2018/11/01 - 2018/11/01
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ハイペリオンさん
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善光寺というと、長野県が最も有名だが、ここは茨城県の
善光寺である。また「廃寺」は「はいでら」ではなく「は
いじ」と読む。ただ、こういうのは正式には廃寺とはいわ
ないらしく、廃墟というべきものだそうだ。
ここを目指したのは実は3回あり、3度目のリベンジポル
ノじゃなく、リベンジでやっと来ることができた。
1回目は9月下旬。地図を見ると水戸線の笠間駅から県道
42号線、別名フルーツラインをまっすぐ南下すれば簡単に
行けそうだった。笠間駅前で自転車を借りる時に、行き先
を言うと、峠を越えなければならないから、自転車では無
理と言われ、あっさりあきらめた。平面の地図を見て来た
だけだから地形がどうなっているのかまったくわからなか
った。
2度目は10月中旬。曇り空が多い中、たまたま休みと晴
れが重なった日に常磐線の石岡駅まで勇躍やってきた。駅
前の観光案内所で自転車を借りようとすると、地元の祭り
があるので貸せないとよくわからない理由で断られた。じ
ゃあ路線バスで行こうかと考えたが、善光寺がある小見方
面へは、次の羽鳥駅からしかバスは出ていなかった。しか
もそれは、2時間に1本あるかないかの本数で、行き帰り
に数時間以上かかりそうなのでやめにした。
というわけで、2回失敗しての、3度目の正直だったので
ある。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通
- 1.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
-
2度目のJR常磐線石岡駅。
駅舎の1階にある観光案内所で自転車を借りることが
できる。16時までで300円だが、デポジットとして
700円。距離があるので、電動アシスト付きのママチ
ャリにした。 -
まずは県道355号線で笠間方面を目指す。
どうせ体力的に復路はぐったり疲れているだろうから、
往路は上り坂以外はアシスト機能を使わないようにした。
しかし、アシストを使わないと余分にエンジンを積ん
でいるから重たいんだよな。おまけに、上り坂になっ
て電源を入れてもアシストがうまく機能しない。何度
かスイッチを入れてやっと効き出す始末。 -
途中、長年誰も参拝していないような神社を発見。
よだれが出るくらい大好物な物件だが、先は長いので、
ここは素通り。帰りに寄ることにしよう。 -
30分もすると周囲は稲刈りの終わった田んぼが広がっ
ていた。 -
355線の山崎というところで、県道140号線が始まる。
ということでここを左折。 -
これをまっすぐ行けば、善光寺近くの小見というとこ
ろに着くはずだ。 -
この辺りの集落は、門構えの立派な大きな家が多かった。
-
山が近くなってきた。あの山の向こうが笠間市で、9月
に来た時はそこから自転車で山を越えて、こっちまで来
ようなどと考えていた。
まあでも200メートル程度の山のようだから、そんなに
無理な感じもしないが。
もうすでに1時間以上自転車をこいでいる。平坦に見え
るがどうやらゆったりと上り坂になっているようで、ア
シストを使わないと鬼のように重くて登れない。 -
やっと小見の交差点までやって来た。ケツの皮がめくれ
ているような痛みを覚える。
しかし、善光寺楼門はすぐそこのはずだ。 -
おお、「善光寺楼門」の標識が。
もうすぐそこだ。ここからは峠に向かって上り坂になて
いて、アシスト機能でもけっこう重い。
往路でアシストをあまり使わなかったおかげで、バッテ
リーの残量は80%。これで帰りは楽ができる。 -
植木の向こうに茅葺き屋根が半分だけ見えた。
どうやらあれが楼門のようだ。 -
県道から路地を入り、2~3軒の民家が固まっていると
ころに、茅葺き屋根の門があった。これが善光寺楼門で
ある。 -
楼門というのは本来、2階建て以上を言うらしいのだが、
これは明らかに1階建てである。
おそらく資金不足で、上階の建設は断念したのだろう。
建立は1501年。茨城県最古の木造建築物である。
16世紀最初の年。日本は戦国時代に突入し、各地で戦乱
が起きていた時代である。 -
憤怒の仁王様がお出迎え。
-
ところどころに雑草が生え、浸食で削れた石段の先に目
指す本堂の屋根が見えた。 -
石段の途中には古ぼけた野仏が並んでいる。
-
石段を上りきると本堂の全体像が見えた。
左側が完全に崩壊し、屋根には草が生えていた。
なんとも無残な光景である。 -
「月光山」の文字が読み取れる。
正式名称は、月光山無量寿院善光寺である。 -
屋根の部分が完全に崩壊してしまっている。
-
崩壊した部分が下に落下していた。
-
裏側に回ると、屋根の部分はまだ何とか残っている。
-
しかし、右側はすでに崩壊しかかっており、一部が
落下していた。 -
戦国時代の様式で作られた墓。
この地域を治めていた小田氏一族の墓のようだ。 -
本堂の周囲には墓や野仏が無造作に置かれていた。
-
右側の裏手もほぼ崩壊状態である。
-
神社でもないのになぜか鳥居がある。
-
本当に高電圧が流れているとは思えないが。
-
梵字が彫られた石碑があった。
これも相当の年代物である。 -
善光寺は小田12代城主小田成治の母親が、小田家の菩提寺
である新善光寺を信仰していたこともあって、成治氏が善
光寺再興を計画して1501年にこれを建立したものである。
小田氏は室町時代には鎌倉府の関東八屋形に列せられる名
家であったが、これが建てられたころには衰亡期にあった。
ちょうど長享の乱を戦っていたころで、財政的に苦しく本
堂と楼門を完成させることはできなかったのだろう。 -
戦国時代の小田氏は周辺の佐竹、多賀谷、真壁らと抗争を
繰り返しており、これによって領地は疲弊していった。
そして、最終的には佐竹氏の軍門に降ることになった。
ただ、領地では善政を布いていたのか、領民には慕われ、
何度戦に敗れても、領民たちの支援によって復活したと
いう。 -
善光寺は入口の楼門だけが地図に残されており、崩壊途中
の本堂はすでにないものとして扱われている。
石岡市または茨城県がなぜ本堂の復元を行なわなかったの
か不可解である。
このまま崩れるに任せるにはじつにもったいない気がする。 -
再び田園の中、ママチャリをこいで石岡駅目指して走った。
途中で道を間違えてしまい、ずいぶん時間がかかってしま
った。自転車をこいでいたのが約3時間。ぼくの体力も中
々捨てたもんじゃない。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- someさん 2019/02/28 10:42:33
- お疲れ様でした。
- ハイペリオンさん電動チャリで三時間お疲れ様でした。
そうなんですよ重いんですよ奴は…
途中の寂れたを通り越した神社もすごい重い空気感がありましたね
神の領域がああなっちゃうとなんか怖いです。
月光山無量寿院善光寺の崩壊っぷりも凄いですね
正式に廃寺ではないのだとしたらどこかに移転してここは
打ち捨てられたのですかね
仏像や歴史的価値のある墓石群は
市町村で全て記録をとって管理されてると聞いたことがあるんですが
この状況も把握されてると思うので 大人の事情は色々あるのでしょうが
ハイペリオンさんがおっしゃるように朽ちるに任せるには惜しいと思えました。
- ハイペリオンさん からの返信 2019/03/01 18:29:42
- RE: お疲れ様でした。
- someさん、書き込みありがとうございます。
あれは、本堂自体はすでに「無いもの」とい
うことのようですね。googleにはありますが、
地元の地図には載っていないんですよ。
一応檀家さんがいるらしいのでまだ、廃寺に
はなっていないようなんです。楼門周辺はき
陳と整備されているのですが。要するに、檀
家さんだけでは修復費用は賄えないというこ
とではないでしょうか。
ドラマのロケ地としても有名だそうで、なん
とかあれ以上は崩壊しないで欲しいと思います。
では。
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