1999/08/16 - 1999/08/16
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Miyatanさん
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1999年7月、生まれて初めての海外一人旅。当時は都内の某私立大学の政治学科の学生でした。
デジカメやSNS、スマホなんてなかった時代ですが、何気に旅行記を自作のHPにアップしていました。1999年に独学でhtml勉強して、個人的に開設したジオシティーズのホームページですが、2019年3月をもってサービス終了で閉鎖になります。現在移転先を検討中ですが、一部をフォートラの写真付旅行記として復刻版として再作成します。誤字脱字等は修正し、表現も一部改めますが、なるべく当時のままの文章でと思っています。写真は、APSフィルムで撮った当時の写真をデジカメで撮影しています。
当時は英語も怪しかったし、情報もあまりなかったですが、二週間の国際ボランティアキャンプを含んでの約一ヵ月半、人生で初めての大冒険でした。航空券の買い方もよくわからなくて、授業の合間を縫ってHISに何度も行きました。あと今考えると、この時にマイレージカード作成しておけばよかったかと。
今改めて文章を振り返ると、初めての事だらけで新鮮に感じて興奮している状況がわかります。ちなみに当時は、旅行中にノートに旅行記を書いて、帰国後に書き写してWEBにUPするスタイルでした。あと、タイトル結構凝っていたかも。^^
はじめに
これは、僕が1999年7月18日から8月29日までのおよそ6週間、一人でアメリカへ行ったときの記録です。2週間ほどの国際ヴォランティアキャンプに参加したあと(国際ヴォランティアキャンプについては別のところに書く予定です)アメリカ最北東端のMaine州から西海岸のSan FranciscoまでGreyhound Bus(アメリカのほぼ全土を網羅する長距離バス)を使って旅したときの記録です。初めての海外一人旅でいろいろ大変なことがありましたが、自分なりにいい経験にもなったし、得たものは大きかったと思います。
アメリカ横断日記INDEX
第一幕
第一章 旅立ちの唄
~Narita,Boston~
第二章 大瀑布を前にただ立ち尽くすのみ
~Niagara Falls~
第三章 自由の国、憧れの都
~New York~
第四章 合衆国誕生の地
~Philadelphia~
第五章 桜の枝と白亜の殿堂
~Washington D.C~
第六章 フロリダの太陽とそよ風を浴びて
~Miami,Key west~
第七章 異国の街角でふと酔いしれて
~New Orleans~
第八章 月までも続く道
~Houston~
第九章 歴史を変えた一発の銃弾
~Dallas~
第十章 標高1マイルの街角で
~Denver~
第二幕
第一章 粉雪とオリンピックと教会
~Salt Lake City~
第二章 荒野の不夜城
~Las Vegas~
第三章 偉大なる大自然の芸術
~Ground Canyon~
第四章 映画の都の熱き情熱
~Los Angeles,Hollywood~
第五章 麗しき動植物の楽園
~Yosemite National Park~
第六章 あの橋の彼方に
~San Francisco~
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8月16日(月)
なんとKey Westであった早稲田と法政の二人組みである。アメリカは狭い。
洗面所でオーストラリア人に話し掛けられる。「日本のどこから来たの?」
と聞かれ「フロム ヨコハマ。ドゥーユーノウヨコハマ。」
と答えると「アイ リヴ イン センダイ フォー ファイヴ イヤーズ。」
などというなりいきなり日本語で話し出す。
「えー何っ? リヴインだって、まじかよ~。」
なんとも仙台の高校で英会話の講師をしているらしい、すごい偶然だ。でも日本語話さないと忘れるよねなどと日本語で話し掛けられると、もし日本に帰ったらせっかく少しだけ話せるようになった英語を忘れちゃうかもなどと、僕は英語で話す。会話がしばらく弾む。マイクのことを話すと、これまた偶然だって笑ってた。お互いになぜか自分の母国語でないほうの言語で話が続いた。
昨日の女の子の名は“Mayo”。なんともカリフォルニアの短大に在学中で、今度ジョージアにトランスファーしようかと旅をしているところらしい。結構感じのいい娘である。
朝からたまった洗濯物を洗濯しようとする。なぜか終わらない。なぜなら、乾燥機のスイッチを入れ忘れていたからだ。丸半日これで損する。
そしてFrench Quarterへと足を運ぶ。途中Lee Circleから市電に乗る。本当に遅い。これじゃあ歩いたほうが早かったような気がしないわけではない。ガタゴトゆれる雰囲気がとてもいい。路面電車のこの雰囲気は大好きだ。日本では、どんどん姿を消していくのは悲しい。最も大学のすぐ裏を走る都電荒川線が健在なのはうれしい限りだが。 -
French Quarterに到着。独特の多国籍的雰囲気が面白い。だが町じゅうにはごみの異臭や悪臭が漂い、決してきれいな街とはいえないだろう。そのごみごみしたところがこの街のパワーなのかもしれない。誘われるままにカントリーの曲名にもなっているジャンバラヤや、ザリガニパイを食べてみる。そういえば昔やっていたエレクトーンで、ジャンバラヤなんて曲あったかな。
教会があるジャクソン広場では、夕方から演奏会。大勢の観客で賑わう。楽しそうである。チップには日本の5円玉。たいした価値はないが、大切にしてくれるといいな。ワニの頭もここの名物だ。何とも店の人に聞いたところ、ここミシシッピ河口の人々はワニの頭を飾り物にして、肉を食べて、皮を加工品にするそうである。Voodoo Shopという、いわゆるゾンビの人形も売られている。アフリカでは精霊として祭られていたのかな。ここはアフリカからの移住民(というより奴隷)の入り口となった都市だから。 -
夜のNew Orleansは、昼間とは違った顔を見せる。バーやら、風俗店やらSMショップが立ち並ぶバーボン通りは夜遅くまで大勢の人々で賑わう。風俗店の”Lust is life”(欲望とは人生である)のキャッチコピーは、名文だと思えた。通りのブラインドウで、下着を脱ぐ女性のシルエットが映し出される。二階の窓からコXドームをばら撒く女性もいた。ふと日本人っぽい男性二人が、店の入り口の帳の中に消えていく。噂のパツキンギャルってやつですか。こーいうのって全然興味ないし、行きたいなんてぜんぜん思ったことないけど。(←本当か?)
ワニの揚げ物をほおばりながら、Jazz演奏に耳を傾ける。中には踊りだす熟年カップルも。Harricane Frozenを少しのみ干す。ここアメリカでは、21歳未満は飲酒全面禁止で、購入の際にはIDの提示を求められる。実際にIDを提示するように要求された。正直、ちょっとほっとした。ぎりぎりで制限は越えていたし、一応若くみられたらしいし。なんかアメリカ人には、僕が高校生と大学生の中間くらいに見えるらしい。やはりアジア系は若くみられるのかな。 -
帰りのタクシーの運転手がこういう「New Orleansは最高だ!」
と。最もこれでもう少し治安がよければ本当にそうなんだけど…。
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