行くが、客引きに行っていていないようだ。何も言わず去るのは残念だったが、置手紙をして空港へ向かうことにした。宿を後にしたものの、実は空港行きのバスの乗り方が分らない。仕方が無いので、海外で初めてのタクシーを利用することにする。メーターが動いていなかったので多少ぼったくられるのかと思っていたけど、5000チリペソだったので、ただ空港行きの固定料金が決まっていただけだったのだと思う。 -
パタゴニアからついに離れる時が来た。ここから、また空を延々と移動し、日本につくのは11月7日となる。思うと、これほどまでに、この地にまだいたいと思った旅は初めてだ。空港を進む度に思い出がよみがえる。沢山の景色があり、出会いがあり、感動があった。全てをここで書き表すことは僕にはとても出来ない。ただ、人はまだまだ優しく尊敬できる存在で、そして自分はまだまだこれからの存在だと教えてくれた旅だった!これからも一歩一歩、歩んでいこう。
「ありがとう、パタゴニア!!」
最後まで読んでくれた皆様、ありがとうございます!少しでもパタゴニアに興味を持っていただければ幸いでございます。
↓2回目パタゴニアの旅はこちらから
https://4travel.jp/travelogue/11550928
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この旅行記へのコメント (2)
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- olive kenjiさん 2022/06/18 07:45:31
- 地球の裏側での人情物語
- ユウジさん 初めまして 私の直島旅行記にいいね有難うございました。
沢山いい所へ行かれているので、何処を読もうかと迷っていましたが、何時かは行ってみたいパタゴニア旅行記を読み始めました。
驚きました。素晴らしい旅行記です。
最近の私は4トラの気の合った仲間たちの旅行内容より、人柄を楽しんでいます。
そんな中、本格的な格調高き旅行記に遭ったように思っています。
特にこのパタゴニア記では、旅の中で会った人たちとの交流と暖かい友情を感じざるを
得ませんでした。またユウジさんが描かれた似顔絵の数々がなんと素敵でしょうか。
これぞ、本当の心籠ったプレゼントかと思います。
私に絵の才能が有れば、この様な事を真似したくなりました。
2年後の再訪問記も良かったです。正に世界の果てまで行く義理人情旅行記でございます。
パタゴニアは遠い地と思っていましたが、すんなりと2回も行ってしまう雄二さんを見ていると、そんなに深く考えなくてもいいのかなと思ったりしています。
本当に久しぶりに秀作の旅行記を読まさせて頂き有難うございました。
これからもよろしくお願い申し上げます。
- ユウジさん からの返信 2022/06/18 20:58:00
- 嬉しいコメントありがとうございます(^^)
- olive kenjiさん
嬉しいコメントありがとうございます(^^)
パタゴニアは私にとってはかけがえのない場所でしたので、olive kenjiさんから、身に余る素敵なコメントをいただけてとても光栄に思います。
旅行記の文章は、15年前に書いたものになりますが、パタゴニアは、人も自然も本当に素晴らしく、とても良い思い出となっています。
いつの間にか月日は経ってしまいましたが、olive kenjiさんから素敵なコメントをいただき、当時の情景や気持ちがよみがえってくるようで、私も力をいただいた思いです。
olive kenjiさんの旅行記もいくつか読まさせていただきました。バックパッカーとしての半年間のヨーロッパの旅は凄いですね。当時は今より旅の条件ははるかに大変で、盗難などご苦労もあった中で、ソ連からモロッコまでも各都市でそれぞれの人と素敵な出会いがあり、たくさんの思い出の詰まったドラマチックな旅でした。
私もまた旅の素晴らしさに気づかされた気がします。
これからもよろしくお願いします。
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