ベトナム旅行の3日目。ミーソン遺跡からホイアンの街歩きおよびダナンからハノイへの旅程。

ベトナム旅行記(3日目)

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2011/06/25 - 2011/06/29

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パンダ番長

パンダ番長さん

ベトナム旅行の3日目。ミーソン遺跡からホイアンの街歩きおよびダナンからハノイへの旅程。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
ショッピング
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円

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  • <ゴールデン・サンド・リゾートホテルでの朝と朝食><br />朝5時半前に起床。<br />いつもなら、この状態でもう少し寝る事が多いが、今日は直ぐ起き、顔を洗う。<br />そして、部屋着のまま、部屋にあるベランダに出る。外はまだ少し暗いが、もう直ぐ日の出の時間である。少し明るくなったのを確認し、部屋を出て、ホテル内を散策する事にした。<br />時刻は5時45分頃である。<br />

    <ゴールデン・サンド・リゾートホテルでの朝と朝食>
    朝5時半前に起床。
    いつもなら、この状態でもう少し寝る事が多いが、今日は直ぐ起き、顔を洗う。
    そして、部屋着のまま、部屋にあるベランダに出る。外はまだ少し暗いが、もう直ぐ日の出の時間である。少し明るくなったのを確認し、部屋を出て、ホテル内を散策する事にした。
    時刻は5時45分頃である。

  • 部屋を出て、まずはホテルのプライベートビーチに向かう。宿泊棟の間を抜け、ホテル本館裏にあるプールの脇を通り、ホテルのプライベートビーチに出る。<br />丁度、朝日が海岸線に昇りかけている。こんな朝早い時間にも関わらず、既に幾人かの宿泊客が海岸で泳いでいる。<br />海岸に出ると、多くのビーチパラソル風の木傘が並び、その下には椅子が置かれている。<br />綺麗な砂浜が続く海岸線は波も穏やかで、泳ぎ易そうなところである。泳げない私でも海水パンツを持ってくれば良かったと思う様な海岸である。<br />

    部屋を出て、まずはホテルのプライベートビーチに向かう。宿泊棟の間を抜け、ホテル本館裏にあるプールの脇を通り、ホテルのプライベートビーチに出る。
    丁度、朝日が海岸線に昇りかけている。こんな朝早い時間にも関わらず、既に幾人かの宿泊客が海岸で泳いでいる。
    海岸に出ると、多くのビーチパラソル風の木傘が並び、その下には椅子が置かれている。
    綺麗な砂浜が続く海岸線は波も穏やかで、泳ぎ易そうなところである。泳げない私でも海水パンツを持ってくれば良かったと思う様な海岸である。

  • 暫く、この海岸で海を眺めていたが、更にホテル内を散策する事にした。<br />さすがにプールにはまだ誰もいない。そのプールを抜け、本館内を通り、私の宿泊した反対側の宿泊棟に行くが、同じ様な建物が並ぶだけであった。<br />その中にスパ施設もある様だが、何処なのかは良く判らない。<br />時刻は6時10分を過ぎているので、ここで部屋に戻る事にした。その途中で大きな駐車場脇からこのホテルの正面玄関外に出る。ホテル前は整地工事の最中で、殺風景である。<br />再びホテル敷地内に戻り、私の部屋のある宿泊棟に戻る。部屋に戻ったのは、6時15分頃である。<br />もう少しで朝食が食べられる時間である。今日は集合時間も少し遅いので、朝食も少し遅めに行く事にする。部屋で少しテレビを見ながら、時間を潰す。<br />6時45分を過ぎたところで再び部屋を出て、朝食を食べに行く。<br />

    暫く、この海岸で海を眺めていたが、更にホテル内を散策する事にした。
    さすがにプールにはまだ誰もいない。そのプールを抜け、本館内を通り、私の宿泊した反対側の宿泊棟に行くが、同じ様な建物が並ぶだけであった。
    その中にスパ施設もある様だが、何処なのかは良く判らない。
    時刻は6時10分を過ぎているので、ここで部屋に戻る事にした。その途中で大きな駐車場脇からこのホテルの正面玄関外に出る。ホテル前は整地工事の最中で、殺風景である。
    再びホテル敷地内に戻り、私の部屋のある宿泊棟に戻る。部屋に戻ったのは、6時15分頃である。
    もう少しで朝食が食べられる時間である。今日は集合時間も少し遅いので、朝食も少し遅めに行く事にする。部屋で少しテレビを見ながら、時間を潰す。
    6時45分を過ぎたところで再び部屋を出て、朝食を食べに行く。

  • ホテルの本館内のレストランでの朝食である。レストラン入口には白のアオザイに黒のパンツの女性が出迎えてくれる。<br />  <br />カードキーを見せ、レストラン内に案内される。好きなテーブルに座り、料理を取りに席を立つ。<br />もうすっかり明るくなり、プールにも宿泊客が泳いでいる。<br />料理は西洋風のバイキングで、お決まりの料理が並ぶ。いつもの様に野菜サラダやソーセージ、ハムなどと少しだけベトナム料理を取り、席に戻る。<br />  <br />

    ホテルの本館内のレストランでの朝食である。レストラン入口には白のアオザイに黒のパンツの女性が出迎えてくれる。

    カードキーを見せ、レストラン内に案内される。好きなテーブルに座り、料理を取りに席を立つ。
    もうすっかり明るくなり、プールにも宿泊客が泳いでいる。
    料理は西洋風のバイキングで、お決まりの料理が並ぶ。いつもの様に野菜サラダやソーセージ、ハムなどと少しだけベトナム料理を取り、席に戻る。

  • 席に戻るとウェイトレスが珈琲か紅茶かを聞くので、珈琲を貰う事にした。その珈琲を持って来てくれたウェイトレスが話かけて来る。<br />英語でどこからきたのかと尋ねて来るので、“from Japan”と答えると、驚いた様な顔をしてから、<br />「You face is so like to us.」と言い、席を離れる。私がベトナム人に見えた様である。<br />私はその後レストラン外のホテルのプールなどで遊ぶ子供達を眺めながらゆっくりと、食事を進める。ここでもレストラン内に屋台があり、フォーを希望する客に作ってくれる。<br />そのフォーを最後に食べる。ここのフォーは、非常にポピュラーなもので、牛肉を軽く湯通しした具と香草などが乗った平たい米麺である。<br />スープはあっさりとした鶏がらベースのスープで非常に食べ易い。<br />  <br />これを食べ終わり、最後に果物を食べ、食事を終える。時刻は7時50分である。<br />非常にのんびり食事を取った。食事の後、再びプールサイドに行き、暫くの間、海岸の風景などを楽しんだ後、部屋に戻る。今日は、出発も遅く、朝が非常にゆっくり出来る。<br />

    席に戻るとウェイトレスが珈琲か紅茶かを聞くので、珈琲を貰う事にした。その珈琲を持って来てくれたウェイトレスが話かけて来る。
    英語でどこからきたのかと尋ねて来るので、“from Japan”と答えると、驚いた様な顔をしてから、
    「You face is so like to us.」と言い、席を離れる。私がベトナム人に見えた様である。
    私はその後レストラン外のホテルのプールなどで遊ぶ子供達を眺めながらゆっくりと、食事を進める。ここでもレストラン内に屋台があり、フォーを希望する客に作ってくれる。
    そのフォーを最後に食べる。ここのフォーは、非常にポピュラーなもので、牛肉を軽く湯通しした具と香草などが乗った平たい米麺である。
    スープはあっさりとした鶏がらベースのスープで非常に食べ易い。

    これを食べ終わり、最後に果物を食べ、食事を終える。時刻は7時50分である。
    非常にのんびり食事を取った。食事の後、再びプールサイドに行き、暫くの間、海岸の風景などを楽しんだ後、部屋に戻る。今日は、出発も遅く、朝が非常にゆっくり出来る。

  • 旅行カバンに昨日購入した土産類を詰め込み、なるべく持ち歩くものを少なくする。<br />少し早いが、8時40分過ぎに部屋を出て、ホテルの本館部分に向かう。ホテルフロント前に到着すると、ホテルのボーイが荷物を預かってくれ、ソファで待とうとすると、丁度、ホテル玄関にタヌンさんが、現れた。<br />ソファ前でタヌンさんが、来るのを待ち、まだチェックアウトを行っていない事を告げ、いっしょにフロントへ向かう。<br />フロントでチェックアウトを済ませ、少し早いが車に移動する事になった。<br />旅行カバンを預けたホテルのボーイのところに行くと、ボーイがそのまま車まで荷物を運んでくれ、車に乗り込む。今日も天気は快晴に近く、非常に暑くなりそうである。<br />

    旅行カバンに昨日購入した土産類を詰め込み、なるべく持ち歩くものを少なくする。
    少し早いが、8時40分過ぎに部屋を出て、ホテルの本館部分に向かう。ホテルフロント前に到着すると、ホテルのボーイが荷物を預かってくれ、ソファで待とうとすると、丁度、ホテル玄関にタヌンさんが、現れた。
    ソファ前でタヌンさんが、来るのを待ち、まだチェックアウトを行っていない事を告げ、いっしょにフロントへ向かう。
    フロントでチェックアウトを済ませ、少し早いが車に移動する事になった。
    旅行カバンを預けたホテルのボーイのところに行くと、ボーイがそのまま車まで荷物を運んでくれ、車に乗り込む。今日も天気は快晴に近く、非常に暑くなりそうである。

  • <今日の最初の観光地ミーソン遺跡への道程><br />車はホテルを出発し、ホテル前の道を走り始める。そこでタヌンさんが、「この前は川でしたが、今その川を埋め立ててホテルを建てる計画になっています。」と教えてくれる。<br />車からその工事現場を見ると、確かに道から見えている100m程先にその川の一部がまだ見えている。この辺りも大きなホテルが並ぶリゾート地に成りかけている。<br />車は昨日渋滞していた橋を渡り、ホイアンの街中へ向かう。そして、少し街に差し掛かった辺りで方向を変えて、再びホイアンの街郊外を走り始める。<br />今日最初の観光地はミーソン遺跡である。ホイアンから約1時間強で行ける予定である。<br />ここで今日行くミーソン遺跡について少し言及すると、ミーソン遺跡はホイアンの南西約40kmのところにあるチャンパ王国の聖地だった場所である。四方を山に囲まれ、北に聖山のマハーパルヴァタが聳える盆地の中央に位置する遺跡である。<br />車はホイアン郊外の田園地帯を走る。丁度、1回目の収穫を終え、次の田植えを待つ田んぼが多く、その田んぼには既に水が蓄えられている。<br />この様な光景が続く中を車が走る。中には大きな蓮の畑も見える。<br />ベトナムでは蓮は日本の蓮根だけでなく、花は勿論、その茎や実なども食材としても多く使われ、重要な作物のひとつなのだと言う。<br />今は丁度、蓮の綺麗な花が咲いている時期で、その畑は非常に綺麗である。<br />暫くすると、線路が左手に見えて来る。どこに繋がる線路なのかは判らない。そして、小さな村に差し掛かる。この村はタヌンさんの説明によると、唐辛子の栽培が盛んに行われていると言う。<br />村の中を走ると、家の前に蓆を引き、その上に赤い唐辛子が寧ろ、一杯に敷き詰められているのが見える。天日干しを行っている様だ。<br />その村を過ぎると、少し山間に入る。周りに木々が増えて来る。まだジャングルの中とは言えないが、少しずつ増えて来る。更に進むと、本当にジャングルの様な中の道を走り始める。<br />すると前方右手に近代的な建物が見えて来た。ここがミーソン遺跡の入口である。その建物の奥には橋が見えている。<br />その建物の前で車が止まる。ここでタヌンさんが、「入場手続きを行ってきます。少しお待ち下さい。」と言い、車を降り、その建物に向かう。<br />暫く待った後、タヌンさんが車に戻り、再び車が動き出し、前方に見えている橋に向かう。橋の入口に検問があり、そこでタヌンさんが入場書を見せる。<br />橋を渡り、更にジャングルの中に造られた細い石畳の道を行く。<br />タヌンさんに、「ここからまだ遺跡までは大分あるのですか?」と尋ねると、「まだ大分あります。この道が完成して遺跡に非常に行き易くなりました。」と言う。<br />その言葉通り、その道をかなり奥まで車で走る。そして、暫く走ると石畳の道が途切れ、その近くには既に数台の車が止まっている。その場所で我々の車も止まり、ここで車を降りる。<br /><br /><ミーソン遺跡の見学><br />時刻は10時過ぎである。<br />ここからは徒歩で行くのである。タヌンさんに再び、「まだここから大分歩くのですか?」と尋ねると、「少し歩きますね!」と答えが返ってくる。最初は少し上り道で、そこを過ぎると坂を下る。<br />坂を下る途中の木々の隙間から右手の上方に遺跡の一部が見えて来る。<br />

    <今日の最初の観光地ミーソン遺跡への道程>
    車はホテルを出発し、ホテル前の道を走り始める。そこでタヌンさんが、「この前は川でしたが、今その川を埋め立ててホテルを建てる計画になっています。」と教えてくれる。
    車からその工事現場を見ると、確かに道から見えている100m程先にその川の一部がまだ見えている。この辺りも大きなホテルが並ぶリゾート地に成りかけている。
    車は昨日渋滞していた橋を渡り、ホイアンの街中へ向かう。そして、少し街に差し掛かった辺りで方向を変えて、再びホイアンの街郊外を走り始める。
    今日最初の観光地はミーソン遺跡である。ホイアンから約1時間強で行ける予定である。
    ここで今日行くミーソン遺跡について少し言及すると、ミーソン遺跡はホイアンの南西約40kmのところにあるチャンパ王国の聖地だった場所である。四方を山に囲まれ、北に聖山のマハーパルヴァタが聳える盆地の中央に位置する遺跡である。
    車はホイアン郊外の田園地帯を走る。丁度、1回目の収穫を終え、次の田植えを待つ田んぼが多く、その田んぼには既に水が蓄えられている。
    この様な光景が続く中を車が走る。中には大きな蓮の畑も見える。
    ベトナムでは蓮は日本の蓮根だけでなく、花は勿論、その茎や実なども食材としても多く使われ、重要な作物のひとつなのだと言う。
    今は丁度、蓮の綺麗な花が咲いている時期で、その畑は非常に綺麗である。
    暫くすると、線路が左手に見えて来る。どこに繋がる線路なのかは判らない。そして、小さな村に差し掛かる。この村はタヌンさんの説明によると、唐辛子の栽培が盛んに行われていると言う。
    村の中を走ると、家の前に蓆を引き、その上に赤い唐辛子が寧ろ、一杯に敷き詰められているのが見える。天日干しを行っている様だ。
    その村を過ぎると、少し山間に入る。周りに木々が増えて来る。まだジャングルの中とは言えないが、少しずつ増えて来る。更に進むと、本当にジャングルの様な中の道を走り始める。
    すると前方右手に近代的な建物が見えて来た。ここがミーソン遺跡の入口である。その建物の奥には橋が見えている。
    その建物の前で車が止まる。ここでタヌンさんが、「入場手続きを行ってきます。少しお待ち下さい。」と言い、車を降り、その建物に向かう。
    暫く待った後、タヌンさんが車に戻り、再び車が動き出し、前方に見えている橋に向かう。橋の入口に検問があり、そこでタヌンさんが入場書を見せる。
    橋を渡り、更にジャングルの中に造られた細い石畳の道を行く。
    タヌンさんに、「ここからまだ遺跡までは大分あるのですか?」と尋ねると、「まだ大分あります。この道が完成して遺跡に非常に行き易くなりました。」と言う。
    その言葉通り、その道をかなり奥まで車で走る。そして、暫く走ると石畳の道が途切れ、その近くには既に数台の車が止まっている。その場所で我々の車も止まり、ここで車を降りる。

    <ミーソン遺跡の見学>
    時刻は10時過ぎである。
    ここからは徒歩で行くのである。タヌンさんに再び、「まだここから大分歩くのですか?」と尋ねると、「少し歩きますね!」と答えが返ってくる。最初は少し上り道で、そこを過ぎると坂を下る。
    坂を下る途中の木々の隙間から右手の上方に遺跡の一部が見えて来る。

  • そして、その坂を下ったところに建屋が見えて来る。その建屋のところまで行くと、ジャングルが開け、その先に遺跡群が見えている。ここがこのミーソン遺跡の中心的なエリアの様だ。<br />その建屋前にはこのミーソン遺跡の全体図が描かれている。<br />遺跡は、幾つかの遺跡群に分けられ、その遺跡群がアルファベットでグループになっている。<br />今我々のいる場所は、グループBとC、Dが残る一帯である。その遺跡群を見えて廻る。ここがメインの場所なのか、多くの観光客が既に来ている。<br />ここまで来るのに少し歩いたせいか、ここで立ち止まり、遺跡群を見ていると急に汗が吹き出て来る。<br />  <br />歩いている時は、然程汗は気にならないが、立ち止まると気になり、ハンカチを取り出し、その汗を拭う。タヌンさんがある遺跡の前で立ち止まり、このミーソン遺跡の説明を始める。<br />「このミーソン遺跡はチャンパ王国の7世紀から13世紀に建てられたレンガ造りの建物が残る遺跡で、チャンパ王国の宗教儀式を行う場所でした。4世紀後半にチャンパの王がシヴァ神を祀った木造の祠堂を建てた事に始まり、その後火災などでその祠堂はなくなりましたが、7世紀にはレンガを使用し、再建されました。<br />今現在、残っている遺跡は、8世紀から13世紀末までに建てられた70棟を超える遺構がジャングル内に残っています。<br />

    そして、その坂を下ったところに建屋が見えて来る。その建屋のところまで行くと、ジャングルが開け、その先に遺跡群が見えている。ここがこのミーソン遺跡の中心的なエリアの様だ。
    その建屋前にはこのミーソン遺跡の全体図が描かれている。
    遺跡は、幾つかの遺跡群に分けられ、その遺跡群がアルファベットでグループになっている。
    今我々のいる場所は、グループBとC、Dが残る一帯である。その遺跡群を見えて廻る。ここがメインの場所なのか、多くの観光客が既に来ている。
    ここまで来るのに少し歩いたせいか、ここで立ち止まり、遺跡群を見ていると急に汗が吹き出て来る。

    歩いている時は、然程汗は気にならないが、立ち止まると気になり、ハンカチを取り出し、その汗を拭う。タヌンさんがある遺跡の前で立ち止まり、このミーソン遺跡の説明を始める。
    「このミーソン遺跡はチャンパ王国の7世紀から13世紀に建てられたレンガ造りの建物が残る遺跡で、チャンパ王国の宗教儀式を行う場所でした。4世紀後半にチャンパの王がシヴァ神を祀った木造の祠堂を建てた事に始まり、その後火災などでその祠堂はなくなりましたが、7世紀にはレンガを使用し、再建されました。
    今現在、残っている遺跡は、8世紀から13世紀末までに建てられた70棟を超える遺構がジャングル内に残っています。

  • また、このレンガは非常に精巧に造られ、ひとつひとつのレンガの隙間がない程です。また、非常に硬いレンガで、現在もどうしてこの様なレンガを造れたのか、現在もその製造方法が解明されていないのです。<br />20世紀初頭のフランス植民地時代にフランス人により発見され、フランスにより何度か修復が行われましたが、またこの時代に多くの盗掘にもあいました。<br />その後、フランスがアメリカなどにこの場所に遺跡がある事を知らせていなかった為にベトナム戦争時にアメリカ軍は、この場所の建物を見てゲリラの基地と勘違いして徹底した空爆を行ったのです。その為に遺跡の大半が破壊されてしまいました。」と言う。<br />周りの遺跡を見ると、説明された事が良く判る。殆どの遺跡が原型を留めていない。<br />その中心的な場所に行くと、ここでタヌンさんが、「ここには石造りの大きな建物が建っていましたが、完全に空爆で破壊されました。この場所がその建物があった場所です。」と目の前の空き地を指差す。<br />

    また、このレンガは非常に精巧に造られ、ひとつひとつのレンガの隙間がない程です。また、非常に硬いレンガで、現在もどうしてこの様なレンガを造れたのか、現在もその製造方法が解明されていないのです。
    20世紀初頭のフランス植民地時代にフランス人により発見され、フランスにより何度か修復が行われましたが、またこの時代に多くの盗掘にもあいました。
    その後、フランスがアメリカなどにこの場所に遺跡がある事を知らせていなかった為にベトナム戦争時にアメリカ軍は、この場所の建物を見てゲリラの基地と勘違いして徹底した空爆を行ったのです。その為に遺跡の大半が破壊されてしまいました。」と言う。
    周りの遺跡を見ると、説明された事が良く判る。殆どの遺跡が原型を留めていない。
    その中心的な場所に行くと、ここでタヌンさんが、「ここには石造りの大きな建物が建っていましたが、完全に空爆で破壊されました。この場所がその建物があった場所です。」と目の前の空き地を指差す。

  • 本当に完全に建物が無くなっている。その周りに破壊された建物の残骸らしき石が散乱している。<br />また、ところどころに大きな穴が見える。タヌンさんが、「これが爆弾の落ちた穴です。修復せずにそのまま残しています。」と言う<br />その中心部分には大きな石の囲いが残り、その中央に立派なリンガが残っている。このリンガはカンボジアの遺跡などでも良く見かけたもので、ヒンドゥー教の神体で、繁栄の象徴である。<br />アメリカ軍の爆撃が無ければ、この上には立派な石造りの神殿があったのであろう。<br />    <br />周りのレンガ造りの建物の多くは、表面が風化したものか、爆撃で破壊されたものかは判断がつかないが、破損が酷い。<br />

    本当に完全に建物が無くなっている。その周りに破壊された建物の残骸らしき石が散乱している。
    また、ところどころに大きな穴が見える。タヌンさんが、「これが爆弾の落ちた穴です。修復せずにそのまま残しています。」と言う
    その中心部分には大きな石の囲いが残り、その中央に立派なリンガが残っている。このリンガはカンボジアの遺跡などでも良く見かけたもので、ヒンドゥー教の神体で、繁栄の象徴である。
    アメリカ軍の爆撃が無ければ、この上には立派な石造りの神殿があったのであろう。

    周りのレンガ造りの建物の多くは、表面が風化したものか、爆撃で破壊されたものかは判断がつかないが、破損が酷い。

  • そのレンガ造りの建物が幾つか、連なる様に並ぶ一角がある。そのひとつの中に入ると、窓などがない為に中に入ると真っ暗である。<br />少し目が慣れてくると、その部屋の奥の壁の下部分に凹みがある。<br />その窪みは燭台である。ここに火を付けたものを置き、明かりを取ったのである。<br />ここは王が神様と一体になる為の部屋で、このミーソン遺跡の中心的な建物なのだと言う。<br />この建物の入口には石造りの階段があるが、その横に建つ少し小さな建物には階段がない。<br />その建物の中の中央には大きな石台がある。ここで王様が1週間断食を行い、先程の建物へはこの建物からはしごを架け、そのはしごで神様と一体になる部屋に入ったのだと言う。<br />また、この断食を行う部屋に入る前にも1ヶ月間毎日沐浴を行い、身を清めたそうだ。その沐浴場もその建物の近くに建っている。その沐浴も様々な香草や花で、香しい香で満たされた風呂で沐浴を行ったと言う。<br />

    そのレンガ造りの建物が幾つか、連なる様に並ぶ一角がある。そのひとつの中に入ると、窓などがない為に中に入ると真っ暗である。
    少し目が慣れてくると、その部屋の奥の壁の下部分に凹みがある。
    その窪みは燭台である。ここに火を付けたものを置き、明かりを取ったのである。
    ここは王が神様と一体になる為の部屋で、このミーソン遺跡の中心的な建物なのだと言う。
    この建物の入口には石造りの階段があるが、その横に建つ少し小さな建物には階段がない。
    その建物の中の中央には大きな石台がある。ここで王様が1週間断食を行い、先程の建物へはこの建物からはしごを架け、そのはしごで神様と一体になる部屋に入ったのだと言う。
    また、この断食を行う部屋に入る前にも1ヶ月間毎日沐浴を行い、身を清めたそうだ。その沐浴場もその建物の近くに建っている。その沐浴も様々な香草や花で、香しい香で満たされた風呂で沐浴を行ったと言う。

  • た、このエリアには、ここで出て来た仏像などの展示室が幾つかある。<br />その展示室のひとつに入る。<br />そこには石の彫刻仏像などが並ぶ。その奥にはアメリカ軍の空爆の際の不発弾も展示されている。<br />   <br />その不発弾も確かにこの遺跡を象徴するひとつの遺物である事にはかわりないが、それを見ていると少し複雑な気持ちになる。日本人の私でさえ、そう思うのであるから、アメリカ人が来て、これを見たらどう思うのであろうか?<br />この遺跡はヒンドゥー教の遺跡であるのにガルーダやナーガと言った神々の彫刻や像が見当たらないと思っていたが、ここに少し展示されている。<br />確かに今迄見て来たレンガ造りの建物の壁にも彫刻が残るが、その多くが風化により表面が欠けているものが多く、完全な形で残っているものは少ない。ここに展示されているものは比較的綺麗に残っているものが展示されている。<br />

    た、このエリアには、ここで出て来た仏像などの展示室が幾つかある。
    その展示室のひとつに入る。
    そこには石の彫刻仏像などが並ぶ。その奥にはアメリカ軍の空爆の際の不発弾も展示されている。

    その不発弾も確かにこの遺跡を象徴するひとつの遺物である事にはかわりないが、それを見ていると少し複雑な気持ちになる。日本人の私でさえ、そう思うのであるから、アメリカ人が来て、これを見たらどう思うのであろうか?
    この遺跡はヒンドゥー教の遺跡であるのにガルーダやナーガと言った神々の彫刻や像が見当たらないと思っていたが、ここに少し展示されている。
    確かに今迄見て来たレンガ造りの建物の壁にも彫刻が残るが、その多くが風化により表面が欠けているものが多く、完全な形で残っているものは少ない。ここに展示されているものは比較的綺麗に残っているものが展示されている。

  • この彫刻展示室を2か所見て廻る。その後、このエリアを離れ、別のエリアの遺構に移動する。<br />再び、ジャングル内に造られた小路を行く。途中小さな小川が流れ、その上に橋が架かっている。<br />その橋のたもとで、欧米人が川の水にハンカチを浸し、顔を冷やしている。川の水は冷たいのか、本当に気持ちよさそうにしている。<br />私も汗だくの状態なので、同じ様に川の水で顔を洗いたい気分である。<br />その橋を渡り、更に路を進むと、ジャングルが開け、遺跡が見えて来る。<br />小路の脇には頭の部分が無くなっているヒンドゥー教の神の石像がポツンと立っている。<br />

    この彫刻展示室を2か所見て廻る。その後、このエリアを離れ、別のエリアの遺構に移動する。
    再び、ジャングル内に造られた小路を行く。途中小さな小川が流れ、その上に橋が架かっている。
    その橋のたもとで、欧米人が川の水にハンカチを浸し、顔を冷やしている。川の水は冷たいのか、本当に気持ちよさそうにしている。
    私も汗だくの状態なので、同じ様に川の水で顔を洗いたい気分である。
    その橋を渡り、更に路を進むと、ジャングルが開け、遺跡が見えて来る。
    小路の脇には頭の部分が無くなっているヒンドゥー教の神の石像がポツンと立っている。

  • その前には原型を留めないレンガ造りの建物などが見える。また、破損が酷く、今にも崩れてしまいそうな建物はその崩壊を防ぐ為に補強が施され、また、簡易の屋根で保護されている遺構もある。<br />ここのエリアも空爆が酷かったのか、いたる所に大きな穴がある。<br />

    その前には原型を留めないレンガ造りの建物などが見える。また、破損が酷く、今にも崩れてしまいそうな建物はその崩壊を防ぐ為に補強が施され、また、簡易の屋根で保護されている遺構もある。
    ここのエリアも空爆が酷かったのか、いたる所に大きな穴がある。

  • のエリアをぐるっと一周してから、このエリアを後にして、またジャングルの中の整備された小路を行く。その小路はジャングル内を真っ直ぐに延びている。<br />タヌンさんに聞くと、『この路は車の駐車場に繋がっている新しく出来た小路です。』と言う。<br />  <br />その小路を黙々と歩く、左右に大きな木々がある為に比較的涼しく、この小路では暑さはあまり感じない。すると突然右手に遺跡が見えて来た。比較的保存の良いものも中にはある。<br />タヌンさんに聞くと、『この路を造る際に偶然見つかった遺跡です。』と言う。この様にまだ、このジャングル内には見つかっていない遺跡が点在している可能性が高いのである。<br />この小路を15分くらい歩くとやっと開けた場所に出て、建物が前方に見え始める。<br />ここが車の駐車場である。<br />私が、『ここのパンフレットを買いたいのですが、どこかで売っていますか?』とタヌンさんに尋ねると、歩いていた前方の建物を指して、『あそこにあるかも知れません。」と言う。<br />そこでその建物に2人で入る。そこは休憩所の様で、その奥に売店がある。その売店に各種のパンフレットや絵ハガキなどが売られている。<br />その中のひとつのパンフレットを200,000ドン(約880円)で購入した。<br />その後、トイレを済ませ、車に乗り込む。時刻は11時15分頃である。ここから再び、ホイアンの街に戻り、次は昼食である。<br />

    のエリアをぐるっと一周してから、このエリアを後にして、またジャングルの中の整備された小路を行く。その小路はジャングル内を真っ直ぐに延びている。
    タヌンさんに聞くと、『この路は車の駐車場に繋がっている新しく出来た小路です。』と言う。

    その小路を黙々と歩く、左右に大きな木々がある為に比較的涼しく、この小路では暑さはあまり感じない。すると突然右手に遺跡が見えて来た。比較的保存の良いものも中にはある。
    タヌンさんに聞くと、『この路を造る際に偶然見つかった遺跡です。』と言う。この様にまだ、このジャングル内には見つかっていない遺跡が点在している可能性が高いのである。
    この小路を15分くらい歩くとやっと開けた場所に出て、建物が前方に見え始める。
    ここが車の駐車場である。
    私が、『ここのパンフレットを買いたいのですが、どこかで売っていますか?』とタヌンさんに尋ねると、歩いていた前方の建物を指して、『あそこにあるかも知れません。」と言う。
    そこでその建物に2人で入る。そこは休憩所の様で、その奥に売店がある。その売店に各種のパンフレットや絵ハガキなどが売られている。
    その中のひとつのパンフレットを200,000ドン(約880円)で購入した。
    その後、トイレを済ませ、車に乗り込む。時刻は11時15分頃である。ここから再び、ホイアンの街に戻り、次は昼食である。

  • <ホイアンの街での昼食><br />再び、車は石畳の道を通り、橋を渡り、来た道を戻る。その中で少し歩いた為か、眠くなり、何時の間にか寝てしまっていた。目が覚めたのは、ミーソン遺跡手前の村の中を走っている最中である。<br />10分くらい寝ていた様である。<br />その後、村を過ぎ、再び田園地帯を抜ける。<br />  <br />まだ、少しホイアンまで戻るには時間がかかるので、また少し寝る事にした。<br />次に目が覚めたのが、もうホイアンの街中を走っている中で、もう直ぐ昼食場所に着くという時であった。程なく、今日の昼食場所の入口前に到着する。<br />

    <ホイアンの街での昼食>
    再び、車は石畳の道を通り、橋を渡り、来た道を戻る。その中で少し歩いた為か、眠くなり、何時の間にか寝てしまっていた。目が覚めたのは、ミーソン遺跡手前の村の中を走っている最中である。
    10分くらい寝ていた様である。
    その後、村を過ぎ、再び田園地帯を抜ける。

    まだ、少しホイアンまで戻るには時間がかかるので、また少し寝る事にした。
    次に目が覚めたのが、もうホイアンの街中を走っている中で、もう直ぐ昼食場所に着くという時であった。程なく、今日の昼食場所の入口前に到着する。

  • 街中の古い建物の中で比較的新しい大きな屋敷の様な2階建ての店である。<br />入口には大きな中国風の門がある。<br />タヌンさんと車を降り、その門を潜り、店の中に入ると、中も中国風の造りの店である。<br />  <br />店の入口付近には漢字の看板が掲げられている。そこには、“會安酒家”の文字が見える。<br />1階部分のテーブルは多くの客でほぼ満席状態である。我々は2階に案内される。<br />

    街中の古い建物の中で比較的新しい大きな屋敷の様な2階建ての店である。
    入口には大きな中国風の門がある。
    タヌンさんと車を降り、その門を潜り、店の中に入ると、中も中国風の造りの店である。

    店の入口付近には漢字の看板が掲げられている。そこには、“會安酒家”の文字が見える。
    1階部分のテーブルは多くの客でほぼ満席状態である。我々は2階に案内される。

  • 2階は1階とは違い、誰も客がいない。2階の奥の窓際のテーブルに案内され、そこでタヌンさんから今日の昼食についての説明を受ける。今日の昼食は、ホイアン料理である。<br />出て来る料理は以下のものである。<br /><平成23年6月27日(月)の昼食:會安酒家><br /> ①ホワイト・ローズ(米粉で作った皮に海老のすり身を詰め、蒸したもの)<br /> ②揚げワンタン(ワンタンに海老のすり身や豚ひき肉などを詰め、揚げたものに野菜を<br />加えた甘辛のとろみのある餡かけがかかったもの)<br /> ③カオラウ麺(濃い味の汁がお碗底に入った米麺で、香草などの野菜を入れて食べる)<br /> ④海老のすり身(とうもろこしの粉で練った)の焼き物(ちくわの様なもの)<br /> ⑤焼き豚肉(焼き鳥の様に串に刺された豚肉を焼いたもの)<br /> ⑥ご飯<br /> ⑦土瓶で蒸し焼にした魚<br /> ⑧野菜のにんにく炒め<br /> ⑨海藻のスープ<br /> ⑩デザート<br />まずは飲物を注文する為にメニューを見せて貰う。すいかジュースを注文するつもりであったが、メニューには無かったので、パインジュースを注文する事にした。<br />

    2階は1階とは違い、誰も客がいない。2階の奥の窓際のテーブルに案内され、そこでタヌンさんから今日の昼食についての説明を受ける。今日の昼食は、ホイアン料理である。
    出て来る料理は以下のものである。
    <平成23年6月27日(月)の昼食:會安酒家>
     ①ホワイト・ローズ(米粉で作った皮に海老のすり身を詰め、蒸したもの)
     ②揚げワンタン(ワンタンに海老のすり身や豚ひき肉などを詰め、揚げたものに野菜を
    加えた甘辛のとろみのある餡かけがかかったもの)
     ③カオラウ麺(濃い味の汁がお碗底に入った米麺で、香草などの野菜を入れて食べる)
     ④海老のすり身(とうもろこしの粉で練った)の焼き物(ちくわの様なもの)
     ⑤焼き豚肉(焼き鳥の様に串に刺された豚肉を焼いたもの)
     ⑥ご飯
     ⑦土瓶で蒸し焼にした魚
     ⑧野菜のにんにく炒め
     ⑨海藻のスープ
     ⑩デザート
    まずは飲物を注文する為にメニューを見せて貰う。すいかジュースを注文するつもりであったが、メニューには無かったので、パインジュースを注文する事にした。

  • 直ぐに注文した飲物と最初の料理が出て来る。最初の料理はホワイト・ローズである。<br />このホワイト・ローズもホイアン名物のひとつで、米粉で作った皮に海老のすり身を包み、そのまま蒸し上げたもので、その姿が白いバラの花弁の様である事から名前が付いたと言う。誰が付けたのか、味なネーミングである。<br />タヌンさんによるとこのホワイト・ローズはホイアンのどの店で食べても同じものであると言う。<br />フエでの昼食の際にも、似た様なものが出たが、こちらが本場である。<br />その理由は、ホイアンじゅうのホワイト・ローズはただ1軒でのみ製造されているからだそうだ。<br />違うのは、その上に少し乗せられているトッピングくらいなのだと言う。<br />ホワイト・ローズの上に乗せられたこの店のトッピングは玉葱を細く切り揚げたものか?<br />ホワイト・ローズ自体はもちっとした食感で、少し甘い味のあるものである。<br />

    直ぐに注文した飲物と最初の料理が出て来る。最初の料理はホワイト・ローズである。
    このホワイト・ローズもホイアン名物のひとつで、米粉で作った皮に海老のすり身を包み、そのまま蒸し上げたもので、その姿が白いバラの花弁の様である事から名前が付いたと言う。誰が付けたのか、味なネーミングである。
    タヌンさんによるとこのホワイト・ローズはホイアンのどの店で食べても同じものであると言う。
    フエでの昼食の際にも、似た様なものが出たが、こちらが本場である。
    その理由は、ホイアンじゅうのホワイト・ローズはただ1軒でのみ製造されているからだそうだ。
    違うのは、その上に少し乗せられているトッピングくらいなのだと言う。
    ホワイト・ローズの上に乗せられたこの店のトッピングは玉葱を細く切り揚げたものか?
    ホワイト・ローズ自体はもちっとした食感で、少し甘い味のあるものである。

  • 次の出てきたのは、揚げワンタンである。これもホイアン名物のひとつである。<br />この揚げワンタンは少し黄色っぽい皮に海老のすり身や豚のひき肉が詰められ、揚げたものの上に、中華風のあんかけが掛かっている。この食感が先程のホワイト・ローズとは全く違い、パリっとした食感が堪らない。また、餡かけも甘辛で非常に合っている。<br />次の出てきたのが、ホイアン名物で最も有名なカオラウ麺である。<br />このカオラウ麺とホワイト・ローズ、揚げワンタンがホイアンの3大名物料理である。<br />このホイアンのカオラウ麺は日本の伊勢うどんがルーツと言われ、日本人がベトナムに伝えたものであると言われている。日本の伊勢うどんは食べた事がないが、このカオラウ麺は、少し太めの米粉の麺がお碗に入り出て来る。麺の上には揚げワンタンを千切ったものが乗っており、少し麺も薄茶色くなっている。また、汁はそのお碗の底の方に少しあるだけである。<br />また、別の大きな皿に山盛りの香草などの野菜(私には雑草の様に見えたが)が出て来て、この野菜をお好みで麺に入れて食べるのである。<br />私はこの香草類が苦手である。しかし、この米麺だけを食べるのはカオラウ麺の食べ方ではない。<br />やはり野菜をトッピングして食べるのが本来の食べ方である。<br />そこで意を決して香草類の野菜を少し乗せ、麺を下から混ぜ、汁が全体に行き渡る様にした後、食べてみる。香草の臭いが鼻に抜け、嫌な感じになる。また、麺は意外に腰のある麺で、もちもちしている食感の麺である。<br />汁がまた独特で、濃い醤油の様な汁である。確か伊勢うどんも溜まり醤油の様な濃い口の醤油(塩分の強い様な)で食べる麺であった事を思い出す。<br />私にはあまり美味しいものには感じなかった。香草のせいかも知れないが、この濃い醤油の様な汁で食べる事もあまり好きではない。<br />しかし、このカオラウ麺が最も有名で、このホイアンの人達も好んで食べる料理なのである。<br />

    次の出てきたのは、揚げワンタンである。これもホイアン名物のひとつである。
    この揚げワンタンは少し黄色っぽい皮に海老のすり身や豚のひき肉が詰められ、揚げたものの上に、中華風のあんかけが掛かっている。この食感が先程のホワイト・ローズとは全く違い、パリっとした食感が堪らない。また、餡かけも甘辛で非常に合っている。
    次の出てきたのが、ホイアン名物で最も有名なカオラウ麺である。
    このカオラウ麺とホワイト・ローズ、揚げワンタンがホイアンの3大名物料理である。
    このホイアンのカオラウ麺は日本の伊勢うどんがルーツと言われ、日本人がベトナムに伝えたものであると言われている。日本の伊勢うどんは食べた事がないが、このカオラウ麺は、少し太めの米粉の麺がお碗に入り出て来る。麺の上には揚げワンタンを千切ったものが乗っており、少し麺も薄茶色くなっている。また、汁はそのお碗の底の方に少しあるだけである。
    また、別の大きな皿に山盛りの香草などの野菜(私には雑草の様に見えたが)が出て来て、この野菜をお好みで麺に入れて食べるのである。
    私はこの香草類が苦手である。しかし、この米麺だけを食べるのはカオラウ麺の食べ方ではない。
    やはり野菜をトッピングして食べるのが本来の食べ方である。
    そこで意を決して香草類の野菜を少し乗せ、麺を下から混ぜ、汁が全体に行き渡る様にした後、食べてみる。香草の臭いが鼻に抜け、嫌な感じになる。また、麺は意外に腰のある麺で、もちもちしている食感の麺である。
    汁がまた独特で、濃い醤油の様な汁である。確か伊勢うどんも溜まり醤油の様な濃い口の醤油(塩分の強い様な)で食べる麺であった事を思い出す。
    私にはあまり美味しいものには感じなかった。香草のせいかも知れないが、この濃い醤油の様な汁で食べる事もあまり好きではない。
    しかし、このカオラウ麺が最も有名で、このホイアンの人達も好んで食べる料理なのである。

  • これまでの3品は一つずつ料理が出て来たが、ここからまとめて料理が出て来る。<br />まず、焼き豚肉が出て来て、大きな土鍋でご飯が来る。そして、海老のすり身の焼き物が出て来た。<br />これは竹の芯にちくわの様にすり身が付けられ、焼かれたものである。<br />    <br />それらの料理を何かと観察していると、また小さな土瓶に入った料理が出て来る。蓋を取ると中には、蒸し揚げた魚の切り身の様なものが詰められている。<br />また、大きなお碗にタップリとスープが出て来る。具沢山なスープでこれが海藻のスープである。<br />海藻は日本で“ふのり”と言われる海藻に似たものが、タップリと入ったものであった。これだけでお腹が一杯になりそうなスープである。<br />そして最後に空芯菜の様な野菜のにんにく炒めが出て来た。この料理で少しご飯を食べる。<br />これらの料理を堪能したが、やはり一人では量が多すぎる。この半分の量でも充分である。<br />そしてデザートが出て来た。デザートは笹の葉に包まれた葛餅の様な餡の入った透明な和菓子の様なものである。味や食感も葛餅にそっくりである。<br />これもフエの昼食時に出て来たデザートに似ている。<br />料理に満足し、最後にお茶が出て来たので、それを飲みながら、タヌンさんが来るのを待つ。<br />  <br />私がお茶を飲んでいると店員が現れ、パインジュースの代金の精算に来た。そこで、パインジュース代として70,000ドン(約310円)を支払う。<br />タヌンさんを待つ間に2階にやっと客がやって来た。欧米人の団体客である。2階の一番奥のテーブル席にその団体客は座る。その団体客のガイドが客に聞く事なく、店員に何か話をしている。<br />すると店員は2階のある冷蔵庫から麦酒やワイン、ミネラル水などを数本ずつ取り出してお盆に乗せ、その団体客のところに持って行く。団体客はその中から自分の好きなものを取っている。<br />これも面白いやり方である。メニューを見せると注文がばらつくので、決まったものを持って行き、その中から選ばせる方法を取っているのである。<br />その団体客は何の文句を言う訳でもなく、その中から飲物を選んでいる。<br />その様な光景を見ながらお茶を飲んでいるとタヌンさんが2階に上がって来た。そして、『食事はどうでしたか?』と聞く。私が、『美味しかったが、量が余りにも多すぎます。』と答える。<br />そして飲物の代金の支払いが終わっている事も確認され、いっしょに1階へ下り、店を出る。<br />もう1階にも客が少なくなっている。<br />店を出て、車が来るのを待つ。天気が良く、気温がかなり上がっている。<br />

    これまでの3品は一つずつ料理が出て来たが、ここからまとめて料理が出て来る。
    まず、焼き豚肉が出て来て、大きな土鍋でご飯が来る。そして、海老のすり身の焼き物が出て来た。
    これは竹の芯にちくわの様にすり身が付けられ、焼かれたものである。

    それらの料理を何かと観察していると、また小さな土瓶に入った料理が出て来る。蓋を取ると中には、蒸し揚げた魚の切り身の様なものが詰められている。
    また、大きなお碗にタップリとスープが出て来る。具沢山なスープでこれが海藻のスープである。
    海藻は日本で“ふのり”と言われる海藻に似たものが、タップリと入ったものであった。これだけでお腹が一杯になりそうなスープである。
    そして最後に空芯菜の様な野菜のにんにく炒めが出て来た。この料理で少しご飯を食べる。
    これらの料理を堪能したが、やはり一人では量が多すぎる。この半分の量でも充分である。
    そしてデザートが出て来た。デザートは笹の葉に包まれた葛餅の様な餡の入った透明な和菓子の様なものである。味や食感も葛餅にそっくりである。
    これもフエの昼食時に出て来たデザートに似ている。
    料理に満足し、最後にお茶が出て来たので、それを飲みながら、タヌンさんが来るのを待つ。

    私がお茶を飲んでいると店員が現れ、パインジュースの代金の精算に来た。そこで、パインジュース代として70,000ドン(約310円)を支払う。
    タヌンさんを待つ間に2階にやっと客がやって来た。欧米人の団体客である。2階の一番奥のテーブル席にその団体客は座る。その団体客のガイドが客に聞く事なく、店員に何か話をしている。
    すると店員は2階のある冷蔵庫から麦酒やワイン、ミネラル水などを数本ずつ取り出してお盆に乗せ、その団体客のところに持って行く。団体客はその中から自分の好きなものを取っている。
    これも面白いやり方である。メニューを見せると注文がばらつくので、決まったものを持って行き、その中から選ばせる方法を取っているのである。
    その団体客は何の文句を言う訳でもなく、その中から飲物を選んでいる。
    その様な光景を見ながらお茶を飲んでいるとタヌンさんが2階に上がって来た。そして、『食事はどうでしたか?』と聞く。私が、『美味しかったが、量が余りにも多すぎます。』と答える。
    そして飲物の代金の支払いが終わっている事も確認され、いっしょに1階へ下り、店を出る。
    もう1階にも客が少なくなっている。
    店を出て、車が来るのを待つ。天気が良く、気温がかなり上がっている。

  • <ホイアンの街の観光><br />後で知ったが、この日のホイアンの街の気温は40℃に達していたのである。<br />これからホイアンの街の観光である。車が来て、車に乗り込み、ホイアンの観光エリアの近くまで行く。<br />どこをどう車が走っているのか判らないが、細い路地道から大きな道に出たところで、車が止まる。<br />タヌンさんが、『ここからは歩いて行きます。』と言い、車を降りる。<br />タヌンさんについて、大きな道から再び路地道に入る。<br />その道は車も通らず、偶にバイクが通るくらいである。<br /><br />その路地の途中の店前でタヌンさんが、『ここで少しお待ち下さい。切符を購入してきます。』と言い、その店内に入って行く。その店は土産物屋の様であるが、このホイアンの観光案内所も兼ねているのである。このホイアンの街の施設に入るには入場券が必要なのである。

    <ホイアンの街の観光>
    後で知ったが、この日のホイアンの街の気温は40℃に達していたのである。
    これからホイアンの街の観光である。車が来て、車に乗り込み、ホイアンの観光エリアの近くまで行く。
    どこをどう車が走っているのか判らないが、細い路地道から大きな道に出たところで、車が止まる。
    タヌンさんが、『ここからは歩いて行きます。』と言い、車を降りる。
    タヌンさんについて、大きな道から再び路地道に入る。
    その道は車も通らず、偶にバイクが通るくらいである。

    その路地の途中の店前でタヌンさんが、『ここで少しお待ち下さい。切符を購入してきます。』と言い、その店内に入って行く。その店は土産物屋の様であるが、このホイアンの観光案内所も兼ねているのである。このホイアンの街の施設に入るには入場券が必要なのである。

  • タヌンさんが戻り、再び路地を歩き始める。その先の通りは歩行者天国になっており、自動車やバイクは走っていない。その通りを少し歩くと前方に橋が見えて来た。<br />これが来遠橋で、別名日本橋である。このホイアンの街で一番有名な建物である。<br />然程大きな橋ではなく、小さな川?運河?の様な上に架かっている。その手前で立ち止まり、タヌンさんの説明が始まる。<br />「この橋はホイアンに住む日本人のより架けられた橋で、非常に頑丈な造りになっています。その理由は地震にも耐えられる様にとの思いがあったのではないかと考えられています。<br />当時、この橋の東側に日本人町が、西側には中国人町がありました。その為に最初この橋は日本人により造られましたが、真ん中にある出っ張った部分の祠は中国人が後に付け足した部分ので、そこから中国の神様が祀られています。<br />また、後で見て頂きたいので言いませんが、橋の両側の入口には動物の像が置かれています。」と説明してくれる。<br />また、「このホイアンは9月から11月は雨季で、その時には洪水が起こる事が多く、その際にはこの橋の付近まで水が来るのです。」と言う。<br />タヌンさんが言う様に、この橋の数十m下流部分に川が見えている。ここから水が溢れて来るのである。<br />

    タヌンさんが戻り、再び路地を歩き始める。その先の通りは歩行者天国になっており、自動車やバイクは走っていない。その通りを少し歩くと前方に橋が見えて来た。
    これが来遠橋で、別名日本橋である。このホイアンの街で一番有名な建物である。
    然程大きな橋ではなく、小さな川?運河?の様な上に架かっている。その手前で立ち止まり、タヌンさんの説明が始まる。
    「この橋はホイアンに住む日本人のより架けられた橋で、非常に頑丈な造りになっています。その理由は地震にも耐えられる様にとの思いがあったのではないかと考えられています。
    当時、この橋の東側に日本人町が、西側には中国人町がありました。その為に最初この橋は日本人により造られましたが、真ん中にある出っ張った部分の祠は中国人が後に付け足した部分ので、そこから中国の神様が祀られています。
    また、後で見て頂きたいので言いませんが、橋の両側の入口には動物の像が置かれています。」と説明してくれる。
    また、「このホイアンは9月から11月は雨季で、その時には洪水が起こる事が多く、その際にはこの橋の付近まで水が来るのです。」と言う。
    タヌンさんが言う様に、この橋の数十m下流部分に川が見えている。ここから水が溢れて来るのである。

  • その橋の前で記念撮影をまず行い、その後、橋の中に入る。<br />入口に立つ男性にタヌンさんが先程購入した入場券らしきものを一枚ちぎり、渡している。<br />タヌンさんに聞くと、この来遠橋を合わせ、このホイアンの街の5つの施設をこの入場券で入る事が出来ると言う。<br />その入口は立派な赤く塗られた漆喰の壁で覆われ、彫刻が施されている。屋根の部分には瓦も乗っている。<br />中に入ると、橋の入口に赤い頭巾の様なものを乗せられた犬の木像がある。お座りをした姿勢の犬である。タヌンさんが言っていた動物の像のひとつが犬である。<br />この入口部分は石畳で、その先から木の板の部分に繋がっている。<br />    <br />橋は3つの部分に敷居で仕切られ、真ん中部分が広く、その両脇には細い通路がある。緩やかなスロープ状に板が敷き詰められており、アーチ状になっている。<br />

    その橋の前で記念撮影をまず行い、その後、橋の中に入る。
    入口に立つ男性にタヌンさんが先程購入した入場券らしきものを一枚ちぎり、渡している。
    タヌンさんに聞くと、この来遠橋を合わせ、このホイアンの街の5つの施設をこの入場券で入る事が出来ると言う。
    その入口は立派な赤く塗られた漆喰の壁で覆われ、彫刻が施されている。屋根の部分には瓦も乗っている。
    中に入ると、橋の入口に赤い頭巾の様なものを乗せられた犬の木像がある。お座りをした姿勢の犬である。タヌンさんが言っていた動物の像のひとつが犬である。
    この入口部分は石畳で、その先から木の板の部分に繋がっている。

    橋は3つの部分に敷居で仕切られ、真ん中部分が広く、その両脇には細い通路がある。緩やかなスロープ状に板が敷き詰められており、アーチ状になっている。

  • その真ん中部分の右手に入口が見える。ここが橋の祠部分の入口である。その中に入ると比較的小さな部屋で、中央奥に祭壇があり、中国風の神様が祀られている。<br />その前にはこれも中国風の赤い線香が線香立て一杯に供えられている。また、その左手にはこの来遠橋の説明書きのパネルがあり、またその横には数枚の写真も掛かっている。<br />その写真の前に行くと、タヌンさんが1枚の写真を指差して、「この写真はこのホイアンの洪水時の時のこの来遠橋周辺の様子の写真です。見て下さい!先程写真を撮ったところまで水が来ています。」と言う。<br />  <br />見ると、本当に先程私が立っていた辺りまで水が来ている。<br />別の写真では、その時にこの来遠橋に観光に訪れる外国人の様子を撮った写真があり、その写真では手漕ぎの小さな舟で、この橋の入口部分まで来ている様子が写っている。<br />本当に洪水時には、この橋のところまで水が来るのである。<br />また、この部屋の入口左手には机が置かれ、土産物が並べられている。<br />絵はがきや写真集らしきものが多いが、その他小物類も並んでいる。ここの記念に何かを購入しようと見ていると、タヌンさんに最近作られたこのホイアンの日本語の説明本を薦められる。<br />いくらなのかと聞くと、50,000ドン(約220円)との事で、それを購入する事にした。<br />その後、再び、橋の部分に戻り、反対側の入口部分に行く。<br />

    その真ん中部分の右手に入口が見える。ここが橋の祠部分の入口である。その中に入ると比較的小さな部屋で、中央奥に祭壇があり、中国風の神様が祀られている。
    その前にはこれも中国風の赤い線香が線香立て一杯に供えられている。また、その左手にはこの来遠橋の説明書きのパネルがあり、またその横には数枚の写真も掛かっている。
    その写真の前に行くと、タヌンさんが1枚の写真を指差して、「この写真はこのホイアンの洪水時の時のこの来遠橋周辺の様子の写真です。見て下さい!先程写真を撮ったところまで水が来ています。」と言う。

    見ると、本当に先程私が立っていた辺りまで水が来ている。
    別の写真では、その時にこの来遠橋に観光に訪れる外国人の様子を撮った写真があり、その写真では手漕ぎの小さな舟で、この橋の入口部分まで来ている様子が写っている。
    本当に洪水時には、この橋のところまで水が来るのである。
    また、この部屋の入口左手には机が置かれ、土産物が並べられている。
    絵はがきや写真集らしきものが多いが、その他小物類も並んでいる。ここの記念に何かを購入しようと見ていると、タヌンさんに最近作られたこのホイアンの日本語の説明本を薦められる。
    いくらなのかと聞くと、50,000ドン(約220円)との事で、それを購入する事にした。
    その後、再び、橋の部分に戻り、反対側の入口部分に行く。

  • その入口部分には、今度は猿の木像がある。<br />    <br />犬と猿、“犬猿の仲?”当時の日本人と中国人は仲が悪かったと言う事を意味しているのか?と私が考えていると、タヌンさんが、「先程は犬でしたね!今度の動物像は猿です。これはこの橋が申(さる)の年に建造が始まり、戌(いぬ)の年に完成したからと言われています。」と教えてくれた。<br />3年掛けて建造したという意味を表しているという事である。<br />

    その入口部分には、今度は猿の木像がある。

    犬と猿、“犬猿の仲?”当時の日本人と中国人は仲が悪かったと言う事を意味しているのか?と私が考えていると、タヌンさんが、「先程は犬でしたね!今度の動物像は猿です。これはこの橋が申(さる)の年に建造が始まり、戌(いぬ)の年に完成したからと言われています。」と教えてくれた。
    3年掛けて建造したという意味を表しているという事である。

  • 橋を渡り切り、橋と反対側の街並みを歩き始める。すると少し歩くと、右手に見える大きな古い家の入口前で立ち止まる。ここがフーンフンの家と言われるオールドハウスである。<br />  <br />中に入ると、装飾を施した綺麗な柱が並び、その間に小さなテーブルが並んでいる。その入口の部屋から奥の部屋に入ると、その部屋は吹き抜けになっている。<br />入口の部屋とこの部屋の椅子には、中国風の衣装を着た中年の男性が居たが、この家の人だろうか?<br />観光客らしき女性も数人この部屋には居るが、その男性は観光客には見えない。<br />ここで、この家の説明を行う女性が現れ、その女性と一緒に2階に上がる。<br />

    橋を渡り切り、橋と反対側の街並みを歩き始める。すると少し歩くと、右手に見える大きな古い家の入口前で立ち止まる。ここがフーンフンの家と言われるオールドハウスである。

    中に入ると、装飾を施した綺麗な柱が並び、その間に小さなテーブルが並んでいる。その入口の部屋から奥の部屋に入ると、その部屋は吹き抜けになっている。
    入口の部屋とこの部屋の椅子には、中国風の衣装を着た中年の男性が居たが、この家の人だろうか?
    観光客らしき女性も数人この部屋には居るが、その男性は観光客には見えない。
    ここで、この家の説明を行う女性が現れ、その女性と一緒に2階に上がる。

  • 階段はこの部屋の奥にある。その急な階段で2階に上がる。<br />    <br />2階は少し天井の低い部屋が続き、その奥の部屋のテーブルに座り、この家の説明を受ける。<br />その女性は日本語が話せない様で、タヌンさんがその説明を翻訳してくれる。<br />この家は200年程前に貿易商人の家として建てられたもので、ベトナムと中国の建築様式が取り入れられて造られている。また、屋根には日本の様式も取り入れられている。<br />2階の床部分には洪水の際に1階から2階へ荷物を運び込む為の窓の様なものがあり、洪水などの災害時への工夫が随所に施されている。その為に2階が生活場所として使用されていた場所で、1階は倉庫や店として使用されていたと言う。<br />  <br />簡単な説明を終え、お茶を振舞われる。この説明を行ってくれた女性を含め、この家にいる女性は揃いの衣装を着ている。赤いアオザイに白いパンツ姿である。<br />タヌンさんが、その女性と話をする中で、この女性がこの家の第18代当主の奥さんだと言う事が判明した。ここの女性は全てこの家に関係する親戚の方々なのだそうだ。<br />お茶を飲み終え、この家を後にする。<br />再び来遠橋方向に歩き出し、そして来遠橋を渡る。<br />先程、この橋を見学中には殆ど観光客は居なかったが、今は橋の中は観光客で一杯である。多くの人は欧米人の団体で小さな子供などもいる。<br />その観光客で橋の途中が封鎖されている様で、暫く向こうに行く事が出来ない。しかし、待っても一向に動く気配がないので、その観光客を押し分ける様にその間を抜け、タヌンさんと橋を渡る。<br />再び、橋に続く通りを歩くと、直ぐに中国風の門が左手に見える。<br />

    階段はこの部屋の奥にある。その急な階段で2階に上がる。

    2階は少し天井の低い部屋が続き、その奥の部屋のテーブルに座り、この家の説明を受ける。
    その女性は日本語が話せない様で、タヌンさんがその説明を翻訳してくれる。
    この家は200年程前に貿易商人の家として建てられたもので、ベトナムと中国の建築様式が取り入れられて造られている。また、屋根には日本の様式も取り入れられている。
    2階の床部分には洪水の際に1階から2階へ荷物を運び込む為の窓の様なものがあり、洪水などの災害時への工夫が随所に施されている。その為に2階が生活場所として使用されていた場所で、1階は倉庫や店として使用されていたと言う。

    簡単な説明を終え、お茶を振舞われる。この説明を行ってくれた女性を含め、この家にいる女性は揃いの衣装を着ている。赤いアオザイに白いパンツ姿である。
    タヌンさんが、その女性と話をする中で、この女性がこの家の第18代当主の奥さんだと言う事が判明した。ここの女性は全てこの家に関係する親戚の方々なのだそうだ。
    お茶を飲み終え、この家を後にする。
    再び来遠橋方向に歩き出し、そして来遠橋を渡る。
    先程、この橋を見学中には殆ど観光客は居なかったが、今は橋の中は観光客で一杯である。多くの人は欧米人の団体で小さな子供などもいる。
    その観光客で橋の途中が封鎖されている様で、暫く向こうに行く事が出来ない。しかし、待っても一向に動く気配がないので、その観光客を押し分ける様にその間を抜け、タヌンさんと橋を渡る。
    再び、橋に続く通りを歩くと、直ぐに中国風の門が左手に見える。

  • ここが廣肇會館で、三国志の英雄である武将の“関羽”が祀られているそうだ。その前にはサーフィンボードが店前に並ぶカフェ風の店があるが、ここはサーフィン博物館である。

    ここが廣肇會館で、三国志の英雄である武将の“関羽”が祀られているそうだ。その前にはサーフィンボードが店前に並ぶカフェ風の店があるが、ここはサーフィン博物館である。

  • これらの前を抜け、先程この通りに入って来た路地を過ぎ、更に通りを進む。<br />そこから少し行ったところで左手にある店に入る。ここは最近出来た香料博物館なのだとタヌンさんが言う。<br />  <br />中に入ると、部屋の中央に大きな香木の木らしきものに彫刻を施したものが置かれ、その左手には、香木を彫刻するおじいさんがいる。大きな香木に彫刻を行っている。<br />また、その奥には機械の前で作業する女性がいる。その前まで行くと、その機械は線香を作る機械の様である。機械を操作し、心棒の表面に線香部分を塗っている。<br />こうして先程来遠橋でも見た長い線香が出来るが、まだ乾いていないので、この後乾燥させて完成する。<br />それを暫く見学していたが、更に奥の階段で2階に上がる。<br />2階は貴重な香木類やそれから作った彫刻品などが展示され、その中にお土産物の置物や線香類も並んでいる。その中の土産物を幾つか見て廻る。さすがに香木を使った線香なので高い!<br />その中で最も安価なものを選んで購入する事にした。それでも小さな木の筒に入ったもの(線香が何本入っているか判らないが)で、200,000ドン(約880円)である。<br />日本円に直すとそんなに高いものではないが、ベトナムの物価からすると非常に高価なものである。<br />それを購入するとおまけに小さな陶器の線香立て(1本の線香を立てられるもの)を貰った。<br />そして再び階段で1階に下り、この店を出る。<br />

    これらの前を抜け、先程この通りに入って来た路地を過ぎ、更に通りを進む。
    そこから少し行ったところで左手にある店に入る。ここは最近出来た香料博物館なのだとタヌンさんが言う。

    中に入ると、部屋の中央に大きな香木の木らしきものに彫刻を施したものが置かれ、その左手には、香木を彫刻するおじいさんがいる。大きな香木に彫刻を行っている。
    また、その奥には機械の前で作業する女性がいる。その前まで行くと、その機械は線香を作る機械の様である。機械を操作し、心棒の表面に線香部分を塗っている。
    こうして先程来遠橋でも見た長い線香が出来るが、まだ乾いていないので、この後乾燥させて完成する。
    それを暫く見学していたが、更に奥の階段で2階に上がる。
    2階は貴重な香木類やそれから作った彫刻品などが展示され、その中にお土産物の置物や線香類も並んでいる。その中の土産物を幾つか見て廻る。さすがに香木を使った線香なので高い!
    その中で最も安価なものを選んで購入する事にした。それでも小さな木の筒に入ったもの(線香が何本入っているか判らないが)で、200,000ドン(約880円)である。
    日本円に直すとそんなに高いものではないが、ベトナムの物価からすると非常に高価なものである。
    それを購入するとおまけに小さな陶器の線香立て(1本の線香を立てられるもの)を貰った。
    そして再び階段で1階に下り、この店を出る。

  • 店の中は冷房も効いていて居心地が良かったが、外は日差しも強くなり、暑い。<br />そして、通りを再び暫く歩く。通りには古い建物が並び、その半分くらいが何かしらの店を経営している様である。食べ物屋は少なく、土産物や衣装、ランタンなどを売る店が多い。<br />中にはホテルやカフェなどもある。<br />    <br />するとまた大きな家の前でタヌンさんが立ち止まる。ここに入る様である。<br />

    店の中は冷房も効いていて居心地が良かったが、外は日差しも強くなり、暑い。
    そして、通りを再び暫く歩く。通りには古い建物が並び、その半分くらいが何かしらの店を経営している様である。食べ物屋は少なく、土産物や衣装、ランタンなどを売る店が多い。
    中にはホテルやカフェなどもある。

    するとまた大きな家の前でタヌンさんが立ち止まる。ここに入る様である。

  • ここは貿易陶磁博物館である。<br />中に入ると中央には古い応接セットの様な椅子とテーブルが置かれ、その奥には当時の貿易船模型も見える。また、入口の直ぐ近くから展示ケースが壁際に並んでいる。<br />  <br />展示物はこの周辺で出土した陶磁器の数々や沈没船から引き上げられた遺物などである。<br />また、絵巻物の写真なども見える。その絵巻物は当時の貿易の様子を描かれている。ベトナムに置ける当時の日本人など貿易に関わる人達の暮らしの一端を垣間見る事が出来る。<br />ここでタヌンさんは1階で待っているので、2階を見て来る様に言われる。<br />

    ここは貿易陶磁博物館である。
    中に入ると中央には古い応接セットの様な椅子とテーブルが置かれ、その奥には当時の貿易船模型も見える。また、入口の直ぐ近くから展示ケースが壁際に並んでいる。

    展示物はこの周辺で出土した陶磁器の数々や沈没船から引き上げられた遺物などである。
    また、絵巻物の写真なども見える。その絵巻物は当時の貿易の様子を描かれている。ベトナムに置ける当時の日本人など貿易に関わる人達の暮らしの一端を垣間見る事が出来る。
    ここでタヌンさんは1階で待っているので、2階を見て来る様に言われる。

  • そこで狭い螺旋階段を上り、2階に上がる。2階にも少し展示物があるが、それよりも2階のベランダの様なところに出る。<br />ここからの眺めは街並みを見るには非常に良い。<br />  <br />同じ様な屋根の家が通り沿いに並んでいるのが良く判る。

    そこで狭い螺旋階段を上り、2階に上がる。2階にも少し展示物があるが、それよりも2階のベランダの様なところに出る。
    ここからの眺めは街並みを見るには非常に良い。

    同じ様な屋根の家が通り沿いに並んでいるのが良く判る。

  • 2階中央にはここにも1階から物を上げる為の窓の様なものがあり、その上には滑車も見える。<br />  <br />2階の見学を終え、再び1階に下りると、1階中央には中庭があり、1階奥には小さな土産物店がある。その庭には大きな装飾した壁がある。<br />

    2階中央にはここにも1階から物を上げる為の窓の様なものがあり、その上には滑車も見える。

    2階の見学を終え、再び1階に下りると、1階中央には中庭があり、1階奥には小さな土産物店がある。その庭には大きな装飾した壁がある。

  • この家の造りは中国・雲南省の大理などで見た白族の家の三方一障壁の造りに似ている。ここの元の家の持ち主は中国・雲南の出身者だったのかも知れない。<br />再びタヌンさんと合流し、この博物館を出る。<br />そして通りを更に歩くと、同じ左手に中華會館の文字が見える。ここも見学が出来る施設で、入口には男性が座り込んでいる。しかし、ここには立寄らない様でタヌンさんが通り過ぎる。<br /> <br />更に進むと更に立派な中華風の門が見えて来る。ここが福建會館である。<br />ここには立寄る様で、この門を入る。門の入口でチケットを渡し、中に入る。門からはタイル張りの道が続き、前方にはレンガ造りのまた門の様な建物が見える。<br />    <br />かなり広い敷地で、木々や盆栽なども配され、非常に綺麗である。更にその門の様な建物を入ると、前方に建物が見える。その前にも多くの盆栽が並んでいる。<br />

    この家の造りは中国・雲南省の大理などで見た白族の家の三方一障壁の造りに似ている。ここの元の家の持ち主は中国・雲南の出身者だったのかも知れない。
    再びタヌンさんと合流し、この博物館を出る。
    そして通りを更に歩くと、同じ左手に中華會館の文字が見える。ここも見学が出来る施設で、入口には男性が座り込んでいる。しかし、ここには立寄らない様でタヌンさんが通り過ぎる。

    更に進むと更に立派な中華風の門が見えて来る。ここが福建會館である。
    ここには立寄る様で、この門を入る。門の入口でチケットを渡し、中に入る。門からはタイル張りの道が続き、前方にはレンガ造りのまた門の様な建物が見える。

    かなり広い敷地で、木々や盆栽なども配され、非常に綺麗である。更にその門の様な建物を入ると、前方に建物が見える。その前にも多くの盆栽が並んでいる。

  • タヌンさんによれば、ここは華僑の人々の集会所で、現在も昔と同じ用途で使用されていると言う。<br />この建物の中には、福建省出身者の多くの貿易商人が信仰する天后聖母が祀られている。<br />中に入ると入口付近のテーブルに何人かの男性が座り、話をしている。本当に今でも華僑の人達の会合場所になっているのである。<br />また、建物の中はさすが中国である。原色の赤や黄の色を配した煌びやかな造りである。<br />天井からは多くの渦巻き線香がぶら下がり、その奥には鶴と亀の銅像がある。更にその奥に煌びやかな祭壇があり、その中央に天后聖母が祀られている。<br />その天后聖母の祀られた祭壇の更に裏手にももう一つ祭壇があり、中国風の人物が祀られている。<br />    <br />タヌンさんに聞くと、これは17世紀に福建省から来た6家族の家長の像とベトナム医療の礎を築いたと言われているレ・フー・チャックの像だと言う。<br />建物内を一周して、この福建會館を出る。<br />これで日程表の予定は終了であるが、タヌンさんが、購入した入場券で5ヶ所廻る事が出来るそうで、時間もあり、もう1ヶ所行く事になった。<br />

    タヌンさんによれば、ここは華僑の人々の集会所で、現在も昔と同じ用途で使用されていると言う。
    この建物の中には、福建省出身者の多くの貿易商人が信仰する天后聖母が祀られている。
    中に入ると入口付近のテーブルに何人かの男性が座り、話をしている。本当に今でも華僑の人達の会合場所になっているのである。
    また、建物の中はさすが中国である。原色の赤や黄の色を配した煌びやかな造りである。
    天井からは多くの渦巻き線香がぶら下がり、その奥には鶴と亀の銅像がある。更にその奥に煌びやかな祭壇があり、その中央に天后聖母が祀られている。
    その天后聖母の祀られた祭壇の更に裏手にももう一つ祭壇があり、中国風の人物が祀られている。

    タヌンさんに聞くと、これは17世紀に福建省から来た6家族の家長の像とベトナム医療の礎を築いたと言われているレ・フー・チャックの像だと言う。
    建物内を一周して、この福建會館を出る。
    これで日程表の予定は終了であるが、タヌンさんが、購入した入場券で5ヶ所廻る事が出来るそうで、時間もあり、もう1ヶ所行く事になった。

  • 更に通りを歩くと、広場に突き当たる。そこは新しいホイアン市場を建設中で、建物は既に出来ており、<br />現在、その建物内を整備中の様だ。その前には路上市場が並んでいる。<br />その路上市場では、土産物や食べ物などが売られている。食べ物は暑い場所なので、飲物などや果物が多い。その路上市場の店を見ながら歩き、先程の通りから1本南の通りに入る。<br />この辺りも歩行者天国で、人通りが多い。<br />その通りを少し入ると左手に大きな家がある。そこが最後の観光所である伝統音楽コンサートと手工芸品ワークショップである。<br />入口を入ると、大きな広間になっており、その右手の3分の2がステージと観客席の様に椅子が置かれている。ここで伝統音楽のコンサートが行われるのである。<br />このコンサートを見る為にここに寄った様で、タヌンさんがステージ前に良い席を確保する様に勧める。コンサートは直ぐに始まる様で、この席で暫く待つ事になる。席の椅子と言っても丸太を切ったものが置かれているだけである。その丸太に座る。<br />ステージの脇には既に楽隊の人達が集まり、話をしている。中には民族楽器の調整や演奏練習などを行っている人もいる。<br />私が椅子に座った時には私と数人の観客しか居なかったが、今はもう殆ど席が埋まっている。<br />5分程待って、やっとステージに民族楽器を持った楽隊の人達が上がった。<br />楽隊の人達は5人である。楽隊中央の女性の前には、見慣れない楽器が置かれている。弦楽器の様ではあるが、私は見た事がない楽器である。<br />5人が揃うと早々演奏が始まる。これも聞きなれない曲調ではあるが、中国風の曲調なのだろう。<br />その演奏が終わると、女性が舞台に現れる。そして、その女性の歌と共に次の曲が始まる。<br />歌を終え、その女性が舞台袖に退くと、更に別の女性が現れ、また歌が始まる。その後、横笛の独奏曲や数人の女性の踊りに合わせた演奏など、20分程のコンサートであった。<br />最後に全員が並び、挨拶を行い、これでコンサートが終了する。<br />

    更に通りを歩くと、広場に突き当たる。そこは新しいホイアン市場を建設中で、建物は既に出来ており、
    現在、その建物内を整備中の様だ。その前には路上市場が並んでいる。
    その路上市場では、土産物や食べ物などが売られている。食べ物は暑い場所なので、飲物などや果物が多い。その路上市場の店を見ながら歩き、先程の通りから1本南の通りに入る。
    この辺りも歩行者天国で、人通りが多い。
    その通りを少し入ると左手に大きな家がある。そこが最後の観光所である伝統音楽コンサートと手工芸品ワークショップである。
    入口を入ると、大きな広間になっており、その右手の3分の2がステージと観客席の様に椅子が置かれている。ここで伝統音楽のコンサートが行われるのである。
    このコンサートを見る為にここに寄った様で、タヌンさんがステージ前に良い席を確保する様に勧める。コンサートは直ぐに始まる様で、この席で暫く待つ事になる。席の椅子と言っても丸太を切ったものが置かれているだけである。その丸太に座る。
    ステージの脇には既に楽隊の人達が集まり、話をしている。中には民族楽器の調整や演奏練習などを行っている人もいる。
    私が椅子に座った時には私と数人の観客しか居なかったが、今はもう殆ど席が埋まっている。
    5分程待って、やっとステージに民族楽器を持った楽隊の人達が上がった。
    楽隊の人達は5人である。楽隊中央の女性の前には、見慣れない楽器が置かれている。弦楽器の様ではあるが、私は見た事がない楽器である。
    5人が揃うと早々演奏が始まる。これも聞きなれない曲調ではあるが、中国風の曲調なのだろう。
    その演奏が終わると、女性が舞台に現れる。そして、その女性の歌と共に次の曲が始まる。
    歌を終え、その女性が舞台袖に退くと、更に別の女性が現れ、また歌が始まる。その後、横笛の独奏曲や数人の女性の踊りに合わせた演奏など、20分程のコンサートであった。
    最後に全員が並び、挨拶を行い、これでコンサートが終了する。

  • このコンサートを見る為にここに寄った様で、タヌンさんがステージ前に良い席を確保する様に勧める。コンサートは直ぐに始まる様で、この席で暫く待つ事になる。席の椅子と言っても丸太を切ったものが置かれているだけである。その丸太に座る。<br />ステージの脇には既に楽隊の人達が集まり、話をしている。中には民族楽器の調整や演奏練習などを行っている人もいる。<br />私が椅子に座った時には私と数人の観客しか居なかったが、今はもう殆ど席が埋まっている。<br />5分程待って、やっとステージに民族楽器を持った楽隊の人達が上がった。<br />楽隊の人達は5人である。楽隊中央の女性の前には、見慣れない楽器が置かれている。弦楽器の様ではあるが、私は見た事がない楽器である。<br />5人が揃うと早々演奏が始まる。これも聞きなれない曲調ではあるが、中国風の曲調なのだろう。<br />その演奏が終わると、女性が舞台に現れる。そして、その女性の歌と共に次の曲が始まる。<br />歌を終え、その女性が舞台袖に退くと、更に別の女性が現れ、また歌が始まる。その後、横笛の独奏曲や数人の女性の踊りに合わせた演奏など、20分程のコンサートであった。<br />最後に全員が並び、挨拶を行い、これでコンサートが終了する。<br />

    このコンサートを見る為にここに寄った様で、タヌンさんがステージ前に良い席を確保する様に勧める。コンサートは直ぐに始まる様で、この席で暫く待つ事になる。席の椅子と言っても丸太を切ったものが置かれているだけである。その丸太に座る。
    ステージの脇には既に楽隊の人達が集まり、話をしている。中には民族楽器の調整や演奏練習などを行っている人もいる。
    私が椅子に座った時には私と数人の観客しか居なかったが、今はもう殆ど席が埋まっている。
    5分程待って、やっとステージに民族楽器を持った楽隊の人達が上がった。
    楽隊の人達は5人である。楽隊中央の女性の前には、見慣れない楽器が置かれている。弦楽器の様ではあるが、私は見た事がない楽器である。
    5人が揃うと早々演奏が始まる。これも聞きなれない曲調ではあるが、中国風の曲調なのだろう。
    その演奏が終わると、女性が舞台に現れる。そして、その女性の歌と共に次の曲が始まる。
    歌を終え、その女性が舞台袖に退くと、更に別の女性が現れ、また歌が始まる。その後、横笛の独奏曲や数人の女性の踊りに合わせた演奏など、20分程のコンサートであった。
    最後に全員が並び、挨拶を行い、これでコンサートが終了する。

  • 会場の端で待っていたタヌンさんと合流し、もう少しこの手工芸品のワークショップを見て良いかを聞くと、時間は問題ない様である。<br />更に店の奥に行くと、コンサートを行っていた大広間の奥には大きな中庭があり、その周りに店が並んでいる。丁度、中庭前には綺麗なランタンが沢山飾られている。<br />中庭奥にも入口のコンサートを行った大広間と同じ様な大広間の部屋があり、その部屋には様々なお土産物が並ぶ。ここにはホイアンの土産物というよりはベトナム全土のお土産物が並んでいる。<br />一通り見て廻るが、結局何も買わず、その部屋を出てタヌンさんの待つ入口の大広間に戻る。<br />そして、このワークショップを出る。このワークショップの前でタヌンさんが、「まだ少し時間がありますので、お土産物などを見たければ見て来て下さい。ここに15時40分に戻って来て下さい。」と言う。時計を見ると時刻は15時15分頃で、20分強時間がある。<br />そこでこの通りを少し歩き、お土産物を見る事にした。この通りも先程歩いていた通りの様に多くの土産物屋や衣装、ランタンなど様々な物を売る店が軒を連ねている。<br />その通りを歩きながら、目に付いた店には入っては出る。数軒の店を見て廻るが、置いてある物は特に買いたい様なものは見当たらない。<br />

    会場の端で待っていたタヌンさんと合流し、もう少しこの手工芸品のワークショップを見て良いかを聞くと、時間は問題ない様である。
    更に店の奥に行くと、コンサートを行っていた大広間の奥には大きな中庭があり、その周りに店が並んでいる。丁度、中庭前には綺麗なランタンが沢山飾られている。
    中庭奥にも入口のコンサートを行った大広間と同じ様な大広間の部屋があり、その部屋には様々なお土産物が並ぶ。ここにはホイアンの土産物というよりはベトナム全土のお土産物が並んでいる。
    一通り見て廻るが、結局何も買わず、その部屋を出てタヌンさんの待つ入口の大広間に戻る。
    そして、このワークショップを出る。このワークショップの前でタヌンさんが、「まだ少し時間がありますので、お土産物などを見たければ見て来て下さい。ここに15時40分に戻って来て下さい。」と言う。時計を見ると時刻は15時15分頃で、20分強時間がある。
    そこでこの通りを少し歩き、お土産物を見る事にした。この通りも先程歩いていた通りの様に多くの土産物屋や衣装、ランタンなど様々な物を売る店が軒を連ねている。
    その通りを歩きながら、目に付いた店には入っては出る。数軒の店を見て廻るが、置いてある物は特に買いたい様なものは見当たらない。

  • 時間はまだあるが、通りを再び戻る。その途中である店の前でタヌンさんを発見する。<br />タヌンさんに合流し、何の店なのかと見ると衣装や帽子などを売る店である。そこの店主らしきおじいさんとタヌンさんが話をしている。<br />聞くと、タヌンさんもこの店で良く服や帽子を購入するのだと言う。<br />そしてタヌンさんが、「この帽子もここで購入したものですよ!」と言い、今被っている少し大きめの帽子を指差す。そして「ここの帽子は非常に丈夫ですよ!」と付け加える。<br />そこで、帽子をここで数点購入する事にした。中々オシャレな柄の生地を用いた帽子が多く、帽子の形はハンチング帽が多い。そのハンチング帽の幾つかを出して貰い、その中から1個を選び、購入する事にした。1個は25,000ドン(約110円)と非常に安い!生地が良いのでもう少し高いと思っていた。<br />最初は1個だけ購入するつもりであったが、あまりに安いのでもう一つ購入する事にした。<br />そこで少し生地の違うものを選び、購入する。2個で50,000ドン(約220円)である。<br />代金を払い、品物を受け取り、タヌンさんと店を離れる。<br />  <br />そこでタヌンさんが、「まだ店を見て廻りますか?」と尋ねる。私が、「もう充分です。」と答え、車に戻る事になった。その途中にも路上市場には多くの露店が出ている。また地面に座り、その前に品物を広げ、売っているおばさん達も多く見かける。<br />車が待つ通りに向かう途中で、陶器で出来た笛を売っているおばさんに出会う。<br />笛を見れば動物の形をしているので、タヌンさんに聞くと、「十二支の動物を模った陶器の笛です。」と言う。これは親戚の子供達が喜ぶのではないかと思い、安ければ購入しようとタヌンさんに値段を聞いて貰うと、何と12個(十二支全部)で20,000ドン(約88円)だと言う。家に持って帰る前に壊れるかも知れないが、購入する事にした。<br />そのおばさんは購入すると満面の笑顔で非常に喜んでくれた。こうやって露店を出しても、そんなに売れるものではないのかも知れない。ここでタヌンさんが、「ベトナムの十二支は中国と違いますが、日本ではどうですか?」と聞いて来た。<br />そこで、私が日本の十二支を一つ一つ言うと、ベトナムの十二支は、鼠、水牛、虎、猫、龍、蛇、馬、 山羊、猿、鶏、犬、豚であった。日本と細かな違いも含めると、水牛、猫、山羊、鶏(酉と同じ?)の4つも違う。<br />再び歩き出し、車の走る通りまで出て、その通りを車に注意しながら渡る。そして、交差点の一画の駐車場らしきところに入るが、我々の乗って来た車は見つからない。そこでタヌンさんが携帯電話で運転手のフォンさんと連絡を取っている。<br />電話が終わり、タヌンさんが、「暫くここで待ちます。」と言う。<br />予定ではここに車が止まっているはずであったらしいが、ここの駐車場が一杯であった為に別の場所にフォンさんが、車を止めた様である。<br />暫くすると見覚えのある車が通りの反対側に走って来た。それを見つけ、タヌンさんと共に再び車に注意しながら通りを渡り、車の止まっているところまで行く。そこで車に乗り込む。<br />

    時間はまだあるが、通りを再び戻る。その途中である店の前でタヌンさんを発見する。
    タヌンさんに合流し、何の店なのかと見ると衣装や帽子などを売る店である。そこの店主らしきおじいさんとタヌンさんが話をしている。
    聞くと、タヌンさんもこの店で良く服や帽子を購入するのだと言う。
    そしてタヌンさんが、「この帽子もここで購入したものですよ!」と言い、今被っている少し大きめの帽子を指差す。そして「ここの帽子は非常に丈夫ですよ!」と付け加える。
    そこで、帽子をここで数点購入する事にした。中々オシャレな柄の生地を用いた帽子が多く、帽子の形はハンチング帽が多い。そのハンチング帽の幾つかを出して貰い、その中から1個を選び、購入する事にした。1個は25,000ドン(約110円)と非常に安い!生地が良いのでもう少し高いと思っていた。
    最初は1個だけ購入するつもりであったが、あまりに安いのでもう一つ購入する事にした。
    そこで少し生地の違うものを選び、購入する。2個で50,000ドン(約220円)である。
    代金を払い、品物を受け取り、タヌンさんと店を離れる。

    そこでタヌンさんが、「まだ店を見て廻りますか?」と尋ねる。私が、「もう充分です。」と答え、車に戻る事になった。その途中にも路上市場には多くの露店が出ている。また地面に座り、その前に品物を広げ、売っているおばさん達も多く見かける。
    車が待つ通りに向かう途中で、陶器で出来た笛を売っているおばさんに出会う。
    笛を見れば動物の形をしているので、タヌンさんに聞くと、「十二支の動物を模った陶器の笛です。」と言う。これは親戚の子供達が喜ぶのではないかと思い、安ければ購入しようとタヌンさんに値段を聞いて貰うと、何と12個(十二支全部)で20,000ドン(約88円)だと言う。家に持って帰る前に壊れるかも知れないが、購入する事にした。
    そのおばさんは購入すると満面の笑顔で非常に喜んでくれた。こうやって露店を出しても、そんなに売れるものではないのかも知れない。ここでタヌンさんが、「ベトナムの十二支は中国と違いますが、日本ではどうですか?」と聞いて来た。
    そこで、私が日本の十二支を一つ一つ言うと、ベトナムの十二支は、鼠、水牛、虎、猫、龍、蛇、馬、 山羊、猿、鶏、犬、豚であった。日本と細かな違いも含めると、水牛、猫、山羊、鶏(酉と同じ?)の4つも違う。
    再び歩き出し、車の走る通りまで出て、その通りを車に注意しながら渡る。そして、交差点の一画の駐車場らしきところに入るが、我々の乗って来た車は見つからない。そこでタヌンさんが携帯電話で運転手のフォンさんと連絡を取っている。
    電話が終わり、タヌンさんが、「暫くここで待ちます。」と言う。
    予定ではここに車が止まっているはずであったらしいが、ここの駐車場が一杯であった為に別の場所にフォンさんが、車を止めた様である。
    暫くすると見覚えのある車が通りの反対側に走って来た。それを見つけ、タヌンさんと共に再び車に注意しながら通りを渡り、車の止まっているところまで行く。そこで車に乗り込む。

  • <ダナン空港への移動とダナン空港での時間><br />車の中は冷房が効いて涼しい事を期待していたが、車も今まで止められていた為か、まだ冷房が殆ど効いていない。冷房が効くまで時間が掛かる。<br />これでホイアンの街とのお別れである。これからダナンの空港へ向かう。<br />今日はこれからダナンの空港へ行き、そこからハノイへ移動する。ここからダナンの空港までは約1時間との事である。<br />タヌンさんにダナンの空港はダナンの郊外にあるのかと聞くと、「街の真ん中です。」との答えである。<br />ダナンの空港は街の真ん中にあるのだと言う。<br />暫らく走ると車の中がやっと涼しくなって来た。すると先程まで暑い中にいて疲れているせいか、眠たくなって来た。知らない内に寝てしまう。<br />次に目が覚めた時には、既にダナンの街中を車が走っていた。さすがにベトナム中部最大の都市である。大きなビルが林立する大都会である。そのビル群の中を車が走る。<br />ビル群を抜け、前方が開けて来た。するとタヌンさんが私の方を向き、『もう直ぐダナンの空港に到着します。』と言う。<br />車が大きな道に入り、その前には検問所の様なものが見えている。その前まで行き、フォンさんがお金を支払い、更に道を進む。ここから空港エリアの様でここに入るのにお金が必要なのである。<br />すると前方に空港の建物が見えて来た。その前に車が止まる。時刻は17時10分である。<br />車を降り、フォンさんが後から旅行カバンを下ろしてくれる。ここでフォンさんとはお別れである。お礼を言い、握手をして別れ、タヌンさんと空港の建物内に入る。<br />空港内は然程大きくなく、目の前に航空会社のカウンターが見えている。ここにあるカウンターは殆どがベトナム航空のカウンターである。その中でハノイ行きのカウンターに並ぶ。<br />タヌンさんにパスポートとEチケット、旅行カバンを渡す。タヌンさんが、『席はどうしますか?窓側、通路側と聞かれるので、窓側をお願いする。』<br />私は列を離れ、待つ事になる。暫らくしてタヌンさんが戻り、搭乗券と一緒にEチケットとパスポートを返され、入口に向かう。<br />ここでタヌンさんともお別れである。入口前でタヌンさんにお礼を言い、握手をして入口を入る。<br />簡単な手荷物検査を受け、空港ロビー内に入る。<br />このダナン空港内のロビーは然程大きくはない。<br />手荷物検査所の奥に椅子が並ぶ、その前に左右に搭乗ゲートが見えている。その中央に2階に上がる階段があるが、2階にも搭乗ゲートがあるのか?<br />喉が渇いているので、ロビー内の売店でペットボトルのジュースを購入し、涼しいクーラーの前の椅子に座り、時間がくるのを待つ事にする。<br />搭乗券を見ても搭乗ゲートの表示がなく、どちらのゲートから出るのか判らない。ゲート前にも今搭乗を終えた便の表示しかなく、これからの便の表示が出ていない。<br />椅子で暫らく、このロビー内の様子やゲート付近の様子をぼんやり見ている。<br />このロビー内の椅子は直ぐに満員となる。何便の乗客が待っているのかさえも判らないが、待っている乗客はかなりの数である。すると18時過ぎの右手のゲートで搭乗が開始される。<br />行き先を見ると、今搭乗が始まった便もハノイ行きである。確認すると便名が違う。<br />再び椅子に戻り、便が表示されるのを待つ。便はVN1518便である。<br />それから少し経ち、左手のゲート前に乗客が並び始める。ベトナム語のアナウンスが繰り返された後に英語のアナウンスを行っている様であるが良く聞きとれない。<br />確認の為に再びゲート前に行くと、VN1518便の表示が出ていた。もう直ぐ搭乗手続きが開始される様である。<br />

    <ダナン空港への移動とダナン空港での時間>
    車の中は冷房が効いて涼しい事を期待していたが、車も今まで止められていた為か、まだ冷房が殆ど効いていない。冷房が効くまで時間が掛かる。
    これでホイアンの街とのお別れである。これからダナンの空港へ向かう。
    今日はこれからダナンの空港へ行き、そこからハノイへ移動する。ここからダナンの空港までは約1時間との事である。
    タヌンさんにダナンの空港はダナンの郊外にあるのかと聞くと、「街の真ん中です。」との答えである。
    ダナンの空港は街の真ん中にあるのだと言う。
    暫らく走ると車の中がやっと涼しくなって来た。すると先程まで暑い中にいて疲れているせいか、眠たくなって来た。知らない内に寝てしまう。
    次に目が覚めた時には、既にダナンの街中を車が走っていた。さすがにベトナム中部最大の都市である。大きなビルが林立する大都会である。そのビル群の中を車が走る。
    ビル群を抜け、前方が開けて来た。するとタヌンさんが私の方を向き、『もう直ぐダナンの空港に到着します。』と言う。
    車が大きな道に入り、その前には検問所の様なものが見えている。その前まで行き、フォンさんがお金を支払い、更に道を進む。ここから空港エリアの様でここに入るのにお金が必要なのである。
    すると前方に空港の建物が見えて来た。その前に車が止まる。時刻は17時10分である。
    車を降り、フォンさんが後から旅行カバンを下ろしてくれる。ここでフォンさんとはお別れである。お礼を言い、握手をして別れ、タヌンさんと空港の建物内に入る。
    空港内は然程大きくなく、目の前に航空会社のカウンターが見えている。ここにあるカウンターは殆どがベトナム航空のカウンターである。その中でハノイ行きのカウンターに並ぶ。
    タヌンさんにパスポートとEチケット、旅行カバンを渡す。タヌンさんが、『席はどうしますか?窓側、通路側と聞かれるので、窓側をお願いする。』
    私は列を離れ、待つ事になる。暫らくしてタヌンさんが戻り、搭乗券と一緒にEチケットとパスポートを返され、入口に向かう。
    ここでタヌンさんともお別れである。入口前でタヌンさんにお礼を言い、握手をして入口を入る。
    簡単な手荷物検査を受け、空港ロビー内に入る。
    このダナン空港内のロビーは然程大きくはない。
    手荷物検査所の奥に椅子が並ぶ、その前に左右に搭乗ゲートが見えている。その中央に2階に上がる階段があるが、2階にも搭乗ゲートがあるのか?
    喉が渇いているので、ロビー内の売店でペットボトルのジュースを購入し、涼しいクーラーの前の椅子に座り、時間がくるのを待つ事にする。
    搭乗券を見ても搭乗ゲートの表示がなく、どちらのゲートから出るのか判らない。ゲート前にも今搭乗を終えた便の表示しかなく、これからの便の表示が出ていない。
    椅子で暫らく、このロビー内の様子やゲート付近の様子をぼんやり見ている。
    このロビー内の椅子は直ぐに満員となる。何便の乗客が待っているのかさえも判らないが、待っている乗客はかなりの数である。すると18時過ぎの右手のゲートで搭乗が開始される。
    行き先を見ると、今搭乗が始まった便もハノイ行きである。確認すると便名が違う。
    再び椅子に戻り、便が表示されるのを待つ。便はVN1518便である。
    それから少し経ち、左手のゲート前に乗客が並び始める。ベトナム語のアナウンスが繰り返された後に英語のアナウンスを行っている様であるが良く聞きとれない。
    確認の為に再びゲート前に行くと、VN1518便の表示が出ていた。もう直ぐ搭乗手続きが開始される様である。

  • <ハノイ ノイバイ空港へのVN1518便><br />私も列に並ぶ。18時20分頃に搭乗手続きが開始される。この搭乗手続きは順調に進み、直ぐに順番になり、ゲートを抜ける。ゲートを抜けると前にシャトルバスが2台止まっており、その2台にゲートを抜けた乗客が分かれて乗り込んでいる。私もその1台に乗り込む。<br />乗客が全員2台のシャトルバスに乗り込むとシャトルバスが走り出す。もう辺りは何時の間にかすっかり暗くなっている。<br />シャトルバスは空港内を移動し、新しく建設途中のターミナル建築場所の前を過ぎる。現在、このダナン空港でも新しいターミナル建物を建設中である。<br />  <br />その前辺りに待機している機体の横でシャトルバスは停車する。これが搭乗する機体である。<br />タラップが前方と後方の2か所にある。自分の搭乗券をみると32Dであるので機体後方の席と考え、後方から乗り込む事にし、後方のタラップに向かう。タラップの下で搭乗券をチェックしている女性に搭乗券を見せ、タラップを上る様に促される。<br />  <br />タラップを上り、機内に入ると意外に大きな機体で、3人掛け席が1列に3つ並んでいる。1列9人掛けの機体である。機体はB777-200型である。時刻は18時30分である。<br />窓際の席をお願いしたつもりであるが、結局真ん中の3人掛けの通路側の席であった。<br />席に着き、暫らくするとCAがおしぼりを配り始める。まだ機体は動き出してもいない。乗客は既に全員搭乗しているが、動き出す気配がない。<br />やっと19時前になり、機体が後進を始める。ゆっくりと後進をした後、前進を開始し、少し前進すると停止した。そこから暫らく動かなくなった。<br />10分程停止していただろうか、再び動き出し、滑走路に出る。すると程なくエンジン音が上がり、加速を開始する。<br />19時18分頃に無事にダナン空港を離陸した。ここからハノイまでは1時間10分のフライト予定である。離陸から5分程で水平飛行に入ったのか、シートベルト着用ランプが消える。<br />旅行日程表には今日の夕食の記載がなく、このダナンからハノイまでの間に機内食が出るのかも知れないと思っていたが、CAが機内食を配る気配がない。<br />離陸から10分程過ぎて飲物を配り始めたが、それを配り終えるとその後CAの動きは何もない。<br />既に離陸から25分が過ぎている。もうこの時間に機内食を配らないという事はないのである。<br />今日の夕食はどうなるのであろうか?ハノイに着いてから食事を取るのであろうか?そうするとかなり遅い時間の食事になる。<br />機体は揺れる事も殆どなく、離陸から40分が過ぎたところで機内アナウンスがある。あと30分程でハノイに到着する。順調な飛行が続き、次第に高度が下がるのが、判り始める。<br />今回は少し耳が痛くなる。真ん中の3人掛けの席に座っているので、窓の外の様子が判らない。<br />しかし、もうかなり下まで下りて来ているはずである。<br />すると不意に機体に振動が走る。タイヤを出した様である。その後暫らくして無事にハノイ ノイバイ国際空港に着陸した。時刻は20時30分である。<br />着陸後空港内を移動していたが、5分程でターミナルに到着し、停止する。その後、更に5分程で乗客が機体を降り始める。<br />さすがにダナン空港とは違い、ハノイ ノイバイ国際空港は大きく、近代的な空港である。<br />ターミナル内に入ると2階の到着エリアから直ぐに1階のエリアに階段で下りる。<br />そこが、手荷物受取所である。ここには2ヶ所のベルトコンベアがあり、どちらから私の手荷物が出て来るかの表示が未だ出ていない。まだ、その前の便が2便程表示されている。<br />少しここで時間が掛かる。暫くするとその手荷物の受取を待つ乗客が移動を始める。どうやら新たな便の表示が出た様である。そのベルトコンベア前に行くと私の乗って来た便の表示が出ている。<br />もう直ぐこちらから出て来る予定である。更に暫く待つと手荷物がベルトコンベアに出て来た。直ぐに私の荷物も出て来た。それをピックアップし、出口に向かう。ここでも出口で手荷物の検査が行なわれ、それを済ませ、出口に向かう。時刻は21時10分である。<br />出口付近にはこれまた多くの人達が集まり、出口を出て来る乗客を待っている。<br />私も出口を出て、またJTBの現地係員を探す。すると正面右手にJTBのロゴの入った紙に私の名前を書いたものを持った女性が立っていた。<br />その女性に近づき、名前を告げる。そして、その女性について空港ターミナルを出る。<br /><br /><ハノイ ノイバイ国際空港からハノイ市街への移動><br />空港前の道路前で迎えを車が来るのを待つ。少しすると車が我々の前に止まる。<br />普通の乗用車である。<br />ホンダの車の様ではあるが、車種が良く判らない。<br />運転手が車から降り、私の旅行カバンを後ろのトランクに乗せてくれる。運転手は若い男性である。<br />そして車の後部座席に乗り込む。ここからハノイの市内に向かう。<br />車が動き出すと、現地ガイドの女性が自己紹介を行ってくれる。女性はビック・ツーさんである。<br />まだ20代の女性の様である。聞くとまだ旅行ガイドを始めて2年目だと言う。そして、運転手はファンさんである。<br />ハノイ市内まではこのノイバイ国際空港から高速道路を使用して30分強だそうだ。<br />これからハノイに向かい、夕食を取った後、ホテルに向かうと言う。<br />空港を出ると直ぐに高速道路に入る。<br />そこを走る中でツーさんからハノイについての説明が行われる。<br />ハノイはベトナムの首都で、南のサイゴン(どうも北ベトナムの人は今でもホーチミンをサイゴンと呼ぶ様である)が商業の中心地である様に、政治・文化の中心都市である。<br />11世紀に首都タンロン(昇龍)が置かれ、以降先日訪れたフエに王朝首都が移るまでの約1000年近い期間ベトナムの諸王朝の首都として栄えた都市である。また、フランス統治時代には多くの洋式建物や教会が建てられ、それら洋式建物は現在の政府の需要な施設に利用されていると言う。<br />また、このハノイも日本のODAの恩恵を非常に受けている都市で、今現在、走っている、この高速道路も日本のODAで造られたものであり、ハノイとサイゴンを結ぶベトナムの幹線道路である1号線も日本のODAにより造られたそうだ。<br />また、これから向かうハノイ市内の排水施設も日本の企業が整備したものであると言うが、まだ充分なものにはなっていないそうだ。<br />現在、ハノイ市内を流れるホン河(紅河)に新たな橋を建設中で、この橋も日本のODAで橋を造っていると言う。<br />ツーさんも日本の東日本大震災の状況は良く判っている様で、ベトナムの人達は日本の国内が大変な事になっているのにも関わらず、日本政府がODAの金額については変える事なく、ベトナムに支援を送ってくれる事に驚きと感謝の念を持っていると盛んに強調していた。<br />高速道路を走る途中で、何やら遠くで雷が見えている。そして少し雨が降り始める。雨や雷はハノイに近づくに連れて激しさを増して来る。<br />少しすると大きな河に掛かる橋を渡り、橋を渡り切ると直ぐに高速を下りる。<br />そして、ハノイ市内の道路に入る。もう雨は豪雨に変わり、滝の様に雨が降っている。熱帯のスコールとはこの様な状況なのであろうか?<br />ツーさんに聞くと、ここ数日この様な雨が続いていると言う。<br />また、ハノイ市内は先程も教えて貰ったが、日本企業による排水施設があるが、それでもこの様な豪雨が3時間も続くと市内は洪水状態になると言う。<br />市内を走り始めると更に雨が激しさを増し、本当に車のワイパーをフル始動しても前が見えない状況である。その中でも合羽を着たバイクが走っている。<br />既に道路は冠水している。まだ雨は止む気配はない。<br />明日の天気は大丈夫なのか心配になって来たのでツーさんに聞くと、「明日の天気は大丈夫だと思います。」との答えが返って来たが、何の根拠もない様な口調である。<br />車は市内を走り、中心街に来た様である。区画整理させ、整然と並ぶビル街に来た。<br />ビルと言っても高層ビルではなく、非常に頑丈そうな石造りのビルが多い。<br />ツーさんによると殆どの古い大きな建物がフランス統治下での建物であると言う。<br />その中心街の大きな道から路地に入り、何度か角を曲がったところで車が停車する。ここが今日の夕食場所の様だ。時刻はもう22時前である。<br />

    <ハノイ ノイバイ空港へのVN1518便>
    私も列に並ぶ。18時20分頃に搭乗手続きが開始される。この搭乗手続きは順調に進み、直ぐに順番になり、ゲートを抜ける。ゲートを抜けると前にシャトルバスが2台止まっており、その2台にゲートを抜けた乗客が分かれて乗り込んでいる。私もその1台に乗り込む。
    乗客が全員2台のシャトルバスに乗り込むとシャトルバスが走り出す。もう辺りは何時の間にかすっかり暗くなっている。
    シャトルバスは空港内を移動し、新しく建設途中のターミナル建築場所の前を過ぎる。現在、このダナン空港でも新しいターミナル建物を建設中である。

    その前辺りに待機している機体の横でシャトルバスは停車する。これが搭乗する機体である。
    タラップが前方と後方の2か所にある。自分の搭乗券をみると32Dであるので機体後方の席と考え、後方から乗り込む事にし、後方のタラップに向かう。タラップの下で搭乗券をチェックしている女性に搭乗券を見せ、タラップを上る様に促される。

    タラップを上り、機内に入ると意外に大きな機体で、3人掛け席が1列に3つ並んでいる。1列9人掛けの機体である。機体はB777-200型である。時刻は18時30分である。
    窓際の席をお願いしたつもりであるが、結局真ん中の3人掛けの通路側の席であった。
    席に着き、暫らくするとCAがおしぼりを配り始める。まだ機体は動き出してもいない。乗客は既に全員搭乗しているが、動き出す気配がない。
    やっと19時前になり、機体が後進を始める。ゆっくりと後進をした後、前進を開始し、少し前進すると停止した。そこから暫らく動かなくなった。
    10分程停止していただろうか、再び動き出し、滑走路に出る。すると程なくエンジン音が上がり、加速を開始する。
    19時18分頃に無事にダナン空港を離陸した。ここからハノイまでは1時間10分のフライト予定である。離陸から5分程で水平飛行に入ったのか、シートベルト着用ランプが消える。
    旅行日程表には今日の夕食の記載がなく、このダナンからハノイまでの間に機内食が出るのかも知れないと思っていたが、CAが機内食を配る気配がない。
    離陸から10分程過ぎて飲物を配り始めたが、それを配り終えるとその後CAの動きは何もない。
    既に離陸から25分が過ぎている。もうこの時間に機内食を配らないという事はないのである。
    今日の夕食はどうなるのであろうか?ハノイに着いてから食事を取るのであろうか?そうするとかなり遅い時間の食事になる。
    機体は揺れる事も殆どなく、離陸から40分が過ぎたところで機内アナウンスがある。あと30分程でハノイに到着する。順調な飛行が続き、次第に高度が下がるのが、判り始める。
    今回は少し耳が痛くなる。真ん中の3人掛けの席に座っているので、窓の外の様子が判らない。
    しかし、もうかなり下まで下りて来ているはずである。
    すると不意に機体に振動が走る。タイヤを出した様である。その後暫らくして無事にハノイ ノイバイ国際空港に着陸した。時刻は20時30分である。
    着陸後空港内を移動していたが、5分程でターミナルに到着し、停止する。その後、更に5分程で乗客が機体を降り始める。
    さすがにダナン空港とは違い、ハノイ ノイバイ国際空港は大きく、近代的な空港である。
    ターミナル内に入ると2階の到着エリアから直ぐに1階のエリアに階段で下りる。
    そこが、手荷物受取所である。ここには2ヶ所のベルトコンベアがあり、どちらから私の手荷物が出て来るかの表示が未だ出ていない。まだ、その前の便が2便程表示されている。
    少しここで時間が掛かる。暫くするとその手荷物の受取を待つ乗客が移動を始める。どうやら新たな便の表示が出た様である。そのベルトコンベア前に行くと私の乗って来た便の表示が出ている。
    もう直ぐこちらから出て来る予定である。更に暫く待つと手荷物がベルトコンベアに出て来た。直ぐに私の荷物も出て来た。それをピックアップし、出口に向かう。ここでも出口で手荷物の検査が行なわれ、それを済ませ、出口に向かう。時刻は21時10分である。
    出口付近にはこれまた多くの人達が集まり、出口を出て来る乗客を待っている。
    私も出口を出て、またJTBの現地係員を探す。すると正面右手にJTBのロゴの入った紙に私の名前を書いたものを持った女性が立っていた。
    その女性に近づき、名前を告げる。そして、その女性について空港ターミナルを出る。

    <ハノイ ノイバイ国際空港からハノイ市街への移動>
    空港前の道路前で迎えを車が来るのを待つ。少しすると車が我々の前に止まる。
    普通の乗用車である。
    ホンダの車の様ではあるが、車種が良く判らない。
    運転手が車から降り、私の旅行カバンを後ろのトランクに乗せてくれる。運転手は若い男性である。
    そして車の後部座席に乗り込む。ここからハノイの市内に向かう。
    車が動き出すと、現地ガイドの女性が自己紹介を行ってくれる。女性はビック・ツーさんである。
    まだ20代の女性の様である。聞くとまだ旅行ガイドを始めて2年目だと言う。そして、運転手はファンさんである。
    ハノイ市内まではこのノイバイ国際空港から高速道路を使用して30分強だそうだ。
    これからハノイに向かい、夕食を取った後、ホテルに向かうと言う。
    空港を出ると直ぐに高速道路に入る。
    そこを走る中でツーさんからハノイについての説明が行われる。
    ハノイはベトナムの首都で、南のサイゴン(どうも北ベトナムの人は今でもホーチミンをサイゴンと呼ぶ様である)が商業の中心地である様に、政治・文化の中心都市である。
    11世紀に首都タンロン(昇龍)が置かれ、以降先日訪れたフエに王朝首都が移るまでの約1000年近い期間ベトナムの諸王朝の首都として栄えた都市である。また、フランス統治時代には多くの洋式建物や教会が建てられ、それら洋式建物は現在の政府の需要な施設に利用されていると言う。
    また、このハノイも日本のODAの恩恵を非常に受けている都市で、今現在、走っている、この高速道路も日本のODAで造られたものであり、ハノイとサイゴンを結ぶベトナムの幹線道路である1号線も日本のODAにより造られたそうだ。
    また、これから向かうハノイ市内の排水施設も日本の企業が整備したものであると言うが、まだ充分なものにはなっていないそうだ。
    現在、ハノイ市内を流れるホン河(紅河)に新たな橋を建設中で、この橋も日本のODAで橋を造っていると言う。
    ツーさんも日本の東日本大震災の状況は良く判っている様で、ベトナムの人達は日本の国内が大変な事になっているのにも関わらず、日本政府がODAの金額については変える事なく、ベトナムに支援を送ってくれる事に驚きと感謝の念を持っていると盛んに強調していた。
    高速道路を走る途中で、何やら遠くで雷が見えている。そして少し雨が降り始める。雨や雷はハノイに近づくに連れて激しさを増して来る。
    少しすると大きな河に掛かる橋を渡り、橋を渡り切ると直ぐに高速を下りる。
    そして、ハノイ市内の道路に入る。もう雨は豪雨に変わり、滝の様に雨が降っている。熱帯のスコールとはこの様な状況なのであろうか?
    ツーさんに聞くと、ここ数日この様な雨が続いていると言う。
    また、ハノイ市内は先程も教えて貰ったが、日本企業による排水施設があるが、それでもこの様な豪雨が3時間も続くと市内は洪水状態になると言う。
    市内を走り始めると更に雨が激しさを増し、本当に車のワイパーをフル始動しても前が見えない状況である。その中でも合羽を着たバイクが走っている。
    既に道路は冠水している。まだ雨は止む気配はない。
    明日の天気は大丈夫なのか心配になって来たのでツーさんに聞くと、「明日の天気は大丈夫だと思います。」との答えが返って来たが、何の根拠もない様な口調である。
    車は市内を走り、中心街に来た様である。区画整理させ、整然と並ぶビル街に来た。
    ビルと言っても高層ビルではなく、非常に頑丈そうな石造りのビルが多い。
    ツーさんによると殆どの古い大きな建物がフランス統治下での建物であると言う。
    その中心街の大きな道から路地に入り、何度か角を曲がったところで車が停車する。ここが今日の夕食場所の様だ。時刻はもう22時前である。

  • <ハノイ市内での遅い夕食と宿泊ホテルのメリノ・ハノイ><br />まだ雨が酷く、先にツーさんが降りて、傘を開き、後部のドアを開けてくれる。そして私に傘に入る様に言うが、店の軒下は歩道を隔てた場所なので、車を降り、走ってその軒下に入る。そしてその軒下に沿い、奥の入口に向かう。<br />店の名前は“SenXanh”というレストランである。<br />店に入るとさすがにこの時間では誰もいない。私が最後の客なのであろう。<br />店の一番奥のテーブルに座る様に促され、席に着く。テーブルには今日のメニューが置かれている。<br />今日の夕食はベトナム料理である。そのメニューを基にツーさんから説明を受け、まずは食事の時の飲物を聞かれ、すいかジュースを注文する。<br />ツーさんがテーブルを離れ、別の場所で食事を取るのか、私が食事を終えるまで待っている様である。<br />飲物が来たら、料理が次から次へと出て来る。私が最後の客なので既に料理が用意されていた様だ。<br />まず、前菜でピーナッツが出て来て、その後以下の料理が続けて出て来た。<br /><平成23年6月27日(月)の夕食:SenXanh><br /> ①ピーナッツ(少し塩を塗した)<br /> ②米麺(お酢ベーズにした汁に浸けて食べる)<br /> ③ひじきと豚肉のしょうゆ炒め<br /> ④海老と野菜の生春巻き<br /> ⑤揚げ豆腐のトマト煮込み<br /> ⑥豚肉の醤油土瓶蒸し<br /> ⑦空芯菜の塩炒め<br /> ⑧野菜スープ(青菜のスープ)<br /> ⑨ご飯<br /> ⑩デザート(バニラアイスクリーム)<br /> ⑪ベトナム風お茶<br />どの料理も量が少し多く、また夜も遅いのであまり食べたくない気持ちも重なり、食べ切れない。<br />どの料理も少しずつ食べ、次の料理に箸を進める。料理の中で生春巻はこの旅行で始めて出て来た。<br />しかし、想像していたよりも食べ易く、少し香草が入っていたのが気になったが、美味しかった。<br />また、空芯菜の炒め物がここでも出て来た。このベトナムに来てからの食事にほぼ毎回出て来ている。ベトナムでは定番料理の様だ。<br />  <br />最後にデザートのアイスクリームが出され、それを食べ終わり、ベトナム風お茶が出される。<br />そのお茶を飲む時に飲物の支払いを行なう。飲物代は66,000ドン(約290円)である。<br />そして食事を終える。ツーさんが現れ、直ぐに店を出る事になる。時刻は22時20分過ぎである。<br />非常に早く食事を済ませた。<br />

    <ハノイ市内での遅い夕食と宿泊ホテルのメリノ・ハノイ>
    まだ雨が酷く、先にツーさんが降りて、傘を開き、後部のドアを開けてくれる。そして私に傘に入る様に言うが、店の軒下は歩道を隔てた場所なので、車を降り、走ってその軒下に入る。そしてその軒下に沿い、奥の入口に向かう。
    店の名前は“SenXanh”というレストランである。
    店に入るとさすがにこの時間では誰もいない。私が最後の客なのであろう。
    店の一番奥のテーブルに座る様に促され、席に着く。テーブルには今日のメニューが置かれている。
    今日の夕食はベトナム料理である。そのメニューを基にツーさんから説明を受け、まずは食事の時の飲物を聞かれ、すいかジュースを注文する。
    ツーさんがテーブルを離れ、別の場所で食事を取るのか、私が食事を終えるまで待っている様である。
    飲物が来たら、料理が次から次へと出て来る。私が最後の客なので既に料理が用意されていた様だ。
    まず、前菜でピーナッツが出て来て、その後以下の料理が続けて出て来た。
    <平成23年6月27日(月)の夕食:SenXanh>
     ①ピーナッツ(少し塩を塗した)
     ②米麺(お酢ベーズにした汁に浸けて食べる)
     ③ひじきと豚肉のしょうゆ炒め
     ④海老と野菜の生春巻き
     ⑤揚げ豆腐のトマト煮込み
     ⑥豚肉の醤油土瓶蒸し
     ⑦空芯菜の塩炒め
     ⑧野菜スープ(青菜のスープ)
     ⑨ご飯
     ⑩デザート(バニラアイスクリーム)
     ⑪ベトナム風お茶
    どの料理も量が少し多く、また夜も遅いのであまり食べたくない気持ちも重なり、食べ切れない。
    どの料理も少しずつ食べ、次の料理に箸を進める。料理の中で生春巻はこの旅行で始めて出て来た。
    しかし、想像していたよりも食べ易く、少し香草が入っていたのが気になったが、美味しかった。
    また、空芯菜の炒め物がここでも出て来た。このベトナムに来てからの食事にほぼ毎回出て来ている。ベトナムでは定番料理の様だ。

    最後にデザートのアイスクリームが出され、それを食べ終わり、ベトナム風お茶が出される。
    そのお茶を飲む時に飲物の支払いを行なう。飲物代は66,000ドン(約290円)である。
    そして食事を終える。ツーさんが現れ、直ぐに店を出る事になる。時刻は22時20分過ぎである。
    非常に早く食事を済ませた。

  • 雨は既に小降りになっている。店前の道で再び車に乗り込み、今日の宿泊ホテルに向かう。今日の宿泊ホテルはこのハノイでもAランクのメリノ・ハノイホテルである。<br />この店から然程遠くないらしく、5分程で到着すると言う。路地を抜け、再び大きな通りに出て、その道を車が走る。宿泊するメリノ・ハノイはハノイ駅にも近く、ハノイのランドマーク的なホテルである。<br />車が大通りを走り、直ぐにホテル前に到着した。<br />ツーさんと共に車を降り、旅行カバンをホテルのポーターに手渡す。そしてホテル内に入り、フロントでチェックインを行う。ここでのチェックインにはパスポートが必要ない様で、ツーさんがそのままフロントに向かい、チェックインを行ってくれる。<br />私はフロント前のソファでそれを待つ。チェックインを終え、ルームキーを渡され、このルームキーの使用方法を教わる。このホテルのエレベーターもこのルームキーがないと各階のボタンが押せない様になっているとの事である。そして明日の集合時間と場所を決める。明日はハ・ロン湾の観光である。<br />明日は朝8時30分にこのロビー集合で、朝食場所はこのロビー奥にあるレストランで朝6時半から取る様に言われる。ルームキーを見せれば食事が出来るとの事である。<br />そして、今日はこれでツーさんと別れる。<br />荷物を持ったホテルのポーターと共にエレベーターに乗り込み、宿泊する部屋に向かう。<br />宿泊階は12階である。エレベーターを下り、宿泊する部屋まで行き、ポーターにルームキーを渡し、部屋を開けて貰い、荷物を部屋内に運び込んで貰う。<br />チップとして20,000ドン(約88円)を渡す。<br />部屋はさすがに大きなホテルだけあって広いが、造りは在り来りの部屋である。でも今夜だけの宿泊なのでこれでも贅沢なくらいである。時刻は既に22時30分を廻っている。<br />  <br />今日も非常に長い1日であった。早々に部屋着に着替え、カメラなど充電が必要なものは充電を行い、シャワーを浴びる事にする。部屋も立派であるが、風呂などの洗面所も豪華な造りである。<br />簡単に体を洗い、シャワーを浴びて風呂を出る。テレビを点け、髪が乾く間に今日の写真などを見ながら、今日の日程をメモに付ける。<br />さすがに今日はホイアンの暑い街の中を散策したので、体も疲れている。<br />カーテンを開けて、外を見ると高いビルが少ないハノイの街が見えているが、まだ少し雨も降っており、遠くで雷の放電により空が時折明るく見える。この状態であると明日の天気が心配である。<br />暫く、このハノイの夜景を椅子に座り、眺めていたが、時刻は既に23時半を廻っており、少し早いが今日はこれで就寝する事にし、ベッドに潜り込む。<br />ベッドに潜り込んでから少しガイドブックを読んでいたので、結局、寝たのは24時を廻っていた。<br /><br />今回はここまで! 次はハロン湾観光!

    雨は既に小降りになっている。店前の道で再び車に乗り込み、今日の宿泊ホテルに向かう。今日の宿泊ホテルはこのハノイでもAランクのメリノ・ハノイホテルである。
    この店から然程遠くないらしく、5分程で到着すると言う。路地を抜け、再び大きな通りに出て、その道を車が走る。宿泊するメリノ・ハノイはハノイ駅にも近く、ハノイのランドマーク的なホテルである。
    車が大通りを走り、直ぐにホテル前に到着した。
    ツーさんと共に車を降り、旅行カバンをホテルのポーターに手渡す。そしてホテル内に入り、フロントでチェックインを行う。ここでのチェックインにはパスポートが必要ない様で、ツーさんがそのままフロントに向かい、チェックインを行ってくれる。
    私はフロント前のソファでそれを待つ。チェックインを終え、ルームキーを渡され、このルームキーの使用方法を教わる。このホテルのエレベーターもこのルームキーがないと各階のボタンが押せない様になっているとの事である。そして明日の集合時間と場所を決める。明日はハ・ロン湾の観光である。
    明日は朝8時30分にこのロビー集合で、朝食場所はこのロビー奥にあるレストランで朝6時半から取る様に言われる。ルームキーを見せれば食事が出来るとの事である。
    そして、今日はこれでツーさんと別れる。
    荷物を持ったホテルのポーターと共にエレベーターに乗り込み、宿泊する部屋に向かう。
    宿泊階は12階である。エレベーターを下り、宿泊する部屋まで行き、ポーターにルームキーを渡し、部屋を開けて貰い、荷物を部屋内に運び込んで貰う。
    チップとして20,000ドン(約88円)を渡す。
    部屋はさすがに大きなホテルだけあって広いが、造りは在り来りの部屋である。でも今夜だけの宿泊なのでこれでも贅沢なくらいである。時刻は既に22時30分を廻っている。

    今日も非常に長い1日であった。早々に部屋着に着替え、カメラなど充電が必要なものは充電を行い、シャワーを浴びる事にする。部屋も立派であるが、風呂などの洗面所も豪華な造りである。
    簡単に体を洗い、シャワーを浴びて風呂を出る。テレビを点け、髪が乾く間に今日の写真などを見ながら、今日の日程をメモに付ける。
    さすがに今日はホイアンの暑い街の中を散策したので、体も疲れている。
    カーテンを開けて、外を見ると高いビルが少ないハノイの街が見えているが、まだ少し雨も降っており、遠くで雷の放電により空が時折明るく見える。この状態であると明日の天気が心配である。
    暫く、このハノイの夜景を椅子に座り、眺めていたが、時刻は既に23時半を廻っており、少し早いが今日はこれで就寝する事にし、ベッドに潜り込む。
    ベッドに潜り込んでから少しガイドブックを読んでいたので、結局、寝たのは24時を廻っていた。

    今回はここまで! 次はハロン湾観光!

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