2019/05/01 - 2019/05/05
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dapuqiaoさん
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シルクロードを旅してみたいとの友人のリクエストで5月の連休に烏魯木斉、吐魯番に行って来ました。
行程
5/2 上海 → 烏魯木斉 by 飛行機
烏魯木斉(新疆博物館 → 紅山公園 → 国際バザール)
5/3 烏魯木斉 → 吐魯番 by 包車(=Charter)
烏魯木斉(天池)
吐魯番(葡萄溝)
5/4 吐魯番 → Shan善 → 吐魯番 by 包車
Shan善(クムタク砂漠)
吐魯番(吐峪溝→高昌古城→アスターナ古墓群→ベゼクリク千仏洞→
火焔山)
5/5 吐魯番 → 烏魯木斉 → 上海 by 包車、動車、飛行機
吐魯番(蘇公塔→カレーズ)
写真は庫木塔格(クムタク)砂漠のラクダたち。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5/4 08:50 高速道路G7、相変わらず乾いた山肌が続く。
今日は吐魯番の隣町の善善県へ行きクムタク砂漠を見た後、吐峪溝→高昌古城→アスターナ古墓群→ベゼクリク千仏洞→火焔山と回る忙しい一日なのでホテルを08:00に出発。
善善県まではやはりG7を使います。概2時間の行程。
(善善、前の字は正しくは善+おおさと、Shanshan=シャンシャン) -
昨日の風車に代わってこのあたりは石油の搾油機が多く見られます。
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09:06 吐峪溝のS.A.
吐峪溝は古いウィグルの村、まずはクムタク砂漠に行くのでここは帰りに寄ります。 -
売店では、干し葡萄や干貨物が豊富。
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09:52 クムタク(庫木塔格)砂漠到着。
タクラマカン砂漠までは足を伸ばせないので新疆ウイグル自治区の北東部から甘粛省西部にかけて広がるこちらの砂漠に行ってみました。 -
入場券 30元
観光車に乗ってぐるっと砂漠のコースを一周、途中の観光施設でおりて砂漠の雰囲気を味わえる仕組み。 -
10:03 観光車で出発。
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う~ん、砂漠だ。
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目の前に観光施設が見えて来ました。
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10:15 到着。
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我々が乗ってきたのは観光車1号線。観光車2号線というのが更に砂漠の奥地まで行っています。ただし、要追加料金。
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施設付近には、右手に戦車もどきの乗り物、これで砂漠を走り回るようだがこれも中国らしいか。
そして、正面を見ると、城壁 & ゲートがあってその向こうの砂丘には、・・・ -
みなさん登っています。後で我々も行ってみましょう。
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左手の方は、果てしなく広がる砂漠。
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そしてラクダさんがいました。
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20分ほどの騎乗で80元なり。
2号線で奥地まで行く替わりに友人はこちらをトライ。 -
わたしはその間こちらの休憩所で待機。
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戻ってきた友人と正面のゲートをくぐります。
こちらのお嬢さんたちは、特になにをしていると言う訳でもないのですが、・・・ -
皆さんが登っている砂丘前に出て来ました。
登った先の先は、タクラマカン砂漠の楼蘭あたりか、・・・
そう言えば善善(シャンシャン)は楼蘭王国の末裔が作った街だと言われているそうな。 -
砂丘に登るには、・・・、皆さんこちらで荷物と靴を預けて裸足で登っています。
スパッツも借りられるようですが、われわれは登るのはスルーです。 -
11:07 再び観光車で戻ります。
そして吐峪溝へ。 -
12:17 吐峪溝
火焔山の吐峪溝渓谷に位置する1700年以上の歴史のあるウィグル族の村。 -
外国人旅行者に開放されたのは、2004年との由。
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日干し煉瓦で出来た建物が火焔山の峡谷に広がる吐峪溝村。
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古民居の看板のある古い家が並んでいます。
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火焔山の方を見ると、中腹に見えるのはこの地で他界したというイスラム教徒の聖者・ホージャさん(??ですが)の墓だそうです。
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こちらは、ドイツの探検家Aiber von Le Coqさん(こちらも??ですが)が20世紀の初頭に住んでいたという家。
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村の見所の一つは緑色のドームと4本のミナレットを持つ古いモスク。生憎中には入れませんでした。
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この村のもう一つの目玉の千仏洞へは修理中で入る事は出来ませんでした。
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12:48 吐峪溝村を後にして高昌古城へ向かいます。
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13:15 高昌古城
古城の歴史は古く、紀元前一世紀にはすでに城壁が建てられ、その後1300年以上も存続、高昌国は、南北朝時代から唐代にかけて存在した。 -
玄奘さんの像。
唐代(630年)にインドに赴く玄奘(三蔵法師)さんが立ち寄り、高昌国王の麹文泰から手厚いもてなしを受け1か月以上滞在&説法を行ったそうです。
その後、玄奘さんがインドから帰着した時(640年)には、高昌国は既に滅んだ後、歴史の移り変わりの儚さを感じさせます。 -
吐魯番の観光地区統一入場券。個別に買うよりまとめた方が安いという事でこちらで購入。
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150元也でベゼクリク千仏洞、アスターナ古墓群、公蘇塔、交河故城、高昌古城をカバーしている。
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13:26 電動車(カート)で広大な古城内を巡ります。前に来た時はロバ車だったんですがね。
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カートからの眺め。入口近くに残る堅牢な外璧。
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佛寺
玄奘が訪れた頃は、城内には50余りの寺院が存在したと言われています、 -
遠くには火焔山も見えます。
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カートを降りて辺りを散策。前方は宮殿跡。
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こちらは、西南大仏寺の説法堂。
僧が説法をした場所、玄奘がここで説法をしたかどうかは不明。 -
東南小寺の仏塔。
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14:09 高昌古城を後にして、次はアスターナ古墓群へ、その前にどこかで昼食を。
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14:32 昼食は沿道にあったこちらの食堂で。
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麺とナンですが、麺はなぜか細いのと太いのが二種類入っていた。ナンは硬くて食べるのに苦労しました。
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14:55 アスターナ古墓群
6~7世紀に栄えた麹氏高昌国時代(唐代)の墓地群。 -
王侯の墓ではなく、高昌国の貴族、役人や住民のたちの地下墓群。家族ごとに埋葬されていて、石で境界線が定められているそうです。
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墓の総数は1000を超えるそうですが公開されているのは210号、215号、216号の3つの墓地のみ。
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その一つの210号の墓へ行ってみます。
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210号の墓。
こちらにはご夫婦のミイラがありました。 -
どの墓も地中に傾斜した墓道と洞穴の墓室からなり、中からは陶器、文書、絹織物、泥人形など約3000が出土。出土品の多くは新疆ウイグル自治区博物館に展示されているとの事。
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残念ながら中は撮影禁止です。
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アスターナ古墓群の向こうには火焔山が。
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15:25 正面の火焔山と火焔山の切れ目=峠の向こうにはベゼクリク千仏洞があります。
次はそのベゼクリク千仏洞です。
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