1999/08/03 - 1999/08/05
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Miyatanさん
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1999年7月、生まれて初めての海外一人旅。当時は都内の某私立大学の政治学科の学生でした。
デジカメやSNS、スマホなんてなかった時代ですが、何気に旅行記を自作のHPにアップしていました。1999年に独学でhtml勉強して、個人的に開設したジオシティーズのホームページですが、2019年3月をもってサービス終了で閉鎖になります。現在移転先を検討中ですが、一部をフォートラの写真付旅行記として復刻版として再作成します。誤字脱字等は修正し、表現も一部改めますが、なるべく当時のままの文章でと思っています。写真は、APSフィルムで撮った当時の写真をデジカメで撮影しています。
当時は英語も怪しかったし、情報もあまりなかったですが、二週間の国際ボランティアキャンプを含んでの約一ヵ月半、人生で初めての大冒険でした。航空券の買い方もよくわからなくて、授業の合間を縫ってHISに何度も行きました。あと今考えると、この時にマイレージカード作成しておけばよかったかと。
今改めて文章を振り返ると、初めての事だらけで新鮮に感じて興奮している状況がわかります。ちなみに当時は、旅行中にノートに旅行記を書いて、帰国後に書き写してWEBにUPするスタイルでした。あと、タイトル結構凝っていたかも。^^
はじめに
これは、僕が1999年7月18日から8月29日までのおよそ6週間、一人でアメリカへ行ったときの記録です。2週間ほどの国際ヴォランティアキャンプに参加したあと(国際ヴォランティアキャンプについては別のところに書く予定です)アメリカ最北東端のMaine州から西海岸のSan FranciscoまでGreyhound Bus(アメリカのほぼ全土を網羅する長距離バス)を使って旅したときの記録です。初めての海外一人旅でいろいろ大変なことがありましたが、自分なりにいい経験にもなったし、得たものは大きかったと思います。
アメリカ横断日記INDEX
第一幕
第一章 旅立ちの唄
~Narita,Boston~
第二章 大瀑布を前にただ立ち尽くすのみ
~Niagara Falls~
第三章 自由の国、憧れの都
~New York~
第四章 合衆国誕生の地
~Philadelphia~
第五章 桜の枝と白亜の殿堂
~Washington D.C~
第六章 フロリダの太陽とそよ風を浴びて
~Miami,Key west~
第七章 異国の街角でふと酔いしれて
~New Orleans~
第八章 月までも続く道
~Houston~
第九章 歴史を変えた一発の銃弾
~Dallas~
第十章 標高1マイルの街角で
~Denver~
第二幕
第一章 粉雪とオリンピックと教会
~Salt Lake City~
第二章 荒野の不夜城
~Las Vegas~
第三章 偉大なる大自然の芸術
~Ground Canyon~
第四章 映画の都の熱き情熱
~Los Angeles,Hollywood~
第五章 麗しき動植物の楽園
~Yosemite National Park~
第六章 あの橋の彼方に
~San Francisco~
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8月3日(火)
国際ヴォランティアキャンプは無事に終わった。計7カ国10人で、ほんの短い間だけど、自分にとってはいい経験にもなったし、いい思い出にもなった。さよならをいうのは辛かったけど、いつかきっとまた会える、そう自分に言い聞かせる。
そのうちの5人で、しばらく共に旅をすることになった。スロベニア出身のJani、旧ユーゴスラビアから独立した歴史の浅い国である。大学で微生物学を専攻する好青年である。チェコ出身のAnna、大学では心理学を専攻する。ドイツ出身のJessica、9月から大学に入学するそうだ。そして元看護婦で茨城出身のAkemi、日本に帰ったらまた看護婦の仕事をするそうである。僕を入れて、男2人と女3人の計5人で、旅の第2章は幕を開ける。
BostonからBuffaloに向かう夜行バスに揺られている。ナイアガラの滝を見に行くためだ。明日は一体どんな景色が待っているのかな…
8月4日(水)
バスストップに停まる度に目が覚める。隣の席に人が座っては降りていくようだった。早朝にBuffaloに到着。AnnaとJaniは彼女の航空券の関係で空港に向かったため、残りの3人でナイアガラの滝に向かう。滝に向かうメトロバスはお釣りが出ないシステムなので、2$入れてしまったがために15¢ぼったくられる。
NiagaraFallsのYHに荷物を預けて、二人はアウトレットショップに向かったので、一人で滝に向かう。さすがにアメリカ最古の国立公園というだけあって、かなり観光地化されていて、とにかく人が多い。でもあいにくの雨であまり見えなかった。滝は遠くから見るとたいした事はないが、近くから見ると迫力がある。風の洞窟という滝の下ぎりぎりのところを歩くアトラクションは迫力があった。風圧と水しぶきがすごい。あたかも天気予報のお兄さんになったような感じだった。それにしても天気が悪かったのが惜しまれる。 -
(ナイアガラの滝)
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(ナイアガラの滝)
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(ナイアガラの滝)
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夕方にみんなと合流して自炊する。その後滝のイルミネーションを5人とここで知り合った夕方にみんなと合流して自炊する。その後滝のイルミネーションを5人とここで知り合った神奈川大のY.S君と神田外語大のK.S君と、元大丸店員でワーキングホリデー中のY.Tさんの計8人で見に行く。日本人の男の子と話すのは日本を出て以来今日が初めてであった。Y.S君は大学を休学中で、2ヶ月ほどのアリゾナでの語学研修を済ませた後に国内を旅し、ビザが切れるとヨーロッパへと向かうらしい。
しかし彼のその資金の出所は謎である。自分で稼いだわけでも、親が出したわけでもないらしい。久しぶりの大人数でみんなで色々な事とを語り合いながらわいわいとイルミネーションを見に行き、思い出深い夜になった。 -
8月5日(水)
再度滝を訪れる。ここで一つちょっとした事件が起こった。「霧の乙女号」に乗ろうと、AkemiとJaniとAnnaの3人が先にタワーへ入っていった。Jessicaは乗りたくないようだったので僕一人だけではいった。やはり近くから見る滝の迫力は凄まじく、まるで生きた自分がそこにいるような心地がせず、夢気分だった。 -
だが下船後3人が行方不明になってしまった。Jessicaと二人で探し回る羽目になってしまった。この国立公園はとにかく広くて、もちろん携帯電話など持っているわけがないので、探し回るのに大変苦労した。このときばかりは普段何気なく使っている文明の利器のありがたさを感じざるを得なかった。その後2時間たって何とか合流。
-
しばらくぶらぶらした後、カナダ側に向かうことにした。レインボーブリッジを渡りカナダ側へ行こうとした。チェコ出身のAnnaはビザの関係で引っかかりそうだったのでアメリカ側に残ることにした。だがJaniも引っかかってしまったために結局日本人2人とドイツ人1人の計3人でカナダ側へ行くことになった。滝を眺めていると横にいるおじさんが話し掛けてくれた。インディアンの話や世界の七不思議の話をしてくれた。なんともインディアンはこの滝にカヌーを捧げて生贄にしていたらしい。僕がニューオリンズへいくことを告げると、自分の持っているカメラで写真をとってくれて、連絡先を教えてくれて、ニューオリンズに来たら教えてくれといわれた。旅先での出会いとはこういうことを言うのだろうか。嬉しい気分になって、高揚しながら高校時代のホームステイ以来のカナダを後にし、アメリカ側に帰ろうとした。もっとも、橋の欄干に明らかに日本人が書いたと思われる落書きを発見したときにはその気分もすっ飛び、悲しく恥ずかしい気持ちへと変わってしまったが。アメリカ側に戻るときに女性の入国官に「お土産ありますか」などと日本語で話し掛けられた。彼女はドイツ語も話したらしい。一体何ヶ国語を話せるのだろうか。シカゴで抱いた入国官への不信感がすっ飛んだ気がした。
NewYorkに向かうので、ミシガンの親戚を訪れる予定のJaniとはここでお別れ。寂しかった。でもひとつの別れは、新たな出会いの始まり、無限の数の人との出会いは自分を成長させるもの、辛い気持ちを味わった数だけ人は幸せになれるんだと自分に言い聞かせる。あとの3人はもう1日ナイアガラに留まる予定なので、NewYorkで待ち合わせる約束を交わす。ここのユースはとても家庭的で、おじさんが日本語を少し話したりと、非常にいい思い出になった。
明日の朝には夢にまで見たNewYork。どんなことが待っているのかな。待ってろよ、NewYork!
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この旅行記へのコメント (2)
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- らびたんさん 2019/01/17 11:06:44
- はぐれた
- Miyatanさん、こんにちは(^^)
ナイアガラ、懐かしいです。
私も2000年に友達と行きました。
霧の乙女号には乗らなかったんです。
ご存知と思いますが、ダイバーのくせに水が苦手で。。
あの頃はスマホなんてないし、
はぐれると大変ですよね。
2001年にマルセイユで友達とはぐれ、
その日の行き先ニースで無事合流、なんてこともありました。
それと、Miyatanさん20年前と全然変わらないですね!
らびたん
- Miyatanさん からの返信 2019/01/18 00:19:32
- RE: はぐれた
- らびたんさん、こんばんは^^
ナイアガラ、水しぶきと轟音がすごかったのは今でも覚えています。
ナイアガラの光景は、多分20年ではあまり変わらない気がしています。
そうそう、海外ではぐれると大変でしたね。国内では、当時はPHSは持っていたので待ち合わせとかどうにでもなったのですが、国内の携帯をそのまま海外で使えなかったと思いますし。はぐれた友達と目的地で再会、よかったですね。何も考えずに書き綴った日記ですが、20年後に読み返すと、色々と発見がありますよね。
外見は、、、ありがとうございます。そういってもらえると少し嬉しいです。もっとも多分遠めに見ると、髪形も体型も殆ど変わっていないので、変わっていなく見えるかもしれません。髪型、高校生くらいから変えた記憶がないです。(笑)
Miyatan
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