2019/05/27 - 2019/05/27
95位(同エリア933件中)
ベームさん
もう20年以上続いている元職場の同僚との年一ぺんの旅行、今年は近場の温泉でゆっくりしようということで伊香保にしました。
温泉だけでは勿体ないので近辺の富岡製糸場、水沢、榛名湖を廻りました。
写真は伊香保にある竹久夢二伊香保記念館の道しるべです。
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スタートは東京駅です。
6時52分発、あさま601号。一人は大宮で合流。 -
高崎駅7時45分着。
快晴です。 -
上信電鉄に乗換え先ずは富岡製糸場に行きます。
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富岡製糸場見学券つき往復割引乗車券を購入。
2140円。個別に買うより440円安くなります。 -
上州とか下仁田なんて名前、いいですね。
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8時半頃、沿線には学校もあり結構な乗客数です。もっとも富岡製糸場が世界遺産に登録されてしばらくは大変な混みようだったでしょう。
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高崎から上州富岡まで13駅、40分です。
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沿線風景。
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同。
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じょうしゅう とみおか到着。
ひらがなよりも漢字/上州富岡のほうが良いのに。 -
乗って来た電車。駅を出ると単線です。
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駅舎。
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開放的でモダーンな駅舎は2014年開業という、ちょうど富岡製糸場の世界遺産登録にあわせたようだ。
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駅前風景。
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地図下上州富岡駅、右上富岡製糸場。
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富岡製糸場入口。
駅から歩くと15分くらいかかる。炎天下だし時間の節約からタクシーを利用。 -
入口の手前に小さな土産屋。
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正面は東置繭所(ひがしおきまゆじょ)。
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パンフレット。
彩色浮世絵:女工学習之図。 -
場内案内図。
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国指定史跡 旧富岡製糸場。
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場内に入って正面にあるのが東置繭所(ひがしおきまゆじょ)。
建物の前に明治の初めやんごとない高貴の人が訪ねた記念碑が建っています。 -
東置繭所。
明治5(1872)年建築。長さ104m。木骨煉瓦造り。1階に事務所、作業場、2階で乾燥させた繭の貯蔵をしました。国宝。
明治の初め、殖産興業振興を急務とする政府は、当時日本の輸出品の要だった生糸の品質向上と大量生産を可能とする器械製糸工場の建設を決めた。
説明は主にパンフレットに拠っています。 -
東置繭所。
当時養蚕が盛んで、土地・水・燃料の確保が容易だった富岡に建設を決定。フランスの技術を導入するためフランス人技術者を雇い入れた。 -
明治5(1872)年、日本最初の器械製糸工場である官営製糸工場として操業が開始された。当時世界最大級の製糸工場だった。
まさに日本の工業化は製糸から始まったといえる。 -
東置繭所。官営時代の風景。
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明治26(1893)年、三井家に払い下げられ、三井富岡製糸所。民営化。
昭和14(1939)年、片倉富岡製糸所(のち片倉工業富岡製糸所)。
昭和62(1987)年、115年間にわたる操業を停止。
平成17(2005)年、片倉工業より富岡市に寄贈。
平成26(2014)年、「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界遺産に登録される。
その間諸建造物が重要文化財、国宝に指定される。 -
東置繭所。
開業当初はなかなか女工が集まりませんでした。フランス人の飲むワインを血と思い込み、富岡製糸場に入ると外国人に生き血をとられる、と噂されたからです。政府はデマを打ち消すのに苦労したそうです。 -
荒船風穴(あらふねふうけつ)の100分の1模型。
岩の間から吹き出す冷風を利用した蚕種(さんしゅ、繭の卵)の貯蔵施設。 -
高山社(たかやましゃ)跡。
高山長五郎が開発した近代養蚕法「清温育(せいおんいく)」の普及教育のため明治17年につくった「高山社」の模型。 -
東置繭所、パネル。
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天井。
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東置繭所。
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隣りの繰糸所。
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繰糸所(そうしじょ)。
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明治5年建築。長さ140m。国宝。
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繰糸所。
繭から糸を取る作業が行われていた場所。 -
創業当初はフランス式の繰糸器300釜が設置され世界最大規模の製糸工場だった。
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今あるのは昭和41年以降に設置された自動繰糸機です。
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自動繰糸機。
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説明板。
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パネル。
座繰器を使った糸とりの様子。 -
フランス式繰糸器を使った糸とりの様子。
現代の繰糸機とは全く違います。 -
診療所。昭和15(1940)年、3代目のもの。
官営時代は治療費、薬代は工場持ちでした。 -
奥に見える建物は寄宿舎。
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女工館。明治6(1873)年建築。
日本人女工に器械による糸取りの技術を教えるために雇われたフランス人女性教師の住居。ベランダがあります。 -
場内風景。
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ガイドツアー集合場所。
解説員によるガイドツアーがあります。@200円。 -
三井富岡製糸所時代には役職員用の社宅も建てられました。
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社宅。
明治29年頃のものです。 -
同。
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同。
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繭を作る蚕(かいこ)のエサになる桑。
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日本に多いのは「一ノ瀬」と言う品種だそうです。
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富岡製糸場の前にタクシーの溜り場があり、再びタクシーで駅へ。
上信電鉄で高崎に戻りました。
おなかが綺麗になるのはこんにゃくのことかな。群馬県は蒟蒻日本一の産地です。 -
高崎駅前から水沢までバスで行きました。約1時間。@940円。
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バス停水沢で下車。
目の前の松島屋で昼食。水沢うどんと舞茸の天ぷら。ビールとで@2140円。 -
店内。
水沢うどんを食べるのが今回の旅の目的の一つです。美味しかったがボリュームのある舞茸の天ぷらは少々腹にもたれる。 -
水沢観音の参拝客に振る舞われたのが始まりとかで、この辺り水沢うどんの店が並んでいます。稲庭うどん、讃岐うどんとともに日本三大うどんだそうです。
大澤屋。 -
田丸屋。
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水沢観音はすぐです。
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手水舎。
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水沢観世音/水沢寺。
参道の石段の上に仁王門があります。 -
仁王門。
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仁王門。
仁王尊と風神・雷神が祀られています。 -
仁王門からさらに石段が続きます。
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石段の上から仁王門を見下ろす。
結構急な石段です。さきほどのうどん屋の人が”急ですよ”と言ってました。 -
石段を上った左に杉の巨木がありました。
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水沢の観音杉と呼ばれ、高さ38m、目通りの周り5m。
渋川市指定天然記念物です。 -
石段の上は平らな境内で、まず目に入るのは子育水子地蔵菩薩。
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本堂(観音堂)。
寺の創建は不詳ですが、飛鳥時代、推古天皇勅願とも伝えられています。天台宗。
本堂は天明7年(1787年)のもの。 -
本堂と六角堂。
今流行のパワースポットだそうです。 -
本堂/水沢観音堂。
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本尊は十一面千手観音。
秘仏とされ開帳していません。 -
大提灯。
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華麗な丸彫りや透かし彫りの彫り物。
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同。
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天女か。
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龍の丸彫り。
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同。
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六角二重塔/六角堂。
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本堂と同じ天明7年の建築。
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堂の中には輪蔵(りんぞう)という、いわば回転式書架があります。
大蔵経など経典が収納されていて、これを回転させるとそれだけで経典すべてを読誦したのと同じご利益があるといいます。まことに今の忙しい時代にマッチした優れものです。ここのは経典でなく六地蔵のようです。
一人の方が回していました。 -
お札場。
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竜王弁財天。
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十二支守り本尊。
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自分の干支の本尊を拝むといろんなご利益があります。これもパワースポット。
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清昌稲荷。
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鐘楼。
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大和の鐘、というそうです。
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納札堂。
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奥は本堂、手前に駐車場。
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境内のお店。
萬寿庵。
お饅頭屋。 -
千手堂。
漬物や。 -
五徳庵。
せんべい屋。 -
農産物直売所。
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釈迦堂。
寺内の多くの仏像を収蔵しています。平成13年築。
この前は大駐車場です。バス停水沢観音はここにあります。
うどんを食べるならバス停水沢、寺を見るならバス停水沢観音、急な石段を登らなくて済みます。 -
水沢観音でタクシーを呼び竹久夢二伊香保記念館に行きました。
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入口の看板。
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本館・黒船館。
1981(昭和56)年開館。
竹久夢二研究家長田幹雄のコレクションを中核に、絵画、版画、デザイン原稿、書簡など1万6千点の資料を収蔵。 -
本館・大正ロマンの館。
黒船館と大正ロマンの館は中で繋がっています。 -
この部屋で簡単なビデオによる紹介や昔のオルゴール演奏がありました。
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部屋の天井。
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120~130年前のオルゴールです。
実際に演奏してくれました。パッヒェルベルのカノンです。 -
同。
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3枚の円盤が同時に回ります。
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説明してくれた係員がピアノでテネシーワルツと宵待草を弾いてくれました。
話し方といい風貌といい竹久夢二の描く女性の雰囲気を醸し出す今どき稀有の人でした。
ピアノは130年前のベーゼンドルファー。 -
ショップ。
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同。
絵葉書を数枚購入。 -
以下館内の様子。
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大正ロマンの館と謳うだけあって、館内の造作、調度すべてが大正ロマンを漂わしています。
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竹久夢二。
明治17年、岡山県に生まれる。
大正8年、初めて榛名、伊香保を訪れる。以降、伊香保の気候、風土、人情に惚れこみ度々訪れる。
昭和6年、欧米外遊。
昭和9年、長野県富士見高原療養所にて永眠。49歳。 -
今年は竹久夢二生誕135年、代表作「黒船屋」が描かれてからちょうど100年になります。
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長田幹雄記念室。
竹久夢二の研究家で、「夢二日記」、「夢二と私」などの著作もある。 -
同。
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館内から外を望む。
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館内。
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展示室。
左の絵は屏風「榛名山賦」。 -
展示室。
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展示室。
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天井の照明。
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昔の照明器具は優しい灯りを与えてくれます。
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電気スタンド。
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シェードが美しい。
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昔のオルゴール。
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館内。
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館内。
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暖炉。
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暖炉の装飾。
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ステンドグラス。
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絵葉書です。
「かるた会」。大正5年。 -
「黒船屋」。大正8年。
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「榛名山賦」。昭和6年。
1930(昭和5)年頃夢二は伊香保に1か月ほど滞在し、榛名湖畔にアトリエを設け代表作「榛名山賦」を制作した。
春の女神「佐保姫」とバックに榛名富士。
画賛は:久方の 光たたえて匂ふなり 榛名の湖(うみ)に 春たちにけり -
左上「かるた会」。
右上「歌劇椿姫」。
左下「あめのよ」子供の友口絵。
右下「憩い」。昭和7年。
その2に続きます。旅館の送迎バスで伊香保温泉へ。
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