2018/10/13 - 2018/10/19
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yeyetravelerさん
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9月の台風21号による関空水没でキャンセルした大同雲崗石窟、懸空寺などへの旅行を1ヶ月遅れで実行した。C-Trip、86・84、長途8、図吧などからのバス情報、参考になりそうな大同旅行情報を印刷して持って行った。但し、中国語サイトの情報は、機場バス、雲崗へのバス情報を除き、現地で誤りだらけと判明、新情報への更新が全くなされていなかった。最も参考になったのは「のぶなが」さんという方のブログだった。
7月末葬儀に参列できなかった従兄弟の墓参りに柳川へ行き、翌日佐賀空港⇒上海浦東。浦東空港そばのホテルで1泊後大同へ。大同で3泊して雲崗石窟、懸空寺、応県木塔、大同古城内の寺院、大同博物館などを訪れた。復路は浦東⇒羽田LCC便のスケジュールにより上海で2泊、松江区の酔白池庭園、方塔園を見て帰国した。
[行程概略]
10/12(金)羽田 11:15(JL315)⇒ 福岡 13:10着 西鉄電車で天神⇒ 柳川。迎えてくれた親類と寺で2時間ほど語り合い、晩飯に本吉屋でビール+鰻セイロ蒸の後、久留米泊。
10/13(土)JRで久留米 ⇒ 鳥栖 ⇒ 佐賀、空港バスで佐賀空港へ。
佐賀 12:50(春秋航空 9C8578)⇒ 上海浦東T-2 14:10 錦江之星浦東機場泊
晩飯はホテルの自助餐(バイキング)68元+ビール。ビール追加を10元札を出し頼んでいると、日本人と分かったのか、横のテーブルにいた蘇州人のおばさん2人組が話しかけてきた。曰く、日本在住22年の友達に会いに大阪へ行って来た、京都で食べた日本飯は少量の食べ物の入った皿が多数出てきたが腹一杯にはならなかった(懐石料理だよ!高いよ!)。スマホ写真を多数見せてくれた。よく見ると私の1.5倍ほど皿に食べ物が満載だった。
10/14(日)錦江之星浦東機場06:30(ホテル送迎バス)⇒ 浦東T-1
上海浦東T-1 07:55(MU5247)⇒ 大同雲崗 10:40 機場バスで市内(大同賓館)へ。
迎賓街永泰南路口 ⇒ 魏都大道迎澤街口 15路バス 徒歩で三ニニ医院バス停へ
三二二医院 ⇒ 雲崗 快速旅遊603線バス 15分前後で雲崗石窟 昼飯は前日久留米で買った大きなパン
雲崗 ⇒ 観音堂 3路バス 観音堂
観音堂 ⇒ 三ニニ医院 快速旅游603線バス←停車駅ではなかったが、手を上げたら停車 三二二医院 ⇒ 九龍壁 27路バス 九龍壁 売店で大同地図を購入
徒歩で四牌楼、鼓楼を経由してホテルへ 琵琶老店泊
10/15(月)四牌楼 ⇒ 和陽門南 38路バス 徒歩で東関客運站へ(一駅先が近かった)
大同(東関)09:20 ⇒ 渾源 バス25元、約1.5時間 懸空寺(チケットは渾源南、雨の中渾源汽車站で乗合いtaxiに乗換え←追加料金なし、但し、taxi3台定員<乗客で、後部座席に4名乗車) 前日、懸空寺・恒山・応県木塔で年寄割引330元(←350元)を紹介されたが、一人での行動を選択した。
懸空寺 ⇒ 渾源汽車站 taxi 30元/人で乗合い 昼飯はホテル近くの便利店で買ったパン+汽車站売店で買った菓子
渾源 13:25 ⇒ 応県(遼代広場) バス16元、1時間 佛宮寺木塔
遼代広場 ⇒ 西站(=応県汽車站) 応県公共バス
応県 15:32 ⇒大同(新南汽車站) バス13元、1.5時間
新南客運站 ⇒ 御鑫商貿城西門 11路右環バス 徒歩で興雲北街へ
興雲北街 ⇒ 四牌楼 38路バス 琵琶老店泊
10/16(火)ホテル ⇒ 華厳寺 ⇒ 善化寺 ⇒ 永泰門より城壁へ ⇒ 城壁上を和陽門へ ⇒ 法華寺 全て徒歩で回る。城壁の1/4を歩いたことになる。
法華寺 ⇒ 四牌楼 38路バス 鳳臨閣で遅めの昼飯に焼売+ビール
四牌楼 ⇒ 大同大学東 38路バス 大同博物館 事前収集情報では、市内にあったが、新設移転したようだ。
大同大学東 ⇒ 四牌楼 38路バス 琵琶老店泊
10/17(水)朝、ホテルチェックアウト後 鼓楼 ⇒ 迎賓街永泰南路口 古城旅遊専線バス
機場バスに乗るべく徒歩で大同賓館へ行ったところ、taxi運チャンがバスと同値15元/人で空港へ行くと言うので、寒さもあり3人同乗で大同空港へ
大同雲崗11:30(MU5248) ⇒ 上海浦東T-1 14:30
浦東機場 ⇒ 婁山関路 地下鉄2号線 錦江之星茅台路泊
以下、上海
10/18(木)婁山関路 ⇒ 中山公園 ⇒ 宜山路 ⇒ 酔白池 地下鉄2,3/4,9号線 9号線が松江新城終点から延伸されていた。
松江区酔白池公園を散策後 酔白池 ⇒ 方塔園 松江26路バス
方塔園で方塔などを見て、ホテルそばの全家(ファミマ)で買ったパンを食べ散策
方塔園 ⇒ 上海体育館 ?松専線バス 往路と同じルートで戻るつもりも、26路バスがいくら待っても来ず、2台目の?松専線バスに乗った。1台目のドアが開いた時、このバスは高速道路通行のため交通カード使用不可と料金箱に掲示されていたので、所用時間は少ないと判断した。料金6元。大正解、乗客3人。
漕溪路 ⇒ 中山公園 ⇒ 婁山関路 地下鉄3,2号線 徒歩で天山茶城へ行き鉄観音、普洱茶などを購入。 錦江之星茅台路泊
10/19(金)ホテルチェックアウト後、2~3買い物をして地下鉄で人民広場へ行き、上海博物館へ。見学後、人民広場 ⇒ 浦東機場 地下鉄2号線
上海浦東T-2(9C8515)17:05 ⇒ 羽田 23:00 日付が変わって夜中帰宅。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 春秋航空 JAL 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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佐賀空港カウンター 中国人で一杯。数年前のように爆買い荷物が山のようにある光景はここでも無くなっている。
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右が乗機の春秋航空A320 自衛隊オスプレイを見られるのは何時になるか?漁協が反対とはこれ如何に?
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浦東機場駐機場 飛行機の奥に第3ターミナルらしき建設中の建物←ボーディングブリッジあり。乗機はA319。
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往路MU5247の朝飯 左の紙箱には、玉子・細いレンコン?の漬物(初めて食べた)・ヨーグルト・フルーツ定番の甘くない瓜。温かいパンが後から出てきた。
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大同までほぼ雲海の上
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大同へ到着した乗機 塗装が旧バージョン(中国東方航空)。
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航站楼を出ると機場バスが停まっていた。写っている若者が車内切符売り。15元。
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大同空港航站楼
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午後雲崗石窟へ行くべく、大同賓館(機場バス終点)から快速旅遊603号線のバス停へのの行き方を事前に図吧(mapbar.com)で調べたところ、15路で工人倶楽部下車、迎澤路へ歩き、快速旅遊603号線へ乗換えがよさそうだった(印刷して持参)が、①市政府バス停がない。そのまま東へ歩くと迎賓街永泰路口があったが、②バス経路を見ても工人倶楽部なるバス停がない。仕方なく15路で魏都大同迎澤路口へ行き迎澤路バス停を探すことにした。降車したが迎澤路がどこか分からず、バス停にいた中年カップルに聞いたところ、通過した交差点右折が迎澤路と教えてくれた。迎澤路を西へ歩くもバス停はなく、大通り(魏都大道)へ出た。バス代1元。
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魏都大道×迎澤路で見つけたバス停(三ニニ医院)に快速旅遊603線があった!
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通りを渡り雲崗行き603線へ乗車。3元。
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すぐに郊外となり15分ほどで雲崗へ到着。
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雲崗石窟入口 チケットは60歳(70歳だったかな?)以上は免費。一般は125元。造成に功があった曇曜の像がある。
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霊厳寺を通って石窟へ行く。 赤い法衣(チベット仏教?)の坊さんが観光に来ていた。盛んに写真を撮っていた。新しく造りなおした寺院だと思われる。
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第3窟霊岩寺洞 461年~494年(北魏) もともと楼閣があったが、現在12個の梁孔が残るのみ。最大の洞窟。(説明板による)
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洞内の10m阿弥陀仏 左右は観世音菩薩、大勢至菩薩。えらくふくよか。隋唐時代の作と言われているとのこと。
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第5窟大佛洞 471年~494年 第6窟と一組の双窟。窟前の楼閣は1651年再建。
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大佛洞の釈迦牟尼座像。17mで石窟仏像で最大。後世彩色して唐代風を呈している。
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大佛洞石窟内部
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第6窟釈迦仏洞 471年~494年 中央に15mの方塔があり、各層周囲に多数の仏像。
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第18窟 立三佛洞 第16窟から第20窟までは最も古く曇曜五窟と呼ばれており、北魏の5人の皇帝に似せて作られているとのこと。
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第20窟 白佛爺洞 460年~470年 元々石窟内に造られたが、すぐに崩落、遼代には楼閣が作られたが兵火で焼失、露天となった。雲崗石窟のシンボル、13.7m。顔が明らかに西域・インド的。
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第39窟 494年~525年 洛陽へ遷都以降に造られた。
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列車のガタンゴトンという音がとても長く聞こえたので振り向いた。石炭貨車だろう。長さ1km?
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敷地内にある博物館
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博物館内には第20窟の仏像頭部の複製が鎮座していた。
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出口へ向かう途中にいた二瘤ラクダ。客を乗せるのだろうか?
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バス停で発車寸前の3路バスに乗った。乗客は2人だったが、途中の礦物公園から多数の乗客。観音堂で降車。
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両面三龍壁 表 観音堂自体は遼代1037年に建造が始まったが、現存のものは清代のもの。三龍壁は明代の遺物。
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裏 色彩が鮮やかで美しい。
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観音堂入り口は閉まっていた。人がいる気配なし。バス停に戻り最初に来た603路バスで三二二医院、27路に乗換え九龍壁まで行った。
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九龍壁 明代1392年 明の太祖朱元璋の第13子朱桂の代王府前の照壁 45.5m×8m×2.02mと中国最大。照壁が門から邸宅が見えるのを防止する役目だとすると、邸宅の大きさが偲ばれる。入場料は無し。
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保存状態はあまり良くない。
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左上:四牌楼 右上:鐘楼(四牌楼の西) 左下:太平楼(四牌楼の東) 右下:鼓楼(四牌楼の南) 全てロータリーになっている。
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清大寺 イスラム寺院 ホテルのすぐそば。
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イスラム風と中国風が同居。
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泊まったHotel 琵琶老店客桟 前漢元帝時代、匈奴の単于へ嫁ぐ王昭君がここに泊まり、故郷との別れに琵琶を弾いたところ周りで聞いた人が大いに感動した。別れの時琵琶をこの店に残したことで店の名前を琵琶老店と変えたと伝えられており、歴史は2000年を越す。←Hotelパンフレット しかし、地域再開発の故か、Hotelは新しい。
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部屋内部
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フロント、ロビー 王昭君が琵琶を抱えて立っている。
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10/14晩飯 Hotelフロントのお嬢さんに紹介してもらった何家削面
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刀削麺 勧められた鳥ももをトッピング。ビールは常温。ホテルへの帰路、寒くて震え上がった。
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懸空寺へ行くべく、38路バスを和陽門南でを降り東関客運站まで歩く。門をくぐり城外へ。Hotel服務員に渾源へ行くには、事前に収集した情報と異なり38路バスで東関客運站へ行けと助言されていた。
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和陽南門をくぐるとすぐに東小城がある。場内再開発中。
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10分ほど歩いて東関客運站に到着。
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懸空寺に行くべく乗った渾源行きバス。待ち時間ほぼ無しで発車。満員。
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小雨に煙る懸空寺 実物を目前にすると、何じゃこりゃ! 雲崗石窟と同様、北魏の時代に建造開始。現存建物は、明・清代に修復されたもの。
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月曜朝、小雨にも拘らず観光客多数。寒かった。ダウンジャケット+指先なしの百均手袋が大正解だった。
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見学は一方通行。狭い階段を上り下りする。
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何とも心細い柱で支えられる楼閣回廊と雲がかかる対岸の異様な崖。偶然写り込んだこのカップルと応県へのバスで乗り合わせた。
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崖に穴をあけ梁を打ち込み支柱で支えている。
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右に見える青屋根が入場門。今回の旅で唯一免費ではなく120元払った。
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高所恐怖症の人には無理でしょう。
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仏教、道教、儒教が一緒くたになっており、彫像には何だか神々しさがない。
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懸空寺でtaxi呼び込み(=渾源汽車站まで乗合いで30元/人)に従ったところ、往路と同じtaxi。ドライバーは親切なオジサンだった。
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渾源汽車站
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渾源汽車站内部
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応県行きは1本/1時間。大同行きも同頻度に修正されている。観光シーズン終了故か? 北京行きは3本/1日。
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左の北京行きは大型、右隣に停車しているバスが応県行き。奥の山、左の切れているあたりの更に奥に懸空寺がある。
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1時間ほどで応県の町へ入り遼代広場でバスを降りると、木塔が正面に見える。バスの中で降車バス停確認のため資料を見ていたら、木塔を見に行くのかと8枚上の写真のカップル男性が話しかけてきた。運転手に確認して降りるバス停を教えた。雨は全く降っておらず、快晴。
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牌楼←パンフレットによる。扁額「浮図宝刹」とはどんな意味だろうか?幾重にも重なった組物。
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木塔の手前は天王殿 中央に布袋様、裏に韋駄天、左右に四天王。
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正式には佛宮寺釈迦塔 高さ67.31m、底層直径30.27m、総重量7,400t、使用木3,500㎥、鉄くぎ無し。五層に見えるが、九層。1056年建造開始。
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下から見上げても壮観。八角形。
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保存状態はあまり良くない。第一層の釈迦牟尼座像。上層へは立ち入り禁止。下段は鐘楼と鼓楼。
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木塔の後に大雄宝殿。
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大雄宝殿の右に観音殿。
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大雄宝殿の左に地蔵殿。
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遼代広場バス停は全て西站行き。
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応県汽車站 西站降車場所はこの建物の後方右側。
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大同行きのバス。やはり中型。切符を買って発車時刻を見るとピッタリ発車時刻、慌ててバスに乗り込むとすぐに発車した。
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大同の街近くで見えた石炭火力発電所(でしょう)。プラント全てから煙が立ち上っている訳ではなかった(PM2.5対策か?)。石炭粉塵で汚れた大型トラックを多数見かけた。発電所門前にも数台納入待ちで並んでいた。
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大同到着駅は新南客運站 大通りの公共バス停から11路右環に乗った。バス停名に、前日乗車した迎賓街永泰南路口があったので、ここで降りて城内中心部へのバスを探せばよいだろうと思った。
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11路バスを御鑫商貿城西門で降車、徒歩で興雲北街、38路で四牌楼へ。11路バスの中でオバサンから、応県からのバスで一緒だった、お前も木塔を見に行ったのか、どこまで行くのかと聞かれたので、そうだ!ホテルが四牌楼、九龍壁の近くと答えたところ、降車&乗換バス停を教えてくれたようだった。聞き分け不能だったが、次の停留所と声を掛けてくれ一緒に降りた。更に興雲北街バス停が分からず交差点であちこち見回していたら後から着いてきて声を掛け、あっちだよ!と教えてくれた。またまた親切な人だった。最敬礼しお礼を言って別れた。
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晩飯を食べた紫泥369粗粮季
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紫泥369粗粮季で食べた晩飯(これに白飯をorder)と店内。66元。
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純陽宮 Hotelのすぐ近くの道教寺院。
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鼓楼西街 突き当りが華厳寺。未完成部分がある。
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華厳寺の前には華厳広場
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華厳寺説明板 入場料65元、老人免費。6.6万㎡の大伽藍。遼・金代(907-1234年)の建造物。最初の建築は、1038年。上華厳寺(右側)=入口→下華厳寺(左側)=出口となっている。
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山門は閉まっていたが裏から入れた。中には四天王。
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門をくぐると左右に鼓楼と鐘楼
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正面に普光明殿
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普光明殿内部の阿弥陀仏
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普光明殿手前右側に薬師殿 扁額は浄心善行。
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薬師殿内には、中央に薬師如来、左に日光菩薩、右に月光菩薩。
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普光明殿手前左側に弥陀殿 扁額は頓悟成佛
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弥陀殿内には、中央に阿弥陀如来、左に大勢至菩薩、右に観音菩薩。
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普光明殿の背後に、上華厳寺の山門。山門の中の仁王様。素晴らしい。華厳寺とは別の寺院となっているのだろうか?
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左に普賢閣 普賢菩薩が六牙白象の上。下は右側の文殊閣。
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本殿の仏像は木像塗装無し。
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大雄宝殿 仏像多数。
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大悲殿 大雄宝殿の後にある。
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華厳宝塔 ここから下華厳寺となる。奥から門に向かって回ることになる。前日訪れた応県木塔の次に大きい。高さ43.5m、五層。
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シンメトリーで美しい。各層に仏像。
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最上層からの眺め 左上:東、中央やや右奥に鼓楼が見える。右上:南、再開発予定なのだろう。左下:西、城壁が近い。右下:北
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左右に羅漢堂 羅漢さんが左右で16体。
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薄伽教蔵 遼代殿堂建築の典型、1038年建造。
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薄伽教蔵の内部 仏像は31体、壮観だった。
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善化寺山門 善化寺は唐代8世紀の創建、その後兵火で大半が焼け、金代12世紀に再建。3万㎡。ここも免費で入ることが出来た。
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山門の前の五龍壁 片面だが、立派。
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山門は表側は閉まっていたが、寺院側は開いていた。中には四天王。
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三聖殿 毘盧遮那仏、文殊菩薩、普賢菩薩。仏像、殿内とも金代のまま残っている。素晴らしい眺めだった。
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文殊閣と普賢閣
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大雄宝殿 遼代の遺構、41.8m×26.18mと広大。仏像33体。仏像、天蓋、壁面装飾とも壮観の一言。圧倒される。
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境内の小ぶりな鐘楼、鼓楼。
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大雄宝殿には美術学校生か、写生している若者が多数いた。
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永泰門(南段城塞中央の門) 善化寺のすぐ南にある。ここから城壁に上った。
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城壁図 各時代で色分けされている。漢代は北小城のみ。それ以降、北魏が造った城塞を、唐、遼、金、明と修復して使ったのが分かる。明代1372年に現在の形に増築された。但し修復は最近だと思われる。城壁高14m、城壁上幅12m、下幅18m、周囲7.2㎞。西安城塞よりは小ぶり。城門は四個、東:和陽門、南:永泰門、西:清運門、北:武定門。各門は二重になっている。
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永泰門上から北を望む。永泰路上に鼓楼が見える。
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永泰門上の景観。
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城壁を東へ歩くと見えた府文廟。孔子廟学問所。
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城壁東南角付近にある文峰塔(雁塔)。明代1624年建造、塔高37m、八角七段。
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城壁東南角、東壁の城内側。再開発中も捗っていない感じ。見事な青空←当地来訪前は、石炭産地故、石炭燃焼起因のpm2.5蔓延かと思っていた。
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東小城 唐代の建造、内側は再開発中。前日、横を歩いた。
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和陽門(東段城壁中央の門)。ここで城壁から下りた。
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和陽門上から西を望む。
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法華寺の瑠璃牌楼門 法華寺は清代建造。
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他の寺院と異なり、鐘楼・鼓楼は円形。
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天王殿 中央に布袋姿の弥勒菩薩。
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三士殿 主要仏像3尊、殿内の装飾が立派。
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大雄宝殿 こちらも主要仏像3尊、同じく殿内はきらびやか。
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白塔と蔵経楼 白塔=大同市唯一の覆鉢式ラマ塔と書いてあった。蔵経楼には、寺の名前の由来となっている妙法蓮華経があるのだろう。白塔は明代建造。明らかに右に傾いている。
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10/16昼食を取った鳳臨閣。
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鳳臨閣店内
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「百花盛放焼麦」全て異なる種類の焼売。説明してくれたが、分かったのは、牛肉、猪肉、羊肉、野菜、他は不明。小籠包のように汁がたっぷりで美味かった。何枚かの極薄の皮に餡を入れ上部をカーネーションのようにまとめているのだろう。食べても皮が厚いとは思わなかった。1個が大きく、6個で腹一杯。残りは打包して持ち帰り。翌日朝食時、Hotel服務員が冷蔵庫から出しレンジで温めてくれた。120元。
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大同博物館 事前チェックでは、古城内にあるとなっていたが、Hotelで確認のところ、郊外へ移っていた。陳列物は、当地で発掘された恐竜骨化石、旧石器時代人骨・石器、北魏時代やそれ以降の仏像などの発掘品。北魏は、内蒙古発祥の鮮卑族拓跋氏が建国。396年~494年平城(大同)に首都を置いた。494年洛陽に遷都。
大同は標高1,000mなのでもっと山が近いかと思っていたが、極めて平坦だった。元々太古の昔、湖だったとの説明があり、納得した。 -
最も気に入った展示物
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周囲には奇抜な建物 地図を見ると、美術館、劇場、図書館。全て新設、移転したのだろう。
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10/16晩飯 鼓楼包子舗店内 1912年創業と書いてあった。ここもHotel服務員推薦。
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饅頭と木耳、山芋、ピーマンの炒めもの。ここも美味かった。
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機場バス発着場所の大同賓館 由緒ありそうなHotel。
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帰路のA319 (MU5248) なだらかな山を越え土煙をあげて騎馬民族が襲来して来そう。
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MU5248機内食(昼食) 豚肉味付け悪し。
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これ以降は上海松江(songjiang)区。酔白池公園 入口には旗袍を着たオバサンが多数。イベントがあるのだろう。元々宋代の私家だったが清代に至り跡地に庭園を重ねて造り、白居易を慕い酔白池と命名した。←説明書きによる。
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中国庭園らしい反り返った屋根。
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この庭園は木が多い。
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庭園風景
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方塔園入口
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照壁 明代1370年建造。松江府城隍廟門前の屏風壁。幅:6.1m、高さ:4.7m、面積:30㎡で中国最大、最も精緻。
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方塔 正式には興聖教寺塔。北宋代1068-1094年建造。高さ:42.65m、九層、唐代の塔に倣い、四方形。
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方塔内部と組物
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天妃宮 道教寺院。元々上海市内にあった(1883年再建)が再開発に伴い方塔園に移設された。
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祀られている天妃。天后、媽祖とも言う。
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松江各地で明代の墓地から発掘された石像。
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この旅行記へのコメント (1)
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- senda3さん 2018/11/12 13:31:11
- 古代中国の遺産
- 素晴らしい旅でしたねえ。古代中国の遺産は、本当に見事です。中華、でしょうねえ、やっぱり。(@_@)
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