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新見市(にいみし)は岡山県の最西北端、高梁川の源流域に位置し、中世の時代から京都の東寺などの荘園「新見庄」として栄えてきました。<br />砂鉄が多く採れた当時の新見庄では、日本古来の製鉄技術である「たたら製鉄」が盛んに行われていました。<br /><br />江戸時代になり、元禄10年(1697)に初代新見藩主 関長治侯により町がつくられました。<br />この時代はすでに城が造れない時代でしたので、御殿(官邸)を建て、そこで政務を執られました。この地区が新見御殿町(にいみごてんまち)です。<br />今でも古い町並みの面影が残り、昭和のレトロ遺産・看板建築(パラペット)・なつかしの遺構などの「世間遺産」にも出会うことができます。<br /><br />新見御殿町は伯備線新見駅から1km程離れています。<br />今日は満奇洞(鍾乳洞)からの帰りに新見駅行きの路線バスを利用し、御殿町の思誠小前バス停で降り、観光協会のマップを見ながら下町から中町、本町、新町、新見駅へ、まち歩きを楽しみます。<br /><br />なお、旅行記は下記資料を参考にしました。<br />・新見市観光協会「備中国・新見 御殿町まち歩き」<br />・新見市観光協会、新見御殿町まち歩きガイドの会「にいみ世間遺産まち歩き」<br />・新見市観光協会「カツマル醤油」<br />・新見市「ようこそ新見へ」「備中国新見庄たたら製鉄体験学習」<br />・新見公立短期大学八尋ゼミブログ「にいみ探検隊、佐々木文正堂」<br />・世間遺産オフィシャル「世間遺産とは」

新見御殿町まち歩き ~古い町並みと世間遺産~(岡山)

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2018/01/11 - 2018/01/11

8位(同エリア120件中)

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かっちん

かっちんさん

新見市(にいみし)は岡山県の最西北端、高梁川の源流域に位置し、中世の時代から京都の東寺などの荘園「新見庄」として栄えてきました。
砂鉄が多く採れた当時の新見庄では、日本古来の製鉄技術である「たたら製鉄」が盛んに行われていました。

江戸時代になり、元禄10年(1697)に初代新見藩主 関長治侯により町がつくられました。
この時代はすでに城が造れない時代でしたので、御殿(官邸)を建て、そこで政務を執られました。この地区が新見御殿町(にいみごてんまち)です。
今でも古い町並みの面影が残り、昭和のレトロ遺産・看板建築(パラペット)・なつかしの遺構などの「世間遺産」にも出会うことができます。

新見御殿町は伯備線新見駅から1km程離れています。
今日は満奇洞(鍾乳洞)からの帰りに新見駅行きの路線バスを利用し、御殿町の思誠小前バス停で降り、観光協会のマップを見ながら下町から中町、本町、新町、新見駅へ、まち歩きを楽しみます。

なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・新見市観光協会「備中国・新見 御殿町まち歩き」
・新見市観光協会、新見御殿町まち歩きガイドの会「にいみ世間遺産まち歩き」
・新見市観光協会「カツマル醤油」
・新見市「ようこそ新見へ」「備中国新見庄たたら製鉄体験学習」
・新見公立短期大学八尋ゼミブログ「にいみ探検隊、佐々木文正堂」
・世間遺産オフィシャル「世間遺産とは」

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
高速・路線バス JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 「御殿町まち歩き」マップ<br /><br />江戸時代につくられた町並みの面影をたどることができます。<br /><br />新見市観光協会のURLから入手できます。<br />http://niimi.gr.jp/pages/pamphlet/index.html<br />

    「御殿町まち歩き」マップ

    江戸時代につくられた町並みの面影をたどることができます。

    新見市観光協会のURLから入手できます。
    http://niimi.gr.jp/pages/pamphlet/index.html

  • 「にいみ世間遺産まち歩き」マップ<br /><br />御殿町~新見駅間にある世間遺産のスポットを紹介しています。<br /><br />世間遺産とは、いわゆる名所旧跡・有名ではないが、思わず人に話してみたくなる、後世に残しておきたい「人・もの・風景」です。

    「にいみ世間遺産まち歩き」マップ

    御殿町~新見駅間にある世間遺産のスポットを紹介しています。

    世間遺産とは、いわゆる名所旧跡・有名ではないが、思わず人に話してみたくなる、後世に残しておきたい「人・もの・風景」です。

  • 思誠小前バス停<br /><br />満奇洞(まきどう)見学後、新見行きバスで移動してきました。<br /><br />では、御殿町のまち歩きを開始。<br />

    思誠小前バス停

    満奇洞(まきどう)見学後、新見行きバスで移動してきました。

    では、御殿町のまち歩きを開始。

  • 井戸<br /><br />元武家屋敷通りに来ています。<br /><br />江戸時代の武家屋敷の共同井戸です。<br />

    井戸

    元武家屋敷通りに来ています。

    江戸時代の武家屋敷の共同井戸です。

  • 竹本邸(元武家屋敷通り)<br /><br />武家屋敷の景観にあわせた昭和初期には珍しい和洋折衷の設計は、ハイカラな建物として当時評判になり、今に残る建物です。<br />

    竹本邸(元武家屋敷通り)

    武家屋敷の景観にあわせた昭和初期には珍しい和洋折衷の設計は、ハイカラな建物として当時評判になり、今に残る建物です。

  • 常夜燈(下町)<br /><br />御殿町を流れる小さな川「風木谷川」と「船川八幡宮」の参道が交わるところに建つ常夜燈です。<br /><br />道標の役割があったのでしょう。<br />

    常夜燈(下町)

    御殿町を流れる小さな川「風木谷川」と「船川八幡宮」の参道が交わるところに建つ常夜燈です。

    道標の役割があったのでしょう。

  • キャップをかぶった立水栓(下町)<br />

    キャップをかぶった立水栓(下町)

  • 金村屋麹店(下町)<br /><br />江戸時代は酒屋で、現在は麹・味噌のお店です。<br />

    金村屋麹店(下町)

    江戸時代は酒屋で、現在は麹・味噌のお店です。

  • 抱き柊紋(金村屋)<br /><br />蔵の壁に付けられている「抱き柊(だきひいらぎ)」の紋です。<br />

    抱き柊紋(金村屋)

    蔵の壁に付けられている「抱き柊(だきひいらぎ)」の紋です。

  • 玄関の正月飾り(金村屋)<br /><br />その下にはなぜかウサギのお母さん。<br />

    玄関の正月飾り(金村屋)

    その下にはなぜかウサギのお母さん。

  • フヂ井洋服店(下町)<br /><br />屋号は「井」と「富士山の絵」を組み合わせて「フヂ井」なんです。<br />

    フヂ井洋服店(下町)

    屋号は「井」と「富士山の絵」を組み合わせて「フヂ井」なんです。

  • 町家「林邸」(下町)<br /><br />ナマコ壁と親子格子の美しい町家です。<br /><br />江戸時代は醤油屋だったところです。<br />

    イチオシ

    町家「林邸」(下町)

    ナマコ壁と親子格子の美しい町家です。

    江戸時代は醤油屋だったところです。

  • 美容カネコ(下町)<br /><br />ナマコ壁と親子格子の面影があります。<br />

    美容カネコ(下町)

    ナマコ壁と親子格子の面影があります。

  • 元西井山陽堂薬局(下町)<br /><br />ショーウィンドウに紙に書いたナマコ壁。

    元西井山陽堂薬局(下町)

    ショーウィンドウに紙に書いたナマコ壁。

  • 近づいてみると「あちゃー」という顔(西井山陽堂)<br />

    近づいてみると「あちゃー」という顔(西井山陽堂)

  • 昭和を感じさせる店構え(下町)<br /><br />木枠のガラス戸が出入口の植田商店。<br />

    昭和を感じさせる店構え(下町)

    木枠のガラス戸が出入口の植田商店。

  • 曇りガラスの看板(植田商店)<br /><br />「清酒大正・正宗、雑貨、乾物」などを売っていたのですね。<br /><br />歪みのあるガラスが今でも残っています。<br />

    イチオシ

    曇りガラスの看板(植田商店)

    「清酒大正・正宗、雑貨、乾物」などを売っていたのですね。

    歪みのあるガラスが今でも残っています。

  • 午後の日射しを浴びる土蔵(下町の裏通り)<br /><br />石積み土台と焼杉の土蔵がいい感じ。<br /><br />表通りに並行する裏通りで見つけました。<br />

    イチオシ

    午後の日射しを浴びる土蔵(下町の裏通り)

    石積み土台と焼杉の土蔵がいい感じ。

    表通りに並行する裏通りで見つけました。

  • 湯浅邸(下町の裏通り)<br /><br />板塀にも瓦屋根がある独特の風景。<br />

    湯浅邸(下町の裏通り)

    板塀にも瓦屋根がある独特の風景。

  • 鶴の丸紋(湯浅邸)<br /><br />蔵の壁に付けられている家紋は「鶴の丸」。<br />

    鶴の丸紋(湯浅邸)

    蔵の壁に付けられている家紋は「鶴の丸」。

  • 姉妹蔵(中町)<br /><br />表通りに戻り、隣の中町に入ります。<br /><br />元川崎屋です。<br />

    姉妹蔵(中町)

    表通りに戻り、隣の中町に入ります。

    元川崎屋です。

  • もう一つの姉妹蔵(中町)<br />

    もう一つの姉妹蔵(中町)

  • ナマコ壁の革新的なデザイン(中町)<br /><br />商業の中心地として栄えた中町界隈にある中核的な商家の一つだった「太池邸(おおいけてい)」です。<br />

    イチオシ

    ナマコ壁の革新的なデザイン(中町)

    商業の中心地として栄えた中町界隈にある中核的な商家の一つだった「太池邸(おおいけてい)」です。

  • ナマコ壁と格子の美しい「太池邸」(中町)<br /><br />明治末期の建物で新見初の百貨店として呉服をはじめ色々な商品を扱っていました。<br /><br />現在は新見市が借り受け、交流拠点として利用されています。<br />

    ナマコ壁と格子の美しい「太池邸」(中町)

    明治末期の建物で新見初の百貨店として呉服をはじめ色々な商品を扱っていました。

    現在は新見市が借り受け、交流拠点として利用されています。

  • 太池邸の内蔵(中町)<br /><br />内蔵は「茶寮 御殿町新見」として利用されています。<br />

    太池邸の内蔵(中町)

    内蔵は「茶寮 御殿町新見」として利用されています。

  • 津国屋(本町)<br /><br />津国屋(つのくにや)は、札座、鉄問屋、造り酒屋、町名主をしており、藩指定の六問屋の一つでした。<br />

    津国屋(本町)

    津国屋(つのくにや)は、札座、鉄問屋、造り酒屋、町名主をしており、藩指定の六問屋の一つでした。

  • カツマル醤油(本町)<br /><br />創業110年の醤油店。併設ギャラリーでは随時展示会を開催しています。<br /><br />建物は昭和初期に建て直しています。<br />

    カツマル醤油(本町)

    創業110年の醤油店。併設ギャラリーでは随時展示会を開催しています。

    建物は昭和初期に建て直しています。

  • 金文字看板(カツマル醤油)<br /><br />ガラス戸に下地漆を塗り、金箔文字を貼る、当時の高度な技法が使われている貴重なガラス戸です。<br />

    金文字看板(カツマル醤油)

    ガラス戸に下地漆を塗り、金箔文字を貼る、当時の高度な技法が使われている貴重なガラス戸です。

  • ナマコ壁の自販機(本町)<br />

    ナマコ壁の自販機(本町)

  • 路地に入れば三味線横丁(本町)<br />

    路地に入れば三味線横丁(本町)

  • 三味線横丁(本町)<br /><br />以前は料亭から三味線の音色が聞こえていたのですね。<br />

    三味線横丁(本町)

    以前は料亭から三味線の音色が聞こえていたのですね。

  • 元渡辺屋敷の石垣(本町)<br />

    元渡辺屋敷の石垣(本町)

  • 消火器具の収納箱(本町)<br />

    消火器具の収納箱(本町)

  • ナマコ壁と虫籠窓の町家(本町)<br /><br />明治時代に建てられたナマコ壁と虫籠窓(むしこまど)のある田原屋。<br /><br />塩干物、お酒や度量衡器販売、衡器修復等を商いにしていました。<br />

    ナマコ壁と虫籠窓の町家(本町)

    明治時代に建てられたナマコ壁と虫籠窓(むしこまど)のある田原屋。

    塩干物、お酒や度量衡器販売、衡器修復等を商いにしていました。

  • お洒落なテラスのある建物(本町)<br /><br />昭和の初めの建物で、3階のテラスは大正時代の建築の名残です。<br /><br />本と文房具の横井商店です。<br />

    お洒落なテラスのある建物(本町)

    昭和の初めの建物で、3階のテラスは大正時代の建築の名残です。

    本と文房具の横井商店です。

  • 御殿町センター(本町)<br /><br />蔵をイメージした建物で、無料駐車場と飲食店などがあります。<br />

    御殿町センター(本町)

    蔵をイメージした建物で、無料駐車場と飲食店などがあります。

  • 全面ガラス戸の大西亮商店(新町)<br /><br />本町の隣の新町商店街を歩きます。<br /><br />大西亮商店は明治の建物で、当時呉服の商いをしていました。<br />

    全面ガラス戸の大西亮商店(新町)

    本町の隣の新町商店街を歩きます。

    大西亮商店は明治の建物で、当時呉服の商いをしていました。

  • 消火器具の収納箱(新町の路地)<br /><br />木製の収納箱を使い続けています。

    消火器具の収納箱(新町の路地)

    木製の収納箱を使い続けています。

  • 珍しい手すり看板(新町)<br /><br />佐々木文正堂は大正13年(1924)に万年筆専門店として創業、その後、文房具、スポーツ用品、駄菓子などを販売しています。<br /><br />手すりには、三角定規、本、テニスラケット、バット、バレーボールなどの看板が取付られています。<br />

    イチオシ

    珍しい手すり看板(新町)

    佐々木文正堂は大正13年(1924)に万年筆専門店として創業、その後、文房具、スポーツ用品、駄菓子などを販売しています。

    手すりには、三角定規、本、テニスラケット、バット、バレーボールなどの看板が取付られています。

  • 「うだつ」のある黒瀬呉服店(新町)<br /><br />新見には珍しい「うだつ」のある町家です。<br />

    「うだつ」のある黒瀬呉服店(新町)

    新見には珍しい「うだつ」のある町家です。

  • 看板建築の建物(新町)<br /><br />昭和に建てられた佐々奈美(さざなみ)精肉店です。<br /><br />江道橋近くに看板建築(パラペット)の建物が3軒あります。

    看板建築の建物(新町)

    昭和に建てられた佐々奈美(さざなみ)精肉店です。

    江道橋近くに看板建築(パラペット)の建物が3軒あります。

  • 佐々奈美の看板(精肉店)<br /><br />文字は右から読みます。<br />

    佐々奈美の看板(精肉店)

    文字は右から読みます。

  • 看板建築の小谷商店(新町)<br />

    看板建築の小谷商店(新町)

  • 牛窓のキャベツ(小谷商店)<br /><br />瀬戸内海に面した「日本のエーゲ海 牛窓」の野菜ですね。<br />

    牛窓のキャベツ(小谷商店)

    瀬戸内海に面した「日本のエーゲ海 牛窓」の野菜ですね。

  • 看板建築の西作食堂<br /><br />通りに面している3階部分は本来の屋根を内側に隠し、素晴らしい洋風建築に早変わり。<br />

    イチオシ

    看板建築の西作食堂

    通りに面している3階部分は本来の屋根を内側に隠し、素晴らしい洋風建築に早変わり。

  • 下校中の小学生<br /><br />時刻は16時過ぎ。<br /><br />かっちん夫婦もそろそろ帰ることにし、御殿町から新見駅へ向かいます。<br /><br />高梁川に架かる金谷橋を渡ります。<br />

    下校中の小学生

    時刻は16時過ぎ。

    かっちん夫婦もそろそろ帰ることにし、御殿町から新見駅へ向かいます。

    高梁川に架かる金谷橋を渡ります。

  • 風情のある高梁川と石垣の景色<br /><br />高梁川と後ろの城山公園に挟まれた御殿町の町並みが見えます。<br /><br />昔、高瀬舟が発着していたのですね。<br />

    風情のある高梁川と石垣の景色

    高梁川と後ろの城山公園に挟まれた御殿町の町並みが見えます。

    昔、高瀬舟が発着していたのですね。

  • 玄関が2つある家<br /><br />元料亭だった川上邸は住居として建て直しています。<br /><br />何かの思いがあり、隣り合わせの2つの玄関にしたのでしょう。<br />

    玄関が2つある家

    元料亭だった川上邸は住居として建て直しています。

    何かの思いがあり、隣り合わせの2つの玄関にしたのでしょう。

  • 元旅館だった名越邸<br /><br />広い玄関と2階のガラス戸は旅館をイメージできます。<br />

    元旅館だった名越邸

    広い玄関と2階のガラス戸は旅館をイメージできます。

  • 木造の昔ながらの建物<br /><br />姫新線の踏切を渡ったところにある木造の建物です。<br /><br />戦後すぐに傘や靴の修理を始めたお店です。<br />

    木造の昔ながらの建物

    姫新線の踏切を渡ったところにある木造の建物です。

    戦後すぐに傘や靴の修理を始めたお店です。

  • 元国鉄の診療所<br /><br />昔は診療所として使われ、現在は西日本電気システムの新見派出所。<br />

    元国鉄の診療所

    昔は診療所として使われ、現在は西日本電気システムの新見派出所。

  • 貝殻の混ざる壁(新見派出所)<br /><br />ブロックの壁面に小さな貝殻が混ざっています。<br />

    貝殻の混ざる壁(新見派出所)

    ブロックの壁面に小さな貝殻が混ざっています。

  • 新見駅<br /><br />昭和3年(1928)に開業した新見駅。<br />ホームの上屋を支える支柱や梁はレールが使われています。<br /><br />この後、倉敷へ移動し、サンライズ出雲のノビノビ座席で帰ります。<br />新見の古い町並みと世間遺産を知ることができました。<br />

    新見駅

    昭和3年(1928)に開業した新見駅。
    ホームの上屋を支える支柱や梁はレールが使われています。

    この後、倉敷へ移動し、サンライズ出雲のノビノビ座席で帰ります。
    新見の古い町並みと世間遺産を知ることができました。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 横浜臨海公園さん 2019/02/04 11:03:39
    新見の街並
    かっちんさま、こんにちは。


    旅行記を拝見させて頂きました。
    新見の街並みは、災害や戦災に遭わなかった事から、戦前のレトロな雰囲気が濃厚に残っているにも拘らず、駅自体が乗換だけで利用者は町に人が出ず、更に、本来は土下座祭りが有名だったにも拘らず、某方面から厄介なクレームをつけられ、武家祭りと名称が変えられてから、新見の町に責任が無かったのにイメージを全体的に低下させてしまい、今や観光客集めで躍起になっているの感があります。
    新見には中国勝山の町の様な作為が皆無なだけに、あの良さを万人が知ってほしいと思っております。



    横浜臨海公園

    かっちん

    かっちんさん からの返信 2019/02/04 21:36:48
    RE: 新見の街並
    横浜臨海公園さん こんばんは。

     新見の町は、列車の待ち合わせ時に駅前をぶらぶらする位であまり印象がなかったのですが、観光案内所のパンフレットを見て御殿町の街並みを知りました。
     確かに戦前のレトロな雰囲気が残っていました。

     土下座祭りのクレームの話は初めて知りました。地元の祭りはそのまま存続して欲しいものですね。

      かっちん

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