2018/09/11 - 2018/09/11
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ペコちゃんさん
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埼玉県北部にある人口約8万人の行田市は、古代蓮や田んぼアート、映画「のぼうの城」やドラマ「陸王」の舞台にもなった見どころの多い街です。
田んぼアートは昨年も観ましたが、今年もまた行ってみました。
11年目を迎える今年のテーマは、「大いなる翼とナスカの地上絵」・・・ダイナミックに翔ぶコンドルとナスカの地上絵が、見事に描かれていました。
折角、行田まで行ったので、行田八幡神社と大長寺へお詣りし、健康祈願・安全祈願。
そして行田から帰る途中、吉見町の吉見百穴と吉見観音にも立ち寄り・・・これで、5年は長生き出来るでしょう。
写真は、古代蓮会館の展望室から見た、今年の田んぼアート。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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自宅から車で一般道を走り、約2時間で行田に到着。
先ず、行田八幡神社で健康祈願を。 -
子供の虫封じで有名な行田八幡神社は、今や「癌の病」を封じる「癌封じ」や「ぼけ封じ」「難病封じ」などの特別祈願(事前予約が必要)を求めて、多くの参拝者が訪れます。
特に癌封じは、癌の平癒だけでなく、癌にならないように、転移しないように等、幅広いご神徳があるそうです。 -
特別祈願だけでなく、初宮詣・家内安全・厄除祈願・方位除祈願・安産祈願・眼病平癒祈願などの一般祈願もOKです。
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行田八幡神社の創建年代や由緒については不詳ですが、源頼義・義家が奥州討伐で当地に滞陣した際に、戦勝を祈願して勧請された、と伝えられています。
現在の社殿は、皇紀二千六百五十年を記念して造営が進められ、平成元年に竣工しました。 -
当神社の主祭神は、文教の祖・殖産興業の神とされる応神天皇と、安産・子育ての神であり、応神天皇の母神・神功皇后。
拝殿に掲げられた納額(縦:1.35m、横:1.65m)は1845年に奉納されたもので、三韓を征して凱旋した鎧姿の神功皇后、竹内宿祢に抱かれた幼い応神天皇と家臣たちが描かれており、行田市の指定文化財になっています。 -
拝殿の左横にある「なで桃」・・・古来より桃は、中国では不老長寿の果実、日本では魔除けの果実として知られ、桃の実は病魔や厄災を退治してくれる象徴として尊重されるようになりました。
私も「もも絵馬」を吊るして、黄金の「なで桃」をいっぱい撫でて、病難・災難除けを祈願しました。 -
拝殿の右にあるのは、安産・子宝・子育のお犬様と、足腰健康・立身出世の猪様。
主祭神・応神天皇は、仲哀天皇9年(200年)12月(戌の月)14日(亥の日)に生まれて、270~312年まで43年間も15代天皇を務め、100歳を超える長寿だったと伝えられることから、当神社は「戌亥八幡」とも呼ばれます。 -
健康祈願の後は、田んぼアートを観に「古代蓮の里」へ。
平成13年にオープンした古代蓮会館の展望台へ上ります。
(上の写真:駐車場から、下の写真:反対側から) -
2015年に「最大の田んぼアート」としてギネス世界記録に認定された行田市の田んぼアート。
10年目を迎えた昨年のテーマは「イナダヒメノミコトとスサノオノミコト」と南会場の「陸王」でした。
足袋の街・行田を舞台にしたドラマ「陸王」で主演を務めた役所広司さんの似顔絵・・・一目で本人と分かる素晴らしい出来栄えで、観に来て感動した事を思い出します。 -
11年目となる今年のテーマは「大いなる翼とナスカの地上絵」。
巨大なコンドルをメインに、南米ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」と行田市のシンボル「古代蓮」を合わせたもの。 -
様々な稲を使って描き、地上50mの古代蓮会館展望室から望む「田んぼアート」は、一種の地上絵であるといえます。そこで、ナスカの地上絵のうち、代表的な「ハチドリ」と「コンドル」を取り入れました。また「世界最大の飛ぶ鳥」であることから、ダイナミックに翼を広げる「コンドル」、さらに行田市のシンボルである「古代蓮」を加えたデザインとしました。《行田市HPより》
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今年の夏は記録的猛暑だったため、高温により稲の生育不良が発生。
6月に植えた8色の品種のうち、緑や黒色などの品種は順調に育ちましたが、黄色(嘴と足)とオレンジ色(顔)の稲が枯れてしまったそうです。 -
展望台を下りて、間近で見る田んぼアート。
一見、何の絵柄かは分かりませんが、よく見ると何とか形が分かりますね。(上の写真:ハチドリ、下の写真:コンドルの尻尾の羽の部分) -
今年は6月16日に467名のボランティア、17日に400名の一般体験参加者と105名の「JAF会員100万名会員記念イベント」が参加し、田んぼアートの田植えイベントが行われました。
緑や黒の稲が順調に育っています。 -
これは、右下コーナーに植えられた蓮の花の部分。
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で、もう一度コンドルの方を見ると、沢山のシラサギが・・・黒い稲(品種:紫905)が好きなようです。
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田んぼアートの後は、創作和食「渡ら瀬」で昼食。
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メニューは「寿司膳」・・・お寿司・天婦羅・小鉢・サラダ・茶碗蒸しにお蕎麦がついて、1,280円。
何回来ても、落ち着いた店内の雰囲気と美味しい食事・・・行田でおススメの店です! -
昼食後、大仏様が鎮座する大長寺へ行ってみました。
浄土宗・大長寺は、京都・知恩院・岌善上人が元亀天正年間(1570~1593)に諸国巡行中、当地へ滞留し創建したのが始まりです。
1639~1823年まで忍藩主を勤めた阿部豊後守家の菩提寺となり、享保年間(1716~1736|)には大仏を寄進しました。
国道125号線から大仏様の背中が見えます。 -
大長寺は何度も火災に遭いましたが、現在の本堂は昭和58年に建立された鉄筋コンクリート造り二階建で、ご本尊は釈迦如来三尊。
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享保年間に建立された大仏様は第2次大戦で供出されて、現在の像は平成8年に再建されたもの。
右に「ごくらくじぞう」左に「 しあわせじぞう」を従えています。 -
元々の大仏様は、現在のものより一回り小さかったそうですが、忍城の方角を向いて、城を守る大仏として壮麗で厳かに露座していました。(写真はHPより)
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現在の大仏様は、身丈3.6m、蓮台1.2m、総高7.4m、重量6.7トンの堂々とした姿です。
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境内に祀られた「塩地蔵」・・・1600年頃の造立といわれる塩地蔵は、イボ取りや神経痛などにに効くそうで、塩を戴いてご利益があったら、戴いた倍の量の塩をお返しする事から、塩の山が出来ています。
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山門脇にある芭蕉の句碑・・・『古池や 蛙 飛こむ 水の音』
この句碑は別の場所にありましたが、区画整理の際に大長寺に移されました。 -
大長寺から市役所までの道沿(国道125号線)には、昔ながらの遊びに興じる童たちが、櫓の上に銅人形で飾られています。
全部で39基ある銅人形は、「銅人形の童たちが遊ぶまち」と題された銅板造形家・赤川政由さんの作品群。
平成10年に設置されたこれらの銅人形を見ていると、子供の頃が思い出されます。
上の写真:こままわし「みて!」
下の写真:はねつき -
行田から帰る途中、古墳の里・吉見町に立ち寄り。
吉見百穴の手前にある「岩室観音」は、平安時代初期の僧・弘法大師が高さ一尺一寸(36.4㎝)の観音像を彫刻してこの岩窟に納め、その名前を岩室山と号したと伝えられ、創建は弘仁年間(810~824年)と言われています。
現在のお堂は、清水の舞台と同様の懸造り様式で、江戸時代の寛文年間(1661~1673年)に再建したものと伝えられています。 -
お堂に入ると、左右の洞窟内に88体の石仏が安置されています。
これらの石仏は「四国八十八ヵ所」の霊地にたてられた本尊を模したものと言われ、ここにお参りに来れば、居ながらにして四国八十八ヵ所をお参りしたのと同じ巧徳を得られるとされており、多くの方が参拝に訪れます。 -
観音堂の奥を覗くと、急斜面に「胎内くぐり」・・・ここをくぐると、諸難を除き、安産その他の願いごとが叶うと言われています。
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「吉見百穴(ひゃくあな)」は、今から約1300年前の古墳時代後期の横穴墓群で、1923年に国の史跡に指定されています。
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吉見百穴は、凝灰岩の岩山の斜面に219個の横穴が掘られ、一見、異様な印象!
江戸時代に住民の間で「不思議な穴がある」とウワサが広まり、風雨によって土が削られ山肌が露出したそうです。 -
1887年(明治20年)に東京大学の大学院生・坪井正五郎が約6ヶ月かけて吉見百穴の発掘を行い、 “ アイヌ伝承に登場する小人・コロボックル(土蜘蛛人)は日本の先住民族であり、横穴はコロボックルの住居である ” という説を唱えます。
その後、大正時代に研究が進み、死者を埋葬する横穴墓であったという集合墳墓説が定説となりました。(発掘当時の写真はHPより) -
一般的な古墳は、土を高く盛り上げ、その中に遺骸を納めた玄室(棺を納める部屋)が1つだけありますが、吉見百穴は岩山の表面に多数の小穴(玄室)を掘った集合墳墓です。
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いくつかの横穴の中には、大正5年に発見された「ヒカリゴケ」が自生しています。
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幻想的なエメラルド色を放つヒカリゴケ。
関東平野におけるヒカリゴケの自生地は、植物分布上きわめて貴重とされ、昭和3年に国の天然記念物に指定されました。 -
穴の並び方の説明版。
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横穴は奥から外に向かって下り傾斜になっていて、雨水が入り込まないようになっています。
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穴の入口には、緑泥片岩という緑色の石で作られた板状の蓋(閉塞石)が嵌め込まれていました。
石板は、周辺の住民が敷石にするために持ち去ったようで、残されていません。 -
穴の入り口は1m程度ですが、内部は少し広くなっており、左右に棺座が設けられています。
吉見百穴の玄室には、無棺座・単棺座・3棺座のものもあります。 -
岩山の下にある地下軍需工場跡・・・第2次大戦末期の昭和20年に、中島飛行機・大宮工場を移設するため、岩山の最下部に図のようなトンネルが掘られました。
この時、横穴が十数個崩されて消滅しています。 -
入り口近くの一部が見学できるので、入ってみました。
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洞窟のような地下軍需工場跡。
3,000人以上の朝鮮人労働者が掘削に従事し、ダイナマイトを使った突貫工事により7月に工作機械が搬入されましたが、本格的な生産に入る前に終戦となりました。 -
吉見百穴の構内・右側にある「吉見町埋蔵文化財センター」・・・吉見町内から出土した土器や石器など、貴重な埋蔵文化財の展示・公開をしていますが、勾玉や埴輪づくり体験も出来ます。
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明治24年にこの地を訪れた俳人・正岡子規の句碑。
『神の代は かくやありけん 冬籠(ふゆごもり)』 -
国の史跡になっている吉見百穴ですが、その土地は実は個人所有のもの。
構内の中央にある「百穴発掘の家」が、土地を所有する大澤家が営む売店です。
大澤さんから発掘に纏わる話などを聞かせてもらいました。 -
店の奥に展示されている「百穴のふた」・・・ ” これは百穴の入口を塞いでいた蓋(閉塞石)で、現在はこの1つだけしか残っていません。石は長瀞の辺りから採取されて、市野川を経由して運ばれてきたと考えられています。 ” <大澤さんの話>
店内には閉塞石のほか、百穴から見つかった様々な出土品が展示されていて、売店兼ミニ博物館のようになっています。 -
明治20年の発掘調査で多数の遺物(人骨、勾玉・金箔の耳飾り・土器類など)が出土されましたが、出土品の多くは発掘作業をした東京大学に持ち出され、大澤家に残されたのは、ごく一部。
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この後、気さくな人柄の大澤さんに教えてもらった「吉見観音」に向かいました。
吉見町にある吉見観音は、 “ よろず願いごとが叶う ” としてマスコミで紹介された話題のお寺で、恋愛成就・合格祈願・健康祈願や子授け・子宝祈願スポットとしても人気です!
駐車場から参道を進むと、仁王さんのお出迎え。 -
坂東11番札所で、古くから吉見観音の名で親しまれてきた「岩殿山安楽寺」・・・今から約1,200年前に聖武天皇の勅命を受け、行基菩薩がこの地に観世音菩薩の像を彫って岩窟に納めたことが岩殿山安楽寺の始まりだそうです。
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天文6年(1537年)に北条氏が松山城を攻めた際に、全ての伽藍が焼失しましたが、江戸時代前期に本堂・三重塔・仁王門が現在の位置に再建されました。
仁王門の左右には、重厚な仁王像が安置されています。 -
柱の上には、愛嬌のある可愛い青鬼。
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阿吽の仁王像は、元禄15年(1,702年)の建立。
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仁王門をくぐると・・・
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本堂の手前に、波打つ感じの台座がユニークな「菩薩像」と・・・
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その右に、吉見の大仏として親しまれている「阿弥陀如来像」が鎮座。
柔和な表情の大仏様は、お寺の資料によると寛政2年(1790)鋳造とのこと。 -
安楽寺を開山した行基菩薩の像。
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香閣の先にある本堂。
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現在の本堂は、今から約350年前の寛文元年(1661)に秀慶法印によって再建されました。
柿葺だった屋根は、大正12年の改修の際に銅瓦棒葺に改修。 -
絵馬の多さから、吉見観音のご利益の篤さを感じ取れます。
私も社務所で絵馬を頂き、願いごとを託しました。 -
本堂の正面には、岩殿山の文字が・・・
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本堂内は暗いのですが、目を凝らして欄間を見ると、見事な彫刻が彫られています。
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左上の欄間にあるのが、左甚五郎の作といわれる「野荒らしの虎」・・・暗い闇の中から飛び出してきそうな迫力ある彫刻!
夜な夜な田畑を荒らし回った虎を、村人が槍で突き刺した様子が彫られています。 -
少し位置を変えて撮った写真・・・まるで虎が生きているようです。
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本堂から見た仁王門と境内。
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本堂の右側にある三重塔。
現存する三重塔は、今から約380年前の寛永年間(1624~1645年)に杲鏡法印によって建築されました。 -
全体の高さは24.3mで、塔全体にどっしりとした安定感があり、中には誕生釈迦尊像が安置されています。
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本堂の裏手にある鐘楼。
吉見町に、こんな素晴らしいお寺があるとは知りませんでした。
皆さんも吉見町特産の「いちご狩り」に訪れた際に、お詣りしてみては如何でしょうか。
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