2018/11/05 - 2018/11/08
737位(同エリア842件中)
rioさん
留学先のスウェーデンを拠点に各国を巡る旅
《第二弾》
バルト三国の真ん中の国、ラトビア。
今回もちょこっと紹介、スウェーデンとラトビアの歴史。コペンハーゲン編が自分でも長すぎたと思ったので短めに。
スウェーデンとラトビアとの間には実は深い繋がりがある。ラトビアはドイツ騎士団の入植から始まり、ポーランドリトアニア共和国、スウェーデン、ロシア帝国、ナチスドイツ、ソ連と各国に支配されてきた。スウェーデン国王Karl9世は1605年にポーランドリトアニア共和国を相手にリガへ侵攻するが、当時最強だった共和国には歯が立たずあっけなく惨敗に喫した。その後軍事改革などを推し進めたGustav2世が再度リガへ侵攻し、ついにリヴォニアの征服に成功する。スウェーデン統治下のリガはバルト海の重要な港としてストックホルムに次ぐ第二の都市にまで発展した。その後スウェーデンがロシア帝国に負けバルト海の覇権を失うまでの約100年間、スウェーデン統治は続いた。
地元ガイドさん曰くスウェーデン統治下の時代は国がある程度発展したので比較的良い時代だったのだそう。
リガはその時々の覇権国家に支配された歴史があるので、行くだけで中世から近現代のヨーロッパ史を体感できる歴史好きにはたまらない場所だった。
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どーん。でかい。
初めての船旅にかなりテンション上がる。
Tallink Siljaという船会社を利用。
バルト海を横断するこの客船はとにかく安い!
時期にもよるが私は最安の4人の相部屋で片道約30ユーロ。日本円にしてなんと4,000円いかないお値段。(2019年7月現在)
ストックホルム港(Värtahamnen)を17時出港。この港へのアクセスはどうやらストックホルム市内から直行バスもあるらしいが随分値段が高かったので私は地下鉄を利用。赤い線の13番、Gärdet駅から徒歩10分程度だった。
ターミナルでセルフチェックイン、そして改札ゲートを通りいざ船に乗り込む。
手荷物検査もパスポート確認もなし。(一応パスポートは携帯必須)
ターミナルには他にもタリン行きやヘルシンキ行きの船が停まっていた。 -
こちらが船内マップ。
最安の相部屋を買ったので自動車よりも下の階。レストランはもちろん、ショーやバー、サウナなどもある割と豪華な客船なのにこの値段はお得。日本では絶対に経験できない格安クルーズ旅、ストックホルムに長期滞在する方には是非おすすめしたい。
一番下の階とあってさすがにWi-Fiは部屋では繋がらなかった。 -
出港してからしばらくはWi-Fiの繋がる7階のソファで遠のく街明かりをぼぉーと眺めていた。
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こちらがお部屋。
折りたたみ式でベッドが4つ。
シャワーとトイレ、タオルまでついている。
相部屋なので誰か来るかなと思いしばらく部屋で待機していたがラッキーなことに今回は私ひとりだった。
部屋がめっちゃくちゃ乾燥していた。
飛行機の機内のような感じ。
普段長時間飛行機に乗る時はマスクをしているが、船もこんなに乾燥しているとは思わず持って来なかった。
そして天候や時期にもよるだろうが、意外と揺れを感じた。特にバルト海の沖合に出たあたりからは横になっていても身体がゆらゆらしている感覚があったので酔いやすい人は気をつけた方が良いかもしれない。 -
リガには11時に到着。
港から旧市街までは徒歩10分程度の距離だ。
12時からのフリーツアーに参加したかったので早速集合場所に向かったが、旧市街の道が複雑だったので方向音痴の私はGoogleマップを見ていながらもしばらく彷徨うことになった。
なんとか集合場所には到着し、地元ボランティアガイドのお兄さんによる新市街ツアーが始まった。
リガのフリーツアーは旧市街と新市街の2つのツアーがあり、私は観光客があまり行かなさそうな新市街側をせっかくだから見たいと思いこっちにした。
旧市街を一歩離れるとそこにはソ連の面影が色濃く残る街並みが広がっていた。 -
見えてきたのは世界遺産にもなっているリガの中央市場。東欧一の規模らしい。
ドイツの飛行船ツェッペリンの格納庫を再利用しており、棟ごとに野菜、肉類、魚介類などが分かれて売られている。 -
肉売り場の内部。
飛行船の格納庫だったことがよく分かる。 -
肉。肉。肉。
どうやって食べるのか見当もつかない部位などもあちこちに。 -
魚介類は燻製や干物が多い印象を受けた。
ラトビアの冬は川が凍るので長期保存できるよう食料を加工することが多いそうだ。 -
パンコーナー。
無造作に陳列された黒パン。 -
こちらも野菜をピクルスにして長期保存できるようにしてある。
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中央市場から数分歩くといかにもソ連らしい建物があらわれる。スターリン建築のラトビア科学アカデミーだ。現在はオフィスになっている。
スターリンの誕生日に合わせて完成させるはずだったがその前にスターリンは死んでしまった。現地の人からはStalin's birthday cakeとも呼ばれている。
手前に見える青い木造家屋はユダヤ人ゲットー地区の唯一残っている建物。リガのユダヤ人は第二次世界大戦中にほとんどが殺され、生存者はわずか200人にも満たなかった。ドイツ占領期はラトビア人もユダヤ人迫害に加担した。 -
ロシア正教の教会。ソ連統治時代は信仰自体が御法度だったため、十字架を取り外して別の用途に使っていた。
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ユダヤ人を運んだ貨物列車と思しきものがぽつんとあり、内部はリガにいたユダヤ人の資料などが展示されていた。
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ラトビアの独立を象徴するモニュメント。実はソ連が統治する前からあったもの。なぜソ連統治下でも壊されなかったのかというと、ソ連がこのモニュメントの意味をすり替えたからだ。
てっぺんに立つ女の人は「母なる(ソ連の)大地」、3つの星は「ソ連が統治するバルトの三つの国」という設定に変えてしまった。
ここで3時間ほど歩き回った新市街フリーツアーは解散。
お兄さんにチップをわたしひとまずホステルに向かうことに。 -
今回泊まったホステルはTree house。
旧市街のど真ん中にあり立地は最高。エントランスが小さく、広場の奥にあるので最初は見つけづらいかもしれない。
清潔でアットホームな雰囲気がとても気に入った。朝食付きで10ユーロ。
なんという安さ。 -
女子部屋か男女ミックスか事前に選択できる。
これは女子部屋。
全体的にアットホームな雰囲気で、洗面所も比較的綺麗だった。
ドライヤーもついている。 -
夕飯はチェーン店のLidoというところで。
旧市街に6箇所ほどある。
値段がおかずそれぞれに書いてあり、セルフで好きなだけ取り、最後に会計する形式だった。
ラトビアっぽい食べ物はなんですかと聞いたらこの黒い豆を大量に盛り付けられた。美味しかったのだが脂がこってりしていて量が多すぎた。
どれくらいの量でいくらなのかよくわからないまま会計をしたら思ったより結構高くてあれれ…しかも店員さんが勝手にこの豆をてんこ盛りにしちゃったから汗 -
夕飯を食べ終え外はすっかり暗くなっていたが治安は良さそうなので少しうろうろすることにした。
うん、やはりロシアっぽい。 -
ブラックヘッドの会館。
大戦中にドイツ軍によって破壊されたが最近再建された。 -
リガ旧市街の治安はとても良く、女一人で夜道を歩いたが中心部にいる限り危険な雰囲気のするところは見かけなかった。
夜のライトアップがとても綺麗。 -
しばらく夜の散歩をしてホステルに戻った。
部屋から見える広場がとても綺麗。
ここでひとつ注意点が。
どうやらホステルのすぐ近くにクラブがあるらしく、深夜まで音楽が響き渡っていた。慣れればさほど気にならないが最初は睡眠の邪魔になった。
こうしてリガ1日目が終了。
2日目へと続く。
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