2019/06/24 - 2019/06/24
328位(同エリア1046件中)
ぱいぐさん
小田原のネットカフェで仮眠した後は7月19日で引退する箱根登山鉄道のつりかけ車両に乗って強羅に向かいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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「2019年 6月下旬 プチ箱根・・・・・①小田急ロマンスカーVSE」からの続きです。
6月24日
早朝5時過ぎにネットカフェエイジアを出ると小田原駅東口ラスカが目の前に見えました。 -
ファミリーマート小田原駅東口店で朝食を買って小田原駅に向かいました。
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小田急線と箱根登山線の改札口に向かいます。
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改札口に入り、各駅停車箱根湯本行ののりばに向かいます。
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ホームに向かうと小田原城と3000形が停まっていました。
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ホームには各駅停車新松田行と快速急行新宿行が停まっていました。
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各駅停車新松田行は1000形のワイドドア車でした。
1000形のワイドドア車は次期廃車候補と聞いた事があります。 -
快速急行新宿行は4000形でした。
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少しすると7番ホームには各駅停車箱根湯本行が到着しました。
箱根登山塗装の1000形です。 -
小田原からの各駅停車箱根湯本行は11番ホームから出発しますが、早朝の一部だけは7番ホームから出発していました。
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各駅停車箱根湯本行の車内です。
車両によっては誰も乗っていませんでした。 -
小田原を出発して東海道新幹線の線路の下を潜り、箱根板橋を過ぎると早川に沿って走行しましたが、外を雨が降り続いていました。
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入生田を過ぎると箱根登山電車の車両の線路と小田急線の車両の線路と一緒になった「三線軌道」と呼ばれる区間に入りました。
全国的にも三線軌道は珍しいです。 -
スピードもゆっくりとなり、勾配を登っています。
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線路沿いには紫陽花が咲いていました。
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箱根湯本の温泉街が見える様になりましたが、外は相当の雨が降っていて箱根の山々には霧がかかっていました。
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小田原から約15分で終点箱根湯本に到着です。
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箱根湯本に到着すると箱根登山電車の強羅行が停まっていました。
停まっていた強羅行は登場時の塗装の1000形で「ベルニナⅡ」と呼ばれています。 -
その後、しばらくして強羅からのモハ1形が到着しました。
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折返し強羅行となりました。
レトロ感たっぷりのモハ1形・2形です。
2両目と3両目のモハ1形は箱根登山鉄道開業の大正8年(1919年)に造られて車体は昭和25年頃(1950年)に更新されて以来、永年にわたり走った車両でしたが、モハ1形は7月19日で引退するとの事です。
先頭の車両はモハ2形で昭和2年頃(1927年頃)に造られ、昭和28年(1953年)に更新されました。 -
段差のあるステップを昇ってモハ2形の車内に入ります。
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ボックスシートが並ぶ車内でした。
更新工事されてから約65年以上経っていますが、綺麗さがある車内でした。 -
モハ2形と2両目のモハ1形との連結部分です。
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2両目3両目はモハ1形で全国的にも僅少となった「つりかけ車両」でしたが、7月19日をもって引退する事が決定しています。
ラストランのステッカーが貼ってありました。 -
ラストランのステッカーには「ツリカケ」の字も入っていました。
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ラストランのサボもありました。
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モハ1形の車内に入るとロングシートが並んでいました。
約70年前の昭和25年(1950年)に更新された車体でレトロ感たっぷりでしたが、綺麗な車内でした。 -
レトロ感のある荷物棚です。
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モハ1形の引退に因んだ車内広告がありました。
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連結部分は非常用通路となっていて通り抜ける事が出来ませんでした。
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ドア上には階段のある注意書きがありました。
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製造してから約100年、更新工事をしてから約70年近く経ったモハ1形ですが、あと数週間で引退となります。
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モハ1形は大正→昭和→平成→令和と4代走ってきた車両です。
最期の日まで元気に走って欲しいと思いました。 -
再び車内に入り、運転台を撮りました。
歴史の感じる運転台でした。 -
出発時間となり、箱根湯本を出発しました。
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しばらく後ろ側から撮ります。
箱根湯本を出発して2000形「サンモニッツ号」が停まっている線路の横を通り、急勾配を登りました。 -
線路沿いには紫陽花が咲いていました。
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線路沿いに紫陽花の咲く箇所を走り、徐々に急勾配を登っていきました。
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箱根湯本の次の塔ノ沢には紫陽花の花壇がありました。
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数ヵ所のトンネルを潜りました。
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早川に架かる出山鉄橋を渡ります。
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雨の降る中を独特の音のつりかけモーターを唸らせて走りました。
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出山信号場でも紫陽花が咲いていました。
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出山信号場では3000形「アレグラ」の箱根湯本行と交換しました。
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出山信号場から眺めた風景ですが、雨で霧がかかっていました。
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3000形「アレグラ」が先に出発をしました。
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出山信号場でスイッチバックして向きを変えて再び勾配を登ります。
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箱根登山線には3箇所のスイッチバックがあります。
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トンネルを潜り、大平台に向かいます。
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トンネルを抜けると線路沿いにはたくさんの紫陽花が咲いていました。
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2箇所目のスイッチバックの場所は大平台駅です。
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大平台では登場時の塗装の1000形「ベルニナⅡ」と並びました。
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大平台で再び一番後ろとなり、勾配を登ります。
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紫陽花がたくさん咲いている箇所がありました。
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大平台から数分で3箇所目のスイッチバックの場所の上大平台信号場に到着しました。
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出山信号場から眺めた風景ですが、相当霧がかかっていました。
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上大平台信号場を出発して再び先頭となり、勾配を登ります。
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山深い場所を走って勾配を登りました。
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駅みたいな場所の仙人台信号場に停まります。
交換しない時も必ず停まるみたいです。 -
仙人台信号所でも紫陽花がたくさん咲いていました。
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更に勾配をゆっくりと登っていきました。
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紫陽花が咲いている箇所をゆっくりと勾配を登りました。
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急カーブもありました。
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急カーブを通って宮ノ下に到着です。
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宮ノ下では紫陽花の花壇がたくさんありました。
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宮ノ下を出発して更に勾配を登りました。
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線路沿いには紫陽花が咲いていました。
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勾配を登り、小涌谷に到着です。
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小涌谷では3000形「アレグラ」と2000形「サンモニッツ号」の箱根湯本行が停まっていました。
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小涌谷を過ぎると勾配を緩やかとなり彫刻の森に向かいました。
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彫刻の森では開業当時の濃緑色のモハ2形が停まっていました。
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1950年頃に見られたと言われる塗装のモハ2形と現在の塗装の車両を連結していました。
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彫刻の森を出発して終点強羅に向かいます。
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その後、終点強羅駅が見えてきました。
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箱根湯本から約40分で終点強羅に到着しました。
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終点強羅に到着したモハ1形です。
約100年近くよく頑張ったと思いました。 -
モハ1形の引退まであと数週間となりましたが、有終の美を迎えて欲しいと思いました。
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折返し箱根湯本行となりました。
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折返し箱根湯本行となり、すぐに出発していきました。
ラストランまであと数週間となりましたが、有終の美を迎えて欲しいと思いました。
また約100年間お疲れ様でした。
この旅行記の続きは「2019年 6月下旬 プチ箱根・・・・③箱根登山電車アレグラ」に続きます。
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