2017/11/22 - 2017/11/25
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TOMISLAVさん
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レバノン。
日本人だと、レバノン内戦などが想起され、きな臭いイメージを抱いてしまうだろう。私がレバノンに行った時も、ハリリ首相がサウジアラビアで辞任するなど、日本人にはわかりにくい国と映ったであろう。
しかし、レバノンのあたりは、海商の民フェニキア人の拠点であったし、ローマ帝国時代には、オリエント地方の要衝の地であった。ベイルートはかつて「中東のパリ」と呼ばれていて、国際色豊かな街であった。
国民の4割がキリスト教徒というこの地域では、異色の国でもある。
そんな、いろいろ混ざったこの国に行ってみた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
11/22 23;50 羽田空港発 カタール航空で、ドーハ経由で、レバノン ベイルートに向かう。
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カタール航空の機内食
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カタール・ドーハ空港着。朝日を浴びる、カタール航空機たち。
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ドーハを経て、いよいよ、レバノン・ベイルートに着く。
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ベイルート市内に着いたのは、11/23 正午過ぎごろ。宿に荷物をおいて、まずは、
ジュベイルに乗合バンで向かう。
ベイルートから、地中海沿い北方30kmのため、1時間ほど。 -
昼食がまだだったため、スティック状のケバブを食べる。
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ジュベイルには、12世ごろに十字軍が建てたとされる、城砦がある。城の城門。
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なかなか堅牢そうな城である。十字軍によって建てられたが、十字軍が撤退した後は、オスマン=トルコ帝国などに使用されたのだろう。
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地中海とオリエント地方のつなぎ目のひとつであった、ジュベイル(ギリシャ語ではビブロス)。
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城の中の展示物。燭台。
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一旦、城を出て、海岸の方を巡る。この辺りは、居住地域であったろうが、もともとは、海の民フェニキア人の住居があったとのこと。
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要塞を上がってみる。
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要塞から、地中海が見える。
ここは、中東であるが、地中海気候の地域のせいか、南イタリアと見まがう光景だ。
十字軍の時代。この城に籠った、南仏や南伊の騎士たちは、地中海の向こうの故郷に思いをはせたことだろう…
と妄想してみた。 -
眼下には、地中海とフェニキア人の住居群がみえる。
11月だが、地中海沿らしく、陽光が海に反射し、空気も暖かい。 -
レバノン国旗と地中海とジュベイルの街。
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国旗の真ん中の「レバノン杉」。レバノンの象徴だ。
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城壁には、このような、円柱型の石が組み込まれている。強度をアップさせるためだろう。
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十字軍の城の近くの
聖ヨハネ洗礼教会。
まるで、欧州にいる気分である。 -
陽が傾いてきたので、また乗合バンに乗り、ベイルートに戻る。
地中海に沈む夕日。 -
11/24 バールベックに向かう前にさらっと、ベイルート市内を観る。
ハリーリー元首相が爆弾テロで暗殺された場所。 -
マロン派キリスト教の教会。この隣には、大きなモスクがあり、奇妙な光景だ。
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ベイルートの行政の中心。エトワール(星)広場。
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市内にある、ローマ帝国時代に浴場跡。
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ベイルートから、乗合バンにのり、内陸のバールベックに向かう。
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地中海沿いから山脈を越えて、内陸になると、土壌がラテライト状になっているのが目についた。これらの土壌は煉瓦になるのだろう。
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バールベックに着く。お昼前だったので、近くの食堂で、ピザを食べる。ボリュームがあったが、たしか300円か400円くらいだった。
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さて、ついに、
バールベックの神殿に来ました。 -
写真の真ん中に神殿に向かう階段があるが、本来はこの階段は、横一面に広がっていたそうだが、いまのところ、復元されたのは、この真ん中の部分だけとのこと。
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1世紀にローマ帝国により作られ始めたとのこと。
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しかし、ローマ帝国がキリスト教を国教化すると、この従来の「邪教」の神殿は顧みられなくなる。そして、7世紀にアラブ勢力がこの地に進出してくると、この神殿は、イスラム勢力の砦に改造されてしまう。
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そう考えると、この遺跡も儚く映る。
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6本の大列柱は、このようになっていて、残念。
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奥には、重厚な「バッカス神殿」が鎮座する。
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バッカス神殿。ローマ帝国の残照といえよう。
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同じく、バッカス神殿。
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人も少なくため、ゆるりと観られてよかった。
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神殿付属の小さな博物館。
写真のようなつくりは、スペイン コルドバのメスキータを連想させる。下部の列柱は、ギリシャ・ローマ風だが、アーチはイスラム時代のものだろうか? -
バールベックは内陸とはいえ、地中海沿いの都市との連絡があり、このようなモザイクに表れているのだろう。
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なぜか、ドイツ(第二)帝国のカイゼル(皇帝) ヴィルヘルム二世の写真が。
いわゆる、「3B政策」に関連して、中東地域の遺跡発掘の援助にかこつけて、ドイツの影響力浸透を図ったということでしょう。 -
バールベックを堪能したので、
ベイルートに戻り、帰国の途につく。 -
また、乗合バンでに乗り、ベイルートに戻る。写真はレバノン山脈のあたり。
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ベイルート市内に戻らずに、乗合バンをのりかえ、ベイルート空港に。フライト5時間前に着く。
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カタール航空で、ベイルート→ドーハへ。
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機内食
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ドーハでトランジット、羽田へ。このあと、大過なく日本に帰国。
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レバノン。
主に観たのが、
・ジュベイル(ビブロス)の十字軍の城
・ローマ帝国のバールベックの神殿
だったせいか、
中東というより、南欧にいた感じであった。
北と東は、内戦中のシリア、南はイスラエルという陸の孤島のような国だが、地中海とオリエントの交差点にあることもあり、色々な混ざった感じの国であった。
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この旅行記へのコメント (1)
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- kids560さん 2025/04/04 11:18:19
- 歴史的建造物がこれだけ残っていることにびっくり
- レバノンというと共和国性ということを疑ってしまう程の政治的・宗派的派閥による血なまぐさい内戦に次ぐ内戦によって、栄えては衰退するということを繰り返している国というイメージしかありませんでした。
実際に旅行記を拝読すると日本では歴史を文字で残すことができなかった時代にこれだけ立派な建物を建築できる経済力と技術力を持っていたことに驚愕です。このまま2000年間技術開発が続いていれば今はもっと未来だったのにと思うと残念でなりません。
これらは内戦で木っ端みじんになっていたとてっきり思い込んでいましたがこれだけの数の建造物が未だに健在で尚且つ修復も行われているような景色も視られて感動しました。レバノンの方、ごめんなさい。誤解していました。
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