2018/04/23 - 2018/04/24
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bunbunさん
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レンタカーで宮古島市海岸部を回りました。今回はhttps://4travel.jp/travelogue/11368488の続きで、来間島、東平安名崎、潮汲み場、インギャーマリンガーデン、うえのドイツ文化村南西約1 kmにある展望台をご報告します。
付録に、1.琉球列島誕生の歴史、2.宮古島の地層、3.宮古島の地下ダム、について記載しましたので、興味をお持ちの方はご覧ください。
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インギャーマリンガーデンにあった案内マップに、今回の観光ルートを赤線で示しました。
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来間島の竜宮展望台にやって来ました。
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竜宮展望台から北東を望む。
下部海岸中央に琉球石灰岩があります。 -
琉球石灰岩ズームイン。
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東を望むと来間大橋も見えます。
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南東に500 m程移動して来間大橋展望台にやって来ました。
大型観光バスが停まっていたので、こちらの展望台の方が人気があるらしい。
来間大橋採択記念碑です。
来間大橋建設促進期成会会長である大浦徹を中心とした十余年に渡る運動の結果、1986(昭和61)年に建設計画が採択され、これを記念して建てられた石碑です。 -
宮古島案内マップ
現在地はマップ左下の赤い矢印です。 -
来間大橋展望台から見た来間大橋
上の宮古島案内マップには
「宮古島本島と来間島を結ぶ1,690 m の農道橋で、1995年3月に開通。」
と書かれています。
総事業費92億円、船舶が通るために高くなっている部分のクリアランスは13.5 m で、宮古島では伊良部大橋(3,540 m)に次ぐ長さです。
今日の観光はこれで終わり。宿泊ホテル:またたびやに向かいます。 -
翌日はあいにくの曇り空*)。
東平安名崎にやって来ました。東側の海岸です。
「県指定天然記念物「東平安名崎岬の隆起珊瑚礁海岸風衝植物群落」
指定年月日 昭和55(1980)年4月30日
宮古島の東端太平洋に突出した東平安名崎は、環境によく適応した特殊な植生と分布の限られた植物が生育する学術上貴重な岬である。長さ約2 km、幅約250 m、高さ約20 mの琉球石灰岩よりなる台地上の地形をなしている。植物は潮風等のきびしい環境にさらされ風衝地特有の植生を発達させている。特にテンノウメの優先する群落は他に例をみない程広く、他にミズガンピ、コウライシバ、ハマボッス、クサトベラ、アダン、イソマツ群落がある。
テンノウメ群落は、海崖上を中心に一見ふんわりおおっているが、実際はコルク層の発達したかたい茎がギザギザした石灰岩上を網の目のようにはい、植物体を低くしてきびしい環境にたえている。222種の植物が確認されており、植物地理学上珍しい種類も含まれている。」
―説明板より―
海の中に岩がゴロゴロとあります。
これらの岩は、この地を覆う琉球石灰岩**)が侵食・剥離・落下・堆積したものと推定されます。これは、海岸の絶壁の下に大きな岩がたくさんあることからも分かります。次の写真もしくは後に示す写真の方が良く分かるかも知れません。
*) 気象庁は雲が占める空の面積を0~10の11段階に分け、0~1を快晴、2~8を晴れ、9~10を曇りと定義しています。この日は雲の量が6~7くらいでしたから、気象庁の定義からすると「晴れ」となりますが、私の基準では曇りです。
**) 付録2.参照 -
東平安名崎東の海とテッポウユリの花(白)咲く台地
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東平安名崎西側
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保良漁港
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保良漁港
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テッポウユリの花咲く台地
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テッポウユリの花咲く台地
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テッポウユリの花咲く台地
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テッポウユリ
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こんな所に大きな岩があります。
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岩の反対側
「宮古島市指定史跡
マムヤの墓
平成3年4月9日指定
所在地 宮古島市城辺字保良1221-1(小字平安名)
平安名(びゃうな)のマムヤ 新生(あらんま)り乙女(みやらび) 野城按司(のぐすくあず)の 崎山の坊や
で謡い出す「マムヤのあやぐ」は、野城按司との悲恋を歌った物語です。このあやぐや民話によれば、
マムヤはニフニリ(香草の名)の芳しい香りのする絶世の美女として伝える。妻子ある野城按司は、マムヤを見染めて恋仲になるが、「将来のことを思えばマムヤよりは糞尿(フスユスパイ)の臭いがしても妻のほうがいい」と諭されてマムヤを見捨てる。按司の心変わりを知ったマムヤは平安名崎の断崖から身を投じる。悲嘆にくれた母親は再びこの村に美人が生まれないようにと神に祈願した。
と伝えています。
いつの頃からか、この巨石はマムヤの霊を弔う「マムヤの墓」として伝えています。
およそ400 m 西側にあるマムヤが機織りしたと伝えられる岩穴は「マムヤの機織り場」として文化財に指定(平成3年4月9日)されています。
平成29年9月
宮古島教育委員会
文化財を大切にしましょう。」
―説明板より―
このような巨岩はこの台地上にいくつもあります。これらは1771年の明和地震による津波で持ち上げられたものや、海食洞の天井が吹き飛ばされたものと考えられています。 -
南平安名崎東岸の保良漁港と岩達
左下の岩の植物はテンノウメです。 -
日本およびその周辺地図があり、平安名崎灯台から各都市までの距離と、北を基準にして時計回りに測った方位角が書かれています。
距離は、
台北:403 km
石垣:140 km
那覇:279 km
福岡:1,093 km
大阪:1,473 km
東京:1,843 km
札幌:2,516 km
ソウル:1,434 km
と言ったところです。 -
平安名埼灯台
日本の灯台50選に選ばれています。
「~太平洋と東シナ海を別ける白亜の灯台~
この灯台は、日本政府援助事業により、琉球政府が建設し、昭和42年(1967年)3月27日風光明媚のこの岬に「東平安名崎灯台」の名称で初点灯しました。赤と白の光を交互に発光する県内では類のない光り方をする灯台として、毎夜、沖合を航行する船舶の航海の安全を祈って優しい光を投げかけています。昭和47年(1972年)5月15日の本土復帰に伴い、海上保安庁が引き継ぎ、同年10月15日名称を「平安名崎灯台」に変更して現在に至っています。
灯 質:単閃白赤互光 毎20秒に白1閃、赤1閃光
光 度:白光実行光度290,000 cd(カンデラ)*)、赤光実行光度250,000 cd
光達距離:白光18.0海里(33.336 km)、赤光18.0海里
高 さ:地上から構造物の頂部まで25 m、平均海水面から灯火まで43 m
灯 器:LU-M型灯器 II-1/4、電球:メタルハライドランプMT-70**)」
―説明板より―
この灯台、bunbunは当然上ります。
*) おおざっぱに言うと一般家庭の照明器具の500倍
**) 灯台の光源は、現在はLEDが主流です。
先日NHKの番組「チコちゃんに叱られる」でLEDの原理を説明していましたが、「電子が穴に落ちて光を出す」?何のこっちゃい。あれでは素人さんには全く理解できないと思います。いい番組ですが残念ですねえ。 -
灯台の上から見た東平安名崎東海岸
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灯台の上から見た東平安名崎南東海岸
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灯台の上から見た東平安名崎南西海岸
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灯台から下りました。
岬の遊歩道を時計回りに進みます。
東平安名崎南西海岸 -
東平安名崎南西海岸
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平安名先灯台
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東平安名崎南西海岸
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東平安名崎南西側
大きな岩があります。 -
でっかい岩だなあ。
こんなのも津波で打ち上げられたんでしょうね。 -
孔があります。
侵食されたか、津波で石灰岩層が大地に打ち上げられてできたんでしょう。 -
東平安名崎南西海岸を北西へと進みます。
白いテッポウユリがいっぱいだ。 -
後方の絶壁
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琉球石灰岩台地が侵食・剥離してできた岩
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テッポウユリの台地
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駐車場付近に戻って来ました。
テッポウユリ -
西平安名崎を出て潮汲み場にやって来ました。
西側
海食で琉球石灰岩台地からたくさんの岩が落下しています。 -
東側
こちらも豪快な絶壁だ。 -
ズームインしとこ。
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潮汲み場を出てインギャーマリンガーデンにやって来ました。
駐車場に車を置いて、南に少し下ります。
右の丘の上に展望台がある。 -
1つ上の写真の右(西)側
岩で丘につながっている。
岩の上に遊歩道があるな。行って見よう。 -
途中にあった「綾道 宮古島市 neo 歴史文化ロード 砂川・友利コース」案内板
今回は時間が無いので行きません。
現在地は右下の橋の上方です。 -
岩の上の遊歩道を丘に向けて南に進みます。
遊歩道から見た西方 -
遊歩道を南に進みます。
西方の琉球石灰岩の岩 -
展望台に向けて丘に上ります。
途中で見た後方(北東側)
今渡ってきた橋が見えます。 -
展望台に着きました。
北東方向
今通って来た岩の上の遊歩道や、琉球石灰岩の岩です。 -
展望台から見た南側の海
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展望台から見た南西側
丘を回る海沿いの遊歩道が見えます。 -
展望台から見た南東下側
遊歩道はさっきの橋へと続いてますね。
上って来た時とは反対の西へと丘を下り、戻ることにします。 -
戻る途中で見た琉球石灰岩の岩
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岩の上の遊歩道まで戻ってきました。
左上はさっきまでいた展望台です。 -
インギャーマリンガーデンを出て、うえのドイツ文化村南西約1 kmにある展望台にやって来ました。
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展望台から見た南西方向の海
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展望台から見た南西方向の海
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展望台から見た東方
遠方はうえのドイツ文化村です。
付録
1.琉球列島誕生の歴史 -
①
「島尻海の誕生
新生代第三紀中新世(約1千万年前)のころは、琉球列島全体が大陸つづきの広い陸地であったが、鮮新世(約500万年前)のこのころになると、宮古凹地を中心とした地殻変動によって、琉球列島はいくつかの大きな陸地に分かれました。その時に誕生した海を島尻海と呼んでいます。宮古でクチャ(苦茶)と言われている灰色の粘土は、このころ堆積した宮古島の基盤岩(島尻層)です。」
②
「陸橋の形成
今からおよそ150万年前、島尻海にたまった砂や泥の地層は隆起し、大陸や台湾とつながり、陸地となりました。
陸地になった証拠は、灰色の粘土層の上に石灰岩が重なってこの二つの異なる地層が不整合な関係になっていること、沖縄県の各地から、ゾウ、シカ、ネズミそしてハブなどの化石が発見されていること等で推定されています。」
③
「琉球サンゴ海の形成
今からおよそ100万年前、新生代第四紀洪積世中期ごろ、これまでの陸橋は地殻変動で陥没・分離されました。そして残った陸地の周辺にサンゴ礁の海ができました。この時の海を琉球サンゴ海とよんでいます。」
④
「人類の渡来
今からおよそ2万年前、新生代第四紀洪積世末期ごろ、地殻変動による厚く堆積した石灰岩の隆起と氷河時代最後のウルム氷期の最盛期がおこり、サンゴ礁隆起による三度目の陸橋ができたと推定されています。
この陸橋時代に、宮古島にもヒトや動物が大陸から移動し北へ進んだと考えられています。*)」
*) 著者注
諸説あります。形質人類学や分子人類学によると、琉球民族とアイヌ民族は近い関係にあり、本土の大和民族は少し離れています。私自身はこの時代に大陸から本土も含む日本列島に古モンゴロイドが流入し、弥生時代に朝鮮半島から新モンゴロイドが流入して、九州・四国・本州では両者の混血が進んだと考えています。
⑤
「島々の形成
今からおよそ1万年前から5千年前頃です。氷河期が過ぎ、地球は暖かい時代になり、陸上の氷は融けて海にはいり、その結果海面が高くなり、低い陸地は海になりました。宮古島諸島周辺も、陸地の動きと海面の上昇との影響を受けて八つの島々に分かれたのです。
与那覇湾、大浦湾、佐和田浜の地形といい、牛の角のように伸びた狩俣海岸の地形が、かつて池間島とつながっていたように見えるのもそのためと考えられています。」
―以上図と「 」内の説明は宮古島市総合博物館より-
2.宮古島の地層 -
表土は風化石灰岩等の堆積層である島尻マージで、分類上はテラロッサの一種です。その下は上記③の琉球サンゴ海で作られた多孔質の琉球石灰岩*)、さらにその下は上記①記載の島尻粘土層です。
―宮古島市総合博物館の説明図より-
*) https://4travel.jp/travelogue/11355333 参照
3.宮古島の地下ダム -
上記したように、宮古島は多孔質の琉球石灰岩(最大約120 m)で覆われており、雨水はこの石灰岩層を突き抜けて、島尻粘土層の上を海へと流れるため、大きな川はありません。そこで海側に地下ダムを設けて地下水を貯め、これをポンプで高い所にあるタンク(ファームポンド)に貯めて農業用水として利用します。ちなみに飲料水は断層で島尻粘土層にできた地下水盆の水を利用しています。
―宮古島市総合博物館の説明図より-
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この旅行記へのコメント (2)
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- 南ぬ島さん 2020/04/22 00:02:53
- 宮古島好きです
- 自分が訪れたことがある場所の写真を、bunbunさんの視点を意識して楽しくみせていただきました。ありがとうございました。
- bunbunさん からの返信 2020/04/22 21:43:05
- RE: 宮古島好きです
- 南ぬ島さん、こんばんは。
ご訪問、私の拙い旅行記をご覧いただき、ありがとうございました。
「伊根行き」の表紙の写真に思いきり引き付けられました。
私は山田洋次原作・監督、渥美清主演の「男はつらいよ」の大ファンで、全48作をBDに落として今でもたまに見ています。その中にいしだあゆみがマドンナの作品があって、ご存知かも知れませんが、その舞台が伊根です。その胸を締め付けられるような舟屋の景観が、郷愁を誘う日本の原風景に思えて、いつか絶対行こうと思っていますが、いまだに実現していません。表紙を見ただけでも大感動ですが、宮津湾も天橋立もいいですね。こちらもまだ行ったことがありません。
素晴らしい旅行記をありがとうございました。
ハンドルネームから察しますに、南ぬ島さんは南の島、特に沖縄がお好きなんですよね。私も南の島は好きで(気が多いです)、これまで沖縄の他にケアンズ沖のグリーンアイランド、パース沖のロットネスト島、ハワイのマウイ島あたりに行っております。碧い海、白い砂浜、カラフルな魚達やサンゴ礁、何とも言えませんね。
これから行きたいと思っている島は、パラオ、ゴーギャン(絵が好きです)が住んでいたタヒチ島等があります。
これからも南ぬ島さんの旅行記を楽しみにしております。
また遊びにいらしてください。
bunbun
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