2019/05/27 - 2019/05/28
52位(同エリア931件中)
ベームさん
その1の続き。
伊香保温泉に泊まり、翌日榛名湖、榛名神社と周りました。
写真は榛名富士と榛名湖。
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今日の宿「森秋旅館」。
竹久夢二記念館で伊香保旅館街への行き方を尋ねると、森秋旅館なら送迎バスがあるから呼んであげましょう、ということになった。親切な係員、ますます気に入りました。 -
創業明治元年、野口雨情が度々宿泊したという伊香保温泉老舗旅館の一つです。
伊香保温泉で9軒の旅館しか権利を持たない黄金の湯を引いています。 -
部屋から旅館街。
伊香保温泉の始まりは不詳ですが万葉集にはその名が出ているそうです。温泉街の形成は戦国時代、長篠の戦で負傷した武田軍の兵の療養場所として石段と共に造られたことに由来します。 -
旅館から見える山々。
伊香保温泉は明治、大正にかけ都会人の遊興地、避暑地として人気を集めました。
竹久夢二、徳富蘆花、萩原朔太郎、野口雨情、与謝野晶子・鉄幹、田山花袋など文人たちにも愛されました。徳富蘆花は今もある旅館、千明仁泉亭(ちぎらじんせんてい)になんども逗留し、そこで亡くなっています。 -
左:小野子山。
右:子持山。
徳富蘆花だったか田山花袋だったかが伊香保温泉に遊んだ折の断章にこの二つの山が書かれており、ちょっと変わった名なのでどんな山かなと思っていました。 -
小野子山。
山の名前と山の形とは関係なさそうです。 -
石段街を歩きました。
旅館から右に、石段街の中ほどに出ます。ポケットパークというそうです。
下から上って来た人にはいい休憩所ですが、変な名ですね。 -
上の方へ行きます。
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石段に刻まれた与謝野晶子の大正4年の詩「伊香保の街」の一節。
”榛名の山の一角に、段また段を成して、羅馬時代の野外劇場の如く、
斜めに刻み附けられた、桟敷形の伊香保の街・・・”
与謝野晶子も伊香保を好んだ人でした。 -
石段街風景。
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石段街風景。
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岸権旅館前の足湯。
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小間口。
ここから各旅館に湯を引きます。 -
石段の上の方の眺め。
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名物湯ノ花まんじゅうの店。
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下の方の眺め。
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石段の途中にあります。
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伊香保祭り。
毎年9月に行われる伊香保神社の例大祭です。
石段を上っていく樽みこし。 -
年寄りには結構きつい。
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最後の石段です。
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石段の上には伊香保神社があります。
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石段の上から。
石段は365段あります。 -
山の中腹なので狭い境内です。
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神楽殿。
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拝殿。
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拝殿。
伊香保神社の由来では825年の創設です。 -
本殿。
今の社殿は明治17(1884)年の再建。 -
絵馬。
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縁結び、子宝、安産にご利益がある神社のようです。
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末社:八坂神社、八幡宮、稲荷神社。
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伊香保神社石灯籠。
明治15年、県下新田郡阿久津の白石栄左衛門が天保4年から50年間に60回の入湯を達成した記念に建立。
伊香保町の指定史跡です。 -
芭蕉句碑。
初時雨 猿毛小蓑越 不し気南梨。
有名な ”はつしぐれ さるもこみのを ほしげなり” と思います。
この句は伊賀上野の山中で作られたはずで、なぜ伊香保神社にあるのか分かりません。 -
高山彦九郎腰掛の石。
尊王思想家。林子平、蒲生君平と共に寛永の3奇人といわれる。今の群馬県太田市生まれ。1747~1793年。
1773年、伊香保神社参拝の際この石に腰かけて日記をつけたという。 -
ポケットパークまで戻ってきて、今度は石段街の下半分です。
射的屋。 -
石段街風景。
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同。
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市営の日帰り温泉、石段の湯。
黄金の湯が楽しめます。 -
伊香保口留番所/伊香保関所跡。
石段の下の方にあります。 -
伊香保口留番所/関所。
寛永8年、三国街道の裏往還の要所として設けられました。 -
左:取調べ石。
右:お辞儀石。 -
お役人がやや高い石に座り、旅人は低い石に手を突き平伏しました。
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関所の下にハワイ王国公使別邸があります。
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明治31(1898)年まで、まだハワイが独立国だった時代の駐日公使ロバート・ウオーカー・アルウインが公使別邸としていた建物。
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アルウイン公園。
公使別邸の一部だったのでしょう。 -
公園から石段。
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石段下に降りてきました。
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ベヤングやきそばの醜悪な看板がなくてよかった。
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そばに石段の歴史を書いた説明板があります。
それによると天保4年(1576年)、長篠の戦に敗れた武田勝頼が武将の傷を癒すため宿舎に温泉を引くため石段を作らせたそうです。石段の中央に湯樋を通し効率的に湯を配りました。
いまは石段の途中4カ所に小間口観覧所があります。 -
毎年ひな祭りの時期に行われる石段ひなまつりです。出演者は幼稚園児たちです。
渋川市ホームページより。 -
旅館の夕食。
海鮮料理と野菜尽くしで肉類は一切なし。
この後次々と料理が出て来るが、とても食べられない。 -
翌朝。
伊香保はケーブルテレビ発祥の地だそうです。1955年。 -
文学の小徑を通ってバスターミナルへ。。
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バスで榛名湖へ。
8時30分。 -
榛名山ロープウエイ到着。昇ってみます。
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ゴンドラは15人乗りで2両連結。
山頂往復@840円。 -
山頂到着。
だいたい15分間隔で所要時間3分ほど。 -
標高差269m。
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山頂駅。
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パノラマ図。
前橋、高崎市街から関東平野、秩父連山、富士山まで見えることになっています。 -
雲が出て眺望はよくありません。
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ロープウエイと榛名湖。
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山頂駅の前、山頂にある榛名冨士神社の出張所。
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榛名富士山頂へは5分ほど。
山頂駅が1366mでしたから25mほどの登りです。 -
石段の途中の鳥居。
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冨士山神社。
古くから山頂に冨士山神社というのがあり、明治42年には榛名神社に合祀されたがいつのまにか消滅してしまった。
昭和39年、由緒ある霊地を復活しようと改めて社殿を建立した。縁結び、安産の神として信仰される。 -
榛名富士とそれを取り巻く榛名山系。
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坂道の途中にあります。
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四つの大神が固まっています。
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下りのロープウエイの右側に榛名湖が見えます。
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ロープウエイ下の駐車場と飲食店、旅館。
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8時台から15時台まで1時間に1本の運行です。
バスで榛名湖へ。 -
榛名湖に来ました。
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標高1084m、周囲5K、深さ13mのカルデラ湖です。
カルデラ湖にしては浅い。 -
対岸にさきほど上った榛名富士。標高1391m。
榛名山の中央火口丘で富士山に形が似ている所から榛名富士と呼ばれる。
榛名山という峰は無く、中央火口丘を囲む幾つかの山を総称して榛名山という。
赤城山、妙義山とともに上毛三山の一つ。 -
スワンの遊覧船。
20分で湖上を巡ります。 -
湖岸。
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竹久夢二の歌碑があります。
夢二は湖畔にアトリエを建て制作に励みました。 -
さだめなく 鳥やゆくらむ青山の 青のさびしさ かぎりなければ
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湖岸に建つ神社。
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御沼霊神社。おぬまれい、と呼ぶのでしょうか。
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榛名湖からバスで榛名神社に行きました。
榛名神社バス停の前に赤い大鳥居が建っています。 -
歴史民俗資料館。
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ここから榛名神社本殿まで歩きます。
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本殿までやく700m、15~20分。
歩くだけならその位でしょうけど、右左と見ながらではもっとかかります。 -
榛名神社太々御神楽。
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参道横の赤門般若坊。
門は国登録有形文化財。そばを食べさせるそうです。 -
その先に随神門があります。
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随神門。
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重要文化財です。
もともとは仁王門でしたが、明治に入り神仏分離により仁王像が取り除かれ、その跡に隋神像が置かれました。
1847年再建。 -
榛名川の溪沿いに参道は続きます。
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随神門から。
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榛名神社境内一帯は緑地環境保全地域に指定されています。
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みそぎ橋。
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ゆるい上りで大したことはありません。
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鞍掛岩。
奇岩の一つ。 -
千本杉。
ここ一帯樹齢100~400年の杉が1000本以上あり、千本杉と呼ばれます。 -
路傍の地藏さん。
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御神水開運おみくじ浸し場所。
おみくじをこの水に浸すと文字が浮かび出るそうです。 -
道端の所々にこういった七福神像がたっています。
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塩原太助奉納玉垣。
江戸時代、炭事業で成功した塩原太助がお礼に奉納しました。 -
中腹に宝珠窟という洞があります。
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やや急な石段。
ここまでは緩い坂道でしたが、ここからは石段が続きました。
曇りの上に深い杉木立の中で綺麗な写真が撮れません。 -
三重塔/神宝殿。
神社の境内にあるのは神仏混淆時代の名残です。 -
三重塔。
明治2年の再建。 -
ハケ、ブラシ、筆感謝焼納所なんてものも。
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せり出した巨岩の下を通り抜ける。
シェルターみたいになっています。 -
巨岩に抱かれて塞(さい)神社。
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神橋。
役行者が修行したと伝えられる行者渓に架かる橋。 -
神橋。
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行者渓。
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萬年泉。
雨乞御神水。農村で日照りの時、この泉の水を竹筒に汲んで田畑にまくと雨が降ったという。 -
東面堂。
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東面堂の説明。
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瓶子(みすず)の滝。
滝の流れる両脇の岩を神に捧げる神酒を入れる器の瓶子(みすず)に見立て、そこから落ちる滝、ということでその名がつきました。今水は落ちていません。 -
さらに石段があります。
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御水屋/手水舎。
榛名山の天然水で御神水とされています。 -
大きな杉の木が聳えています。矢立杉です。
高さ55m、目通りの周囲9.4m、樹齢推定600年。 -
天然記念物榛名神社矢立杉。
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武田信玄、箕輪城攻略の際当神社に参拝し、この杉に矢を立てて戦勝を祈願したという。
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この辺り石段が続き少ししんどいです。
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石段の横に神幸殿。
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重要文化財です。
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石段の上から神幸殿。
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矢立杉。
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巨岩に押しつぶされそう。
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神門。
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神門の先に双龍門の石段。
岩は鉾岩。 -
双龍門。
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双龍門。
総ケヤキ造り、安政2年(1855年)造営。 -
本来は御唐門ですが、扉の彫刻や天井絵に龍が多く双龍門と呼ばれます。
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龍の彫り物。
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岩の下の可愛いい祠。
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双龍門、内側から。
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最後の石段を登りようやく拝殿到着です。
榛名神社は585年、用明天皇の時代に創建されたといわれています。
国祖社、額殿(拝殿の左のシートの部分)は修復中で見られませんした。 -
拝殿。
パワースポットばやりの昨今、この神社も逃れられませんでした。
パワースポット詣りといい御朱印集めといいおかしなブームです。こういったものにすがるのは現代社会の病める顕れでしょうか。いや、殆どの人は信心やすがるのではなく、たんなる流行を追っかけているにすぎないと思いますが。 -
緻密な彫刻が施されています。
文化3(1806)年築の権現造り。 -
拝殿の後ろにも巨岩が迫っています。この岩/御姿岩が榛名神社の本殿だそうです。
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本殿が巨岩に食い込んでいるようです。
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神楽殿と拝殿。
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神楽殿。
神楽は神に奉納するために奏上されるので本殿に向かって建てられています。
1764年の再建。 -
榛名神社の絵馬は七福神です。
参道にも七福神像が建っています。 -
末社でしょう。
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これで戻ります。双龍門の上から。
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参道の途中。
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随神門まで降りてきました。
しばし清らかな空気を吸って肺の中は浄化されたでしょうか。 -
随神門内側。
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参道の蕎麦屋で昼にしました。
榛名神社に2時間充てていたのでゆっくりしました。 -
歩きはじめた大鳥居。
これで今回の旅行は終わりです。12時40分のバスで高崎まで。
1時間20分、@1100円。 -
高崎駅構内。
上野三碑(こうずけさんぴ)のレプリカが展示されています。国の特別史跡。 -
上野三碑:山上碑、多胡碑、金井沢碑。
700~800年頃の古代上野国(今の群馬県)にある三つの石碑。上野国に住みついた朝鮮半島からの渡来人によりもたらされた。古代日本と東南アジアの文化交流を示すものである。
インドを起源とする仏教、中国の政治制度、漢字文化がはるばる日本に、さらに遠く上野国まで至った証明である。
高崎市教育委員会資料より。 -
高崎発15時1分発はくたか564号で帰りました。
のんびりした旅行でした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- travelさん 2023/02/16 09:59:22
- 伊香保温泉
- ベ-ムさん、伊香保温泉は健脚でないと階段の上り下りが大変そうですね。
昨年末に万座温泉に出かけた時に近くには伊香保温泉もあるんだと知りましたがまだ行けていません。
5月は季節的に暑くも寒くも無く旅には最適ですね。
来週あたりからはいよいよ花粉が多く飛び出しそうで心の準備をしています。
今年は例年に比べて多く飛びそうで辛いですね。
目薬は手放せません。
ベ-ムさんも花粉症との事、何とか花粉を止めることが出来ないのか、研究してほしいですね。
早速にベルニナ急行の旅行記に訪問頂き有難うございます。
Gracier Expressもベルニナ急行も移動は快適で列車の移動が好きになりました。
ヨ-ロッパは列車でいろいろな国に移動出来るので便利ですね。
travel
- ベームさん からの返信 2023/02/16 15:28:36
- Re: 伊香保温泉
- travelさん、
書き込み、有難うございます。
2016年に、サン・モリッツからルガーノに行く途中、ベルニナ急行に乗ったものですから。懐かしくて訪問いたしました。
伊香保はいい温泉場です。石段は、段差が低いので、そう苦にはなりませんでした。
そう、花粉の季節が始まりますね。去年、一昨年と、コロナ対策で殆ど外出しなかったので、軽くて済みました。今年も家で大人しくしてようかな、と思っています。
ベーム
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