2019/09/14 - 2019/09/14
51位(同エリア75件中)
ちふゆさん
キングストン市内は、さほど観光するようなところは多くなく、また治安的に近づいては行けない地域も多く、行けるところは一通り行ったのだが、1ヶ所、隣りを通ることはあったが、寄ったことのなかったところがあったので、週末の買物の帰りに寄ってみた。
ハーフウェイツリー(Halfway Tree)にあるセントアンドリュー教区教会(St. Andrew Parish Charch)。1664年に設立され、ジャマイカで最も古い教会の1つ。1870年に英国国教会(Anglican Church)への国の庇護が打ち切られるまでは、教区唯一の英国国教会で、いわば教区の公式教会だった。
セントアンドリュー教区は首都キングストン(Kingston)をキングストン教区と共に構成する教区(Parish)で、キングストン教区の北側に位置する。1655年のイギリス(イングランド)のジャマイカ侵攻直後の61年から64年の間に作られた最初の教区の一つで、元々はジャマイカ先住民のアラワク族(Arawak)の言葉でトカゲを意味するイグアナ(Iguana)に由来するリグアネア(Liguanea)と呼ばれていた。現在もリグアネアは平野の名前や道路の名前に残る。
1867年に法律で制定された最初の教区の一つで、正式に現在の名前となった。名前はスコットランドの守護聖人、セントアンドリュー(St. Andrew)に由来している。キングストンの発展と共に、裕福な市民がこの教区にあったペン(Pen)を購入し、住むようになった。ペンとはもともとは家畜を飼っていた農場を指し、現在もジャマイカには多くのペンがつく地名が残る。
州都はハーフウェイツリー(Halfway Tree)だが、1923年にキングストン教区と共通の市長と市議会を持つ「キングトン及びセントアンドリュー共同体(Kingston and St Andrew Corporation, KSAC)」の設立が可決され、行政上はキングストン教区と合併されている。この教区のニューキングストン(New Kingston)地域が行政や商業の中心で、教区としての人口は約57万人(キングストン市としては約66万人)。
1644年にセントアンドリュー教区教会が建てられたのは、現在の場所から少し離れた、今はデボンハウス(Devon House)が建つ辺りだった。しかしハリケーン(Hurricane)によって破壊され、1684年までに再建されたが、1692年の地震で再び破壊された。その後、今の敷地に建て直され、1700年に完成した。1879年には大幅に改装され、拡大されていった。1907年にも地震で被害を受け、改修が行われた。内部のステンドグラスは1879年に作られたものだが、この教会の特徴になっている。2003年に国定史跡(National Monument)に指定されている。ハーフウェイツリー教会(Halfway Tree Church)とも呼ばれる。確かに思ってたより(失礼)立派。ステンドグラスは本当にきれいだし、壁に飾られてる多くの碑もムチャ雰囲気ある。
教会の奥にある墓地は、ジャマイカで継続的に利用されている最大の民間墓地。ジャマイカの歴史と重要なつながりを持つ人々の名前を冠した墓石が置かれており、ジャマイカの歴史を示すショーケースとも云える。デボンハウスを建てたジャマイカ人初の黒人億万長者、ジョージ・スティーベル(George Stiebel)の墓もあるそうだ。広いし、立派。結構壊れかけてるものがあるのは残念。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3201431923260143&type=1&l=8a89379cb0
ついでに何度も来てるがハーフウェイツリー辺りを何枚かパチリ。この辺りはアップタウンとダウンタウンの中間地点と呼ばれている。スペイン植民地時代から、首都であったサンティアゴ・デ・ラ・ベガ(Santiago de la Vega=今のスパニッシュタウン(Spanish Town))と島の北部のセントメアリー(St. Mary)や北東部のセントジョージ(St. George=今はポートランド(Portland)の一部)との重要な中継地点で、大きな綿の木があり、その木陰で旅人たちに食べ物を提供する店があったと云う。
イギリス侵攻後にポートロイヤル(Port Royal)が実質上の首都となり、そして1692年の大地震で壊滅後はキングストン(Kingston)が拓かれ、南方向への往来も増え、4方向への分岐点の、道半ばにある木と云うことでハーフウェイツリーと呼ばれるようになった。その後この辺り一帯は1707年に法務長官として赴任したロバート・ホチキン(Robert Hotchkyn)一家の所有地となり、130年ほどはハーフウェイツリーペン(Halfway Tree Pen)と呼ばれていた。ちなみにこの綿の木は1866年に枯れて撤去され、代わりに現在も交差点に残る時計台が1913年に代わりのシンボルとして建設された。
現在は、ジャマイカの渋谷と呼ぶ人もいるような繁華街で、バスターミナルがあり、多くのショッピングモールが並び、交差点には大型ビジョンもある。かと云って、洗練されてるかと云うとまったくそんなことはなく、屋台も多く出ており、非常にジャマイカ的。もともとはダウンタウン(Down Town)地区やその北のクロス・ロード(Cross Road)地区の方が栄えていたのだが、治安の悪化に伴い、ここが一番の繁華街となった。ただし、ここも油断すると危ない。
バスターミナル(Halfway Tree Tranceport Center, HWT TC)は08年初めに開業し、この地域を横断するすべてのジャマイカ都市交通会社(JUTC)バス60路線用の29のバス停が置かれ、キングストンの中央ターミナルとなっている。チケット売場やコントロールルームの他、17の店舗、6つのキオスクやフードコート、JUTCのオフィスビルも立派なターミナル。政府とベルギー商業銀行(Commerce Bank of Belgium)の資金提供により建設された。私も車がなかった時代には何度か利用した。まあまともなバスターミナル。
北に延びるのはコンスタントスプリングロード(Constant Spring Road)で現在はA3国道となっているが、セントメアリーの北海岸の町アノットベイ(Annotto Bay)まで続いている。その名前は砂糖のプランテーションに溢れ出し、コンスタントに丘を越え、現在はゴルフコースがあるところを抜けてリグアネア平野(Liguanea Plains)に注ぐ流れの源の泉に由来している。道の両サイドにはトロピカルプラザ(Tropical Plaza)やパークプラザ(Park Plaza)、パビリオンモール(Pavillion Mall)、スプリング(The Springs)、ヴィレッジプラザ(Village Plaza)など多くのショッピングモールの他、大型店、銀行支店、ファーストフォードなどが並んでいる。私はこの辺りではあまり買物はしたことがないが、店が多過ぎて探すのが大変。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.3201451796591489&type=1&l=8a89379cb0
以上
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